メールペットな僕たち   作:水城大地

44 / 51
ちょっと遅れましたが、バレンタインの話の続きになります。


メールペットとバレンタイン ~当日のちょっとした一コマ~ 前編

 【 セバスの場合 】

 

 バレンタインデー当日の朝、いつもの様に主であるたっち様とみぃお嬢様との朝の一時を過ごしていた私は、思わぬ難問を突き付けられてしまいました。

 

 いつもの様に朝の挨拶をした後、みぃお嬢様に衣装を選んでいただき、その後でお食事を準備していただくだけだと思っていたのですが、どうやら今日は違っていたようなのです。

 どこか、はにかんだ様な笑みを浮かべたみぃお嬢様が、私に向けて少しだけ躊躇た後に勢いよく差し出されたのは、リボンが掛けられた一つの小さな箱。

 そこから微かに漂う香りから察するに、チョコレートなのでしょう。

 みぃお嬢様の様子と、今日の日付でどうしてこれが自分に用意されていたのか、理由を察せられない程鈍くては、とても執事などは勤められませんからね。

 

 そして、私が予想していた通りの答えが、彼女の口から零れ出ました。

 

「ハッピーバレンタイン、セバス!

 これはね、リアルでほんとうにみぃがつくったチョコを、ルーせんせいがみんなにもわたせるようにって、まるまるデータをコピーしてくれたものなの!

 セバスは、わたしのだいじなおとうとだから、いちばんさいしょにあげるね!」

 

 ニコニコと笑顔のまま、小さな手で差し出された箱を落とさない様に気を付けながら受け取れば、ますます嬉しそうな声を上げてみぃお嬢様は笑顔を溢します。

 やはり、辞退せず素直に受け取る事を選択した事で、みぃお嬢様に喜んでいただけようですね。

 彼女に促されるまま、リボンを丁寧に解いて箱の蓋を開けて見れば、まだ小さな子供が作ったと言う割には綺麗な星形のチョコレートが一つ収められていました。

 どうやら、これは最初の宣言通り、みぃお嬢様がご自分でお作りになった物なのでしょう。

 

「セバスのは、つくったチョコのなかでもきれいにできたおほしさまなの!

 ハートはパパとかすきなひとにおくるんだって、ママもルーせんせいもいってたもん!

 だから、セバスはおほしさまなの!」

 

 ご機嫌な様子でそう言いながら、お嬢様はいつもの様に衣装ダンスの前へと移動すると、私の本日の衣装を選び始めていらっしゃいます。

 私たちのやり取りを、ずっと横で見ていらっしゃったたっち様が何も言わない所から考えて、今日、私がこうしてみぃお嬢様から渡されたチョコレートは、以前から色々と用意されていた物なのでしょう。

 そうでなければ、まだ幼いみぃお嬢様にいきなりこれだけのものが作れるとは、とても思えません。

 私へのプレゼントが成功した事を、心から喜んでいるみぃお嬢様の様子を見ていると、このままただ受け取るだけではいけないでしょうね。

 

 これは、是非とも何か私からもお礼を差し上げるべきでしょう。

 

 以前、パンドラズ・アクターや恐怖公と話していた時に、我々の主である方々が住んでいる地域以外では、バレンタインデーに男性から花やケーキなどのプレゼントを贈ると言う話を聞いた事があります。

 なんでも、男女問わず恋人など親しい相手や家族に贈る風習なのだとか。

 それらの前例に倣うなら、私からみぃお嬢様に何か贈り物をしても問題はないでしょう。

 

 何と言っても、私とみぃお嬢様はたっち様から家族だと言われているのですから。

 

 それ以外にも、今日のメール配達の際には女性の主の方々から、みぃお嬢様と同じ様に何かをいただく可能性がある事を考えて、何か用意しておくべきでしょう。

 たっち様に仕えるメールペットとしても、かの方から家族と言っていただいている身としても、女性に対して何か手抜かりがあるなどと言う事態など、あってはならない事ですから。

 

〘 しかし……私が今から準備出来る品など、何があると言うのでしょうか?

