アイテム交換は済ませたか? ゲームじゃない? あ、そう……。
インターネットの動画が再生される。素人の作りではないスタジオが映し出され、ある人物がそこに座っていた。隣には犬と猫の様なマスコットもいる。
『ガンプラビルダーズTV! アップ直後のガンプラバトル映像を最速レビュー、ガンプラバトルヘッドライン!』
犬の様なマスコットは長方形のシルエットをしている。彼はワンナー。この番組のマスコットその1だ。その隣に座るのは、黒髪を伸ばした女の子だ。スタジオの照明という人工の光にも艶めくほどの美しい髪であり、ほんのり潤んだ唇に緑の瞳となかなかの美少女である。席の前に置かれた名札には『ヒビキ』と書かれている。
「はい、早速新しい動画がアップされてますよー」
猫のマスコットはポリキャット。その名の通り、各部にわかる人はわかるガンプラのポリキャップの装飾がされている。
「ポリキャットさん、今日の注目バトルは何ですか?」
女の子がポリキャットに話を振る。大きめのゆったりしたカーディガンを着ているが、その袖から僅かに覗く手指は生身ではない。ガンプラのハンドパーツを彷彿とさせるディテール。どうやら義手の様だ。義手萌え袖だ。
「今回の注目はですね、ユニオンリバー対シューティングスターですね」
「ユニオンリバーですか! ボクもよく動画見させていただいてます!」
オマケにボクっ娘。どんだけ属性盛るんだこの人。
「あ、今回はマナちゃんとサリアちゃんも出てますね。野良バトルは珍しいですね」
「あーヒビキくんはマナちゃんとサリアちゃんとよく共演しているんですね」
「はい、ボクは男性アイドルとしてターゲットも魅せ方も違うんですが、よく勉強させてもらってます」
「はい君一回鏡とファンの層見ようねー。あと楽曲も聞き直して下さい」
ポリキャットは流したがこのヒビキ、男性アイドルである。義手萌え袖の男の娘とかなんなんだこいつ。
「はい、バトルの方に話を移すんですが、このバトルは対戦チームが対照的ですよね」
「対照的?」
「ええ、ユニオンリバーの方なんですが所謂『全部載せ』、足す方向でガンプラを強化しているんです。シューティングスターのお二人は初心者なので傾向が見えませんが、リーダーであるこの陸ガン、プレジデントカスタムなんですがどちらかといえば取捨選択、引き算の機体なんですね」
ヒビキはただアイドルがファン層を増やす為だけにガンプラやっているレベルではない評価を出す。キララ以来のガチガンプラアイドルというのも人気がある要因だ。
「ベースとなった陸ガンはユニバーサル規格以前の機体なので拡張性に難があるんですが、機体の限界による戦法の選択とは考えられませんね。その証拠に存在する3ミリジョイントは活かし切ってます。このファイターの過去のバトルを見返すと、ネクストカラミティガンダム時代、そして愛知エリアを恐怖に陥れた『ウヴァル事変』時でさえもこのスタイルは変えていません」
「随分懐かしく感じますね、ウヴァル事変」
ヒビキは過去のビデオもかなり見ていると思われる。ただ素人である継人のファイトに詳しいのはある事件によるものであるが。
「この戦法はかの三代目メイジンカワグチも行なっており、装備の取捨選択を誤らなければ有効です。今回は残念ながら負けてしまいましたが……」
ヒビキはガンプラを取り出して説明しながら語る。三代目メイジンカワグチのレッドウォーリアと、セブンソードのガンダムエクシア、セブンガンのケルディムサーガだ。
「反して、全部載せも一見すると装備を載せるだけのお手軽強化に見えますが、あれを使いこなすのは困難なんです。まず今回のビデオみたいに割り切って初っ端使い切る選択が出来る人間は少数です。大抵は勿体無いお化けに取り憑かれていつまでも持ち続けて、デッドウェイトを抱えることになります。一般的な全部載せ機体はこの様に装備を使い分ける前提で設計されているので、作る時は使い捨てのつもりで持たせる人は少ないんですよ」
つまり七耶は単なる全部載せ脳ではないということ。実用の方面でも極まっているといことか。
「えー、というわけで皆さんも武装を盛る時は思い切って使い捨ててはどうでしょうか。今回はこの辺で」
時間も押しているので、ポリキャットは話を区切る。ヒビキは話足りなさそうだが、プロなので進行はする。
