メールペットな僕たち   作:水城大地

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シャルティアの努力の結晶と繋がっている部分がある、デミウルゴス側の話。


デミウルゴスの怒り

シャルティアがメインで行動し、漸く完成させる事が出来たシステムを前に、デミウルゴスは小さく苦笑を浮かべていた。

友人であるシャルティアやパンドラズ・アクターの被害を知っていたし、あそこまでの意思を押し通す程にシャルティアが追い詰められていた事も知っていたからこそ手伝ったが、開発したシステムをデミウルゴスが使う事はないだろう。

なにせ、今回の一件で対象となるのは、一部の例外を除くアルベドの主であるタブラ様とメールのやり取りをしているギルメン全員である。

もちろん、ウルベルト様もメールをやり取りしているが、彼とメールペットのデミウルゴスは数少ない一部の例外に当て嵌まる事から、基本的にアルベドの問題行動の対象外だからだ。

 

そう……デミウルゴスはアルベドより確実に頭が良い為、下手にうっかり手を出したら逆に自分がやり込められるのを察しているのか、アルベドはウルベルト様にはちょっかいを掛けてこないので、割と穏やかな環境を維持出来ているのである。

 

デミウルゴスとしては、自分を含めた全てのメールペット達が、この仕掛けをアルベドに対して使う日が来ない事を願っていた。

これは、文字通りアルベド対策の最終的な切り札のような代物であり、一度使ってしまうと頭の良い彼女に対策を練られる可能性がある事から、ギリギリまで使用するべきではない代物である。

まぁ、このシステムを構築したシャルティア自身は、アルベドに対して一度目に見える形で報復が出来れば、ある程度満足してしまう様な気もするので、それでも構わないのだろう。

むしろ、デミウルゴスがこれを構築した事で一つだけ気になる事があるとすれば、だ。

 

漠然とだが、己の主であるウルベルト様がシャルティアを中心に何かしてる事を察知している事だろうか?

 

それとなく、デミウルゴスに対して確認を取ってきたのだからほぼ間違いない。

ただ、自分達が独自で何をしているのか余り深く聞いて来なかったのは、ウルベルト様なりに我々の事を信用して下さっているからだろう。

それに、ウルベルト様たちも今回の件に関して、何もアルベドの行動を見逃している訳ではなかった。

 

このシステムをシャルティアが完成する前に、主たち側でタブラ様に対してアルベドの行動に関する大量の苦情をギルド会議の場で突き付け、タブラ様とアルベドの態度に関する改善要求をされた事を、デミウルゴスはウルベルト様から聞かされて知っている。

 

それによって、タブラ様側が個人的に抱えていた問題点も幾つか発覚し、今はそちらを改善している最中だと言う話も、デミウルゴスはウルベルト様から教えられていた。

詳しい事情までは、ウルベルト様自身もタブラ様から聞いた訳ではないそうだが、タブラ様もリアルでは複雑な立場があるらしく、素のままの声を我々に聞かせる事は出来ないらしい。

その結果、今までタブラ様は我々に対してお声を掛ける事が出来ず、ただ無言でメールペットが持参したメールを受け取り、ただ型通りにお礼のお菓子を渡す事で場を凌いでいたのだそうだ。

 

だが、リアルでも知り合いの建御雷様が、今回の事を心配してタブラ様の所へ直接訪ねた事でそれが発覚し、ヘロヘロ様といろいろ相談した結果、普段ユグドラシル内で使用している声を再現出来るソフトをダウンロード出来るように調整中なのだとか。

一先ず、現時点では【使用する声のお試し期間】と言う状況との事なので、本来のタブラ様の声のトーンまで完全に再現出来ていないらしい。

そんな理由から、まだ満足に話す事が出来ない状態であるものの、我々に対して一度のメール配達に対して一言二言程度の内容で、少しずつ声を掛けて下さるようになった。

この件に関しては、アルベドに対しても我々と同じく【話をしない】と言う対応をしていたらしい。

その結果、本来なら彼女に対して愛情を注いでくれる筈のタブラ様との間に、メールペットと主としてのあるべき意思疎通がかなり薄かったのも、彼女の行動に拍車を掛けていたのだろう。

