メールペットな僕たち   作:水城大地

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たっちさんの娘との交流で、少しずつ変わっていくアルベド。
全部で四つに分けられる内容でしたが、そのまま一つに纏めて投稿させて貰っておきます。



幼い少女との交流と、今までの騒動の真相、そしてアルベドの覚醒

【 幼い少女とアルベドの交流 】

 

あの日、自分の姿を見る事が出来る小さな少女と出会い、ウルベルト様に赦しを得て以来、アルベドは決まった時間に彼の元へと訪れる様になっていた。

もちろん、彼女自身の勝手な判断で訪れている訳ではない。

ちゃんと父であるタブラ様のメールを預かり、その配達に向かうと言うちゃんとした理由の元に、ウルベルト様の元へと訪れていたのである。

どうやら、ウルベルト様がそれと無くお父様との間で話を付けてくれたらしく、アルベドは毎日この時間になるとお父様から提出用のレポート付きメールを預かる様になっていた。

 

正直、彼女にとってあの出会い以降、一日の中でもウルベルト様の元へ訪れるこの時間が、数少ない癒しの時間の一つになっていたと言っていいだろう。

 

もちろん、お父様から彼女の事を心配する手紙が送られてくる時間も同じ位大切な時間ではあったが、誰かの元へメールを運ぶと言う意味で、彼女が心から楽しいと思って訪れる事が出来る場所は、ウルベルト様の所だけになっていたからだ。

たった一人とは言え、自分の事を認識して話が出来る相手が出来た事で、アルベドの中で煮詰まっていた苦しさが薄らぎ、それによって彼女は次第に冷静に物事を考える事が出来る様になっていた。

確かに、自分が周囲に対して色々と迷惑を掛けて来たからこそ、アルベドは、今の自分がこうなっている事を理解している。

少なくても、デミウルゴスやウルベルト様に対して掛けた迷惑に対する罰と言う点では、ちゃんと納得していた。

 

だが……他のメールペットたちへの行動は、本当に彼女だけが悪かったのだろうか?

 

間違いなく、自分が悪かった点が多分にあったと言う事に関しては、アルベド自身も自覚している。

それでも、こんな風に〖何もかも全部アルベドが悪い〗と言わんばかりに隔離される程の事をしたのは、あくまでもウルベルト様関連だけだった様な気がするのだ。

正直、デミウルゴスから報復される事に関しては、納得して受け入れている。

アルベド自身、【デミウルゴスへの悪戯する事】を考えるばかりで、〖実際にそれを行ったらどうなるのか?〗と言う事を何も考えずに、結果的にウルベルト様に迷惑を掛ける行為をしてしまったのだから、彼が怒るのは当たり前だと思うのだ。

 

だが……他のメールペットたちに関して言えば、そこまで酷い事をしたつもりはない。

 

確かに、アルベドは一部の例外を除いて、メールペットたちに対してかなりの嫌味を言っていたと言う点は、間違いないだろう。

でも、それは全てアルベドが彼らに対して嫌味を言う前に、相手側が何らかの失敗を彼女の前でしていると言う前提があった。

そう……傍から見れば、大した事が無い様なミスであったとしてもアルベドは見逃さず、それこそ重箱の隅を突いた様に嫌味として口にしただけだ。

少なくても、彼らがアルベドのサーバーへ来た時に何らかのミスをしていなければ、自分から酷い嫌味等を口にした覚えは、アルベドにはない。

 

相手によっては、抱えている不安を煽る物言いをした記憶もあるけれど、それだって最初に不安を口にしたのは向こうの方だ。

 

最初に、アルベドに対して「自分は、こんな風に自分の主から愛されているけれど、ちょっとだけ自信が無い」的な、自分が愛されている事をさも自慢する様な前振りをしたから、〘 お望みとあらば 〙と言う思考の元、出来るだけ本人の不安を煽る様に、相手が抱えているだろう問題点を言葉にして幾つも連ねてやっただけに過ぎなかった。

そもそも、彼らの主に対して抱き付いていたのだって、そうすれば殆どの方々が喜んで下さっているのを、アルベド自身が触れ合った肌で感じたから、もっと喜んで欲しくてわざとやっていたに過ぎない。

何より、アルベドが抱き付いた事によって主が鼻の下を伸ばす姿を前に、彼らがギリギリと苛立つのが楽しかっただけなのだ。

 

自分が、ちゃんと主から愛されている自信があるなら、別にアルベドが彼らの主に対して抱き付いた位で、そんな風に苛立つ必要などないと思うのは、そんなに間違った考え方だろうか?

 

そもそも、だ。

アルベドの行動を、メールペットたちの主の中でまともに「駄目だ」と注意した方は誰も居ない。

つまり、彼女に抱き付かれて本当に迷惑だと思った相手は、彼らの中に居ないのである。

数少ない例外として、抱き付く対象としていなかった恐怖公の主のるし☆ふぁー様からは、どこか心配した様子で「程々にしておかないと、後で痛い目を見るのはアルベドだと思うけどなぁ」という忠告めいた言葉は何度か頂いたが、それ以外はどなたも何も言わなかった。

 

そう……誰も、何も言わなかったのだ。

 

アルベドだって、馬鹿じゃない。

主たちの中でも女性だと判っている、ぶくぶく茶釜様ややまいこ様、餡子ろもっちもち様に対しては、抱き付くなどの行動はしていなかった。

そっと彼女たちの側によって、頭を撫でて欲しそうな顔で見上げたりはしたけれど、本当にそれ位しかしていないのだ。

 

アルベドがそんな態度を見せるだけで、彼女たちは「本当に可愛いねぇ!」と言いながら頭を撫でてくれたから。

 

