今回はこの二人で。
【 エクレアの場合 】
私の名は、エクレア・エクレール・エイクレアー。
至高なる方々のお一人、餡ころもっちもち様のメールペットでございます。
他のメールペットと同様に、【ナザリックのNPC】のデータを基本的に引き継いで作成されていますが、幾つか私には継承されなかった部分がありました。
そのうちの一つは、【ナザリックの支配を狙っている】と言う、謀反の意志を持っている部分。
餡ころもっちもち様曰く、「あれは冗談で付けた設定」だったらしいのです。
だとしたら、その設定に常に振り回されるだろう【ナザリックのNPC】としての私は、ある意味滑稽な姿を主様方の前で晒しているのでしょう。
まぁ、メールペットである私には、あまり関係がない話ですが。
他にも、メールペットになった事で改変された部分を幾つも抱えている者は、多分……私と恐怖公位ではないでしょうか?
恐怖公は、ギルメンの皆様から多数意見を寄せられた結果、視覚的な印象がほぼ変えられてしまっていますからね。
私の場合、設定部分以外では移動能力等に変化が大きく現れました。
もっとも、それは仕方がない事なのでしょう。
ナザリックの私は、自らの配下である執事たちに抱えられて移動する事が多く、自分の足で移動する姿を見た事がある者は殆どいないそうです。
ですが、メールペットの私にそんな配下を付ける訳には行きませんでした。
その結果として、自力で動き回れるようになる為に移動能力がナザリックの私に比べて格段に上昇するのは、当然の話でしょう。
とは言え、私のモデルになったイワトビペンギンと言う種族の移動方法と、基本的には変わらないそうですが。
何が言いたいのかと言うとですね、私は基本的に両足を揃えて全身を使いジャンプする事で、ゆっくりと自力で移動する訳ですよ。
どちらかと言えば、丸みを帯びたふんわりもこもこボディの持ち主の私が、そんな風にチョンッチョンッと飛びながら移動していく様は、餡ころもっちもち様を始めとした、女性の主様方にとって、中々愛らしく見えるらしいのです。
おかげで、メールを配達に行く度にぬいぐるみの様に抱っこされそうになる事など、日常茶飯事と言っていいでしょう。
「女性としての慎みを!」と、つい声高に訴える事でその場では何とか抱っこされるのを回避させてただいているのですが……毎回繰り返されて改善する様子が無い点は、主様方とは言え大変困ったものです。
とにかく、私の姿は【ペンギン】と言う種族の外見上、手足が短いモフモフの丸いボディの持ち主であり、意外に一つの事が出来る様になるまで時間が掛かると言う、何かを作成するのには向いていない身の上なのです。
この短い手のせいで、うっかり背の高めのコップなどを掴み損ねて倒してしまう事すら、それこそざらではありません。
そんな私でも、餡ころもっちもち様はとても大切にして下さいますし、掃除に関してはユグドラシルの私から継承した能力もあって、人並み以上だと自負しております。
「他人に誇れるものが、一つでもあれば十分だ」と、餡ころもっちもち様もおっしゃって下さっていますし。
と、まぁ……色々と自分の事を語らせていただきましたが、何が言いたいのかと言うとですね、私には他の方々の様に「主様方へ、何かをプレゼントしたい」と思っても、それを自作する術がないと言う事です。
しかもですね、我が主である餡ころもっちもち様とそのご友人であるぶくぶく茶釜様、そしてやまいこ様の御三方で、バレンタイン当日に我々に対してチョコレートを贈る計画をしている事を、私は餡ころもっちもち様の独り言から、実は知っているのです。
御三方は、お互いに毎日メールをやり取りしていらっしゃいますし、バレンタイン当日も私はぶくぶく茶釜様とやまいこ様のお二人の元へと、メールを運ぶ事になるでしょう。
だとすれば、私は確実に御三方からバレンタインのチョコレートを受け取る事になる訳です。
それが判っているのに、私は何か御三方への贈り物をこの手で用意する術がない。
この事実を前にして、私はそれこそ愕然と致しました。
既に、お年玉をいただいて、それに対してのお返しすら出来ていないのに 、更にバレンタインのチョコレートまでいただいてお返しが出来ないなど、紳士としてあり得ない事でしょう。
そう思うだけで、胸が痛んで仕方ありません。
「……いえ、一応私にも出来る事はございます……
