そして予想以上に長くなったので、前後編に分けます。
騒動の結末 前編
結果的に、るし☆ふぁーの父親はこちらの連絡を受けると、文字通り間を置かずに飛んできた。
時間的に考えても、殆ど連絡を受けたと同時にこちらに向かったのだろう。
それも、ある意味当然の話だ。
何もかも放り出しても構わない位、彼は心の底から愛人の事を愛していたのだから。
故に、彼女が警察による拘束を受けている状況を知り、どうしてそんな事になったのか何も知らないからこそ、アイツはこんな事になっている状況に納得出来ずに、こちらを見付けるなり食って掛かってきたのである。
だが……こちら側には、喚くアイツを黙らせるだけのネタが幾つもあるのだ。
特に、この愛人が絡んだ際の行動に関して言えば、プラスよりもマイナス点が多いからネタに事欠かないのだ、このクソ親父。
それらを全部並べたてて、こちらが彼女から襲撃を受けるまでの事情も告げ、その上でどうして警察に身柄を拘束されているのかまで伝えれば、がっくりと肩を落とした。
まさか、自分の側近たちが愛人の存在を疎んじていた揚げ句、中途半端に事情を話して愛人の事を焚き付けた上で、彼女まで一緒に狙撃して殺すべく罠を仕掛けていたとは思わなかったのだろう。
正直、このクソ親父がこんな風にがっくりと肩を落としている姿を見たら、 今までの自分と母への所業からもっと胸が空くかと思っていたのだが……それよりも〖情けない〗と思う方が強かった。
これもまた、当然の感想だと思う。
今まで、あれだけ自分や母に対して偉ぶっていた男が、たった一人の女性にここまで好き放題に振り回されてる姿を見て、情けないと思わない方がおかしかった。
状況的に考えても、現行犯として捕らわれてしまっている状況では、こちらの立場的な面でも自分の手でもうどうする事も出来ないのを理解してしまったのだろう。
このまま、愛人が殺人未遂で逮捕される事が回避出来ない事を、何とか受け入れているようだった。
むしろ、それ以上に衝撃を受けているのは別の事だったらしい。
彼女が暴走した理由の一つに、「白雪太夫を身請けして、新たな愛人にする事がどうしても受け入れられなかったのだ」と嘆く彼女を見て、愕然とした顔をしていたからだ。
あいつにとって、新しく愛人を迎える理由は〖愛する彼女の事を手放さない為には、どうしてもるし☆ふぁー以外の実子が必要〗だと理由がはっきりしていたから、迷う必要すらない事だった。
だが、彼女にはそれ自体が納得しがたいものだった事に、あいつは欠片も気付いてなかったのである。
まぁ、彼女の立場で考えれば、当然の結論だろう。
愛する男の子供一人、産めない女と言う烙印を押されたのと同じ事なのだから。
だからこそ、アイツの側近たちによる巧みな言葉に騙され、今回の襲撃を実行してしまったのだと泣き崩れる彼女の姿を前にして、るし☆ふぁーは何とも言えない気持ちになった。
るし☆ふぁーは、知っているのだ。
この愛人が、これだけ愛され長い付き合いがあるにも拘らず、今まで一度もアイツの子供を産めなかった理由は、別にある事を。
彼女は、アイツの愛人になってそれ程間を置かない頃に、アイツの親族が医師に指示を出して処方させた薬を食事に少しずつ混ぜられ、子供が出来ない身体にされていたのである。
どうして、彼女がそんな身体にされたのかという理由は、実に簡単なもの。
愛人が、下手にアイツの子供を産んでしまった場合、確実に起きる後継者争いを周囲が嫌ったからだ。
そもそも、だ。
あのクソ親父が、母と結婚する前から付き合っていた愛人と結婚出来なかった理由は、昔から野心家だったあいつの家の都合でしかなかった。
上流階級として、常に自分を優位に見せたがる気質が強いアイツの母親が、中流層の出身だった愛人では周囲に自慢出来る嫁ではないと嫌い、夫と息子に〖彼女の家柄では、より上に上がれない〗と言う名目で猛反対した挙句、別の結婚相手として母を見付けて強引に結婚まで推し進めたのである。
なんだかんだ言って、母親に抗い切れなかったアイツが母と自分の事を逆恨みから疎んじるのも、ある意味では仕方がない部分はあった。
だからと言って、アイツが今まで母に対してして退けたむごい仕打ちに関しては、許すつもりは欠片もないが。
アイツはアイツで、泣き崩れながら彼女が今まで抱えていた胸のうちの吐露を耳にして、自分の選択が間違っていた事に気付いたらしく、更に酷く落ち込んでいる。
正直言えば、絶対的な壁として立ち塞がっていた祖母が死んだ時点で、こいつが素直に愛人を取って母と離婚していれば、ここまで面倒な事にはならなかったと思う。
タブラさんに関しては、それこそ別の身請け話が出ていたかもしれないが、それに関しては話が出る前に金銭的な面で何とかすれば助けられた訳だし、母だってその頃ならまだ別の相手との再婚しても子供が望める年齢だったから、四方丸く収まっただろうに。
まぁ、全部過ぎてしまった事だから、今更何を言っても意味がないだろうが。
それよりも、問題はこれから先の事だ。
幾ら、こいつらがそれぞれ自分の行動を顧みる事によって自然に凹んで反省したとしても、それで何もかも全部円満解決なんて事は、既に状況的に難しいと言っていいだろう。
このまま、アイツの体面を維持したまま上手く引退させる流れに持って行く事も、今の段階ならまだ出来るかもしれないが、それだと会社の中にアイツの派閥に属する面倒な人間も残ってしまう為、最初から視野に入れていなかった。
正直、父と一緒にこっそり会社の金を私的に流用していた様な奴は、これから再生する会社には必要ない。
何の為に、わざわざ祖父の手を借りてまで、モモンガさんたちを他社から引き抜いたと思う。
いつの間にか、アイツの会社に根深く食い込んでしまっているこの手の煩わしい老害を、徹底的に排除する為に決まっているじゃないか!