大体、やまいこ様のユリはしっかり者で、一度嫌味交じりに注意をすればすぐにミスをしなくなっていたし、割と普通に話す事が出来る友人的な位置にいたんじゃないかと、アルベドなりに思っている。

餡子ろもっちもち様のエクレアは、あれで細かい所まで気付いて気配りが出来るタイプだったから、それ程嫌味交じりの注意だって言った事はない。

この三人の中で、唯一メールペットを二体持つと言う特殊ケースである、ぶくぶく茶釜様の所のアウラとマーレだって、アウラはそれ程問題なく接していた筈だ。

マーレに関しては、ちょっとだけ強い口調で嫌味交じりの注意をしただけで、まるで火が付いた様に泣き出してしまったから、それこそアルベドの方が面食らった位である。

 

正直、あの時のマーレに対しては、〘 男の子としてもっと自覚を持ってしっかりとして欲しい 〙とそう思ってしまったのだが、アルベドの考えは間違いだったのだろうか?

 

こうして、改めて自分の行動を振り返ってみると、確かにアルベドは色々とメールペットたちを泣かせる様な言動が多かっただろう。

だが、彼女がそんな行動をするその発端となったのは、大半の場合は自分たちがアルベドの元にメールを配達しに来た際に、ちょっとしたミスをするから小言を言われるのだと、彼らは理解しているのだろうか?

それを、「外でのミスだし、主は知らないから」と、彼らが自分の失敗を主に隠そうとするのを知っているから、アルベドは返信のメールを渡す際に抱き付いて、甘えながらそれを報告していただけだと言う事にも。

 

もちろん、他のメールペットたちが殆どミスをしなくなった後も、何かにつけて彼らに対して嫌味を言ったり、彼らの主に抱き付きながらメールを渡したりするのを止めなかったのは、アルベド側に非があるだろう。

 

これに関しては、色々と反省すべき点だと彼女も思っている。

〘 小さな少女に言っても 〙と思いつつ、それでも自分の話を聞けるのは彼女だけなので、気付けばアルベドは彼女にこの事を打ち明けていた。

出来るだけ嚙み砕いたアルベドの話を聞いた途端、彼女は両手で頬を挟んだ姿でうんうんと唸り始める。

どうやら、彼女は自分なりに答えを考えてくれているらしい。

今、彼女が座っているのは、ソファに座ったウルベルト様のお膝の上と言う、ある意味どちらに対しても羨ましいと思える場所だった。

その向かい側に座ったアルベドが、静かに彼女が答えを出すのを待っていると、漸く自分なりに言葉を纏める事が出来たのか、改めてアルベドの顔を見るとみぃちゃんは口を開く。

 

「……んとね、みぃにはちょっとよくわかんない。

アルベドおねぇちゃんが、いろいろとみんなにいっぱいいったのは、どうして?

それと、どうしてわるいことだとおもったのに、おねえちゃんはしてたの?

ねぇ、どうして?」

 

コテンと、首を傾げたみいちゃんから問われた内容を、ゆっくりと反芻しながらアルベドは考えた。

 

〖 自分は、どうしてメールペットたちに嫌味めいた苦言を、何度も彼女たちに対して繰り返していたのか。〗

- 自分の所でした失敗を、別の場所でもメールペットたちが繰り返してしまわない様にと、わざと嫌味交じりの言葉で叱責して、失敗したら嫌な思いをすると覚え込ませたかったから。

 

〖 どこか、不安を抱えている様な事を言うメールペットに対して、わざとその不安を煽る様な事を言って聞かせたのは、どうしてなのか。 〗

- それは、そんな事を口にしている時点で主に不満を抱いているのと同じだから、自分が不安を思い切り煽る事によって、自分の気持ちを主に素直に告げられる様になるんじゃないかと、そう考えたから。

 

〖 メールペットたちの主に、わざと彼らの前で抱き付いたりしていたのは、どうして? 〗

- 最初は、抱き付いて彼らに聞こえない様にこっそりと彼らの失態を知らせ、その事を主たちからも注意して欲しかったからと言う理由だった。

失態が無くなってからも、変わらず抱き付いてからメールを渡していたのは、そうして密着した方が、主方が喜んでいる反応が返って来たからだ。

後は、彼らが悔しそうな顔をするのが楽しかったからでもある。

 

〖 悪い事だと思いながら、それを止めなかった理由は? 〗

- 前に一度、自分が悪い子だと言う事で主の方々からお父様に話が言った途端、お父様の抱えていた問題が判明して、自分の中にあった不満の幾つかが解消されたから、もっと自分が悪い子になれば、もっとお父様が見てくれるんじゃないかと考えたから。

 

こうして、みぃちゃんに言われるまま自問自答してみれば、ちゃんとどうしてそんな事をしていたのか、素直にその理由を考える事が出来た。

今まで、曖昧なままだった思考が纏まった事で、アルベドとしてもすっきりした気分になる。

その内容を、そのまま一つずつゆっくりと彼女に判り易い言葉になる様に気を付けながら伝えてみる事にした。

こちらが思考を纏める間、彼女はずっと足をぶらぶらとさせていたらしい。

膝の上で、そんな風に好き勝手みぃちゃんが動くからか、ウルベルト様は彼女の事を落とさない事に意識を向けていた様子が伺えたから、ほぼ間違いないだろう。

割と、本気でウルベルト様は気が気じゃなかったんじゃないだろうか?