ええ、私の中にある葛藤さえ押さえ込む事が出来れば、確実に御三方に喜んでいただけると、分かっているのです。
分かっていても、やはり ……普段、御三方を『はしたない』と諫めている身としては、こちらからそれを提案するのは……」
頭の中に、一つだけ自分に出来るだろう事として浮かんでいたアイデアがあるものの、自分で口にした理由が原因で実行するのには躊躇われてしまいます。
だが、幾ら他の手段を考えようとしても、私には何一つ自分に出来る事が思い浮かびませんでした。
これが、もし餡ころもっちもち様だけなら、踊る様に掃除をする様をお見せするだけで喜んでいただけるのは知っています。
しかし、それを他の方々に披露出来るかと問われれば、ほぼ不可能だと断言しても過言ではないでしょう。
私が、餡ころもっちもち様に対して踊る様に掃除する様を披露出来るのは、あくまでもここが自分のサーバーだからです。
他の方々のサーバーで、無遠慮にそんな真似を披露してしまえば、アウラやマーレ、ユリが嫌がるのは間違いないでしょう。
自分から、人様の場所で迷惑を掛ける行為をするなど、紳士の風上にも置けないと言っていいでしょうね。
そんな風に、グルグルと思考を巡らせては答えが出ないまま、とうとう当日を迎えてしまいました。
何度も考えてみたものの、やはり自分には何かを作る事は出来ませんでしたし、最初に思い付いた方法以外に御三方に喜んでいただける事も思い付きません。
己の不甲斐なさに臍を噛む思いを抱きつつ、私は御三方からメールを届けた際にチョコレートを差し出された時は、最初に己が思い付いた事を提案する事に致しました。
それ以外に、今の私から提案出来る事など無かったのですから、仕方がありません。
今回ばかりは、自分の体形に対して色々と思う部分が出来てしまいましたが、これを教訓にして次の機会の為に何らかの手段を考えるというのも悪くないでしょう。
それこそ、特に親しい相手に協力して一緒に何かを作成して貰い、それを連名にしてお送りするという言う手もありますからね。
どちらにせよ、当日に今更何を言っても仕方ありません。
やはり、今日に関しては仕方がない事だと腹を括るしかないでしょう。
「いらっしゃい、エクレア。
いつも、メールをありがと。
はい、ハッピーバレンタイン!」
予想通り、最初に餡ころもっちもち様のメールを持参したぶくぶく茶釜様から、メールをお渡しするなりそう声を掛けられました。
こうなってしまった以上、私もここに来る前に自分で決めた通り、思い付いていた提案をするしかありません。
なので、私も覚悟を決めて口を開きました。
「お邪魔いたします、ぶくぶく茶釜様。
こちらが、我が主からのメールでございます。
後、この私めへチョコレートをプレゼントしていただき、ありがとうございます。
お年玉も含め、私からもぶくぶく茶釜様へ〖何か、お返しを〗と考えましたが、私のこの手は何かを作り出すのはとても不向き。
そこで、他に喜んでいただく術を考えました。」
そこまで口にした所で、私は両手を広げて茶釜様の前へと一歩踏み出しました。
「私に出来る事、それは普段はお諌めしている抱きぐるみなる立場となり、ご満足いただくまでもふもふしていただく事でしょう。
今日ばかりは、一切お諌めは致しません。
更に、どんなにもふもふされたとしても私は抵抗いたしませんので、茶釜様のお好きになさって下さいませ。」
そう口にしたものの、本当にそれで満足していただけるかと言われたら、非常に不安だったと言っていいでしょう。
もしかしたら …… 普段の皆様の行動は、私が必死にその行動を押し留めようと諌めていたから、からかっていらっしゃっただけかもしれない。
そんな風に、つい深く思い詰める様に考えていた私を、すっと掬い上げる様に抱き上げる触腕。
ハッとなって顔を上げれば、そこにはとても嬉しそうにふるふると身体を震わせているぶくぶく茶釜様の姿があった。
「ふふ、それじゃ今日一日は餡ちゃんとメールをやり取りする度に、エクレアの事をモフモフさせてくれるって事で良いのかな?」
確認を取る様に尋ねられたので、素直に頷いて同意すればますます嬉しそうにふるりと身体を震わせられて。
その様子に、「あ、これはアカン奴だ」と思いはしたものの、一度自分で口にした事を翻す事は出来ません。
大人しく抱き抱えられている状態のままでいれば、ぶくぶく茶釜様はクルリと私の事を抱き締めたまま踊り出し始めました。
「今日は、本当にいい日だわ!
