メールペットな僕たち   作:水城大地

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長らく間を開けてすいません。
一先ず、幕間の話。


幕間 ~タブラ・スマラグディナの回顧録~

 メールペットでの仲間とのやり取りが始まり、そろそろ一年半が過ぎようとしていた。

 最初の頃は、本当にメールペットと主側の双方に色々と細々とした失敗も多く、試行錯誤を続ける事も多かったと言っていいだろう。

 

 多分、その中でも一番大きな失態だったのは、自分のメールペットであるアルベドが引き起こした一件だろうか?

 

 あの頃は、自分でも「メールペットを飼う」と言う事が本当に何も分かっていなくて、色々な失敗ばかりしてしまったとタブラは思う。

 本当に、もう少しきちんとアルベドと向き合うべきだったのだ。

 それを怠ってしまったから、少し前からアルベドの行動が問題視されて騒動になり掛けていたし、その後の対応策も失敗してしまっていた。

 更に、そのせいでウルベルトさんに多大なる迷惑を掛けた時は、本気で彼に償わなくてはいけないだろうと考えつつ、つい死にたくなったものである。

 

 全て、それらの問題を乗り越えられたのは、心強い仲間たちと優しいメールペットたちのお陰だろう。

 

 その中でも、特に感謝すべきはたっちさんの娘さんだな。

 今では、すっかり落ち着いてその美しさから淑女と言えるアルベドだが、彼女の中に大きな心の変化を齎してくれたのは、間違いなくたっちさんの娘さんのお陰だ。

 彼女との出会いと交流が無ければ、アルベドはもしかしたらまだ闇の中を彷徨っていたかもしれない。

 アルベドも、その事を理解しているからなのか、たっちさんの娘さんに対してかなり甘い。

 更に、彼女に対して淑女の見本になるようにと言う思いがあるからなのか、自分の行動に対してしっかり責任を持てるように、色々と考えているようだった。

 

 本当に、たっちさんの娘さんとの出会いは、アルベドにとって大きな転換期だったのである。

 

 アレがあったからこそ、アルベドは色々と考え方を改めてくれる事が出来た。

 もちろん、元々賢い娘であるアルベドの事だから、いずれは自分だけの力でそこに至れたかもしれないけれど、そんな風に思考が至るまで掛かる時間は、半端がなく長いものになっただろう。

 アルベドが隔離されてしまった時点で、タブラ側が今までの状況に対してどんなに後悔したとしても、彼女にそれを伝える術がなかった。

 いや、後でアルベド本人から聞いた話によれば、こちらの声や姿は見えていたとの事だから、もっと彼女にとって辛い状況だっただろう。

 

 それこそ、発狂してどうにもならなくなってしまったとしても、おかしく無い状況だったのだ。

 

 もし、そんな事になってしまったとしたら……多分、自分はかなり塞ぎ込んでしまったと思う。

 アルベドは、自分にはリアルで望めないだろう【大切な娘】なのだから、失えば自分を守ろうとしてかつて楼主に楯突いたという母、高尾太夫よりも酷い状態になるかもしれない。

 それ位の自覚が、今のタブラにはあった。

 

 何故なら……心から好いた相手の子供を望む事など……絶対に出来ないのだ。

 

 タブラの……白雪の好きな相手は、絶対に自分の事を見てくれない。

 これは、純然たる事実だ。

 その理由も何もかも、タブラにとっては明確なものとして、幼い頃から常に側にあり続けたのだから、疑いようがないだろう。

 

 小さな子供の頃、母と一緒に過ごすなんて殆どまともに出来ないまま、楼主によって監視されるように生きていたタブラの世界は、ある意味色あせた灰色だった。

 

 そこに、光をともしてくれたのは……大きな体を縮めながら、私の前に膝を付いて視線を合わせて話してくれようとした、大好きなテディベア(建御雷さん)だ。

 まだ幼い子供相手に、きちんと一人の人として対応してくれたのもあの人だけ。

 楼閣に来る度、自分よりも遥かに大きな体を小さく丸めながら、手のひらの上にちょこんと載ってしまう様な端末を太い指で押し間違えない様に器用に操って、楼閣内に居る遊女たちからの収支報告を纏めている姿は、テディベアが細い棒を使って蜂蜜を舐めているような、そんな可愛らしくもギャップに溢れた姿に見えて。

 そんな風に、細かい作業を忙しくしているのに、タブラの事を見付けると笑みを浮かべながら「おいで」と笑顔で手招きしてくれる優し人。

 

 あの姿を見た時から、タブラは特に〖ギャップ萌え〗を好むようになったのだ。

 

 そんな風に、彼と知り合う事でタブラなりに禿になるべく勉強しながら、割と穏やかな生活を過ごしていられたのは、本当に少しの間だった。

 会える時間は少ないなりに、自分の事をちゃんと愛して大切にしてくれていた母が、あの楼主がタブラが生まれた後に仕掛けた策略によって嵌められていた事に気付いたからである。

 既に、【白雪の養育費】と言う名の借金は、一人前の遊女を育成する程の費用が掛かっていた。

 その時、まだ七歳になったばかりの少女にも拘らず、だ。

 母の年季が明けるまでに、残されていた時間はあと二年。

 どう考えても、可愛い自分の娘が借金漬けの状態から抜け出せない状況を突き付けられ、母はとうとう病の床に伏してそのまま帰らぬ人になった。

 