 

それこそ、油断したらうっかり膝の上から落ちた挙句、テーブルや椅子の角で頭をぶつけてしまいそうだもの、今のみいちゃんなら。

 

だが、ウルベルト様の気遣いなど考える事なく、暫く足をぶらぶらとさせていた彼女は、アルベドの話を聞き終わると、今度はウルベルト様の膝の上に両手を付き、グッと身体を前に乗り出した。

そんな彼女を、慌ててウルベルト様が両手で支えていなければ、多分そのまま頭から床に転がり落ちていたんじゃないだろうか?

実に、見ていて危なっかしい。

もし彼女が転がり落ちたとしても、自分には支えるなど触れる事が出来ないのだから、もう少し自重して欲しかった。

そんなアルベドの気持ちなど露知らず、彼女は身振り手振りで話し始める。

 

「んーっとね、アルベドおねぇちゃん、みんながだめだったのを〖だめでしょ〗っておこったんだよね?

だったら、みんなとそれをいっぱいおはなししなきゃだめって、みぃはおもうの。

おねぇちゃんが、なんで〖だめだ〗っておもったのか、それじゃみんなにわかんないと、みぃはおもうもん。

みんな、だめじゃなくなるようにおねぇちゃんがいったんだよね?

だったら、やっぱりちゃんとおはなししなきゃだめ!

おねぇちゃん、すごくやさしいのに、それがわかんないなんてだめだと、みぃはおもうの!」

 

一生懸命、自分の言葉で語ってくれるみぃちゃんの言葉が、とても嬉しい。

今まで、そんな風に言われた事なんて一度もなかったから。

改めて考えてみれば、今まで自分に向けて〖優しい〗と言う言葉が言われた事はなかったと、アルベドは思う。

どちらかと言うと、怖がられてばかりだった記憶しかない。

そんな事を考えているアルベドを他所に、更にみぃちゃんの言葉は続いていた。

 

「あとね、おねぇちゃんがこわいのいって、〖こわい〗ってないちゃったら、ごめんなさいするの。

だって、みぃもルーせんせがこわいのいうと、すぐないちゃうもん!

みぃがこわくてなくとね、ルーせんせはすぐに〖ごめんね〗っていってくれるから、みぃも〖ないてごめんなさい〗っていうの。

おねぇちゃんも、ごめんなさい、いった?」

 

んー、と口を尖らせて言うみぃちゃんの言葉を聞いて、アルベドはハッとなった。

確かに、自分は誰に対しても謝罪の言葉を口にした事がほぼ無い。

礼を失する事はない様に、普段から立ち居振る舞いに関しては、特に失敗したりしない様に気に掛けていたけれど、本当の意味で感謝の言葉や謝罪の言葉を口にした事が、今まであっただろうか?

 

何度考えても、それだけは思い出せなかった。

 

それも当然だ。

だって、今まで本当の意味でアルベドは感謝の言葉を口にしたり、謝罪の言葉を口にした事はないのだから。

それこそ、こんな小さな子供でも知っている様な事すら、アルベドは全く理解出来ていなかったのである。

彼女との会話によって、自分がどれだけ他人に対して感謝や謝罪など、大切な部分が欠けていたかという事に漸く気付いたアルベドは、思わず頭を抱えていた。

確かに、これでは他の仲間たちから爪弾きにされてしまう筈だ。

 

例え……他人から聞く限り厳しい嫌味の理由が、アルベドなりに彼らの事を思っての言動だったとしても、その意図が相手に伝わっていなければ意味がない。

 

まして、それが普段から謝罪や感謝の意を示さない様な相手では、色々と不満などの複雑な思いを募らせていくのも仕方がないだろう。

これでは、彼らから嫌われてしまうのも、ある意味当然の流れだった。

それも、全部がアルベド自身の言動から出た、文字通り【身から出た錆】なのだから、受け入れるしかないのだろう。

 

「……私、本当に理解したつもりになっているだけで、何も分かっていなかったのね……」

 

そう呟くアルベドに、不思議そうな顔をしながら首を傾げるみぃちゃん。

何でもないと言わんばかりに、アルベドは伏せ目がちだった顔を上げると、安心させるかの様にみぃちゃんへと、柔らかい笑みを浮かべて見せる。

この件に関して、これ以上彼女に話して聞かせるつもりは、アルベドには既になくなっていた。

 

本来なら、まだ幼い彼女に対して聞かせるべき話じゃないと、アルベドは漸くその点に思い至ったから。

 

それから数日の間は、ウルベルト様の元へメールの配達に訪ねる度に、アルベドは自分の話をするよりもみぃちゃんの話に耳を傾ける事に意識を向ける事にした。

まだ、幼く色々な事に興味を持つみぃちゃんは、それを人に話して聞かせるのも大好きな子だ。

まだ色々と言葉が足りない分、全身を使って色々な事を伝えようとする彼女の事を見ているだけで、アルベドの荒み掛けていた心は癒されていく。

ただ、真っすぐに自分の事を見てくれるみぃちゃんの存在は、既にアルベドの中で最愛のお父様と自分とった愚かな行動を赦してくれたウルベルト様の次に来る位には、大きくなっていた。

 

そう……彼女の事を〘 護りたい 〙と、密かに思う位には。

 

*****

 

【 アルベド騒動に隠されていた、事の真相は…… 】

 

アルベドが、みいちゃんに会う為にウルベルト様の元へと通う様になってから、そろそろ十日が過ぎようとしていた。

その間、ただみぃちゃんに会って彼女との交流で癒しを求めるだけではなく、ウルベルト様からの提案でみぃちゃんが【リアル】に戻った後も、こっそりその場に残って他のメールペットとデミウルゴスたちのやり取りを見る機会も増えた事で、彼女はますます自分が色々と見ていなければ理解していなかったのだと自覚する事になったのである。