「はい、次はピックアップガンプラのコーナーです。今回は遂にキット化、ジェノアスOカスタムの情報です」
@
「沼の中にいい感じの小物があるナリ……」
『布服沼』と簡単な立て看板が刺さっている沼の前に、ある人物がいた。彼女は寿武希子。コトブキヤのマスコットである。
武希子が見ているのは、沼に突き刺さっている布だ。ちょうど、漸雷強襲装備型に使う布マントを探していたところだ。
「拾いにいくナリ」
沼だというのに、武希子は不用心にも歩いていく。すると案の定、足が嵌ってどんどん沈んでいくではないか。
「この沼、深いッ!」
気づいた時にはもう手遅れ。何故か上からFAガールやクロスボーンガンダム、100均の小物が降ってきてどんどん沈んでいく。
「あ、あお殿ー! 助けてぞなもし!」
ふと知り合いの姿を見つけ、武希子は助けを求める。あおと呼ばれた女の子の肩にはFAガールの轟雷が乗っている。
「大変ですあお! 武希子さんが沼に嵌ってます!」
「いやー、それ私たちもだから」
残念なことにあおも首まで沼に嵌っていた。これでは助けられない。
「ま、いっか」
「あお!!!!」
でもあおはこの調子。オマケに通りかかる人を沼に誘う始末。
「おーい! みんな、布服沼はいいぞー! 早く帰ってこーい!」
「あお! ムーンレイスだったんですかあお!」
@
「なんだ今の……」
突然始まった寸劇に七耶は困惑する。
「みんなも沼には気をつけような」
「もう手遅れだよ級長は」
継人が教訓的なことを言うも、辺り一面に転がるガンプラの箱を前にしては説得力なぞない。
バトルシステムでは未だ他のバトルが続いており、なかなかの盛り上がりを見せる。参加者の中にはネットで名前や機体を知っていても、直に会うのは初めてな人たちもいるのだ。
「バトル以外にもいろんな楽しみ方があるんだね」
詩乃はレース風に並べられたプラモ達を見ていた。これは企画の一つ、『ユニオンリバーファイアボール』。プラモでレースをしようという企画だ。
「変身!」
霞がベルト付けて何かしているのは、ブンドドスペース。とにかく遊べ、ということだ。
「へぇ、最近の変身ベルトって大人でも付けられるのね」
詩乃はおもちゃの発展に感心するが、七耶は重要な事実を見逃さない。
「いや、延長ベルトってのがあるけど霞の奴、それ付けてねぇな?」
そう、大人が遊ぶために延長ベルトなるものが存在するのだが、霞はいまそれを使っていない。
「ええ? いくら細くても子供用よね? 心配になるくらい細いけど……」
「まぁあいつ確かに細いけど……」
保護者組は果たして記憶を取り戻すのが正しいのか、という疑問に直面してしまう。全生活史健忘はストレスで起こるとも言われているのは見逃せない。
「ん? なんだ?」
その時、システムがけたたましい音を立てて警告を出す。チャレンジャーの乱入らしいが、どうも様子が変だ。
「乱入? 設定では許可出してないぞ?」
「なんだあれは?」
フィールドは継人達が戦った火星の荒野。そこに二体、大型の機体が突如出現したのだ。
「あれは、ハシュマル?」
「あれをガンプラバトルに使う酔狂なファイターがいるのか」
登場したハシュマルは大型キット故に高額。デンドロビウムやネオジオングの様に強力でこそあるが投入の躊躇われるガンプラだ。またモビルアーマーであるため、公式戦では三人で動かす必要がある。
それを野良バトルで使うファイターなどよほどのハシュマル好きしかいないだろう。それが二機もいる。
「相手は?」
「unknown……? GPベースの登録がありません!」
「NPCだとでもいうのか?」
ファイターは不明。そうなると、ますます謎が深まる。NPCならまず、乱入設定などで入っては来られないのだから。
「とにかく相手にファイターはいねぇんだろ? なら負けるわけねぇだろ! 行くぞおおおっ!」
無謀にも参加者の一人がザクのヒートホークでハシュマルにアタックを仕掛ける。が、ハシュマルは軽やかなステップでこれを回避した。
「何?」
「あの動き、本編の!」
参加者達には理解出来た。このハシュマルの動きは鉄血のオルフェンズ本編で火星を恐怖に陥れた天使のものだ。
「っと、危ねぇ!」
尻尾による攻撃も健在。プルーマがまだ製造されていないのが救いだろうか。とはいえ二体いるのは厄介だ。
「何がどうなってんだ?」
