メールペットな僕たち   作:水城大地

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今回も、ちょっと重い話です


朱雀さんがなくなった日

 あれから、約一年が経った。

 

 タブラさんの騒動と、るし☆ふぁーさんのお家騒動は何とか無事に決着し、双方問題なく暮らしている。

 あの騒動のどさくさの際に、ギルドメンバーの一人が交通事故で亡くなった事によって、更に仲間たちのログイン率は減ってしまったが、それでもまだ穏やかだったのだ。

 状況的に、彼の死は避ける事が出来ない突発的な事故だった事が判明しており、自分達にはどうしようもない事が判っていたからである。

 

 あの時、数人の仲間と共にギルドの代表としてモモンガは葬儀に参列した。

 

 突発過ぎて、色々と時間に都合がつかない面々が多く、るし☆ふぁーさんが葬儀に出席するのにどうこうする形で、参列が出来たからだ。

 そして……今日も、モモンガは再び黒の礼服は着て、葬儀場に立っている。

 彼がここに来た理由は、ただ一つ。

 

 彼らの中で、最年長の仲間だった死獣天朱雀さんが、つい昨日亡くなったからである。

 

 約一年前、朱雀さんの元に養女として正式に引き取られ、彼の娘として過ごしてきたタブラさんが、涙ながらにこちらに連絡をくれた時、既に彼は亡くなっていた。

 本人の遺言で、彼女は彼から「亡くなるまで内緒にして欲しい」と頼まれていた為、亡くなるまで連絡出来なかったらしい。

 だからこそ、「せめて最期を送り出して欲しい」と、メールペットを通じて仲間全員に連絡したのだ。

 

 その結果、今回は何とか都合を付けた多くの仲間達が、葬式に参列している。

 

 正直に言って、モモンガには朱雀さんが亡くなった事がまだ信じられなかった。

 確かに、彼はギルドの中で最年長だと言う事は理解していたけれど、まさかこんなに早くに亡くなるとは思っていなかったのだ。

 ダブラさんの話では、元々彼は彼女を引き取った時点で重い病気を患っていて、余命は少なかったらしい。

 あの約一年前の騒動の時、残り僅かな老い先短い命を「タブラさんの為に使えないか」と思い立ち、あの場で協力を申し出てくれたのだそうだ。

 元々、るし☆ふぁーさんとは家族ぐるみの付き合いもあり、その縁で協力する予定があったのも、その決断を後押ししたのだろう。

 あの時点で、朱雀さんは別の方向から情報を得ていた事もあり、どう協力するか考えているうちにるし☆ふぁーさんの方はたっちさんなどの協力者を得ていて、「あ、これなら大丈夫だ」と自分は動かないでおこうと思って居たらしい。

 そんな時、タブラさん側の事情が明らかになった事で、それなりに後ろ盾がある彼よりもタブラさんの保護者になる事を選んだのだそうだ。

 

 実際、彼が自分の養女に迎え入れた事によって、事情を知らない周囲がタブラさんへの余計なちょっかいを掛ける事が殆どなかったのだから、彼の選択は間違っていなかった。

 

 流石に、それ相応に名を知られた大学教授という立場は、富裕層の中でも力があると言う事なのだろう。

 その名と地位によって、その両腕を大きく広げる様にタブラさんの事を守っていた朱雀さんは、もういない。

 どうも、一年以上前の時点で自分が病気だという事は判っていたらしく、それをこちらに悟らせる事ないまま、穏やかにゆっくりと残された時間を仲間と遊びながら、最後まで楽しく過ごしていた朱雀さん。

 

 彼の死は、確実に今のギルドの中に最後の大きな影を落とすだろう。

 

 一年前、交通事故で亡くなったク・ドゥ・グラースさんの件が心情的にかなり尾を引いたらしく、俺達のギルド【アインズ・ウール・ゴウン】は空中分解こそしなかったけれど、ログインして来るメンバーはかなり減っていた。

 一応、メールペットでのメールのやり取りはずっと続いているから、完全に縁が切れた訳じゃない。

 それでも、今までの様に十日に一度の定例会議に全員揃うという事は、ク・ドゥ・グラースさんが二度と参加出来なくなったあの日から、一度も達成出来なかった。

 