特に、ウルベルト様の元へと届くレポートの処理に追われている、デミウルゴスやシャルティア、パンドラズ・アクターの様子を見て彼らの会話を聞くのは、本当にアルベドに取って色々な事を学ぶいい機会になったと言っても過言ではない。

 

彼ら三人が集まり、それぞれ自分の受け持つレポートに目を通しながら様々な意見を交換し合う姿は、それぞれの主の姿を彷彿させる所があったのだから。

 

改めて考えると、今回の一件で彼ら三人に対しては本当に迷惑を掛ける形になってしまったと、アルベドは心の底から申し訳ない事をしたと思う。

ウルベルト様に迷惑を掛けた事で、怒り心頭の状態になるまで追い詰めてしまったデミウルゴスは、どう考えても完全な自分の行動の被害者だし、ペロロンチーノ様にアルベドが引っ付き過ぎた事で、脳筋を返上する位に頭を使って仮想サーバーを組んだのだろうシャルティアには、その根性に頭が下がると言っていい。

そして、三人の中で一番かわいそうな事をしたのはパンドラズ・アクターだ。

 

何故なら、彼に対してアルベドがあらゆる嫌味で滅多打ちにした理由は、彼の普段の大袈裟な言動に「ウザイ」と感じたからであり、こればかりは彼だけでどうにか出来る部分ではなかったのだから。

 

正直、そう感じていたのはアルベドだけでなく、他のメールペットたちも似た様な思いを抱いていそうな気もするが、その言動は彼の創造主であるモモンガ様が「そうあれ」と定めた、ものであり、自分達が口を出していい領域ではなかったと、今では理解出来る。

そんな主が定めた事に対して、アルベドからチクチク嫌味を言われ続けた事は、それこそ存在を否定されたのと同じだったんじゃないだろうか?

もちろん、自分達はメールペットであり【ナザリックのNPC】と違って、いずれ成長による変化も考えられる部分ではあるのだが、それはまだ先の話でしかない。

 

そう思うと、やはりパンドラズ・アクターには、少しだけかわいそうな事をしてしまったと言っていいだろう。

 

もう一つ、アルベドが彼らの様子を見学する様になって、気付いた事がある。

このレポートの確認作業と、その後の三人で行われる討論会の最中は、パンドラズ・アクターのあの大仰な物言いや動きは一切行われない。

今回ばかりは、短い時間の間にやらなくてはいけない作業が山ほどある為、「無駄に派手で大袈裟な言動はレポートの確認と討論会の最中は一切禁止」だと、モモンガ様からきっぱりと言い渡された上で、彼はここに来ているらしかった。

 

そのお陰で、この場に居るのは物腰が柔らかく穏やかなパンドラズ・アクターと言う、どこかモモンガ様を思わせる様な雰囲気を漂わせている人物へと早変わりしていたのである。

 

何となく、このパンドラズ・アクターを見ていると、普段とのギャップが激しすぎて落ち着かない気持ちになるものの、悪くはないと思う。

「大人しいパンドラズ・アクター」と言う、普段は滅多に見られない珍しい存在の事はさておき、三人が行うレポートの討論会に話を戻すとして、だ。

彼らのレポートに関する討論会は、毎日集まってから四十五分経った頃にしか始まらない。

元々、他のメールペットたちやその主の方々から提出されたレポートに関する討論会と言う点から、最初にある程度のレポートの読み込みをする時間が必要なのだろうが、討論会の過熱具合によっては時間が延長する事も最近は増えていると言っていいだろう。

どうやら、三人の手元に提出されてくるメールペット側のレポートの内容が少しずつ変化し始めている事が、討論会を時間延長させている理由になっている様だった。

 

そう……三人の手元で読み込まれ処理されている大量のレポートの内容は、どれもが次第にアルベドから受けた嫌味などの暴言の被害からその前後の自分達の行動にまで考察が及び、それによって彼女が暴言等を吐く前の微妙な変化にまで辿り着き始めていたのである。

 

アルベド自身は、三人が読み込んでいくレポートの内容まで全部を直接見る事はないものの、彼らの討論の内容を聞いていれば自ずとレポートの内容を察する事が出来た。

アルベドが、みぃちゃんと色々な事を話す事によって自分の行動を振り返り反省する事が出来た様に、他のメールペットたちも色々な事を考えてレポートに纏めると言う作業をするうちに、自分がどうしてそんな事を言われる事になったのか、少しずつ思い至る者が出始めているらしい。

むしろ、アルベドからすれば「漸く、そこに思い至ったの?」と言いたくなる様な変化だ。

何度も繰り返すが、今までのアルベドがしただろう問題行動の中で、相手側に本当の意味で非が無いのは、不在時に端末への悪戯をされた事で主にまで被害が出たデミウルゴスと、今の段階では設定に批准した動きをする事から、自分ではどうする事も出来ない部分に対する手酷い嫌味を言われたパンドラズ・アクター位である。

 

だが、それ以外のメールペットたちには、アルベドから嫌味交じりの忠告を言われても仕方がない部分があった事を、レポートを書く為に改めて思い返した事で、漸く理解し始めたといった所だろうか?

