メールペットな僕たち   作:水城大地

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今回の話は、この人になります。
この話もまた、ちょっとだけ今までとは毛色が違うかも。


武人建御雷と、武士見習いの試行錯誤の毎日

武人建御雷は、周囲が思う以上に割とマイペースな戦闘狂である。

 

とは言え、【リアル】では周囲に対して自身の戦闘狂の一面を見せている訳じゃない。

むしろ、【リアル】での彼の仕事は真逆と言うべき会計事務所の会計士という、バリバリの事務職勤務なので、普段出来ない事を【ユグドラシル】で解消している、典型的なタイプだった。

 

彼自身、「もし、生まれる時代が選べたなら戦国時代に生まれたかった」と本気で思っているのを知っているのは、このギルドの中でも特に仲が良い弐式炎雷くらいだろうか。

 

いや、実際にはこのギルドの中にもう一人だけその話をした人物が居たりするのだが、その相手はそこまで気に留めていない様なので建御雷本人も忘れがちだったりする。

そんな彼だからこそ、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】として、未探索ダンジョンを初見一発攻略なんて無茶な挑戦をするのに真っ先に賛成する事も出来たのだ。

実は、初見攻略が終わった当日の夜、「あの意見で、話の流れが変わりました。ありがとうございます。」と改めてモモンガさんからお礼のメールを貰っていたりする。

 

本人的には、思い切り無茶だと思える様な冒険をしてみたかっただけなのだが。

 

そうして、見事に初見攻略を果たした【ナザリック地下墳墓】を拠点にした際、建御雷にも階層守護者となるNPCの設計を任される事になった。

彼が作るNPCが請け負う階層は、雪と氷で閉ざされた構成になると言う第五階層。

その話を聞いて、建御雷がすぐに決めたNPCのコンセプトは【武人】だった。

当然、雪と氷に閉ざされた第五階層を請け負うのだから、そのNPCが持つ属性は氷系のものが良いだろう。

出来れば、常時発動型スキル(パッシブスキル)で、歩くだけで床を凍らせるとか出来ると格好が良いかもしれない。

そんな風に、自分の中にある理想の形を思う存分に詰め込んで出来上がったコキュートスを前に、悦に入ったのは弐式炎雷と二人だけの秘密である。

そうして、少しずつナザリックの中が完成して言った頃、ギルメンの一人が急にログインしなくなった。

 

理由を聞いたら、なんでも飼っていたペットが死んでしまったショックで、とてもログイン出来る心境ではないらしい。

 

本人にとって、そのペットは家族同然の存在だったらしいから、これもまた仕方がないかもしれないと思いつつ、建御雷は小さく溜め息を吐いた。

正直言えば、あの世界でペットを飼えるだけの財力を持っている時点で、他のギルメンよりもかなり恵まれていると思う。

件のギルメンに、その自覚があるのかについては横に置くとして、このままログインしない状況を続けるのは良くない。

今はまだ、内容が内容だけにギルドの面々は同情的だが、それも長くは続かないだろう。

そこから、アインズ・ウール・ゴウンが分裂する切っ掛けにならないか、それだけが建御雷にとって気掛かりだった。

 

折角、今のギルドはモモンガさんがギルド長になった事で上手くいっているのに、そんな理由でギルドがコケたりしたら、本気で泣くに泣けない所だ。

 

何と言っても、クラン時代にあったあの大きな亀裂が原因で、既に一人【ユグドラシル】そのものを引退する事態になっている。

それを考えれば、今回の一件だって本当なら悠長に構えていられる案件じゃない。

とは言え、現時点でそれを肌で感じて理解しているのは、多分ごく僅かしかいないだろう。

例えば、件のギルメンがログインしなくなってすぐに何らかの対策が取れないか考えた上で、【電脳空間でペットを飼えないか】と思い立ち、情報収集に動いたヘロヘロさんなどだ。

 

