今日のモモンガは、誰の目から見てもはっきりと判る位にご機嫌な様子だった。
ログインしてきてからずっと、ニコニコと笑いながら何かを見ているモモンガの様子が気になったのか、ギルドの中でも仲の良いペロロンチーノとウルベルトが、いつもの様に挨拶しながら近寄ってくる。
「こんばんは、モモンガさん。
先程から、とてもご機嫌の様子ですけど……何か、良い事でもあったんですか?」
そう、先に話を切り出したのはウルベルトだった。
いつの間にか、ちゃっかりとモモンガの隣に座っているペロロンチーノも、それは興味深げな様子でモモンガの顔を覗き込んでくる。
興味津々と言った様子の二人を前に、モモンガはコリコリと細い骨の指で頬を軽く掻きながら、ちょっと照れくさそうな笑顔を見せた。
正確には、そんな雰囲気を纏わせながら、笑顔のアイコンを浮かべただけなのだが。
元々、ギルメンに対しては基本的に態度が柔らかいモモンガだが、それでもこんなにご機嫌な様子でいるのは珍しい。
どうやら、誰もがその様子が気になっていたらしく、ついつい彼の返事がどんなものになるのか周囲もいつの間にか聞き耳を立てている様子だった。
そんな自分の周囲の様子に気付く事なく、モモンガはご機嫌のままニコニコと笑顔で口を開く。
「……実はですね、今朝メールサーバーを立ち上げたら、パンドラから〖父の日ですので〗と一枚の絵をプレゼントされたんですよ。
正直、メールペットとして誕生してまだ二か月しか経っていないあの子が、どこで〖父の日〗なんて言葉を知ったのかは分かりませんが、〖モモンガ様は、私の主であるとともに父上でもありますから!〗って、言われちゃいまして。
それこそ、〖受け取ってくれるかな?〗って不安と期待が籠った視線を向けられてるのがすぐに判って、その様子が〘凄く可愛いな〙と思いながら受け取ってみたら……その、何て言うのか【ちっちゃい子供が一生懸命頑張って初めてお父さんを描いた絵】みたいのが出て来て、その横に俺の名前が書いてあったんですよ。
それを見た瞬間、もう何とも言えない気持ちになりまして。
パンドラなら、それこそ持たせている能力的に考えても、絵とか普通に上手に描ける筈なんですけど、どう見ても【子供が一生懸命に落書き帳に色付きで絵を描きました!】って感じの絵の仕上がりになってるんです。
思わず、どうやって描いたのか聞いてみたら、俺にくれた絵はスキルを一切使う事無く、素のままの自分に描ける精一杯で俺の事を描いたものだと教えてくれたんです。
その言葉を聞いたら、凄く胸がほっこりとして思わずパンドラの事を抱き締めちゃいました。
正直、こんな所は俺に似なくてもいいのになぁと。
だけど……逆に、そういう似ている部分があるのも良いなぁと思ったら、本当にパンドラと親子になったみたいな気がして、凄く嬉しくてこうして持ってきちゃったんですよ。」
そう言いながら、モモンガは手にしていた一枚の画用紙と思しき絵を見せてくれた。
彼の言う通り、そこにあったのは子供の落書きのような、拙い絵。
それこそ、横にモモンガの名前と特徴的な髑髏の顔が判別出来なければ、モモンガの似顔絵だと判らなかっただろう。
それでも……確かに、この絵に込められているだろう、モモンガの事を慕うパンドラズ・アクターの気持ちは伝わってくる。
モモンガの説明と共に、差し出すように見せられた一枚の絵を前にして、ペロロンチーノとウルベルトは顔を見合わせた。
そう言われれば、今日はこの時代では随分と廃れてしまっているものの、昔から父の日と呼ばれる日である。
確かに、一体どこからその知識をパンドラズ・アクターが知ったのかは分からないが、主としてだけじゃなく親としてもモモンガを慕う彼が、こうしてプレゼントを贈るにはふさわしい日でもあった。
「……へぇ、確かに小さい子供からのプレゼントって感じで、可愛らしいですね。
モモンガさんの言う通り、パンドラがどこでそれを知ったのかは気になりますけど、慕われているのが良く判る絵だと俺も思います。
あー……うん、ちょっと羨ましいかも?