 

そんな風に、メールペットたちが自分達にも非があった事を理解し始めるのと同時に、彼らの主たちも自分の言動に問題があった事を、このレポートを書く事によって理解し始めているらしい。

まず気付いたのは、どうしてアルベドが甘える様に抱き付いてきたのか、自分達が聞き流していた事だった。

どうやら、彼女が自分のメールペットのミスを伝えていたのに、それを全部聞き流しただけではなく、アルベドに抱き付かれている姿を見る事で、自分のメールペットのたちがどう反応するか、殆どの方々がそちらの方に意識を傾けていた事がそれぞれから出されるレポートで判明したのである。

これでは、彼女がこっそりと彼らに対してそれを訴えた意味がない。

 

アルベドとしては、それと無く主側からもメールペットたちに注意して欲しいと言う意図での行動だったのに、全くその意図が理解されていなかったのだから。

 

こうして、彼ら自身も自分でレポートを書くうちに、当時の事を色々と思い出しては反省するべき点に思い至っているらしい。

自分の問題点に気付いた事で、改めてメールペットに対して自分の態度は問題が無かったかと、考え始めた者も出始めているそうだ。

それによって、次第に彼女だけが全面的に悪かった訳ではない事が、少しずつ明らかになっていくのだった。

 

******

 

【 アルベドの覚悟と、その覚醒 】

 

それが起きたのは、アルベドがこの仮想サーバーに飛ばされてから、丁度一月が過ぎた頃だった。

いつもの様に、アルベドが主であり父であるタブラ様からのメールを手にウルベルト様の元へと訪れ、アルベドの姿は見えていない筈だが、それでもウルベルト様に見守られる形でのみぃちゃんとの楽しいおしゃべりと言う、幸せな一時を過ごしていた時である。

 

ゾワリと、全身が総毛立つ程の悪意を感じたのは。

 

ねっとりと絡み付く様な、そんな質の悪い感覚が彼女の頭の中に強い警報を鳴らす。

以前、アルベドが仮想サーバーに落とされた時に感じたものよりも、酷く強烈な違和感だと言っていい。

そしてアルベドは、この感覚に一つだけ心当たりがあった。

あの日の朝、デミウルゴスのサーバーの際で偶然見掛けた、あのウィルスと同じ気配。

 

恐ろしい事に、あれよりも何倍も強力で濃縮した悪意が含まれている気がして仕方がない。

 

本能的に、その事実に気付いたアルベドがその場でまず最初に取った行動は、みぃちゃんへ電脳空間から出る事を勧める事だった。

同時に、ウルベルト様にその事を伝えて貰う様にと、みぃちゃんにお願いする。

これに関しては、自分が言った内容をそのままウルベルト様に伝えて貰うだけでいいだろう。

とにかく、急いでこの場から彼らを避難させなくては、とても大変な事態になると言う事だけは間違いない。

 

まだ、どこか漠然とした感覚でしかないものの、ほぼ間違いないと言う確信をアルベドは持っていた。

 

それなのに、だ。

肝心なみぃちゃんが、彼女の安全を守る為にお願いしているアルベドの言葉を、全く聞いてくれないのである。

彼女は、今のこのウルベルト様の電脳空間の状況がどれだけ危険なのか判らないから、急にアルベドが「今日は電脳空間からもうリアルに戻った方が良い」と伝えても、納得してくれないのだ。

 

「なんで?

なんで、おねぇちゃんはみぃにここであそんでちゃだめだって、いじわるいうの?

まだ、みぃはルーせんせから〖ごはんのじかんだよ〗っていわれてないもん!

だから、みぃはまだかえらないの!!」

 

プイっと、自分の主張を口にして拗ねた様に横を向くみぃちゃんを前に、アルベドは本気で困り果てていた。

このままだと、本当に彼女にとってここは危険な場所になり得る可能性がある。

例え、ウルベルト様がこの場での自衛が出来る能力があるとしても、早くみぃちゃんと一緒にここから【リアル】に逃げて欲しいと思うのに、そんなアルベドの思いが伝わらないのだ。

 

サーバーの防衛の要であるデミウルゴスは、お昼前のメールの配達に出ている為に、今、この場には居ない。

 

これ以上無い程、非常にタイミングが悪いとしか言い様がないのだが、今更何を言っても仕方がないのだろう。

多分、何らかの方法でこの状況にデミウルゴスが気付いたとしても、彼が戻って来るよりも早くこの悪意の塊がこの場所を襲うのは、アルベドが肌で感じる感覚から言ってもほぼ間違いない。

先程のみぃちゃんの言葉に反応して、ウルベルト様が彼女の事を説得し始めているが、すっかり拗ねてしまっている彼女が素直に聞いてくれるとは、とても思えなかった。

 

だとしたら……この場で、この悪意に対して対応出来る可能性があるのは自分だけ。

 

仮想サーバーに居るアルベドには、もしかしたら何も出来ないかもしれない。

だからと言って、このまま何もせずにウルベルト様やみぃちゃんがあんな悪意の塊のウィルスに襲われるのを、ただ黙って見ているなんて真似はしたくなかった。

それに、サーバーへの侵食を主とするウィルスなら、仮想サーバーだろうがメインサーバーだろうが、関係なく襲ってくる可能性もある。

 

なら、アルベドに選択出来る方法など、一つしかない。

 

この部屋から出て、ここから出来るだけ離れた場所でそのウィルスと自分が身体を張って対峙すれば、ウルベルト様がみぃちゃんを説得するか、デミウルゴスが帰還するまでの時間稼ぎが出来るかもしれないのだ。

みぃちゃんがこの場に残る事で、ウルベルト様も【リアル】に逃げる事が出来ないと言うのなら、それ以外に方法はないだろう。

多分、この方法を取れば自分もただでは済まない可能性があるものの、ウルベルト様やみぃちゃんがウィルスによる被害を受けるよりはずっとましだと思ってしまったのだから、仕方がない。

 

そこまで考えた所で、アルベドの腹は据わった。

 

「……みぃちゃん、私、もう戻らなければいけないの。

ちゃんと、ウルベルト様のお話を聞いて、ここから早めにリアルに戻ってね?