 でも……こればかりは、仕方がない流れなんだろう。

 

 彼らとて、無理にログインするのは辛いだろうし、何より昔よりも年齢を重ねた事によってそれなりにリアルで時間が取れなくなってきているのだ。

 こればかりは、流石にリアルでの生活が懸かっている事だから、仕方がないと受け入れるしかないだろう。

 ちゃんと、解っているのだ。 

 

 モモンガ自身だって、仲間と共に作り上げたギルド維持の為に毎日必ずログインするけれど、ユグドラシルで過ごす時間はかなり短くなった。

 

 元々、こんな風に毎日ログインする時間だって、本来なら取れる立場じゃない。

 それ位には、今のモモンガのリアルの立場は忙しいのだ。

 あの一件の際に、るし☆ふぁーさんの側近の一人として転職し、今では会社の営業部長の地位に座っているのだから、忙しいのもある意味当然の話である。

 むしろ自分が、こんな風に営業部長の座に座る事になるなど、一年前のあの一件が起きるまで欠片も予測していなかった事だから、実際の仕事に関して色々とサポートをパンドラズ・アクターにして貰っていた。

 元々、パンドラズ・アクターは財政を担当する能力が特化しているタイプから、実際に関わらせるなら経理関係の方が向いているのかもしれないけれど、割と何でも平均的にこなせる万能型と言う点で、上手く対応してくれているというのが現状だ。

 

 そもそも、モモンガが毎日欠かさずログイン出来ているのだって、るし☆ふぁーさんが社長としての権限で勤務時間をそれなりに配慮してくれているから、何とか時間が取れているだけである。

 

 るし☆ふぁーさん本人など、それこそ十日に一度僅かな時間をログイン出来るか出来ないか位の多忙さを、この一年ずっと続けている。

 軽く肩を竦め、「社長の座に着いたばかりだから、仕方がない」と笑う彼に、自分ばかりログインして申し訳ないと思いながら、それでも「ギルドの維持の為に必要だから」と割り切る事によって、維持管理の為にもログインだけは欠かさない様にしていた。

 そう、このままナザリックを失う訳にはいかないと、モモンガは本気で思って居る。

 

 何故なら、るし☆ふぁーさんが、何とかやりくりして作った時間でログインしている際に、本当にぐったりとした様子で羽を伸ばしているのを知っているからだ。

 

 今にして思えば、るし☆ふぁーさんにとってギルドの仲間とナザリックは、数少ない素のままの自分で過ごせる場所だったのだろう。

 だから、つい甘えてあんな風に色々とやらかしていたのかもしれない。

 そんなるし☆ふぁーさんも、今日ばかりはほぼ孫同然の存在として親族側の席に座り、朱雀さんが死んでしまった事をずっと泣きながら悲しんでいる。

 

 本当に、朱雀さんは彼にとってもう一人の祖父と同じ存在だったのだと言う事が、あそこまで嘆き悲しむ彼の姿を見れば、すぐに判った。

 

 言われてみれば、確かに彼らの間にはそれこそ家族同然の暖かな雰囲気があったのだ。

 一年前のあの事件の後、朱雀さんが会社に訪ねて来た事によって直接顔合わせ、その後に彼らがどんな繋がりなのか教えて貰う事が出来たのだが、あの時は本気で驚いたものである。

 でも、改めてその事実を知ってからあの二人の様子を見ると、ある意味納得の仲の良さで。

 

 むしろ、あの二人の雰囲気はやんちゃな孫をほけほけと見守る好々爺にしか見えなかった。

 

 モモンガ自身はもちろん、ヘロヘロさんやベルリバーさん、弐式さんと言った小学校しか卒業していない面々は、そうやってるし☆ふぁーさんとの縁を通じて朱雀さんに色々教えを請い、最終的にそれぞれが【高等学校卒業程度認定試験】の資格を取得するまで、根気よく勉強を教えてくれたものである。

 正直、会社の上層部に属する為には最低ラインの学歴だと言われ、それが無かった俺達の為に親身になってくれた事に関しては、本当に感謝するしかないだろう。

 因みに、ウルベルトさんは俺達よりも二年も早く、朱雀さんに教えを乞うてこの資格を取ったそうだ。

 そこから、かなり親しくして貰っていたといっても過言ではないだろう。

 