七耶はガンプラを準備しながら状況を確認する。その時、部屋に虎っぽい女の子が駆け込んできた。
「七耶ちゃん!」
「なんだねこ」
「とら。ギャラルホルンから連絡ですに!」
お馴染みのやり取りをしながら、七耶は電話を取る。ギャラルホルンといえば有名な民間警備会社で、創設者がかなりのガンダム好きとの話だ。
「はい、こちら七耶」
『おお、君が噂の……私はジャスレイ・ドノミコルスだ』
名前を聞いた七耶は何処からともなくシンゴウアックスを取り出して必殺技を発動させる。
『マッテローヨ!』
『ま、待て! 金じゃねぇんならなんなんだ? 詫びか? だったら指の10本でも100本でもやるからよ……ここは……』
『イッテイーヨ!』
「行っていいってさ」
とまぁお馴染みのやり取りをして本題に移る。
「誰だか知らないがよく乗ってくれたな」
『こんな名前と顔だからよく振られるし完璧にできるとウケるんでね。あ、クジャンのお坊っちゃん!◯繋がりましたぜ!』
『うむ、聞こえるか、ユニオンリバーの者達!』
「あ、イオク様だ」
「たわけだ」
「ぺしゃん公だ」
これまた参加者から予想通りの反応が返ってくる。イオクは慣れた様子で手短に用件を伝える。
『我々の不手際でモビルアーマー、ハシュマルが目覚めてしまった。あれはどうやら特殊なAIが組まれており、本編の動きを完璧なまでに再現している。そう、完璧だ。人口密集地を襲うルーチンもな』
ハシュマル覚醒がイオクの不手際と聞き、なんだやっぱりたわけじゃないか、と誰もが思った。その時、ジャスレイがフォローに入る。
『いえいえ、あれはファリド公のヤローが迂闊にエイハブリアクター機で接近きたからですぜ? クジャン公がした様に核動力モビルスーツなら特に問題なく解体出来たはずです』
『とはいえ、あのアグニカオタクの暴走を止められなかったのは事実だ。言い訳はすまい』
本編と違い、ヤケに潔いイオク様。ともかく彼は解決に向けて動いていた。
『プログラムが出来る者がいたら見てくれ。これが該当のハシュマルに使われたAIのソースコードだ』
バトルシステムの画面に映されたアルファベットや数字の羅列を見て、継人が思わず叫んだ。
「これ、俺がバイトで組んだ奴じゃねえか!」
「昨日話してたあれ?」
霞は昨日の話を思い出す。継人が父親の紹介でやったバイトでプログラムを作ったという話だ。
『なるほど、プロの仕事ではないのか。ミスが多いわけだ』
それを聞き、イオクは何か納得していた。
「ミス?」
『ああ、細かいミスが多く普通は正常に機能しない代物なのだが、そのミスが上手いこと噛み合って「ハシュマル本編再現MOD」として機能している様だな』
なんという運の無さ。プログラムミスが偶然にも人類を滅ぼすルーチンを作り上げるとは。バグを利用して構築されたプログラムというのは度々、ビデオゲーム黎明期に聞かれたが、今は信頼性の時代故に見かけないものだ。
「で、どうすんだこれ? 外からプログラム何とかすれば行けるんじゃね。ていうか俺が組んだのはガンプラ用のUNACみたいなもんだからバトルシステムの外からハシュマル手で止めればいいじゃねえか」
継人が言っているのは、物理的なストップである。バトルシステムはプラスフキー粒子が発生していても、そこに手を突っ込めないというものではない。もしそれが危険ならフェンスも無しにバトルシステムは置かれていない。
ハシュマルはNPCとして出現するモックや他の機体と異なり、ガンプラが存在する。オンラインフィールドに侵入していても、ガンプラを手で掴んでバトルシステムから放り出せばそれでフィールドアウト扱いになって止まるはずだ。
『その通り、ハシュマルは実機がガンプラで存在する。ならばそれを物理的にバトルシステムから排除するのが手っ取り早い。そして試した』
「試したんだ」
当然、暴走してディストピア待った無しなAIから電源を抜くような解決は直ぐに試される。
『その結果、奴は既にプログラムをオンライン上にコピーして現実のガンプラとは無関係に動ける様になっていた』
つまり大失敗。本編並みの知能があればそれくらいすぐ思い付くか。
「外からプログラムで何とかならない?」
『それは試したさ』
霞は真っ当な解決策を示す。ただ真っ当過ぎて既に試されていたが。