一応、件のギルメンは一週間程で復帰してきたが、飼っていたペットを思わせるモンスターの姿を見ると、瞬間的に手が止まって攻撃を受けそうになっているので、別の意味で拙いかもしれない。

一応、本人も「このままではいけない」と言う事は判っているらしく、出来るだけ自分が狩りに参加する前に狩場に居るモンスターを確認して、大丈夫そうならそのまま参加する様にしている様だった。

多分誰もが、まだ彼が本調子ではない事など気付いていて、色々と気を回している。

流石に、微妙な空気が流れそうになった時だった。

 

ヘロヘロさん達が、様々なテストを終えたメールペットの事をギルメンたちに伝えたのは。

 

どういう存在なのか、ヘロヘロさんが代表して概要を話すうちに、ギルメン全員が浮足立ちかけていた。

彼らにしてみれば、自分が作ったナザリックの中にある思い入れのあるNPCをそのまま自分のメールペットとして飼えるのだと言う話なのだから、それも仕方がない事なのだろう。

その際、うっかりるし☆ふぁーさんを怒らせる発言をした奴らが何人かいた為に、彼のメールペットが恐怖公になると言う事態が発生して阿鼻叫喚を引き起こしていたが、それは自業自得だと建御雷は一切口を挟んでいない。

建御雷は、彼らの様に特に恐怖公が苦手と言う事もないから、本人の自由意思が優先されるべきだと考えたと言う理由もあるし、何より彼らの方が喧嘩を先に売ったのだ

今回に限り、るし☆ふぁーさんには何の非もなかったので、口を挟む気にもならなかっただけとも言うが。

 

とにかく、メールペットは全員配布される事になり、建御雷の手元にもメールペットが引き渡される事になった。

 

このメールペットの開発の為に、ギルメンの中にはウルベルトさんの様にそこまでプログラムとかに詳しくないにも関わらず、いつの間にかヘロヘロさん達に協力していた人もいたらしい。

もっとも、ウルベルトさんに関して言えば、以前から何らかの形でデミウルゴスを【リアル】に再現出来ないか考えているらしい話を聞いていたので、今回の話は文字通り渡りに船だったのだろう。

それこそ、その為に必要な事だとヘロヘロさんに言われたら、何でも事は手伝った筈だ。

 

こういう事は、自分で無理に推し進めるよりも専門家に任せた方が、間違いなく話が早く進むからな。

 

そんな訳で、建御雷の所に来たコキュートスを前に、どう彼の教育をしたものかと色々と悩む。

建御雷としては、コキュートスの事を【ナザリックNPC】として作り上げた様に、出来るだけ自分が思い描く様な武士か侍の様に育て上げたいと思うのだが、どちらかと言うと戦う事だけしか考えない猪武者に近い自分が、本当にそんな風に彼の事を育てられるか迷う所が多いからだ。

特に、コキュートスはこれからメールペットとして他のギルメンの元を訪れるのだから、向かった先での挨拶などそれ相応の礼儀作法を身に着けていないと流石に拙いだろう。

その事で、後からコキュートスが恥を掻いたり仲間内で困ったりするのは嫌だった。

 

では、何か自分の希望に沿う丁度良い資料が無いか探して、それを参考にしながらコキュートスを育てればいいのではないだろうか?

 

そう考えた建御雷が選んだ資料は、自分が暇な時間がある時に割と好んで見る時代劇のデータだった。

基本的には、それを参考に武士のあり方をレクチャーしつつ、コキュートスの性格に合わせて微調整しながら育てればいいだろう。

ただし、時代劇に出てくる内容によっては、実際には色々と脚色され過ぎている部分もあるらしいので、ちょっとだけ注意が必要だろうが。

 

下手に、時代劇の話の展開を盛り上げる為に脚色を盛り過ぎただろう、完全に間違っている情報を教え込んで、後で正しい情報を前に指摘される様な事態になったら、それこそ建御雷にとってもコキュートスにとっても黒歴史になりかねない。