 だから、こんな風に朱雀さんが重い病気である事を、自分達に一言も言う事なく隠したまま亡くなったと知って、とても悔しかった。

 

 もしかしたら、るし☆ふぁーさんだけは彼が病気だと言う事に、最初から気付いていたのかもしれない。

 なんだかんだ言って、彼が一番朱雀さんと長い付き合いだったのだから、ちょっとした変化で気付いていた可能性はそれなりに高かった。

 少なくとも、直接顔を合わせての付き合いが半年程度の俺達よりは、何かの異変があれば気付いていてもおかしくない。

 いや……そういう邪推は止めておくべきだろう。

 

 だって、今の親戚縁者の席に座るるし☆ふぁーさんは、本気でただただ悲しそうに泣いている。

 

 以前、彼にとって朱雀さんは、「数少ない信用出来る大人」なのだと思い聞いた事があった。

 一年前に知った、彼の複雑な家庭環境から考えれば、祖父と母以外にそういう相手が朱雀さん一人しかいなくてもおかしくない。

 だからこそ、こんなに早く朱雀さんが亡くなってしまった事による悲しみは、彼の中でより深いものなのだと言う事位、モモンガにだって判っていた。

 

 もしかしたら、彼にとって名ばかりの実の父親の血筋の祖父母より、朱雀さんの方が余程身内同然の存在として慕っていたのかもしれない。

 

 そんな事を、頭の端でつらつらと思いながら、モモンガは自分の焼香の番を待った。

 今日の朱雀さんの葬儀には、自分が思っていたよりも沢山の人が参列している。

 その中には、自分達ギルドの中でも彼と仲が良かったメンバーはもちろん、彼が大学教授として教鞭を執った教え子や友人、様々な方面で繋がりがある知人など、とにかく沢山の人が溢れていて、彼の死を惜しんでいた。

 

 もちろん、その中にはたった一年の義理の娘として喪主の座に座っていたタブラさんの事を、【花街の白雪太夫】だと言う事に気付いて、それと無く色目を使ったり何やら言い寄ったりしている面々もいたが、この厳粛な葬儀の場には相応しくない不謹慎な行動だという事で、警備の人間を呼ばれている。

 

 と言うか、途中から建御雷さんがタブラさんの事を庇う様に喪主の席の横に立った事で、そんなバカな声を掛けようとする人は殆ど居なくなっていた。

 流石に、建御雷さんがあの外見で葬儀用の黒服に包み、ボディーガード宜しく側に立って睨みを利かせていると、威圧感が凄くて近寄れないのかもしれない。

 更に言うと、あの二人が漂わせているどこか親し気で気安い空気の前に、「自分達では太刀打ち出来ない」と判断して引き下がっているという状況なのかもしれなかった。

 

 そう言えば、この二人は花街では【後見人と遊女】という関係だったけれど、今は微妙に変化している。

 

 花街から身請けした際に、朱雀さんが彼女の事を正式に養女にした事によって、建御雷さんが後見の位置から退いたのが主な理由なんだけど、何となく見ていてじれったい。

 少なくとも、タブラさんからの【好き】と言う矢印は間違いなく建御雷さんに向いているのに、それを全てスルー出来てしまう建御雷さんの反応が凄いというべきなのだろう。

 

 やはり、【保護者と被保護者】と言う関係で長い年月を過ごしていたから、そう簡単に娘の様な存在を恋愛対象にするのは難しいのかもしれない。

 

 これで彼がそっけないならまだしも、建御雷さんは建御雷さんなりにタブラさんの事を気に掛けていたから、結果的に付かず離れずの状態が続いている状況だった。

 このままだと、流石にちょっとだけタブラさん側の思いを叶えるのは難しいけど、その辺は彼らの問題だから余り口を出す事は出来なくて、みんなでそわそわしながら様子見をしていたものだ。

 特に、彼女の養い親になった朱雀さんなどは、状況によっては「娘のウェディングドレス姿が見れるかもしれない」と、それは色々と期待していたのを覚えている。

 こんな事になると判っていたら、彼らと直接交流があるギルドメンバーが総出でタブラさんの恋を応援して、朱雀さんが見たがっていた彼女のウェディングドレス姿を見せて上げたのに。