『だが、ハシュマルは外からの干渉を受け付けない。人間のハッキング合戦の様に、こちらの制御をブロックしてくるのだ。それもあの星影研究員が追いつけないほどのスピードでな』
そして想像以上に危険な答えがイオクから返ってくる。外からの干渉へ対抗出来るということは外の世界を認識している。外へのハッキングも可能であること。それはつまり、人間を殺すというモビルアーマーの役割をガンプラながら果たせる可能性があるということだ。
「それってつまり、外部の機器ハッキングして飛行機とか滅茶苦茶に出来るよネー」
サリアの言葉に危機感を改めて感じる一同。今被害が出ていないのは奇跡だ。外の世界を認識させないため、敢えて手を止めた星影という研究員の判断も良好だった。
学習する機能があった場合、下手に手を出すと対策を学習してとんでもないものを生み出しかねない。それぞれが独立した対策でも、二つの情報をハシュマルが学ぶことで何が起きるかわからない。
「んじゃ普通に倒すか」
「だな」
そんなわけで七耶と継人で解決方法が定まった。これだけ人数がいれば、いくら厄災戦仕様のモビルアーマーでもワンチャンあるだろう。
「行くぞ!」
そんなわけで全員がバトルシステムにガンプラを投げ入れて無理やり参戦。小さいバトルシステムしかないので仕方ないね、それでもバトルシステムは参加者の手元に操作用のコントローラーを出してくれる。
「よし、一番槍は貰った!」
ファンであるアイドルの前だからか、張り切った継人はビームスピアを展開してハシュマルに斬りかかる。だがやはり避けられる。
「チッ、流石にこれじゃキツイか」
そこに七耶がビルドジェノアスでありったけの火砲を撃ち込む。先ほどの戦いで継人なら当たらないと判断出来たからこその攻撃だ。
「全部喰らっていけ!」
継人は着弾を幾つかハシュマルに打ち返しながら砲撃を抜けていく。確かに攻撃は直撃したがらあまり効き目はない様だ。
「ナノラミネートアーマーか!」
「それまで再現してるの?」
鉄血の機体を使う詩乃にはその作り込みの異常さがわかった。素組ではナノラミネートアーマーの再現は殆ど出来ず、トップコートで微量、全塗装でも全て再現するにはそれなりの技術が必要だ。
「全く、こんなデカイの作り込みやがって!」
継人が愚痴るも、今は攻撃再開だ。サテライトキャノンやら禁止兵器がバカスカ飛び交っているので近接主体の継人は中々入っていけない。
「しまった。これじゃ自慢の剣も通らんな……。あれ使えれば……あ、そうだ!◯ここって静岡だよな?」
その時、何か思い出した様に継人が外へ走り出した。
「継人さん?」
「おい、さわやかなら混んでるぞ?」
マナと七耶が止めるが、用事は別にある様だ。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
「この辺コンビニありませんよ?」
マナ、突っ込むべきはそこじゃないのだ。霞は心当たりがある様だ。
「コーラじゃないかな? 継人、いつも飲んでる」
「へぇ、あいつよく太らないわね」
詩乃もそこに関心するが、問題はそこじゃない。
「何の用事かわからんけど!」
七耶は撃ち尽くしたビルドジェノアスの武装をパージし、大剣グランドスラムを手に突貫する。
「これだけいれば!」
マナのアシェルも手に大型のクローを装備し、コアガンダムと合体してハシュマルに挑む。
「怪獣大決戦よね、あそこ」
「私達はこっち」
ハシュマルは二体いる。なので詩乃と霞はもう一体と戦う。が、接近しようにもプルーマが邪魔だ。
「急に沸いたなぁ、これ」
「もう一体はプルーマ製造に専念してるみたい」
ここにきて現れたプルーマは、おそらく数が揃うまで隠されていたのだろう。プルーマ最大の脅威は頭数。少ないなら戦力にならない。
「ま、私達初心者はプルーマ片付けときましょっか」
「そうする」
無理に出るより、サポートに徹することにした二人。だがプルーマは多い。詩乃の流星号はライフルを撃ち尽くし、アックスを手に取っていた。
「とはいえこの数じゃあね……」
詩乃も最初は数の有利を実感していたが、ハシュマルが単に強いのと、プルーマの数で少しずつ戦力が削られている。そこに危機感を覚えたのだ。
「これは少しキツイな……」
七耶達も互角に戦うが、相手は疲労の無い機械。このまま決定打が無いならジリ貧だ。
「にー、確かに」