 

その為にも、正確な戦国から江戸時代の武士の文化等に関する話は、大学教授だと言う死獣天朱雀さん辺りに聞いてみるつもりだった。

彼なら、建御雷の為に割と簡単な講義と言う形で教えてくれるか、それとも関連するデータ資料のアドレスを渡してくれそうだ。

確か……以前、ギルド内で何人かのギルメンと一緒に雑談した際、彼自身が教えている専門分野ではないものの、それなりに詳しいと言う事を前に聞いた事があるからな。

この際、頼れるものは全部頼るべきだろう。

 

どうしても、この手の本格的な専門知識が欲しいと思った場合、建御雷だけでは探すのが大変だからだ。

 

もちろん、自分の時間に余裕があればゆっくり探す事が出来ると言う奴もいるだろうが、残念ながら仕事柄そんな余裕があるなら、建御雷は【ユグドラシル】にログインする方を選ぶだろう。

別に、コキュートスの為に割く時間が惜しいと言っている訳じゃない。

現在進行形で、ナザリックはギルドホームとして罠系のギミックを追加している状況だし、当然だがNPCたちの装備や武器だって色々と追加している最中だ。

だったら、建御雷は少しでも狩りに行く回数を増やして、コキュートスの為に武器を作ってやりたい。

種族的な問題で、コキュートスは装備を身に着ける事が出来ないのだから、その分も他のNPCより余計に良い武器を持たせてやりたかった。

 

つい、現時点でのギルメンの大半の意識が、自分の手元に来たメールペットの方に向いている気がするが、最終的にはメールペットとNPCのデータを完全にリンク出来ないか、運営から文句が来ないレベルで試していく予定なのだから、こっちを放置するのもおかしいだろう。

 

ある程度リンク出来たら、このデータを元にして運営と交渉して追加システム化をするか、無理ならギルド内だけの運用の許可を取る予定だと、ヘロヘロさんは笑って言っていた。

その際は、運営と交渉にする際のバックアップとして、たっちさんが奥さん側の実家の協力を得られる様に、話を付けてくると言う。

自分の実家よりも、たっちさんの娘を出来れば跡継ぎに欲しがっている奥さんの実家の方が、色々と娘さんから話を通し易いらしい。

まぁ、このメールペットの存在が色々と娘さんの成長に繋がるなら、いい影響を与える存在として奥さんの実家側としても文句がないのだろう。

 

たっちさんの娘と言えば、コキュートスの奴が彼女の事を【姫】と呼んでいるらしい。

これは、自分がコキュートスの教育用として見せている、様々な時代劇の影響だろう。

どうやら、建御雷たちギルメンを自分が仕えるべき主と認識しているので、その娘さんは【主君の姫】と言う考えになるらしい。

 

色々と自分なりの調整の為に、かなり遅れていた初めてコキュートスを使いに出す相手として、丁度【ギルド内PVP】の打ち合わせをする予定だった事を思い出した建御雷が、そのままたっちさんにメールを届けさせたその日の夜、予定通りの時間に落ち合ったたっちさんからその話を聞かされ、ちょっとだけ何とも言えない気持ちになったのも、今では笑い話の一つだったりする。

 

それはさておき。

建御雷の朝は、それなりに早い時間から始まる。

一応、それなりに早い時間に起きる程度で済んでいる理由は、俺が勤める会計事務所の最大顧客が、基本的に夜の営業がメインな為、営業後に休んでいる可能性が高い朝の早い時間帯にこちらが出向くのを嫌うからだ。

まぁ、それだけで大体どんな場所か大体の人間が察するだろうが、簡単に言ってしまえば娼館である。

時代劇風に言うなら、岡場所や花街と言う表現もされていた【新吉原】と言えば分かり易いかもしれない。

 

建御雷の会計事務所は、その新吉原一帯の経理の一切を任されている。

 