だが、そのタブラ様側の問題が少しずつでも改善される事になったのだから、彼女の側にも変化が必ずある筈だ。

 

〘 もしかしたら、これから先の彼女は少しずつ変われるかもしれないですから、ね…… 〙

 

メールペットの中で、最初に生み出され自他ともに認める最年長のデミウルゴスとしては、年下のメールペットの一人であるアルベドの行動が、今まで主であるタブラ様からの愛情不足だった事からの寂しさの暴走だと、既に察していた。

これを、アルベドと同時期に生まれたシャルティアたちに理解しろと言うのは、多分難しいのだろう。

主に、これでもかと言う位に深く愛されているシャルティアたちには、幾つもの不足からそれを実際に感じ取れないアルベドと比べて自分たちがどれだけ幸せな環境に居るのか、理解するのは難しいのだ。

 

もちろん、デミウルゴス自身も彼女の置かれていた状況を知るまで、その心理状態をきちんと理解出来ていた訳ではない。

 

これらの事は、全部、主であるウルベルト様から教えて貰った事だ。

己の主であるウルベルト様は、デミウルゴスに対して全幅の信頼を寄せてくれていて、彼の為になると判断したらどんな事でも教えてくれるし、色々と彼に任せてあらゆる自由を与えてくれている。

リアルの本当の姿も、色々なお世話をさせていただいているうちに、「お前は、知っておく必要があるだろう」と教えて下さった。

 

正直、最初にウルベルト様のリアルのお姿を拝見する事が出来た時、人工的に作られたアルベドやシャルティアなど足下に及ばぬ美しさだと、本気で思ったものだ。

 

まるで、一つの大きな宝石の原石から細心の注意を払いながら傷一つ付ける事なく削り出した様な、そんな繊細で見る者を一目で魅了する美貌を持つウルベルト様は、人前に滅多にその素の顔を晒す事はない。

いつも分厚く野暮ったい眼鏡を掛け、特殊メイクで顔のシルエットを本来あるべきスラリとしたものから、痘痕だらけの病的な雰囲気に変えられるのは、昔から習慣的に身に着けた自己防衛の為だと教えていただいている。

リアルにおいて、今のウルベルト様を取り巻く環境下でその素の顔を晒すのは、自ら危険を招くのと同意語だと自覚していてくだっているらしい。

その美しい容姿を知って以来、ウルベルト様が住む部屋のセキュリティを更に強固なものにしたのは、デミウルゴスだけの秘密だったりする。

 

以前、デミウルゴスがここに来たばかりの頃に強盗が侵入した事もあった以上、ウルベルト様の安全を守る為により警戒網を強化するのは、彼にとってむしろ当然の話だった。

 

そんなウルベルト様だが、デミウルゴスが自分の元へとやって来てから、色々と精力的に仕事に取り組んでいるらしい。

今まで以上にウルベルト様が仕事に取り組んだ事によって、少しずつ増えた分の収入は全てデミウルゴスの能力アップに注ぎ込んでいるのだから、自分にとって本当に最高の主だとデミウルゴスは頭が下がるばかりである。

だからと言って、仕事に取り組む時間を増やした分、デミウルゴスと過ごす時間を削っている訳ではない。

 

色々な仕事の関連の資料集めなど、ウルベルト様が自宅で仕事をする際には手伝いを許されているので、今までは許されていなかったウルベルト様の仕事を手伝える事が、デミウルゴスにとってとても嬉しかった。

 

そんな風に、デミウルゴスにとって忙しくとも穏やかな日々が過ぎていく。

アルベドの件だって、今はまだ他のメールペットとの間に解決していない問題が幾つもある為、完全に解決するにはまだ時間は掛かるだろうが、これはアルベドがある程度時間を掛けてでも変わっていけば、いずれ全部丸く収まっていく事だ。