 あれだけお世話になったのに、彼のそんな細やかな願いさえ叶えて上げられなかった。

 その事だけが、少し悔しい。

 

 でも……今回の朱雀さんの事で、少し二人の状況が変わるかもしれないと、そうモモンガは考えていた。

 

 幾ら、朱雀さんの元に養女に入ったとは言え、たった一年でその後ろ盾となっていた相手が亡くなってしまった状況では、タブラさんが自分だけで自衛する事は難しい。

 だから、改めて誰かしらの後見が必要な状況なのだ。

 一応、彼女の現在の職場であるたっちさんの家はもちろん、彼の奥さんの実家が後見に立つと思うけれど、彼女にとって一番いい方法は、それなりに立場がある誰かを選んで結婚する事だと思う。

 

 この辺りに関して、タブラさん本人がどう考えているのかよく分からないし、彼女が身請けされるまでの環境とかを思うと無理強いも出来ないから、これに関しては保留なんだろうけど。

 

 つらつらと考えているうちに、そろそろ自分の焼香の時間が回って来るらしい。

 ゆっくりと、前にいた人に続いて進んでいる間ずっと考えていたから、後数人で焼香台に辿り着ける状況になっている事に気付き、モモンガは慌てて一旦思考を止めた。

 前回、ク・ドゥ・グラースさんの葬儀に参列した時は、事故に巻き込まれた人たちの合同葬という事で作法はそこまで厳しく言われなかったけれど、今回は富裕層の中でも名士だと言っていい大学教授の葬式である。

 やはり、ある程度までは参列者側にも必要なマナーというのは存在する事は判っていた。

 これに関しては、パンドラズ・アクターが事前に検索してくれていた作法と、周囲が実際に焼香する際に行っている作法を見比べ、問題ないか確認させて貰っていたりする。

 

 調べて初めて知ったのだが、葬儀は宗派によって焼香の動作が違うらしい。

 

 こう言う作法に関しては、特に富裕層の特権として細かい所まで煩いとの事なので、出来るだけ慎重に調べてくれたパンドラズ・アクターに感謝しつつ、自分が調べて貰った中から選んだ作法に問題がない事を確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。

 流石に、朱雀さんと長年付き合いがある家族同然のるし☆ふぁーさんの会社の一員であり、自分自身も朱雀さんの友人と言う立場でこの場に参列しているから、焼香のマナー一つだって失敗したくない。

 失敗しない様に、作法に則った動作でゆっくりと焼香台に近付いたモモンガは、そのまま人の流れにつつ従い丁寧にお焼香を済ませていく。

 

 現在のギルドは、それこそ一日を平均的に見て考えると、最盛期に比べて殆どログインしてくる人はいない。  

 それこそ、短い時間でも毎日ログインしているモモンガ以外で、割と定期的にギルドへ顔を出してくれるのは、直に数えられる程度だ。

 まだ、時間に仕事的に余裕が取れそうな立ち位置にいるウルベルトさんと、モモンガと同じ会社で働くヘロヘロさんとベルリバーさん、弐式さんと言ったるし☆ふぁーさんの配慮でログインしやすくなっている面々である。

 それより期間はある程度開くけれど、まだ定期的だと言えるのが、るし☆ふぁーさんとぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさん、そしてたっちさんだった。

 逆に、不定期だけどランダムに連続ログインしてはその後暫く顔を出せなくなる面々として、やまいこさんとぷにっと萌えさん、あまのまひとつさん、源次郎さん、建御雷さん、タブラさんそして今回亡くなった朱雀さんの名前が上けられるだろう。

 全員が全員、毎日ログインしているモモンガといつも顔を合わせられる訳じゃないし、今まで以上に人数もかなり少なくなった。

 けれど、それでもまだこうして前と同じ様にナザリックを維持しようと頑張ってくれている。

 

 その事が、モモンガにはとても嬉しいと思えた。

 

 最近、正式に会計事務所の社長を継いだらしい建御雷さんが、多忙な身で未だにログインしてくれる理由は、たっちさんがかなり間が空いても定期的に顔を出している状況を知ったからだ。