これは、私からの大切なお願いよ。」

 

まだ、ウルベルト様の説得に応じる事なく拗ねて横を向いているみぃちゃんの頭を、そっと撫でながらそれだけ言い残すと、アルベドはスッと席を立った。

急がなければ、この部屋から出来るだけ離れた場所で食い止めると言う目的すら、自分には果たす事が出来なくなるだろう。

一つだけ、アルベドに心残りがあるとすれば、お父様の元に無事に戻る事が出来ない可能性もある事だろうか?

 

〘 でも……お父様なら、ウルベルト様やみぃちゃんを守る事を選択した私の事を、褒めて下さいますよね? 〙

 

最後に、こちらの姿が見えていない事を承知の上で、ウルベルト様に向けてスッと頭を下げると、アルベドは部屋から退出した。

そこから、急ぎ足でサーバーの外へ向かうべく急いで移動していけば、境界線の向こう側で前回の比ではない巨大なウィルスが、そこに蠢いているのが見える。

いや、あれはウィルスが幾つも重なり合っている状態なのだろうか?

 

どちらにせよ、こんなものがあの幼く小さなみぃちゃんに襲い掛かったら、彼女は抵抗する暇もなく一瞬で飲み込まれてしまうだろう。

前回の事から、ウィルスに対してそれ相応の対応策を持つだろうウルベルト様だって、こんな厄介なモノを相手にするのは流石に危ういかもしれない。

多分、ウィルスの存在が危険なのはアルベドも同じかもしれないが、自分はまだどこかにバックアップがあるだろうから、そのデータを元にして復活する事が可能だろう。

 

「……デミウルゴス……今回も、あなたのサーバーで勝手な事をするけれど、それはあなたの大切な主であるウルベルト様を守る為だから、大目に見てちょうだいな!」

 

両足を前後に肩幅より少し広めに開き、グッと下腹に力を入れつつ少し腰を落として、アルベドは自分に出来る最大限の防御の構えを取る。

メールペットと言う立場上、アルベドは特に何か武器を持っている訳ではないが、【ナザリックのNPC】の自分が壁役の戦士職と言う事もあって、他のメールペットよりも少しだけ防御力が高い事を、仮想サーバーに落ちてから自分の事もあらゆる角度で調べたので、彼女は知っていた。

元々、自分に与えられているウィルス防壁とその部分を合わせれば、今の自分でもそれなりに時間が稼げるだろうと状況を判断し、セキュリティを侵食し続けるウィルスを睨み付けつつ、彼女は自分の出来る事を選択する。

それは、自分と他のメールペットがいるサーバーが違う事から、誰にも聞こえない可能性が高いのを承知の上で、エマージェンシーコールを周囲に向けて放つ事だ。

 

もしかしたら、緊急連絡と言う事でこれだけはメールペットたちに伝わるかもしれない。

 

彼女は、その可能性に賭けたのだ。

例え、このウィルスがウルベルト様のサーバーだけを狙っているのだとしても、ここに訪ねてくるだろう他のメールペットが感染しないとも限らない以上、自分の出来る限りの事をしておかなければ後悔するだろう。

別に、今まで彼らに対してしてきた事への罪滅ぼしとして、この行動を選択した訳じゃない。

 

アルベドがここまでするのは、自分が妹と思う様な幼い少女が自分へと向ける笑顔を、真っすぐに受け止める事が出来る自分でいたかったからだ。

 

「私は……絶対に、こんなウィルスなんかに負けたりしない!!」

 

キッと、サーバーの防壁を壊そうとするウィルスを睨み付けながら、アルベドはサーバーを移動するメールペットとして与えられただろう、自分に展開出来る防御壁を展開させていた。

 

******

 

【 エマージェンシーコールを受けて、デミウルゴスが戻って来たら…… 】

 

デミウルゴスが、その自分の領域であるサーバーへの異常に気付いたのは、配達先から戻る為の帰路に就いたばかりの頃だった。

前回のウィルス侵入の一件で、別の場所に居ても自分のサーバーの異常を感知出来る様に自分の感知能力を上げていた事と、本来なら聞こえる筈がないアルベドが放った緊急信号、それから数秒遅れてのウルベルト様からのエマージェンシーコールという、三つが主な理由である。

ウルベルト様から、二週間ほど前から昼食の前位にアルベドがメールを持ってくる様になっていた事は教えられていたし、最近では彼女の姿は見えなくても声はたまに聞こえる時があると伺った事はあった。

だから、もしかしたら予想よりも早く彼女がこちらに戻って来る可能性は考えていたが、その彼女からの緊急信号とウルベルト様からのエマージェンシーコールが重なり、その上自分も嫌な感覚をサーバーに感じている時点で、普通じゃない。

 

どちらも、自分のサーバーの領域から発せられているのだから。

 

ウルベルト様は、異常が発生しているのが自分のサーバーの事だから、この反応は当然だと言う事は言われなくてもすぐに判る。

デミウルゴスに判らないのが、アルベドの緊急信号の方だ。

もし、彼女がメールを配達に来ていて何かに問題がある存在に遭遇したのだとしても、仮想サーバーなら影響が出ない可能性だってあるし、早々に逃げ出す事だって可能な筈である。

それなのに、未だに彼女の発している緊急信号の発信先は、デミウルゴスのサーバーの中で。

 

一体、何が起きていると言うのだろうか?