まだまだ、自分も含めてメールペットたちは経験値が足りないのだし、彼女が自分の行動にどれだけの非があったのか理解して変われれば、まだ十分に取り返しがつく範囲だろうと、デミウルゴスがそう考え始めた頃である。

 

いつもの様に、朝のメールの配達を終えたデミウルゴスが、自分メールサーバーへと戻って来た瞬間、思わず目を見張る程の変化を感じたのは。

 

どう見ても、それは普段からデミウルゴスが馴染んでいる自分の領域とは、全くその場の空気が違っていたのだ。

ウルベルト様が、メールペットとしてのデミウルゴスの為に色々と考えながらその基礎を作り、それを更にデミウルゴスが強化する様に構築したセキュリティシステムによって、普段なら僅かな歪みすら生じない様に綺麗に整えられている空間に、今はかなり大きな歪みが生じている。

一応、サーバー内に仕掛けられているセキュリティシステムによる復旧が掛かっているが、一目見ただけで【何かが侵入して、このサーバー内を無理矢理荒していった】状況なのだと、現状が物語っていると言っていいだろう。

 

「だ、誰が私の……ウルベルト様のサーバーに侵入した!!!!」

 

自分の不在によって、サーバーのセキュリティシステムの強度が下がっている時を狙った様な、そんなタイミングでの侵入者の存在に、言葉に出来ない程の怒りを燃やしながらデミウルゴスは自分のウィルス対策ガードのレベルを一気に最大まで上げる。

何のウィルス対策もせず、急いでサーバー内へ戻ると言う愚は犯せなかった。

万が一、まだサーバー内にウィルスが残っていたりしたら、自分まで感染してウルベルト様に更に迷惑を掛ける危険があるからだ。

対策を万全に取った状態で、サーバーの中に入ろうとしたタイミングで、ウルベルト様からの緊急連絡が入った。

どうやら、ウルベルト様が居るリアルでも、何か問題が生じたらしい。

 

現状について、最後までウルベルト様から話を伺った事で、ここへの侵入したウィルスの狙いがここの所ずっとデミウルゴスも手伝っていたウルベルト様の仕事のデータだと判明し、最終的にここのサーバーを狙っただろう相手の絞り込みは出来た。

 

だが、その事を相手から一切の反論が出来なくなるまで明確に実証する為には、今の段階では様々な点での証拠が足りないと言っていいだろう。

実に腹立たしい事だが、リアルでは【生まれ】と言う大きな壁が存在していて、どんなにウルベルト様の方が相手よりも才能があったとしても、その生まれの壁だけで押し潰されてしまう事が往々にあるらしい。

今回の一件も、その壁がウルベルト様の前に立ち塞がった結果だと、そう受け取って良いのだろう。

現状を鑑みれば、既に復讐すべき相手も絞り込めている事だし、そちらに対してはいずれきっちりと報復をするとして、だ。

今のデミウルゴスには、そちらよりももっと気になる事があった。

それは、今回自分のサーバーを荒していった、ウィルスの侵入経路だ。

今回の一件を顧みると、どう考えても自分がこの場を守る為に組み上げたセキュリティシステムでは、多少の手間を掛ければウィルスの侵入を許してしまう孔が、どこかにあると言う事になる。

 

「ここのセキュリティは、ヘロヘロ様からのお墨付きを貰っていたのですが……それでも、まだ甘かったと言う事でしょうか?」

 

侵入した相手への痛烈な怒りは消えないが、それよりもウルベルト様のサーバーを守る立ち位置を自負していたデミウルゴスは、冷静にこの状況を確認していく事を優先すべきだと、サーバー自体の復旧と共にウィルスチェックや自分が不在だった三十分間のサーバー内に出入りした存在を洗い出していく。

そこまで徹底して調べるのは、ちゃんとした理由があった。

ウィルスだけではなく、第三者……仲間のメールペットが自分の不在時にメールを届けに来ていた場合、彼らに迷惑を掛ける可能性もあるからだ。

 