そんな相手の都合もあり、建御雷の朝は多分モモンガさんやヘロヘロさんに比べれば、確実に遅いだろう時間に始まる。

実際、建御雷が朝起きてメールソフトを立ち上げてみると、既にモモンガさんの所のパンドラズ・アクターがメールを持参してきていて、コキュートスと話をしているなんて事も結構あったりする。

因みに、コキュートスとパンドラズ・アクターだが、まぁそれ程仲は悪くない感じだ。

どちらかと言うと、元になったナザリックのNPCが生産系がメインで構成されている関連からかもしれないが、パンドラズ・アクターはモモンガさん譲りの穏やかな性格だと言う事も、上手く俺のコキュートスと仲良く出来る要因かもしれない。

モモンガさん自身に聞いた話だと、割とあちらでは二人で手合わせなどをしているらしいが、こちらでは沢山ある武器を前に武器談義をしている事も多かったりする。

 

多分、メール配達中はコキュートスに武器を一つしか持たせていない事も、この場で武器談議に興じる要因の一つになっているのかもしれない。

 

パンドラズ・アクターと同じ位の確率で、朝起きたら既にメールを届けに来ている場合が多いのが、ウルベルトさんの所のデミウルゴスだろうか?

これに関しては、ウルベルトさんの仕事の状況次第で起きる時間が変わるらしいから、実際はデミウルゴスが早朝に来る回数が少ない月もあるけどな。

とにかく、デミウルゴスは割と早朝に来る事が多いが、夕方のログイン前に来る事も多い。

これもまた、ウルベルトさんの仕事の都合だから仕方がないが。

 

コキュートスとデミウルゴスは、性格やら構成やら考えると真逆の様な存在だと思っていたが、建御雷が考えていたよりも割と仲が良い。

 

違いすぎる立ち位置が、逆に上手く填まったからこそ上手くいっている関係かもしれないし、建御雷とウルベルトさんの関係を引き継いでいるのかも知れなかった。

彼とは、素材狩りの為に良く組む仲間でもあるし、割と話していると気が合う相手でもある。

建御雷の前では、デミウルゴスとコキュートスは色々と本を片手に話し合っている姿が多い。

ウルベルトさんの所では、一緒に備え付けのバーカウンターで飲んでいる姿を見られるらしいから、ちょっとどんな様子なのか気になる所だ。

 

そんな、コキュートスがそんな風に寛いでいる姿を、建御雷も余り見た事がないからだ。

 

もちろん、ここがコキュートスの自宅と言う事もあって、全く建御雷の前で隙がない訳じゃない。

自分の理想の武士になる為に、まだまだコキュートス自身も学ぶ事も多いからか、気を張っている部分も多いのかもしれないとは思う。

だが……出来れば、建御雷もコキュートスと差し向かいで酒を飲めるなら飲みたい所だ。

 

コキュートスは、建御雷にとって大切な一人息子の様な存在に近くなっているのだから。

 

まぁ……そんな感じで、多少ウルベルトさんに……と言うか、デミウルゴスに対して多少の羨ましさを感じつつ、デミウルゴスと仲良くしているのは良い事だと、建御雷はのんびりと見ていたりする。

他に、コキュートスと仲が良いのは……そうだなぁ、るし☆ふぁーさんの所の恐怖公だろうか?

るし☆ふぁーさんは、ギルドの中では色々とやらかしていて【ギルド一の問題児】として扱われている。

 

これに関しては、自分も悪戯の対象になった事があるので建御雷も承知しているが、個人的にコキュートスと恐怖公を介してメールをやり取りする様になってから知ったのは、実際はもっと思慮深い所がある相手だと言う事だ。

 

それは、恐怖公の育成具合を見れば良く理解出来るだろう。

これでも、新吉原などと言う場所に仕事の都合で関わる関係上、それ相応の人を見る目を持たざるを得ない建御雷の目から見て、恐怖公はそこらへんに居る富裕層の似非紳士共よりも、余程人格者の紳士だと思える程だ。

それはつまり、【ユグドラシル】でのNPC設定を忠実に守る様な紳士としての教育を、るし☆ふぁーさんが恐怖公に施したと言う事になる。

礼儀作法だけでなく、この短期間でその人格にまで紳士としてきっちり仕上げて育て上げてくる時点で、るし☆ふぁーさん自身も確実に富裕層出身だと考えて良い。

 

とすれば、もしかしなくてもギルメンの中では割と年上の方に当たるんじゃないだろうか?