 ……そう言えば、少し前にアルベドがここでみぃお嬢様の為に色々な布の小物を作った際に、使った端切れがしまってあった筈です。

 それを使えば、今からでも小さな花のコサージュ位なら十分間に合わせられるでしょう。

 アルベドが頻繁に来るお陰で、私も彼女がみぃお嬢様に指導する様を見て、それなりに手芸を学ぶ事が出来ましたからね。 〙

 

 もちろん、それらを材料として使ったコサージュの作成に当たるのは、みぃお嬢様やたっち様がリアルにお帰りになった後の話だ。

 今は、たっち様やみぃお嬢様と一緒に過ごす時間を優先するべきですからね。

 むしろ、私が彼らの前で何かを慌てて作る事で、いただいたチョコレートが負担になったのではないかなど、下手に余計な心配を掛けてしまってはいけません。

 そうならない為にも、みぃお嬢様の分のコサージュはこの後にある空き時間を使って作成し、夕方にお会いする際にお渡しする事に致しましょう。

 是非とも、みぃお嬢様には喜んでいただきたいですから。

 

 みぃお嬢様が選んだ衣装を受け取りながら、そんな風にセバスは今日のこの後にある空き時間の予定をさっくりと決めると、彼女の手を引かれながら食事の場へと移動していった。

 

 こうして、彼女に朝一番にチョコレートを渡されたお陰で、本当に女性陣がバレンタインデーに用意していたチョコレートを前にしても、卒ない対応を出来たセバスだったのである。

 

******

 

 【 コキュートスの場合 】

 

 彼は、主である武御雷様や自分自身の性格もあり、二月の半ばにバレンタインデーと呼ばれる日があって、その日は女性からチョコレートを渡されると言うイベントが発生する可能性がある事を全く知らなかった。

 そもそも、【バレンタインデー】と言う存在そのものを知らなければ、当然だがそれに合わせて何か対策を取る事など、普通に考えればまず出来る筈がない。

 残念な事に、普段ならこの手の事をそれとなく教えてくれるだろう、頼れる親友と言うべき立場にあるデミウルゴスは、前日までシャルティアにチャームの作り方を教え込みつつ自分の分のバレンタインの準備をするのが精一杯だったのだ。

 その為、今回に限って他に気を回す余裕が無かった事から、すっかりコキュートスにこの話を振るのを忘れていたのである。

 運が悪い事に、ここ数日は女性のギルメンの元へとメールを配達したり、デミウルゴス以外で特に仲が良いパンドラズ・アクターや恐怖公の元へのメール配達もなく、彼らが何かを忙しそうに用意している姿すら、目撃する事が叶わなかった。

 

 その結果、何も知らないままその日を迎えてしまったコキュートスは、偶々朝一番のメールを持参した恐怖公から【バレンタインデー】に纏わる話を振られ、初めてその存在を知る事になったのである。

 

 全く予備知識が無い状況で、当日にその事を恐怖公との会話で偶然話題の一つとして出て来た事で知ったコキュートスは、本当に焦りを感じていた。

 これで、セバスの様に執事として色々と器用に何でもこなす手先を持っていれば、まだ何とか当日の朝にその事を知ったとしても、それなりに準備をする事が出来ただろう。

 だが、「何かを作る」と言う方面には特に疎いコキュートスである。

 

 気が焦るばかりで、幾ら考えても良い案が頭の中に思い浮かばないのだ。

 

 しかも、だ。

 運が悪い事に、今日に限って武御雷様からぶくぶく茶釜様宛のメールの配達を、昼前に頼まれてしまったのである。

 女性の主様方の中でも、この手のイベントに積極的に参加されるぶくぶく茶釜様の元へ行けば、ほぼ確実にバレンタインチョコレートが用意されているだろう。

 それが判っているのにも拘らず、自分には頂いた品へのお返しをする術がない。

 この時、コキュートスは恐怖公から話を聞いて漸くバレンタインデーの存在を知ったばかりであり、当然だがホワイトデーなどと言う、受け取ったチョコレートへのお返しの日がある事すら全く知らなかったのだ。

 

 だからこそ、彼の中で【チョコレートを受け取ったら、今日の内にお返しを用意して渡しておくべきだ】と言う考えになるのも、ある意味当然の結果だった。

 

 グルグルと考えを巡らせるが、どう考えても自分にいただいた品に見合ったお返しの術などないだろう。

 このままでは、「何かをいただいても、碌にお返しも用意出来ないメールペットだ」と言う事になり、自分のせいで武御雷様の名にも傷がつくのではないだろうか?