そうして……一時間後。

復元可能なデータを全て復元し、そこからあらゆるデータを洗い出し終えたデミウルゴスは、ウィルスの侵入を許した直接の原因を発見して、目の前が怒りのあまり真っ赤に染まるのを感じていた。

そう、デミウルゴスのサーバーのセキュリティシステムには、ウィルスの侵入を許す様な孔があるなどの問題はなかったのだ。

ウルベルト様のサーバーに、ウィルスの侵入を許す事になった直接の原因。

 

それは、自分が不在だった僅かな時間の間に、タブラ様からのメールを配達する為に訪ねて来たアルベドだった。

 

アルベドは、タブラ様からのメールを指定されたメールボックスの中に入れた後、勝手にデミウルゴスの端末の中のデータを弄り、それによってセキュリティシステムに小さな穴を発生させたのである。

これに関して、デミウルゴス自身にも油断があった部分も、確かにあるだろう。

例え、そこが自分のサーバーの自分の部屋の中だったとしても、誰が訪ねて来るか判らない場所に端末を置いたまま、放置していたのだから。

確かに、今まで自分を含めた他のメールペット達は、他人のサーバーに出向いても勝手にそこのメールペットの端末に触れるなんて真似をした事は、一度も無い。

だからこそ、デミウルゴスも端末に対して特にセキュリティロックをしていなかった。

 

まさか、こんな朝の早い時間帯に、アルベドがタブラ様のメールを届けに来るとは思わなかったし、【他のメールペットの端末に勝手に触れる】と言う、メールペットの間でやってはいけない暗黙の了解を、頭の良いアルベドが犯すとは思わなかったのである。

 

その辺り、完全にデミウルゴスの油断を突かれた形になったと言っても、ほぼ間違いないだろう。

これに関しては、デミウルゴスの反省すべき点として、これからは改善するとして、だ。

流石に、今回ばかりは【このままアルベドの事を見逃す】と言う選択肢を選ぶ気持ちには、とてもなれなかった。

 

アルベドがした事は、本人にその自覚があるか無いかなど関係なく、ウルベルト様への敵対行動だと言っても過言ではないだろう。

 

現在の状況を改めて聞けば、ウルベルト様は盗まれたデータを丸々全部利用された揚げ句、その相手から逆に冤罪を着せられ、既に職を失っているのだ。

リアルにおいて、ただでさえ職場を首になったら生きていくのが困難なのに、更に冤罪を着せられて職を失っているこの状況だと、このままウルベルト様が新しい就職先を見付けられない可能性は、かなり高い。

ウルベルト様も、その辺りを良く解っているらしく、すっかり現状に対して意気消沈している。

先程の連絡では、既に自分にはもう先がないと理解したかの様に、失意に満ちたウルベルト様からこう言われてしまった。

 

「最期まで、お前を巻き込む事になって、済まない。

せめてお前だけでも、今の時点でモモンガさんたちに託すべきなのに、それを選択出来ない俺を許してくれ……

情けない主だが、このまま俺が【死】と言う最期を迎えるまで……せめてそれまでの間だけでも一緒いてくれないか、デミウルゴス。

その代わり、俺がリアルで死亡した時点で、ヘロヘロさんの所かモモンガさんの所でデミウルゴスも世話になれる様に、彼らに対してきちんと頼んでおくから。

お前は、何も心配しなくていいんだよ、デミウルゴス。」

 

と。

誰よりも大切な主から、そんな事を言われて安心出来るメールペットなどどこにもいないと言うのに、ウルベルト様はそう力なく笑って告げてくる。

運悪く、つい数日前にウルベルト様はデミウルゴスの処理速度が上がる様にデータ容量を増やすべく、少し纏まった金額を使用していて、手持ちの資産に余り余裕がない事も、精神的に追い詰められる要因だった。

普段なら、給料を受け取って余裕がある時にしかしない行動をウルベルト様が選択したのも、職場の総責任者から「今回は、採用不採用に関わらずデータ作成し提出した者に金一封を与える」と言うお墨付きが公示されていて、実際にデータと引き換えにそれをウルベルト様もそれを受け取っている。