 

【アインズ・ウール・ゴウン】は、初期メンバーが全員社会人だった事もあり、後続加入メンバーにも二つの原則が付いた。

一つは、異形種である事。

これに関しては、見るまでも無く異形種ギルドである以上、所属するなら異形種と言う括りになった。

二つ目が、社会人である事。

こっちは、他のギルメンが社会人としての経済力をもって重課金している事から、まだ自分自身の経済力がない学生は遠慮して貰っているのである。

そう考えると、後続メンバーの一人であるるし☆ふぁーさんが富裕層出身で最高学歴となる大学まで通っていた場合、就職した後に加入した事も考慮して年齢は現時点で最低でも二十三歳以上と言う事になる。

だとしたら、悪戯などをしている事が少々幼稚な行動の様な気もするが、もしかしたらゲーム内でギルメンに対して悪戯をする事で、スキンシップ取ろうとして失敗していたのかもしれない。

 

悪戯は、人の気を引く為の一つの手段だからな。

 

るし☆ふぁーさんの性格や【リアル】に関して、多分これで合っているだろうと言う推測はこんな所だが、もちろん本人に確認するつもりもなければ他人に言うつもりもない。

流石に、るし☆ふぁーさん本人が言わないで黙っている事を、推測だけで建御雷がギルメンに対して話していい案件だとは思っていないからだ。

こうして、割と小まめにメールのやり取りをする様になってから、建御雷もるし☆ふぁーさんの性格が本当はどんな感じなのか理解したので、メールのやり取りすらまともにしていないギルメンは気付けないだろう。

 

コキュートスも、建御雷と同じ様な印象をるし☆ふぁーさんに感じているらしく、割とメールを届けに行くのを楽しみにしている気がする。

 

弐式さん……あー、本当は弐式やんと言いたい所だが、なんか微妙な気がしたんで弐式さんでいいわ。

で、弐式さんの所のナーベラルも定期的にメールを持参してくれる。

見た感じ、俺達二人と同じ様に彼らも気が合うのか、二人だけにしておくと割とナーベラルもコキュートスも羽目を外して滅多に見れない表情とかを見せてくれるので、基本的にナーベラルがメールを持ってきている時は、電脳空間に姿を見せない様にしていた。

 

いや、うん……流石に、もしコキュートスがナーベラルの事をそう言う意味で気に入っていたとしたら、お邪魔になっちまうからな。

 

そう言えば、一人だけうちに来る度にコキュートスを【裸族】とからかっていく嬢ちゃんがいた。

茶釜さんの所のアウラだ。

正直、メールの配達で顔を合わせた際の軽口の合間に出てくる程度ではあるが、コキュートスの種族的なものなのでどうする事も出来ない案件である。

一応、一緒にメールを持ってきているマーレが諫めようとしてくれているし、本当に邪気の無い軽いじゃれ合い程度で言われる事がある程度だが、彼女たちが帰った後で地味に本人が傷付いているのが判るから、出来れば止めてやって欲しい所だ。

 

本当に、アウラはそう言うからかいの語彙をどこで覚えてきたのやら。

 

この辺りは、今度の定例会議の後にでも茶釜さんに相談してみるとしよう。

人様の所のメールペットを、こちらの考えだけで勝手に叱ってしまうのは拙いだろうし、親に当たる茶釜さんから言われた方が、自分が悪かった点などを反省するだろうし、何よりアウラ本人も納得出来ると思うからだ。

多分、アウラ本人は気軽な軽口程度の認識だろうから、俺が叱るよりも茶釜さんに叱られたらかえって重く受け止めてしまうかもしれないが、この辺りは要反省案件として我慢して貰うとしよう。

 

メールが良く来るメンバーは、今挙げた面々が殆どかな?