 時間さえ合えば、彼とまたPVPが出来るという事が、強さを求めていた建御雷さんの張り合いになり、ログインに対するモチベーションの高さを維持する理由になっているらしい。

 たとえどんな理由でも、仲間が出来るだけユグドラシルを続けようとしてくれている事が嬉しいと、モモンガは本気で思う。

 

 最近、安定したペースでログインしてくれる様になったやまいこさんは、いつの間にかるし☆ふぁーさんにスカウトされ、会社の中に設立予定の社員用の児童館の教員に転職が内定していた。

 

 モモンガは、詳しい理由を聞かなかったけれど、彼女が勤めていた小学校の方が、教員を休職から一度復帰させた上で、改めて退職に切り替えたらしい。

 本人曰く、彼女が勤めていた小学校は富裕層が多く通っていた事もあり、そんな父兄から何かしらのクレームが続けば、簡単に首を切られてしまう立場だったそうだ。

 元々真っ直ぐな性格の彼女は、そんな我儘な富裕層のモンスターペアレントに嫌がらせを受け、一旦はそれを回避するべく休職と言う形を取ったものの、結局復帰して直に退職を迫られる形になったんだと言う。

 この話を聞いて、かなりるし☆ふぁーさんが怒り狂っていたのだが、本人が「でも、そのお陰でこうしてみんなと同じ会社で働けそうだから、別に良いよ」とへらりと笑うので、それに対しての報復活動はしなかったそうだ。

 

 そして現在、るし☆ふぁーさんが以前から考えていた社員への福利厚生の一つとして、『未就学児への学童教育の為の教員』として迎え入れられる予定だったりする。

 

 要は、ウルベルトさんの様にみぃちゃん達の専属の家庭教師ではなく、るし☆ふぁーさんの会社に働く社員の中で「まだ未就学児童がいるが、ぜひこのまま働きたい」という人の為の保育施設の先生をしないかと誘われ、それを受け入れたと言う事だ。

 もちろん、その部署で働く教員は彼女だけじゃなく既に何人か雇う予定だったし、他にも補助専用の職員を探している最中なのだそうだ。

 流石に、まだ本社に試験的に設置される施設と言う事もあり、実際に使用出来る条件をある程度制限する予定なので、一度に何人も世話をしろという訳ではないらしい。

 

 それなら、今までの富裕層の我が儘に振り回される状況より、余程負担が減るんじゃないかというのが、るし☆ふぁーさんからの提案だったそうだ。

 

 今回の話を、彼女が了承したのは丁度半年前の話だった。

 実は、るし☆ふぁーさん達の騒動が起こった時点で既に休職状態に追い込まれていたらしく、たっちさんの所のみぃちゃんやレン君と接した後は、このまま自分が教師を続ける事に迷いを感じていたらしい。

 それ位、本来おおらかな性格でどっしりと受け止める彼女が、精神的に追い込まれていのだ。

 

 だからこそ、るし☆ふぁーさんから提案されたこの話は、やまいこさんにとっても渡りに船といってもいい状況だったのだろう。

 

 ただ、まだ小学校に上がる前の未就学児童や小学校に上がったばかりの小さな生徒を預かる事になる為、実際に自分が引き受ける生徒がどれ位の数になるのか、今の時点ではちょっとまだ分かっていないという点が、不安要素なのだろう。

 だが、彼女はこの話を受けてくれた事によって精神的にも安定し、時間も出来た事でここ最近は定期的にログインしてくれていた。

 このまま、最初の予定通りに仕事の内容が安定すれば、もっと顔を出す時間が増えるだろう。

 実際、「ユリと過ごす時間が確実に増えた」と、笑顔のアイコンで嬉し気に教えてくれたのは、一月ほど前の事である。

 

 あまのまひとつさんは、立場的にはるし☆ふぁーさんとそれ程差がない立ち位置にいるらしい。

 本人に言わせると、あくまでも「偶々生まれた家が企業の経営者の一族だっただけ」との事だが、それでもるし☆ふぁーさんが会社を継いだ辺りから思う所があったらしく、色々とやる事が増えたそうだ。