元々、アイツの側近として周囲を固めていた奴らは、アーコロジーに住める程度ではあるけど、富裕層中では下っ端の木っ端役人に近い立場だった。
だからこそ、アイツに側近としてくっついて回る事によって立場が強化され、自分自身が成り上がった様に思って居る連中である。
そんな奴らからすれば、俺が自分の側近として選んでヘッドハンティングまでしたモモンガさん達は、かつての自分たちよりも下から這い上がった事になるので、余計に目の敵にするだろう事は簡単に想像出来た。
そんな相手を残しておけば、わざわざ協力を要請して招いた仲間の危険に確実に繋がるのがはっきり予測出来るので、当然排除対象だ。
むしろ、これを機にサクサクとうちの会社から、完全に排除するべきだろう。
先程、ちょっとだけ簡単に例を挙げたが、恐怖公がネットを介して色々と調べた情報によると、こいつらは親父が横領するのに便乗してちょっとずつ会社の金を横領し着服しているらしい。
道理で、幾らアイツの側近としてそれなりの給料を貰っているとしても、そう簡単に持つ事が出来ない様な時計などを身に着けていた訳である。
ある程度、経理帳簿による証拠は揃っている事だし、会社を綺麗にする為にも遠慮する事はないだろう。
実際に、手元にきっちり纏め上げられた上で報告されている資料の中にも、くそオヤジが横領したと言う割には少額過ぎる割に合わない奴が幾つかあった。
この辺りの、会社の経費にしてはどう考えても用途不明金に当たる部分が、こいつらがコソコソと横領した奴なのだろう。
手元のデータで確認しながら、その可能性を見出だしたるし☆ふぁーは、既に気付いていた。
元々、財政担当の能力を持つパンドラズ・アクターを主軸に据えて、もう一度全ての会計関連の洗い直しを行えば、確実に証拠が拾い出せる事に。
先日、自ら会社を辞めてこちらに弐式さんが合流してくれたので、そのまま彼を会計担当に据える予定だ。
元々彼は、前の会社でも会計担当の会計士だったから、能力的にも安心して任せる事が出来るだろう。
彼とパンドラズ・アクターが主軸で、今から徹底的に手持ちの帳簿と伝票データを確認すれば、それこそ明日の株式総会までに 不正の証拠を提出する事が可能な筈だ。
そんな事を頭に浮かべながら、るし☆ふぁーは今日行われただろうタブラさんの身請けがどういう状態になったのか確認するべく、ウルベルトさんへとメールを送信したのだった。
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正直、「なんで?」と言う言葉が、頭の最初に浮かんだ。
だって、まさかこんな事になるなんて、それこそ予想外で。
自分に待っていたのは、こんな状況じゃなくてもっと明るい未来だった筈なのに……と思った瞬間、こぷっと口から血が溢れ出た。
次の瞬間、身体の至る所が痛みで悲鳴を上げる。
何とか逃れたくても、何かに押し潰されている身体は身動き出来なくて、呼吸するのすら痛みしか感じない。
僅かに動く視線で、助けを求める様に視線を巡らせた所で、ふと視界の端に見えたものに気付いて、思わず殆ど動かない腕を伸ばしていた。
それは、自分が可愛がっていた大切なメールペットといつも話せる様に、持ち歩いていた小型端末。
「……あそこっ……にっ…ごふっ……ルプー……げふっ……ぐっ!!」