 

冤罪を掛けられ、半月働いた給料すら貰えず工場を首になった今では、それこそ雀の涙にも満たない様なはした金でしかないが。

 

そう、ウルベルト様は首を言い渡されるまで働いた半月分の給料すら、冤罪を理由に受け取る事が出来なかったのだ。

だからこそ、余計にウルベルト様は絶望を感じているのだろう。

そう考えると、ウルベルト様を追い詰める状況を作り出した時点で、アルベドの取った行動は【知らなかった】では済まされない。

 

少なくとも、デミウルゴスにはアルベドこのままは放置する気はなかった。

 

まさか、自分がシャルティアの作ったシステムを起動させる事になるとは思っていなかったが、こうなっては仕方がないだろう。

正直、いつまでも今回の様な彼女の傍若無人な行動が許されると、そんな考えのままでいて貰っては困るのだ。

むしろ、アルベドが今回の様に好き勝手な行動をした事によって、メールペットの主たちに対して害を成すのなら、彼女に掛ける情けはないに等しいと言っていいだろう。

ただ……シャルティアの作ったシステムだと、単純に彼女の存在がミラーサーバーへ弾かれるだけなので、もしかしたら偶然不在が続いてるだけだと、勘違いしたまま済んでしまう可能性もある。

なので、デミウルゴスはそこに一つだけ手を加える事にした。

アルベドが、他人のサーバーにおいても迷惑を被る側の事を何も考える事なく、あれだけ自分勝手で自由気ままに振る舞うと言うのなら、こちらにも考えがあるのだ。

 

今まで、あれだけ好き勝手に振る舞ってきた彼女に、相応しい報いを。

 

そんな考えの下、シャルティアがメインで構築したシステムに、デミウルゴスが手を加えた部分など、それ程大した事ではない。

最初に用意した対アルベド用の仮想サーバーの上に、自分たちが現在使用している本来のサーバーを重ねて見せる事で、こちらの姿は見えたとしてもアルベドに触れる事が出来ないと言う状況を作り出す事にしただけだ。

こうする事によって、自分達の声はアルベドの元へ普通に届いていたとしても、メインサーバーの下に重ねられただけの仮想サーバー内に居るアルベドの声は、どんな事をしてもこちら側に届かない。

例え、仮想サーバー内でアルベドがどんなに暴れ回り泣き喚いたとしても、全く別回線のこちら側には一切伝わる事はないし、彼女の行動によって影響が出る事もない。

その状態なら、アルベドがどれだけ今までの様に自由奔放、勝手気ままな素振りを己の主に対して振る舞おうとしても、あくまで彼女側にこちらの状況が見えているだけで主たちに一切の接触出来ないし、メールペット達も彼女の振る舞いで不快になる事はないのだろう。

 

こちら側には、一切彼女の方法が伝わってくる事はないのだから。

 

なぜ、デミウルゴスが今回の一件に対する報復として、彼女の存在を封印するなり消滅させるなり選択せずに、こんなちょっとだけ手の込んだ方法を選んだのかと言えば、それにはちゃんと理由がある。

ただ単純に、別の場所に封印されたり存在を消滅させられるよりも、このまま未来永劫誰とも触れ合えぬまま、仮想サーバーの中で一人さ迷い続ける事の方が、アルベドにとっては身を切るよりも辛い罰だろうと、デミウルゴスは今までの彼女の行動から察知したからだ。

あれだけ愛を欲した彼女にとって、どんな形でも明確に見える罰を与えられるよりも、彼女の存在そのものを無いものとして扱われる方が、下手な拷問よりも肉体的に与えられる罰よりも、より苦痛な筈。

この罰を執行してしまえば、この先彼女はどこのサーバーに行ったとして、自分の存在を一切認識して貰えなくなるだろう。

例え、仲間のメールペットの目の前に邪魔する様に立ちはだかったとしても、仮想サーバーと言う別の空間に存在している彼女は、誰にもその存在を認識して貰えず、触れる事も話す事すら一切叶わない。

そんな扱いに、我慢出来なくなってその場で暴れたとしても、その被害すら全て彼女が居る仮想サーバー内の事で、デミウルゴスたちが居るメインサーバーには何も影響も与えないのだ。

 

自分が【存在しない者】として扱われる事に、いつまでアルベドの心は耐えられるだろうか?