 一応、企業の代表と言う立場ではないらしいけれど、それでもある程度の権限がある立場らしいので、それを利用して色々とるし☆ふぁーさんが少しでも有利になる様に、上手く動いてくれているのだとか。

 

 彼のお陰で、少しだけるし☆ふぁーさんがログイン出来る時間が増えたので、今度改めて何かお礼をしようと思って居る。

 

 そして茶釜さんは、今までいた事務所からるし☆ふぁーさんの会社の傘下にある事務所に、つい三か月前に移籍したらしい。

 ここ最近、茶釜さんは人気声優の立場を利用した【枕営業】をする様に事務所から言い渡され、酷く困っていたのだとか。

 本人的にも、「人気声優の立場を維持する為と言う名目で、枕営業なんて冗談じゃない」と思ってたから、るし☆ふぁーさんからの事務所移籍の打診は、それこそ渡りに船と言うべきタイミングだったのだとか。

 それに合わせて、ペロロンチーノさんもフリーだった立場を改め、あまのまひとつさんの所の制作事務所に所属したと、つい一月前にログインした際に話していた。

 まぁ、るし☆ふぁーさんの経営している会社の系列企業の中には、彼がシナリオライターとして活躍する様なゲーム関連の制作事務所はなかったから、茶釜さんと一緒に移籍という流れにはならなかったのだろう。

 その代わり、モモンガ達が住むワンルームマンションのすぐ隣のワンルームマンションを、るしふぁーさんの祖父からあまのまひとつさんが買い受けて、自分の企業傘下の社員寮にしてくれるという、凄い事をしてくれた。

 これによって、お互いリアルでも直接行き来出来る様になったので、夕食時などのタイミングが合えばみんなで一緒に集まって食事をしたりして、賑やかな交流が出来るようになったのである。

 

 まるで、リアルでもユグドラシルにいるのと同じ感覚になってきているのが、ちょっと楽しいかもしれない。

 

 そう言えば、もう一つ大きな変化があった。

 一年前のあの一件の直後、どちらかと言うとログインが減って疎遠になりがちになっていた源次郎さんだけど、今は不定期だけど可能な限りログインしてくれる様になった事だ。

 もちろん、その変化にもちゃんと理由がある。

 きっかけは、彼が自分で「汚部屋」と呼んでいた自宅において、見事なまでに部屋の中に積み上げていた不用品が雪崩を起こし、それに気付かずに逃げ遅れて押し潰された結果、怪我をして一週間ほど入院する羽目になった事だった。

 

 その話を耳にした途端、その場で迷わずブチギレた人間が二人。

 

 一人目は、ク・ドゥ・グラースさんが死んでからと言うもの、ギルドの仲間の事故等に関してはピリピリしているるし☆ふぁーさんだ。

 どうも、本人は自覚が余りない様だけど、あれは結構なトラウマになってしまっているらしい。 

 そんな彼にとって、「自分の部屋で、不用品の山に押し潰されて圧死しそうになった」などと言うくだらない状況は、到底許容出来ないものだった。

 もう一人は、そういうだらしない状況が見ていられない、綺麗好きのやまいこさんである。

 

 今回、源次郎さんが入院する必要がある怪我をした原因が、自分の散らかし過ぎた「汚部屋」で積み上がった不用品の山が雪崩を起こした結果などと言う状況が判明した瞬間、二人が中心になって【汚部屋片付け隊】が結成されたのは、ある意味いい思い出だろう。

 

 しかも、源次郎さんの勤め先がるし☆ふぁーさんの祖父の会社だと判明した途端、彼は良い笑顔で祖父に対して彼が自分の会社に出向して来る様に頼むという、彼ならではの荒業をさっくり使ってのけていた。

 それによって、病院から退院した直後から源次郎さんの事を、強制的にモモンガたちが住んでいるワンルームマンションへ引っ越させたのである。

 流石に、ギルドの仲間が何人も同じマンションに住んでいる状況で、「汚部屋」を作り出すというのは厳しいだろうというのが、るし☆ふぁーさんの目論見だった。

 

 更に、【汚屋片付け隊】の首謀者の片割れであるやまいこさんが、定期的に彼の部屋のチェックに訪れる事になっている二段構えなので、そうそう部屋を汚すのは難しいだろう。

 