僅かに伸びた手が、ギリギリ触れない場所にある端末。
その状況に、深い絶望を感じながら全身の痛みを押し退ける様に更に手を伸ばす。
流石に、この状況では自分が助からない事を理解していたから。
それでも、触れる事すら出来なかった端末が、次第に視界が擦れて見えなくなるのを感じながら、最後に頭に浮かんだのはあの中に居るだろう明るくて可愛いルプスレギナの姿だった。
☆☆☆☆☆
最初にその人事を言い渡された時、頭に浮かんだのは「どうして自分が?」と言うものだった。
流石に、今までとは畑違いの〖営業〗と言う部署だった事もあり、間違いじゃないかと確認した結果判ったのは次の事である。
今回の人事は、今まで担当していた営業が他社に引き抜かれたために、自分がその代わりとして大抜擢されたということらしい。
自分が選ばれた理由は、相手先の会社の次期後継者候補にほぼ確定している人物が、ネットゲームの知り合いだと言う点からだと聞いて、ある意味納得した。
その条件を、満たす自分の知り合いなど、たった一人しかいない。
取引先の企業の名前から、そこの御曹司であり次期後継者候補だと言うるし☆ふぁーさんに関して、色々調べるチャンスだと思った。
今まで、全く何も解らなかった相手について、漸く掴んだ情報である。
そのまま、「初めて営業を担当する為、相手先の事を少しでも確認しておきたい」という名目で、色々自社にあるデータベースで調べた結果、るし☆ふぁーさんの立ち位置やら何やらが、ざっくりと判明した。
「後継者」とは言われているけれど、それはただ単に他に血を引く者がいなかったからで、父親は彼を排除しようとしている事すら簡単に調べがつく。
これでは、確かにるし☆ふぁーさんが身の危険を感じるのも仕方がないかもしれなかった。
なんだかんだ言って、本当は余り仲が良いとは言えないが、それでも今のこの状況でお互いにリアルの立場まで巻き込んでまで、何かするとは思えない。
それに、この状況の中を双方の間で上手く立ち回れば、一番おいしい思いが出来るのは自分じゃないかと、そんな言葉が頭に浮かんでいた。
それ位、彼の立ち位置は不安定なのだ。
だが、あえて会社側が後継者候補とした事には、何らかの理由があるのだろう。
資料で確認した記録によると、こちら側から引き抜かれたのは営業の担当だった人物も含めて三人程いた。
彼らが全員、あの時あの場でるし☆ふぁーさん達に協力を申し出た面々のうちの誰かだとしたら、この状況も納得がいく。
あの時、サクサクと時間切れで振り落とされてしまった為、『参加する』という選択は自分には出来なかったが、何人かあちら側に協力をすると申し出ていた仲間がいるので、多分、そのメンバーたちの中の誰かが引き抜かれていったのだろうと、簡単に推測出来たからだ。
そう思うと、かなりの確率で彼らは勝ち組に乗りかけている状況だと言えるだろう。
引き抜かれた面々の経歴を追えば、誰もが最終学歴が小学卒の貧困層出身で、本来なら引き抜きが掛かる様な立場じゃなかったからだ。
全員の経歴を読み終えた途端、ジワリと胃を妬く様な思いがこみ上げてくる。
数年前にあった、ウルベルトさんの一件だって、自分からすれば腹立たしいと言える結果だった。
どうして、あれだけお互いに仲が悪かったたっちさんの家の家庭教師の座に収まるなんて、そんな厚かましい真似が出来ているんだろう ?