 あの時、建御雷が手を差し伸べてくれなければ、今、こんな風に自分は過ごしてなどいなかっただろう。

 

 母の死を前に、幼いながらも自分の運命が風前の灯火だと言う事を、タブラはちゃんと理解していた。

 多分、まだ七歳と言う幼い身の上でありながら、この楼閣に居るどの遊女よりも多額の借金を楼主によって背負わされている自分は、まともな身請け先も存在していないだろう。

 むしろ、幼いまま売りに出す方向で考えている楼主によって、割と早い段階で変態へと手渡されるのは間違いない筈だ。

 金にがめつい楼主にとって、これ以上タブラに対して多額の養育費を掛ける意味はない。

 出来る限り、早い養育費の回収を望んでいる筈の楼主が、これ幸いと顧客の中でも金持ちでロリコンを選んでくるのはそれ程時間は掛からないのではないかと、本気で思っていたのだ。

 

 そんな風に、自分の今後の事でありながらどこか冷めた目で見ていた自分を助けてくれたのは、誰よりも大好きなテディベア(建御雷さん)で。

 

 あの時から、ずっとタブラにとって誰よりも素敵で格好いいヒーローは、テディベア(建御雷さん)だった。

 例え、それは大人になって子供の頃よりも色々と世知辛い世間をもっと知ってからも、ずっと変わらない。

 あの人が、タブラにとって一番大切な人。

 

 タブラが誰よりも大好きな、大好きなテディベア(建御雷さん)

 

 でも、どんなにタブラがそんな風に思っていたとしても、絶対にテディベア(建御雷さん)には自分の手は届かない。

 だって、彼の好きな相手は自分の母だった高尾太夫であって、自分はその忘れ形見でしかないのだから。

 それに……彼は、自分の小さなころから【後見人】と言う立場に立ってしまっている以上、どう考えても娘としてしか見てくれていないのだ。

 全部分かっていて、遊女と言う立場を忘れずに昼間は彼の娘同然の存在として振る舞い、夜はギルドの仲間として彼と繋がっている事を望んだのは自分自身。

 

 今更、出来ればその立場を変えたいなんて我儘を、タブラから建御雷さんに対して言い出す事なんで出来る筈がなかった。

 

 ぼんやりと、そんな事を考えながらタブラは今日の仕事の予定を確認する。

 タブラの……白雪太夫の人気は昼見世として考えれば最高だと言えるくらいに高く、予約客がいない日はほぼ無い程に予定は詰まっている。

 とは言え、今日のお客の来客時間はちょっとだけ遅めなので、まだ支度をしなくても大丈夫だろう。

 仕事の合間による予定のお客は、帰りも早いので割と楽だ。

 このお客が相手なら、割と早い時間にユグドラシルにログインできるだろう。

 サクサクと予定を確認し、まだ時間に余裕がある事を確認したタブラは、ふとある事を思い付いた。

 

〘 ……そろそろ、アルベドにも本来の私の姿を見せても良いかもしれないわね。

 当時は仕方がなかったとはいえ、何時までも私の可愛い娘であるあの子にこちらの姿を隠したままでいる事自体が、非常に心苦しかったのよね。

 それに……この姿を見せる事こそ、何よりも私と彼女が親子なのだという事を示す、明確な事実ですもの。

 そうね、まずはあの子にこの姿を教える事から始めましょうか……〙

 

 すぐ側あった手鏡を覗き込み、自分の顔を確認して「大丈夫だ」という様に小さく頷くと、タブラはそれを側のテーブルに置いて立ち上がった。

 事実、彼女の考えに間違いはほぼ無いだろう。

 今のタブラは、ほんの少しだけ若いアルベドの色違いにまで成長しているのだから。

 

「あの子には、今まで一度も【リアル】の世界を見せた事はなかったけど……喜んでくれるかしら?

 まぁ、私の生活空間はほぼこの部屋の中だけの様なものだし、余り珍しい物はないのだけど。

 でも……少しでも、あの子と普通にお話しできるようになるなら、その方が良いものね。

 多分父様なら、「むしろ遅すぎる!」っておっしゃるのかもしれないけど。」

 

 何となく、そんな事を言いながら顰め面をしている建御雷の姿が想像出来てしまい、タブラはコロコロと小さく笑う。

 そして、メールサーバーを立ち上げるべく、端末を手に取ったのだった。

 




という訳で、幕間的な話。
丁度、メールペットが起動して一年半と言う事で、千五百人の大攻勢も終わってます。
本当は、タブラさんとアルベドの話の中に全部入れるべきかとも思いましたが、色々と考えた結果、半年前の視点に関してはタブラさんとアルベドの話とは切り離しました。
その代わり、タブラさんから見た建御雷さんについても書き足してみました。
えっとですね、タブラさんにとって建御雷さんは「自分を助けてくれたヒーローで、初恋の相手でもありずっと好きな人」です。

時間軸的に、丁度ユグドラシルが開始して六年半。

つまりですね、そろそろユグドラシル十二年問歴史の折り返しを過ぎ、そろそろ少しずつ陰りが見え始める頃であり、原作では「アインズ・ウール・ゴウン」のメンバーが欠け始める兆しが見え始める頃でもあるという……


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