「これ単騎でやった三日月って相当なんですね」
同時に、劇中の三日月が如何に化け物かを思い知らされるナルとマナ。これはダインスレイヴ待った無し。
「お待たせ」
その時、継人が帰ってきた。何か買い物袋に大量の牛乳パックを入れている。そして既に飲んでいる。
「コーヒー牛乳?」
「おうとも!」
それを見たサリアは思わず困惑する。買い物袋の中身も全てコーヒー牛乳だ。なぜ静岡でコーヒー牛乳なのか。
「うわ、見てるだけでトイレ行きたくなる……」
「うん」
これには詩乃と霞もドン引き。しかしこの行動に何の意味があるのか。
「静岡で思い出したんだけどさ、俺ってカフェイン禁じられてたんだよね。静岡くらい遠かったらバレんだろって」
「まさかコーヒー牛乳でパワーアップするというのか? ポパイのほうれん草じゃあるまいし」
「そのまさかよ!」
七耶はそう予想したが、その通りだった。しかし如何なる理屈なのか、それがまだわからない。
「いくぞ、アシムレイト! プレジデント、MAXモード!」
「アシムレイト? ダメですよ!」
継人がコントローラーを握ると、先ほどのまで止まっていたプレジデントカスタムの瞳から赤い閃光が漏れる。それは次第に紫へと変わっていき、プレジデントカスタムが雄叫びを上げた。
マナはアシムレイトということにさっきの会話を思い出す。アシムレイト脳症、その名の通り、アシムレイトによって引き起こされた病のはず。
「うーん、どこから語るべきか。まぁ特別編だし簡単に語るか」
止めようとするマナに対し、継人は語った。それは自分がアシムレイト脳症に至るまでの、原因である。
「簡単な話、中学の頃ガンプラバトル部を創立したけど大会で勝ちたい学校側に追い出されたから『地べたを這いずって泥水を啜ってでも戻ってきてやる』してアシムレイトを手に入れたって感じ」
話の途中でも御構い無しに攻撃してくるハシュマルだが、継人はその攻撃を捌く。スピアを捨て、ビームサーベル二刀流。間に挟まるプルーマも難なく処理する。
「お前でこれ使うとは思わなかったけどな、ウヴァル継式(ネクスト)の次なんだから着いて来られるだろ?」
継人が呟いた機体名に、ナルは引っかかった。
「ウヴァル、まさかですに……」
「どうしたネコ?」
「トラ」
空中に飛び出したプレジデントカスタムにビームが照射される。シールドを構えたプレジデントカスタムだが、当然防ぎ切れない。それも予想済みであり、シールドを即パージして地上に着地、そのまま上に視点の行っているハシュマルの懐へ入り込む。
「攻撃の手を休めないでくれ! 今なら後ろの弾も避けられる!」
継人の言葉に、半信半疑で砲撃部隊が攻撃を再開する。ハシュマルに張り付き、二本のサーベルでナノラミネートアーマーを削る継人は最小の動きで攻撃を避ける。
「危ない!」
その時、後ろから飛んできたミサイルがプレジデントカスタムに当たりそうになる。だが継人は片足のバーニアを蒸してその場でターン。ミサイルを回避してハシュマルに当てる。
「いい感じだ!」
その勢いのままプレジデントカスタムがハシュマルに向き直ると、その手にはビームスピアが握られていた。ビームサーベルのリミッターを解除して展開したものだった。それをミサイルでナノラミネートが削れた装甲へぶち込んでいく。
貫かれたハシュマルは槍を刺された闘牛の様な咆哮を響かせた。確実にダメージを与えている。
「ウヴァル……それもネクスト。まさか継人くん、ウヴァル事変の……」
「なんだそりゃ?」
ナルは何か知っている様だったが、七耶はまるでピンと来ない。
「ボクもガンプラマイスターの端くれですに。なのでバトル史に刻まれている事件くらい知ってますに」
「で、なんだよウヴァル事変って」
「ウヴァルって鉄血のアニメに出てないプラモのやつ?」
七耶と詩乃はその事件についてナルに聞いた。詩乃の中でウヴァルは変なおっさんがパッケージに書かれた、アニメに出てない黒いガンダムという認識だった。
「説明しよう! ウヴァル事変とは!」
「うわっ、ビックリした!」
急にナルがいなくなり、メイジンの衣装を着た銀髪のお姉さんが現れたのだから詩乃は驚いた。
「あ、ガンプラマイスターのスーパーアルティメットタイガー!」
「なにそれ?」
いろいろついていけない詩乃だが、説明は否応なしに続くのである!