幾ら、仕事を失いその先に待っているのが死しかなかったとしても、あんな風にたっちさんの娘の家庭教師になるなんて、余程面の皮が厚いと言っていい。
普通なら、あそこまで反発していた相手の手を取るよりプライドを取る筈だ。
そう考えると、普段たっちさんと対立していたのも、このゲームの中だけの口先だけのロールプレイで見せ掛けだったんだろう。
状況的に追い込まれれば、あっさり相手に対して尻尾を振っている辺りが、余計にそう思えた。
普通だったら、反発している相手の手を取る事だけは断るだろうに、自分に中途半端なプライドを持っているだけだから、何かあった時にあんな風に騒ぐのだろう。
そもそも、小学卒の貧困層の人間が頭の良い風を装うから、あんな風に利用されるのだ。
貧困層なら、大人しく立場を弁えて引っ込んでいればいいのにと、イライラしながらネットを検索していく。
そう、イライラしていたのが原因だろう。
自分のセキュリティでは、既に侵入しても問題がない領域を超えている事に、全く気付かなかったのだ。
それがどういう状況を齎すのか欠片も考えずに、ただ闇雲に情報を求めて何時間か潜り続けた結果、ある程度欲しかった情報は手に入ったが、それでも潜っていた時間に比較すれば微々たるものである。
何より、かなり腹立たしい情報も沢山あった。
るし☆ふぁーさんの配下に付く条件で、こちらの会社から引き抜きを受け入れた面々の雇用条件が、凄まじく良かったのである。
この状況下であるが故に、アーコロジーの中にあるるし☆ふぁーさんの祖父の実家で、ある程度状況が落ち着くまで共同生活になるという。
それだけでも、普通ではありえない程の高待遇だと言って良い。
何せ、あの人の実家は、このアーコロジーの中でも特に高級住宅街だと、判明しているからだ。
更に付け加えると、この問題が片付いて正式にるし☆ふぁーさんが会社を引き継いだら、会社に程近い場所にあるワンルームマンションを、社宅として与えられるというのである。
最初の段階で、そんな高待遇になると知っていたら、早々に自分も立候補していただろう。
多分、るし☆ふぁーさんの下に付く事自体に関して、多少の引っ掛かりを感じてしまう部分は出るだろうが、それでも半端じゃない高待遇が待っているのだろうと思えば、我慢出来なくもない。
更に付け加えて言えば、給料面や休暇など会社における待遇面なども充実し、引き抜き条件に出された内容も今まで所属していた会社よりも遥かに好条件なのは判っている。
状況的に考えて、彼らは確実に今までとは打って変わった様に、着実に上と登っていくだろう。
もしかしたら、この先の自分よりも格段に社会的地位が上がるかもしれない。
逆に、今の自分は状況によって今より下に落ちる可能性もあり、とても不安定な立ち位置だ。
むしろ、営業職など何か取引先との間でトラブルがあれば、真っ先に切り落とされる不安要素しかない。
だからこそ、今の状況をとても認められなかった。
今まで、自分より格下だと見下していた相手よりも下になるなど、絶対にあってはならない。
元々、ウルベルトさんがたっちさんの手で富裕層の住む環境で暮らせる状況に引き上げられた事だって、内心は本気で腹立たしかったのだ。
それで、更にもモモンガさんやヘロヘロさんと言った貧困層の代表的な存在だった人たちが、自分よりも確実に格下で大した事がないと思って見下していた、るし☆ふぁーさんの手で上に引き上げられるなど、想像しただけで本気で怒り狂える案件である。
この状況をひっくり返す意味でも、自分も別の形でもっと上に成り上がりたかった。
もし、今の会社で成り上がるという形を取るなら、その為に事前情報が幾つも必要だろう。
それこそ、今更るし☆ふぁーさんの元に行ける訳がないが、自分の成績を上げるという意味の営業先の一つとして、彼の会社と上手く取引出来る様に状況を持って行けば、今の自分が置かれている状況を良くする事は可能かもしれない。
その考えの下、色々と情報を収集するのに夢中で気付かなかった。
自分が、気付かない内に絶対に触れてはいけないデータに触れてしまっていた事に。
そう、ベルリバーさんがうっかり拾ってしまい、このままだと拙いと察知して、状況回避の為にるし☆ふぁーさんに相談したあの情報を、彼は知らない内に回収してしまっていたのだ。
しかも、本当に偶然拾ってしまった上に、普通の状況ではその内容がどんなもの何か判らず、拾った本人自身がその情報の重要性に気付けなかったのである。
元々、関わりのある部署の人間にしか意味が判らない仕様になっていたのも、彼がその情報の拙さに気付けなかった理由だろう。
その結果、どこにでもある大した事ない情報の一つとして、碌に内容を確認しないまま「使えない情報」のファイルの中に突っ込んでしまったのだ。
元々、彼の保持するセキュリティはそこまで頑丈な訳でもない。
余りの脆弱さに、余り仲が良いとは言えない筈のるし☆ふぁーさんが心配して、こっそりと自分が作った件のセキュリティシステムで強化しようとしていた位なのだから、どれ位のものか察して貰えるだろう。
ただし、それに関しては諸事情で不発に終わったのだが。
更に言うなら、ベルリバーさんの様にるし☆ふぁーさんに対して協力を依頼し、恐怖公の協力を得た強固なセキュリティシステムで、情報取得関連の改変を行った訳でもなくて。
結果として、彼が情報を入手している危険人物と誤認され、企業側から狙われるのは当然の話だった。
残念ながら彼は、それに気がついていない。
そう、全く気付いていないのだ。
自分が、意識した訳でもなく収集したデータによって、待ち受けている恐ろしい未来に。
まずは前半戦。
死亡者確定です。
それ誰なのかに関しては、次の話で出て来ます。
後編更新予定は早ければ明日の朝の予定です。