 

それを早く確認したくても、現時点では自分の手元に来ている情報が足りなさ過ぎて、正直焦りが募る。

ここから自分のサーバーへの、最短ルートを割り出すのに掛かる時間は約二秒。

その僅かな時間にすら、何とも言い様の無いもどかしさを感じながら、速攻で最短を辿り自分のサーバーへと飛んだデミウルゴスは、それを見て絶句した。

 

自分のサーバーのセキュリティを、それこそ食い破る様な強力なウィルスを何体も伴ったハッカーと、それに対峙する様に仁王立ちして、己の前に彼女の最大防御壁だろう【ヘルメス・トリスメギストス】を展開させているアルベドの姿があったのだから。

 

ウィルスの侵入は、ウルベルト様からのエマージェンシーコールを受けた時点で、可能性が高いだろうと想定済みだった。

だが、どうしてアルベドがあんな風にデミウルゴスのサーバーで、ウィルスとそれを送り込んだだろうハッカーと直接対峙している?

しかも、メールペットとしての彼女が持っていない筈の、【ヘルメス・トリスメギストス】をこの場でウィルスたちに向けて展開しているのだろうか。

どうしてそうなったのか、この状況がいまいち理解出来ない。

それでも、デミウルゴスにも一つだけ理解出来る事があった。

 

彼女が、目の前にいる敵とも言うべき存在から、文字通り身を挺してデミウルゴスのサーバーを守ってくれていたと言う事だ。

 

どうして、彼女がその選択をしたのかと言う理由は現時点では判らないが、彼女がここまで頑張って守ってくれていたのだから、デミウルゴスがこの後やるべき事等たった一つしかない。

彼女が、自分の前でウィルスに対抗する為に展開している、【ヘルメス・トリスメギストス】の耐久値は、既にウィルスの攻撃によって二層目まで剥がれてしまっている事から、ほぼ残っていないと考えるべきだろう。

どうみても、早急に対処しなければアルベドの方が危険な状態だった。

 

彼女のお陰で、大きな被害を出す前に自分が戻って来られたのにも拘らず、ここまで必死に頑張ってくれていたアルベドの身に被害を受けるのを見ているだけと言うのは、流石に申し訳が無さ過ぎるだろう。

 

この状況を前に、即座にそう判断したデミウルゴスは、サクサクとウィルスを削るべく自作のウィルス駆除用のプログラムを発動させた。

その途端、アルベドが必死に展開した防壁で受け止めていたウィルスの中の数体がざっくりと削り取られ、ボロボロと崩れ落ちていく。

流石に、それだけではウィルスを支配しているらしいハッカーは弾けなかったが、このデミウルゴスの攻撃が通った事で、あちら側も自分が狙っていたサーバーに防御システムが働いた事を察したのだろう。

デミウルゴスが、二つ目の防御用プログラムを発動させてウィルスを更に半数以上を削り取った瞬間、残りのウィルスをこちらに放つ事で視界を遮り、逃走を図ったのだ。

この時、小さな黒いものがデミウルゴスに削られバラバラになったウィルスの破片と共に、逃走を図ったハッカーへと降り注いだのだが、逃げる事が優先だったのとバラバラになったウィルスの破片とそっくりな色合いだった事から、そいつは気にせずに逃げていったのである。

 

また同じ事を繰り返させない為にも、本音を言えばハッカーをそのまま追跡したい所ではあったが、下手に深追いして相手のホームグラウンドに何の準備もなく乗り込むのは危険だったし、何よりこの状況を把握する用が優先事項だった。

 

戻って来たデミウルゴスが、サクサクとウィルスへの対処をした事で安全が確保されたからか、それまでアルベドが展開していた【ヘルメス・トリスメギストス】がゆっくりと立ち消え、彼女自身もその場に崩れ落ちる。

多分、今まで彼女一人だけでサーバーを守るなんて慣れない事をしていた為に、精根尽き果ててしまったといった所なのだろう。

今まで、【ヘルメス・トリスメギストス】が展開されていたアルベドの前には、小さな女性が好むチャームが半壊状態で転がっていた。

その状態を見る限り、どうやらアレが彼女の防壁である【ヘルメス・トリスメギストス】の防御プログラムが収められていた代物なのだろうと察しつつ、デミウルゴスは周囲の安全をチェックし、セキュリティシステムを回復させながら、ゆっくりと彼女の方へと歩き寄る。

半壊状態ではあるものの、これは彼女にとって大切なものの筈。

そう思い、アルベドにそれを返すべくそっとそれを拾い上げ、改めて彼女へと視線を向けてみれば、まだどこか呆然としている様だった。

 

もしかしたら、まだ彼女は自分が仮想サーバーから戻って来ている事にすら、気付いていないのかもしれない。

 

こんな状態になりながら、本来護る必要が無いデミウルゴスのサーバーと、そこに居ただろうウルベルト様たちの事を、彼女は全身全霊を掛けて守り抜いてくれた。

それにも拘らず、まだ自分が仮想サーバーに居るからこちらに姿が見えていないなんて勘違いをしているなら、早々に目を覚ませるべきだろう。

 

何より……デミウルゴスがここに戻って来るまで彼女一人でウィルスを相手にしていた分、幾ら【ヘルメス・トリスメギストス】を展開していたと言っても、何か異変があるかもしれない。

 

実際、彼女には敵のウィルスの攻撃を受けたと思われる場所が幾つかあって、普段なら純白のドレスがうっすらと汚れてしまっている。

ざっくりと見ただけでは、傷付いている場所はない様にも見えるが、もしかしたら解らないだけでどこか異常があるかもしれない。

流石に、自分のサーバーと主たちを守ってくれただろう彼女を、そんな状況から何らかの障害が出る様な状態に陥らせたりしたら、デミウルゴスの矜持が廃る。

 

前回、デミウルゴスが到底許せない事をしたのもアルベドなら、今回、デミウルゴスが心の底から感謝するだけの事をしてくれたのも、また彼女自身なのだから。

 