 どんどん悪い方へ悪い方へ思考が流れるが、それを止める為のバレンタインデーの贈り物を用意する手立ては、どうしてもコキュートスに思い付かなかった。

 

〘 申シ訳アリマセン、武御雷様……今ノ私ニ、コノ【バレンタイン】ナルイベント二参加スルノハ、少々荷ガ勝チ過ギタヨウデス…… 〙 

 

 しょんぼりとしたまま、そんな事を考えながら武御雷様から預かったメールを手に、重い足取りでぶくぶく茶釜様の元へと向かうコキュートス。

 そうして、アウラとマーレのサーバーへ辿り着いた彼は、昨日まで部屋の中に飾られていなかった蔦と花で作り出された美しいリースが、部屋の中でも一番目立つ一角に飾られていたのを見付け、思わず目を見開いた。

 そのリースから、アウラとマーレの気配を強く感じたからだ。

 驚く彼の様子を気にする事なく、丁度電脳空間に降りて来ていたぶくぶく茶釜様が出迎えてくれた。

 

「オ久シ振リデス、ブクブク茶釜様。

 コチラノ、我ガ主ヨリ預カリマシタメールヲオ渡シ致シマスノデ、ドウゾオ納メ下サイ。

 トコロデ……アレハ、アウラトマーレノ二人カラ贈ラレタ品デショウカ?」

 

 いつもの挨拶の言葉を口にしつつ、ぶくぶく茶釜様へとメールを差し出したコキュートスは、気になっていた壁のリースについて、素直に彼女へと質問していた。

 前回、ここを訪れた時にはなかったのだから、少なくてもここ数日の間に飾られた品なのだろう。

 その質問に対して、どこか嬉しげな様子で触腕をユラユラと揺らしたぶくぶく茶釜様は、自分のアイテムボックスから小さな箱を取り出しながら、楽し気な声で答えてくれた。

 

「……ふふ、そうなんだよコキュートス!

 あのリースはね、二人から今日貰ったお年玉のお礼とバレンタインのプレゼントなんだって!

 もう、可愛いよねあの子たちったら 

 そして、これは私からコキュートスへ、ハッピーバレンタイン!」

 

 双子からの、思わぬプレゼントが余程嬉しかったのだろう。

 本当に、ご機嫌な様子でコキュートスの前に差し出すように、チョコレートが入っているだろう箱を取り出したぶくぶく茶釜様の言葉を聞いた途端、一気に自分の中にある考えが思い浮かぶ。

 失礼に当たらない様に、丁寧に差し出された箱を受け取りながら、コキュートスは素早く自分の考えを纏め始めた。

 あのリースに、マーレとアウラの気配があれだけ混じっていると言う事は、彼らが【ユグドラシルのNPC】から継承した何らかのスキルを使用して作ったと言う証だろう。

 だとすれば、コキュートスにも出来る事が一つだけあった。

 

「アリガトウゴザイマス、ブクブク茶釜様。

 私カラモ一ツ、頂イタコノチョコレートノオ返シヲ致シタク……」

 

 そこまで言うと、コキュートスは彼女の前に手を軽く握った形で差し出し、【ユグドラシルのNPC】から継承している能力を発動させた。

 途端に、手の中に空気中の水分がゆっくりと、だが確実に細く綺麗な形をとりながら結晶化し始め、そのまま手の中で静かに一つの形を作り出していく。

 数秒後、そこには薄い霜柱を重ねて結晶化した、一輪の花が完成していた。

 

「……今ノ私ニハ、コレガ精一杯デスガ……受ケ取ッテイタダケマスデショウカ、ブクブク茶釜様。」

 

 その言葉と共に、手の中で完成した花をぶくぶく茶釜様へと差し出せば、それを前に受け取る事もなく、何も言わずにフルフルと彼女の身体が震え出した。

 無言のまま、自分が差し出した花も受け取らずに彼女の身体が震え出した事によって、「コレハ、流石に失敗ダッタノダロウカ」と、コキュートスはスッと気落ちした様に肩を落とす。

 だが、そんな彼の考えを吹き飛ばすかの様に、突然にゅるっと彼女の触腕がコキュートスの差し出した花を受け取ったかと思うと、そのままその場でクルクルと踊り出したのだ。

 

「うわー!うわー!!うわー!!!

 まさか私が、ここで〖カリオストロ〗の中でも有名なあのシーンの、クラリスの立場になれるなんて思ってなかった!

 本当に、こんな素敵なプレゼントをありがとう、コキュートス!」

 

 それだけ言って、また嬉しげに踊り出すぶくぶく茶釜様を前に、どうやら自分が作った氷の花は喜んでいただけた様だと、ホッと胸を撫で下ろしたコキュートスだった。

 

 




まずは、セバスとコキュートスの話です。
バレンタインだと、ついつい女性キャラに目が行きますが、残念ながらほぼ彼女達に出番はありません。
ご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。