俺のシャルティアは、そう言う素振りは見せてませんでしたもん。」
パンドラズ・アクターの描いた絵を見ながら、そう呟いたのはペロロンチーノ。
その横で、首を竦めたのはウルベルトだった。
ペロロンチーノだけじゃなく、ウルベルトもデミウルゴスから何も貰っていない。
「あー、俺も貰って居ないですね。
と言うか、正直に言っていいならデミウルゴスは色々とやりたい事が多いのか、どちらかと言うと廃れ気味の〖父の日〗の存在に、気が付いてるのかどうかも怪しい気がします。
今時、ネットで〖父の日〗のイベントとか特集もしないですからね。
デミウルゴスを相手に、別に無理に欲しいっていう訳じゃないですけど、こういうのを見るとちょっとだけモモンガさんが羨ましくなりますね。」
ちょんちょんと、絵を突きながらウルベルトがそう漏らすのとほぼ同時に、横から声が掛かってきた。
「え……?
お二人とも、何も貰えなかったんですか?」
その声の主は、ウルベルトにとって天敵のような存在と言っていい、たっちだった。
当然のような声を聴いて、ウルベルトの気配に苛立ちが混じる。
ここで、わざわざ「貰えて当然」と言わんばかりに声を掛けてくる事に、普通に苛立ったのだろう。
「へぇ……それでは、あなたはセバスから何か〖父の日のプレゼント〗を貰えたというんですか、たっちさん?」
今までと、一つトーンが下がったウルベルトの声に、周囲が思わず後退っている事に気付いていないのか、笑顔のアイコンを浮かべながらたっちは頷いた。
どうやら、貰った物を見せたくてモモンガの様に持参していたらしい。
「もちろん、貰えましたよ?
娘のみぃと連名で、絵と小さな袋を一つ。
絵の方は、みぃがメインで描いた物らしく、モモンガさんの所のパンドラズ・アクターと同じ様な、子供の描いた可愛らしい絵でしたし、セバスがメインで用意してくれたらしい小さな袋の方には、【ユグドラシル】で使用出来る様に調整された、【毒耐性(微量)】のバフが込められたクッキーでした。
こちらに渡す際に、〖たっち様には、必要のない品だとは思いますが、これも気持ちですので〗などと、申し訳なさそう様子だったので、思わず可愛くて二人の頭を撫でてしまいました。」
アイテムボックスから、今挙げた二つの品を取り出しながら、ふふっとその時の事を思い出して笑うたっち。
そんな、無自覚なたっちの自慢を聞いて、黙っていられなくなりそうな気配を醸し出すウルベルトを前に、周囲が「このまま、PVP突入か?」と、更に警戒を増す。
だが……瞬間、その横からまるで二人の間に乱入するかのように、るし☆ふぁーが手を挙げた。
「はい、はいはい!
それなら、俺も恐怖公から【ユグドラシル】で使用可能な敵への【恐怖耐性無効化】デバフが付けられる、特製の眷属を貰ったんだ!」
そう言いながら、ニコニコと笑顔でモモンガやたっちと同じ様に、るし☆ふぁーはそれを円卓の上に取り出して、みんなに見せようとしたのである。
もっとも、彼の動きで、何をしようとしているのか察した両隣のギルメンにより、その場で取り押さえられた事によってそれはお披露目されずに済んだので、ギルメンが揃う円卓の間を恐怖のどん底に陥れる事は免れたのだが。
流石に、幾ら恐怖公からの父の日のプレゼントとは言え、ちょっとはるし☆ふぁーも自重して欲しい所である。
とは言え、今の流れによって場の空気が変わり、ウルベルトもたっちに対して苛立ちを収めた様だった。
多分、ここでこのままたっちと一触即発の状態のままでいれば、るし☆ふぁーが隙を見て恐怖公から貰ったという眷属を取り出す可能性を察知したからかもしれない。
「……まぁ、メールペットたちはこの世に誕生してまだ二か月ですし、そもそもメールを配達するのに必要な情報ではありませんからね。
もしかしたら、来年あたりには何か貰えるかもしれませんし、今は気にしない方がいいんじゃないでしょうか?」
メールペットの開発者とも言うべき、ヘロヘロの執り成しによってその場はそのまま収まったのだが……彼らは知らない。
パンドラズ・アクターが、いつもの様にメールを配達に行ったシャルティアやデミウルゴスを相手に、モモンガに「父の日」の事を話した事を。
そこからメールペットたち全員に伝播して、こうしてギルメンたちがユグドラシルにログインしている間に、プレゼントを渡していない残りのメールペットたちが、それこそ大慌てで「せめて何か気持ちを込めた物を用意しよう」と悪戦苦闘している事を。
そして……ログアウトしていつもの様にメールサーバーを立ち上げた瞬間、半泣きの彼らからそれを手渡される事を。
という訳で、メールペットたちによる父の日のお話でした。
それこそ、数時間で書き上げた即興のお話なので、内容に突っ込みはご遠慮ください。
因みに、茶釜様たち女性陣も今回の父の日にプレゼントを贈られ、凄く困惑するという一幕もあります。
だって、母の日は過ぎちゃってますし、一年あとまで待てなんて彼らには出来ませんから。