 

あくまでも推測でしかないが、それ程長く彼女の心が正気を保っていられると、デミウルゴスは思っていない。

いずれ、正気を手放したアルベドは、荒れ果てた仮想サーバーを幽鬼の様にさ迷い歩くだけの存在に成り果てるだろう。

それこそが、ウルベルト様に対して害を成した彼女に相応しい罰だと、デミウルゴスは本気で考えている。

最初の設定を見る限り、シャルティアたちは、少し彼女を隔離して反省したら解除するつもりでいた様だが、ウルベルト様にあれだけの絶望を齎す状況を生み出しただろう彼女を、デミウルゴスは到底許すつもりにはなれなかった。

なので、今回の仕様に変更するついでに、簡単に解除出来ない仕様に変更してある。

 

デミウルゴスにとって、至上の主であるウルベルト様に無意識にでも危害を加えたアルベドを、どうして消滅や封印なんて、どこかへ逃げるのと変わらない様な生ぬるい罰などで許してやれるだろうか?

 

そんな事を考えつつ、ウルベルト様から承った作業を含め全てをやり終えたデミウルゴスは、アルベドを除く全てのメールペット達に、今回の詳細を纏めた内容とデミウルゴスが手を加えてバージョンアップした仮想サーバー構築データを、メールペット間で構築した連絡網(アルベドは入っていない)を使用し、送信する事にした。

仮想サーバーの改変中、るし☆ふぁー様からのメールを配達に来た恐怖公によって、サーバー内に彼の眷属と言う名のウィルスチェッカーが大量発生する事態も発生したが、デミウルゴスにとってそれは別にそれほど気にならなかったので割愛するとして、だ。

 

仲間たちからの返事を待つ事、三十分。

 

デミウルゴスの予想通り、流石に今回のアルベドの行動は許容範囲を超えていると、全員から彼女の隔離に関する賛成意見が集まってきた。

流石に、同じ様な行動をアルベドに自分たちのサーバーでされる状況になったら、自分達の大切な主に危害が加わる可能性が高い事から、誰も反対する意見が出てこなかったのである。

 

あの、セバスですらデミウルゴスの主張に対して一切の反対しなかったのだから、余程メールペット全員に危機感を与える案件だったのだろう。

 

〘 まぁ……今のセバスの元には、姉と慕うたっち様の実のご息女が一緒に下りていらっしゃっているからね。

そんな場所、でアルベドに今回の様な真似をされたりしたら、まだ幼い彼女にどんな害があるか判らないからこそ、余計に今回の行動に厳しい意見を出しているのかもしれない。

だが、そうセバスが判断を下したのも、当然と言えば当然の話だ。

主と共に護るべきものを抱えている状況で、他に気を回せるほど器用な男でもないからね、セバスは。 〙

 

彼のサーバーに居る、小さなレディの事を思い出しながら、仲間たちから寄せられた返答に目を通していたデミウルゴスは、ふとある人物からの返答で手を止めた。

賛成意見がほぼ集まった中、一つだけ気になった返答があったのだ。

それは、自分にとって親友とも言うべき存在の一人である、パンドラズ・アクターからのもの。

彼もまた、アルベドによる大きな被害を被っていた一人だが、そんな彼の意見は少しだけ他とは違っていた。

 

『 今回の事、ウルベルト様が受けた被害を考えれば、到底アルベドの所業は許されざるものでしょう。

彼女の所業に関して、罰を与える事に関しては賛成いたします。

ですが、普段は早朝にメールをアルベドに託す事が無いタブラ様が、どうして今回に限りウルベルト様宛のメールをアルベドに託したのか、その理由もまた気になります。

今宵は、モモンガ様を始めとした我らの主の会議が行われる日でもあります。

絶対に、今回の事も議題に上がるのは間違いないでしょう。

本来ならば不敬ではありますが……その場の様子を、デミウルゴスならこっそり覗き見る事が可能ではないのでしょうか?