 

後は、冒頭で挙げたたっちさんの所のセバスくらいだ。

どちらかと言うと、セバスもメールを運んでくる事は少ない気がする。

うちのコキュートスは使いに出すけど、「返事はログイン出来ないのでは無ければ、当日顔を合わせた時で構わない」とメールに書いているからだろう。

大概がたっちさんへのPVPの申し込みメールだから、そこまで返事を急ぐ必要が無いものばかりだからだ。

他の連中からもメールは来る事は来るが、そこまでの頻度ではない。

だから、建御雷は知らなかった。

 

今、それぞれの自分以外のギルメンや、コキュートス以外のメールペット間で問題になっているあるメールペットの事を。

 

いつもの様に、メールペットの育成自慢で始まった定例会議は、全員の発表が終わるのを待っていた茶釜さんの発言によって、その問題のメールペットであるアルベドの主であるタブラさんに対する非難の声が相次いでいた。

正直、今回の一件は一切知らない状況だった事もあり、建御雷にはそれに関してどう口を挟んで良いのかいまいちよく判らない。

これが、何かのクエストなどの攻略に関する話し合いとかなら、多少事情が分からなかったとしても幾らでも口を挟んだだろう。

だが、実際に一度も経験していなければ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を口にする方が、別の意味で余計な騒動に発展しそうな気がしたから、口を挟めないのだ。

そう……実は、タブラさんと建御雷の間では、今まで一切のメールのやり取りがなされていない。

何故なら、ほぼ毎日の様にこの二人は【リアル】で顔を合わせている為、わざわざメールのやり取りをする必要が無いのだ。

 

だから、彼らが問題だと言うアルベドの行動の被害に、建御雷やコキュートスが遭う筈がないのである。

 

当然の話だが、タブラさんとのメールのやり取りが無ければ、アルベドが建御雷の元を訪ねてくる事も無いので、暴走しているだろう彼女による被害に遭う事もなく、完全な蚊帳の外に置かれていたと言っていい。

そんな状況下で、建御雷に何が言えると言うのだろう。

本音を言えば、タブラさん側の様々な事情を知る身として、ある程度まで彼の事を庇った後できっちりと弁明させてやりたい。

だが、それをするにはどうしてもタブラさん側の【リアル】事情やら、自分たちがお互いに顔見知りである事やらを説明する必要がある。

 

流石に、それをタブラさんが許すとは、建御雷にはとても思えなかった。

 

だからこそ、建御雷はその場で沈黙を守るしか出来なかったのだ。

今回の一件は、最終的に【タブラさん自身がアルベドを躾直せるかどうか、しばらく様子を見る】と言う事で、なんとか話が落ち着いた。

と言うか、それ以外にタブラさんが受け入れなかったのである。

まぁ、ギルメンたちが思っている以上に、タブラさんはある一部分で頑なな所があるからな。

ギルメンたちは、「タブラさんの拘りゆえの反応」だと考えてくれている様だが、実際はそれだけが問題じゃない。

全部事情を知るが故に、建御雷は大きく溜め息を吐くしか出来なかった。

 

「一先ず、明日会った時にきっちり説教は確定だとして……俺に、タブラさんに今回のアルベドの一件がどんな風に問題があったのか、理解させられるのか?

あの、下手に頭が良すぎて語彙が豊富な分、周囲から見て時々本来の話から一周回って全く別の論点で話している事が多い、あのタブラさんを?