そう思いつつ、まずは彼女の状況をデミウルゴスで出来る範囲でチェックしつつ、その場に蹲って動く事が無い彼女の様子を確認しながら目の前まで歩き寄ると、そっとその肩に触れた。

既に、ものの数秒で行った簡易チェックでは問題ない事が判明していたので、彼女に触れる事に躊躇いはない。

デミウルゴスが肩に触れても、まだどこか呆然としている彼女に対して、ちょっとだけ苦笑しながらそっと声を掛ける事にした。

内容は、もちろんこの状況に対する感謝の言葉だ。

 

「ありがとうございます、アルベド。

もし、あなたがこうしてこの場で防壁を張って守って下さらなければ、この奥にいらっしゃったウルベルト様やみぃ様に、あのウィルスの群れとハッカーが襲い掛かっていた事でしょう。

それに関して、ただただ感謝の言葉しかありません。

ウィルスの襲撃を受けた際、不在だった私の代わりにこの場に留まり、ウルベルト様やみぃ様の事を守って下さって、本当にありがとうございました。

そして……おかえりなさい、アルベド。

他人を思いやる心を、この一月の間に本当の意味で学んだあなたは、赦され仮想サーバーから解放されたのです。

あなたが、このタイミングで戻って来てくれた事に、心から感謝します。

そのお陰で、私は何も失わずに済んだのですから。」

 

実際、アルベドがこの場で踏ん張ってウィルスと対峙してくれていなければ、サーバーに侵入したウィルスとハッカーに確実にウルベルト様とみぃ様が居る自分の部屋まで侵入されていただろうし、そうなったらどんな状況になっていたか判らない。

そういう意味では、間違いなく彼女が今回の一件における一番の功労者だと言っていいだろう。

本当に助かったのだから、デミウルゴスからすれば彼女に対して素直に礼を言うのは当然の話だった。

それに、アルベドがこうして無事にメインサーバーに戻って来たと言う事は、彼女は自分が不足していた部分を理解したと言う事である。

それを同じ仲間として、祝う事にも躊躇いなどない。

 

彼女の事を、仮想サーバーに落とした張本人であるデミウルゴスとて、この一か月の間に仲間のメールペットたちや主の方々からのレポートを読んで、色々と思う所はあったのだから。

 

デミウルゴスの言葉を聞き、触れている彼の手の感触を実感した事によって、漸くアルベドも自分が仮想サーバーから本来のメインサーバーへと戻って来ている事に気付いたのだろう。

呆然としていた状態から、彼女の瞳に正気の色が浮かんだと思った瞬間、ポロリと涙があふれ出る。

自分の状況に気付き、アルベドは肩に触れていたデミウルゴスの手を取ると、ただ涙をあふれさせていた。

 

「私……ウルベルト様とみぃちゃんの事を、ちゃんと守れたのね?」

 

自分が戻って来た事より、最初に確認するのがウルベルト様とみぃ様の安全と言う時点で、本当にアルベドの心境は変化したのだと言う事が、デミウルゴスに伝わって来た。

 

〘 これなら、もう彼女は大丈夫だろう 〙

 

そんな事を考えながら、デミウルゴスが質問への返答として頷いて同意すると、ホッとした様にまだどこか強張っていたらしい彼女の気配が和らいだ。

周囲の状況を把握出来ない程、彼女は死力を尽くしていたと言う証である。

そして、その事実が齎した結果だろうが余程嬉しかったのだろう。

 

「……良かった……私はただ、ウルベルト様とみぃちゃんの事を守りたいと思っただけだもの。

私、ここに戻れた事以上に、ウルベルト様たちの事を守れた事が出来た、それが一番嬉しいわ……」

 

そう呟く彼女の顔は、未だ涙が止まらない様子ではあるものの、実に晴れやかなものだ。

かつて、どこか毒々しいイメージを与える笑みを浮かべていた彼女とは、とても同じ人物と思えない。

それこそ、別人のようだと言っても過言ではない程、その笑顔は柔らかな印象を与える美しいもので。

良い方向に変化した彼女の事を、デミウルゴスは心の底から喜びながらそっと彼女へと手を差し伸べた。

 

「……一先ず、この場所のセキュリティの復旧は既に始まっていますし、一旦私の部屋へ戻りませんか?

先程の襲撃に関して、もっと詳しいお話も聞きたい所ですからね。

それに……これだけの事をしたばかりですから、少しくらい私のサーバーで休んで行かれた方が、あなたにとっても良いでしょう。

タブラ様にも、ウルベルト様から事情を説明するメールをお届けする必要がありますからね。

という訳で、このまま一緒に来ていただけますか?

あなたさえ宜しければ、久し振りにお茶と茶菓子を御馳走させていただきますよ、アルベド。」

 

そう、笑顔と共にお茶への誘いを掛ければ、アルベドはまだ涙を溢しながら嬉しそうに笑い返しつつ、差し出されたデミウルゴスの手を取ったのだった。

 

 




少し遅くなりましたが、これにてアルベド騒動の本編はほぼ終わりです。
年内に後もう一話、この騒動の裏側の後始末的な話が挙げられたら良いなぁと思っています。
前書きでも書きましたが、分断しようと思えば四話に分断で来た話でした。
今回、一話での最長の文字数になりましたし。
予告で、一応後一話と書いたので纏めちゃいました。
本音を言えば、この前にウルベルトさんによるレポート考査とか、デミウルゴス、シャルティア、パンドラズ・アクターの三人によるレポートの討論会に関する内容とか、るし☆ふぁーさん視点での、このアルベド騒動の裏側とか、色々書きたい部分があったんですけど、読みたい方もそんなにいないだろうとカットになりました。

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