もしそれが可能なら……いっそ、その場の話し合いをあなた自身が直接耳にする事によって、我らの主の意向を知るべきだと、私は申し上げさせていただきます。

ただ、怒りによる復讐心からアルベドに対して罰を与えるだけではなく、御方々のお気持ちを汲んだ上での対応を、私は望みます。 』

 

最初、パンドラズ・アクターからの返信を見た際は、〘 随分とお優しい事だ 〙と苦笑を浮かべたものの、言われてみれば確かに気にはなる。

この時点で、既に他のメールペットからは同意を受けられた事もあり、アルベドを仮想サーバーへと飛ばす合図そのものは送信済みだし、実際に仮想サーバーも無事に構築され彼女が隔離されているのも確認済みだ。

全員が同時に構築した事で、彼女の拠点であるタブラ様のサーバーすら完全に仮想空間に飲み込まれている為、この先タブラ様とすらアルベドは触れ合う事も話す事も出来ないだろう。

 

デミウルゴスの手で、そう言う形で仮想サーバーを構築する様に仕組んだのだから、まず間違いなく成功している筈だ。

 

現在進行形で、大切な主であるウルベルト様を奪われる可能性があるデミウルゴスからすれば、これは当然の報復である。

彼女自身、主すら奪われる苦痛を思い知ればいいと、本気でデミウルゴスは思っていた。

未だに、ウルベルト様の今後は確定していないのだから、デミウルゴスがそう考えるのは当然の事だ。

 

だが……確かに彼の主張している事もまた、間違いではないだろう。

 

ついつい、ウルベルト様に及んだ被害に関して目が奪われてばかりいたが、確かにあの時間帯にタブラ様がわざわざメールを送信して来た意図に関しては、メールそのものが復元出来なかった事で判っていない。

パンドラズ・アクターが言う様に、今夜は我らの主全員が集まる会議の日だ。

ウルベルト様は、自分が置かれている現状を鑑みた結果、他のギルメンにまで被害が及ぶ事を恐れ、その場でギルド脱退とユグドラシルの引退を表明するつもりでいるらしいが、デミウルゴスには到底受け入れられない話だった。

 

〘 多分……いや、間違いなく、ウルベルト様の身に起きた今回の一件が議題に上がれば、他の方々から何らかのリアクションがあるだろう。

最悪でも、御方々のうちのどなたかがカンパを提案して下さる可能性は高い。

そうなれば、御方々から集まった金額を【仲間を助ける為に】と言う名目で、ウルベルト様に渡される事になるでしょう。

それを、もしこの私が丸々預かれると言うのならば、絶対に株などあらゆる形の資産運用を行い、今後のウルベルト様の生活費を捻出して見せます!

後……普段はどちらかと言うと余り仲は宜しくない様子ではありますが、富裕層出身のたっち様なら……もしかしたら次の就職先の斡旋位ならしていただけるかもしれませんね。

どちらにせよ、これからウルベルト様が赴く会議の結果次第ではありますが…… 〙

 

今回の一件で、相当な精神的なダメージを負っているウルベルト様に付き従う様に、そっとデミウルゴスも意識だけをギルメン達が集まる会議場へと落とし込む。

既に集まっていたギルメン達に、自分の状況を打ち明けるウルベルト様の様子は、とても見ていられる様なものではなかった。

セキュリティ面で、ヘロヘロ様の言葉から変な方向に問題になり掛けたが、るし☆ふぁー様と恐怖公の持つスキルをウルベルト様が受けたと言う話が公になり、そのお陰で場の雰囲気が変わったので、この状況では感謝する以外に他にない。