アウラやマーレからは、朝一番にあそこに飾ってあるリースを貰えたし、エクレアはこんな風に好きにモフモフしていいって言ってくれるなんて、滅多に無い機会に恵まれちゃうんだもん。
パンドラも、朝のメールと共にすっごく可愛いペンダントをアウラとマーレと私の三人分、お揃いでくれちゃうすっごく気の付く良い子だし、デミウルゴスはシンプルにあそこに飾ってる花束をくれるしさ。
もう、メールペットの男性陣がみんな男前で本当にすごく嬉しいよ、私!
これは、絶対に餡ちゃんとやまちゃんに伝えないと駄目だよね!」
それは満足そうに、笑いながらおっしゃるぶくぶく茶釜様の言葉を聞きながら、今日はどれだけ餡ころもっちもち様とぶくぶく茶釜様、やまいこ様の間でメールを運ぶ事になるのか、ちょっとだけ気が遠くなりそうなエクレアだった。
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【 恐怖公の場合 】
お正月の三が日、それぞれ仲の良いメールペット同士でお揃いの品などの特別なお年玉をいただいた方へ、「何かお返しを!」とメールペットたちが画策している事を、恐怖公も耳にしていた。
しかし、だ。
恐怖公自身が、お年玉でも特別なものを送って貰えた相手は、実はコキュートスの主である建御雷様だけだった。
他にも、メールペットの間では割と親しくしている相手は居たものの、お年玉を贈る主様側がるし☆ふぁー様からの贈り物を警戒して、恐怖公にそこまでしてくれた剛の者は建御雷様だけだったのだのである。
別に、それに関しては仕方がない事だと、恐怖公も理解していた。
何と言っても、己の主であるる☆しふぁー様は、一癖も二癖もある様な他の主様の中でも一番の愉快犯で「まずは悪戯ありき」と言っても過言ではない方であられるから、仕方がないだろう。
恐怖公にとっては、何よりも代え難き素晴らしい主なのだが、本当に自分の懐の中に入り込んだ方以外には、その判り難い好意が向けられる事がないという、非常に困った方なのだ。
何よりも質が悪いのが、自分でその事を正確に理解していながら、特に直す気が無い所だろうか?
あの方の優しさは、本当に解り難い。
例えば、バレンタインデーと言われる今日のメール配達にしても、実に判り難い好意を発揮していらっしゃる。
いつもの様に、起き抜けてから予定を確認なさっていたるし☆ふぁー様は、日付を見た瞬間に軽く頭を掻いて何か思案する素振りを見せていた。
多分、今日のメールを出す相手に関して、色々と修正を加えていらっしゃるのだろう。
「あー……今日は、バレンタインだっけ?
それなら、今日は俺から女性陣三人にメールを送るのは止めておこう。
まぁ……今の所、あの三人に取り急ぎ連絡する事もないしさ。
多分、恐怖公はあの三人がバレンタインのチョコをメールペット全員分を用意している事を想定して、ちゃんと対応出来る様に何か考えて準備してたかもしれないけど、俺としてはメール自体を持って行かないという選択も、一つの手だと思う訳。
ま、今日一日は彼女たちを悪戯のターゲットにしない事が、俺からのバレンタインって事で良いんじゃね?
そう言う訳だから、恐怖公もそれで頼むよ。」
ほら、そんな風に言われなければ気付かないレベルの話で気遣われても、相手には伝わらないと私は思うのですがね、るし☆ふぁー様。
とは言え、既に主であるるし☆ふぁー様がそうお決めになったのなら、余程の緊急事態が起きて連絡が必要にならない限り、今日一日の間は私があの方々の下を訪れる事はないのでしょう。
私が用意したのは、シルクスクリーンの薔薇のタペストリーですし、またの機会でも問題はないでしょう。
それに、どうしても無理にお贈りする必要もありません。
るし☆ふぁー様の言葉ではありませんが、敢えて「何もしない」というのも一つの選択肢で間違いありませんから。
そう、サクッと結論付けた恐怖公は、女性陣にメールを送らない分もペロロンチーノ様を筆頭にメールを準備し始めているるし☆ふぁー様のメールを届けるべく、配達の順番を考え始めたのだった。
エクレアは、あの外見なのでものを造れない代わりに自分を生贄に捧げて貰いました。
恐怖公の場合は、メールを持って行かない事自体がバレンタインプレゼントだろうと、サクサク決めちゃうるし☆ふぁーさんによって、贈り物自体が出来なかったという、実に出落ち感が……
エクレアの話で出て来たように、パンドラは女性陣にメールペットと主お揃いのペンダントを、デミウルゴスはシンプルに花束を用意しました。
彼らは、普段から色々と動いてくれているので、今回は登場を控えて貰いました。
以上、バレンタインネタは俺にてお終いです。