……あー……流石に、俺には荷が重い気がするなぁ……」

 

思わず、深々と溜め息を吐きながらそう呟いてしまった建御雷は悪くない筈だ。

だが、ここでタブラさんに対して建御雷が手を差し伸べなければ、彼は自分のどこが悪いのか理解するまで相当の時間が必要になるのは間違いない。

しかし、この状況下ではそこまでギルメンたちは待ってくれないだろう。

 

と言うよりも、多分メールペットたちが待ってくれない。

 

そう建御雷が考えたのは、ウルベルトさんがあの会議が終わった後に小さく漏らした言葉を、彼もまた耳にしていたからである。

もちろん、それだけですぐにメールペットたちが「何かしでかしそうだ」と、そう考えた訳じゃない。

あの後、タブラさんの説教をきちんとする為には今回の騒動を改めて理解しておく必要があるだろうと考え、それぞれ纏めて提出された被害報告を読んでいるうちに、直感的に感じたのだ。

 

これは、ギルメンたちが思っている以上に、メールペットたちの方が煮詰まっているんじゃないか、と。

 

むしろそう考えた方が、ウルベルトさんの言葉にも納得がいく。

とは言え、この件は今の時点ではまだギルメンたちの耳に入れない方が良い気がした。

彼らは、総じて親バカならぬメールペット馬鹿の傾向にあるので、多分建御雷がこの事を彼らに対して話しても「うちの子に限って」と言った感じで否定するだけだろう。

そう言えば、あの時ギルド長であるモモンガさんも、建御雷と同じ様にウルベルトさんが漏らした言葉が聞こえていたらしい。

彼の言葉が聞こえた直後、とても驚いた様子だったから多分間違いないだろう。

彼の性格なら、あの場でウルベルトさんに伝言を速攻で尋ねるか、それとも帰宅後にメールを送るどちらかの手段で、事の真相を問い質しているんじゃないだろうか?

 

あれで、慎重だけど必要だと判断した時には大胆な選択も出来るモモンガさんだし、こんな揉め事の気配を察知してそれを放置しておくとは、あの人の性格から考えてもとても思えないからな。

 

そんなモモンガさんの質問に、ウルベルトさんがどこまで答えてくれるは判らないが、あの人もあれで細かい所に気を配れる人だから、それなりに答えてくれるだろう。

ウルベルトさんも、ギルド内に余計な火種を抱えるのは嫌な筈だ。

今回、デミウルゴスが被害に遭って居ないという事だし、他のギルメンよりは少しだけ精神的に余裕を持って対応してくれそうな気もする。

 

どちらにせよ、建御雷には自分に今出来る事をする以外、選択肢はないのだが。

 

溜め息を吐きながら、建雷御はコキュートスが待つメールサーバーに降りると、毎晩寝る前にしている習慣をこなす事にする。

それは、コキュートスがその日に見た時代劇の感想を話し合う事だった。

色々と忙しい仕事の都合上、余り時間を取って構ってやれない分、夜に纏めて話をする事で少しでもコミュニケーションを取る様にしている。

好きなものの事なら、普段は余り喋らないコキュートスの口も饒舌になると、そう判断したからだ。

そして、それは間違いじゃなかった。

一日の出来事も含めて、コキュートスは様々な事を話してくれる。

そんなコキュートスを前に、まだまだ彼との生活は試行錯誤な日々だなと、ひとりごちるのだった。

 




という訳で、長らくお待たせいたしました。
建御雷さんの話になります。

建御雷さんだけは、本気でアルベドの件は蚊帳の外でした。
もし、この件を事前に察知していたらもっと話は変わっていたと言う。
そして、タブラさんに関して色々と実情を知っている人物でもあります。

皆さん、この二人がどんな関係なのかとか、建御雷さんから見たタブラさんがリアルでどんな立ち位置に居る人なのか、読みたいですか?
pixivでもお尋ねしているのですが、読みたいかどうかご意見を活動報告の方にいただけると助かります。

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