そして、デミウルゴスがわざわざこんな真似をして知りたかった、タブラ様のメールの意図が判明した。

 

あれは、ウルベルト様の事を罠に嵌めようとする者が居るという、警告メールだったのだ。

 

もし、タブラ様のメールが後少しだけ遅く届いていれば、デミウルゴスの帰還する時間と重なり、アルベドの問題行動は発生しなかっただろう。

そうなれば、少なくてもウルベルト様のサーバー内にウィルスが侵入してデータを奪われる事は起きなかった。

ただ、るし☆ふぁー様やぷにっと萌え様の推測通りだった場合、ウルベルト様の作ったデータをどんな形にしても不正にコピーしていただろうが。

 

状況的に考えて、今回の一件でウルベルト様には逃げ場が無かった可能性が高い事も、デミウルゴスには理解出来た。

 

だが……それでも、アルベドの問題行動が無ければ、デミウルゴスは彼女の事を恨まずに済んだ筈だ。

そんな風に考えながら、静かに会議を見ていたデミウルゴスだったが、アルベドの主であるタブラ様の取った行動に、思わず目を見開く事になる。

タブラ様は、そのご自分の出したメールを運んだアルベドの犯した可能性がある行動を察し、その非をすぐさま認めて下さったのだ。

それだけではない。

アルベドの罪を詫びる為に、ギルメン達が見ている前でウルベルト様に対して土下座して謝罪するだけではなく、ウルベルト様の当面の生活費を全て自分が払うとの申し出までして下さったのである。

生活費に関しては、建御雷様から「流石に、そこまでしたらウルベルトさんが恐縮する」とのお言葉があり、仕方がなく諦められたものの、もし建御雷様から注意される事がなければ、タブラ様は本気でそれを決行されるつもりだったのだろう。

 

そう……少なくても、その覚悟をタブラ様の声の中に感じ取る事が出来た。

 

アルベドのした事の責任を、タブラ様が彼女の主であり親である立場で取る覚悟を明確に示して下さったのを見て、デミウルゴスは腹を決める。

今の時点では、彼女がした事を許す気になど、とてもなれない。

それだけの事を、彼女は実際にしたのだ。

 

だが……ここまで彼女の為に詫びを入れるタブラ様の姿を見たら、たった一つだけチャンスを与えても良いかもしれない。

 

ただし、それに関してのヒントは与えるつもりは、デミウルゴスにはなかった。

全て、彼女が自分で何が悪かったのか気付けるか、ただそれだけが彼女が許される可能性の鍵になる。

それらの事を全て、ウルベルト様を含めたメールペットの主に伝えるべく、デミウルゴスは一通のメールを主たちとメールペット全員の元へと送ったのだった。

 




という訳で、アルベドに対するデミウルゴスの怒りはこんな感じです。
そして、今までオープンになっていなかった、彼女に対する報復の詳細になります。

感想欄で、色々とどんな感じの罰になるのか予想されていたりしましたが、実はウルベルトさんの話を書いた時点で、既にアルベドが大きな騒動を起こしたらこの罰を課すことが決まっていました。
実際、この話の前に投稿した【シャルティアの努力の結晶】は、ウルベルトさんの話をpixiv版で投稿した時点でほぼ七割まで書き上がっていましたからね。
と言うか、加筆して一話分にする前の【シャルティアの努力の結晶】に関しては、ウルベルトさんの話の中に盛り込まれる予定だったのを、流石にあの時点で出すのは拙いネタだと思い直して丸々カットした部分だったりします。

かなり精神的に厳しい罰になった様な気もしますが、彼女のせいで主であるウルベルトさんを失いそうになったデミウルゴスの怒りを考えれば、妥当なような気もします。

今回の話で、漸くこの【アルベド騒動】は折り返し部分に入りました。
予定では、残り後三話で決着をつけるつもりですが、長さによっては分割して話数が増える可能性もあります。
もう暫くお付き合いくださると嬉しいです。

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