 正直、今回の様に自分の部屋の荷物を積み上げ過ぎた挙句、何かの拍子に雪崩が起きて潰されて死ぬなんて状況は、流石にモモンガも冗談じゃ済まされないと思うから、出来るだけ彼の部屋の様子には気を付けようと考えている。

 もう、これ以上誰か仲間が死ぬのは見たくない。

 これは、現時点で定期的に連絡が取れている仲間たちの共通意見だった。

 

 そして……タブラさんと朱雀さんの二人は、朱雀さんが病気で亡くなる直前までずっと時間が出来た時は必ずログインしてくれていた。

 既に、余命を告げられていた朱雀さんと二人で、ゆったりとログインしてきては攻略など考えたりせず、のんびりとナザリックの中を見て回っては気にった場所でお茶を飲むのが、お互いにとって数少ない楽しみだったらしい。

 この頃になると、ギルドメンバーが少なくなった事もあり、既にユグドラシルのイベント攻略にそこまで重きを置いてなかったし、ナザリックの維持費を稼ぎ出せればそれで問題はなかったから、こんな風にゆったりのんびりと過ごす選択をする仲間も次第に増えていた。

 

だからこそ、穏やかでゆったりと過ごす事が出来なくなった人から、次第にログインしなくなったのだろうと、モモンガも理解している。

 

 そんな彼らを、何とかギルドに来てくれる様に引き留めなかった事に関して、モモンガは自分の選択は間違いじゃないと思っている。

 彼らだって、好きでログインをしなくなった訳じゃない。

 色々な理由から、どうしてもリアルを優先せざる負えなくなっただけ。

 もちろん、ギルドの中があの事故によって空中分解したのとほぼ同じ状態になったというのも事実だろう。

 

 それ位、ク・ドゥ・グラースさんの死はギルメンにショックを与えたのは間違いない。

 

 モモンガだって、本当にショックだったのだから気持ちは分かる。

 それでも、まだメールペットを通じて彼らとは繋がっているし、彼らだってまた余裕が出た時は顔を出してくれると約束してくれたので、その約束だけで十分だった。

 

 まだ、仲間と一緒に遊びたいという気持ちだけは、ちゃんと持ってくれているのだから。

 

 だから今は、少しでもナザリックを守ろうとしてくれる仲間たちと、このまま最後までユグドラシルをプレイ出来ればいいと、モモンガも少しずつそんな風に思える様になっていた。

 そう……最後まで一緒にプレイする事が出来れば、それだけで構わないのだ。

 

 正直言うと、今のユグドラシルは随分と過疎化してきていると言っていいだろう。

 

 少しずつ、新しく出て来ている別のVRMMOの人気に押されていて、ゆっくりと衰退しているのはアインズ・ウール・ゴウンだけじゃない。

 ここ半年ほどの間に、ユグドラシルそのもののプレイヤー人口が減って来ていた。

 このままだと、ユグドラシルの運営自体が余り長く続かないだろうと言う事も、既に予測出来てしまっている。

 もし、これがメールペットの育成を始める前の自分なら、その事実を知った瞬間に精神的な打撃を受けて現実を見なかったかもしれない。

 だけど、社会的な地位がつき自分の立場が明確になり、リアルでも共に過ごせる仲間がいる事で、モモンガは周囲が思う以上にこの状況をゆっくりとだが受け入れられていたのである。

 

 これが、自分の中に起きた一番大きな変化だと言っても、多分過言ではなかった。

 

 別に、ユグドラシルが面白くなくなった訳ではない。

 だけど、それが終わりに近付いている事をゆっくりと自分の中で消化しながら理解し、納得していく。

 今は、そんなモラトリアム期間なんだと、モモンガは今の状況をそう理解していた。

 

「……さようなら、朱雀さん……」

 

 葬儀が終わり、しめやかに火葬場へと向かう朱雀さんを仲間たちと見送りながらそう呟くと、モモンガは今まで堪えていた涙を溢したのだった。

 




という訳で、続きになります。
そして、今回の話で朱雀さんが亡くなり、サイコロの女神さまによる死亡確定者は出揃いました。
モモンガさんの心境も、こんな感じで変化しています。

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