「ウヴァル事変とは、2年前にある中学生がガンダムウヴァルを用いて愛知県を恐怖に陥れた事件のことだな」
「その中学生が継人ってこと?」
詩乃は即座に話を理解した。この話の流れなら間違いなく彼がその中学生だろう。
「とても大きな事件でな、何せその年に優勝候補だっか学校が二校、練習試合で文字通り潰されたんだ」
「ガンプラならまた直せばいいじゃない。みんなそうしているよ?」
詩乃は初心者だが、ガンプラバトルがそういう痛みを伴うものだというのは知っている。が、スーパーアルティメットタイガーの表情を見るとそういう問題では無さそうだ。
「恐怖だろう。何せ今まで眼中に無い学校の、さらに眼中に無い選手のガンプラが、今まさにしている様な挙動で襲いかかってくるのだから」
「えー? いくら凄い相手でもたかが遊びじゃん。死なないから気軽に凄さを体感してぶっ飛ばされようよ」
詩乃がそう言えるのは、まさにガンプラバトルの真髄を大事にしているからだろう。だが、勝利の栄光に酔いしれ、あわよくば履歴書に貼り付ける箔としようとしていた連中にはそう割り切る力が無かったのだ。
「その気持ちを忘れないでほしいな。ガンプラバトルは遊びだからこそ、本気になれるんだ」
そんな話をしていると、プレジデントカスタムはハシュマルの上に乗り、ビームサーベルをグサグサ突き刺している。
「まぁ、アシムレイトっていっても、俺には『資質』が無かったんだ」
継人はそう語る。確かに使いこなしていれば、初戦のユニオンリバー戦で使っているはずだ。
「だが、使える様になる方法を偶然見つけた。それがこれだ」
そう言って、継人はコーヒー牛乳を飲み干す。
「カフェインの多量摂取で肉体を追い込みつつ覚醒状態に入る。昔はカフェイン剤でやってたけど、今はカフェイン断ちのせいかこれくらいでも出来るっぽいな」
当然、そんな方法で身体が持つわけもなくその結果がアシムレイト脳症だ。
「ま、人間の脳でオーバークロックしている様なもんだからな。よく生きてるよ」
「治療にはアメリカ行かないといけなかったけどな」
七耶は呆れつつ感心する。継人も末路を笑いながら言う辺り後悔はない様だ。
ガンプラのダメージがファイターにフィードバックする。そんな効果のあるアシムレイトがただの思い込みであるはずがない。命に別状のない場所へのダメージで痛覚を感じるなど、本来は異常なのだ。
その結果が継人の有様。
「ていうか、そうまでしてやるものなんだ……。ただの遊びなのに」
詩乃は下手すれば死ぬ様なことを継人がやっていたことに驚きを隠せなかった。
「いや、まぁアシムレイト使えば強くなるぞ! って試したら思いの外ダメージデカかったって感じだし」
継人は特に何も考えず色々試したに過ぎない。
「邪魔者は切り刻む、それがプレジデントだ!」
プレジデントカスタムはハシュマルから飛び降り、加速してすれ違い様に深く斬り付けた。さすがのハシュマルもダメージが重い。
「まだいるぞ! こうなったら私も負けてられないな!」
だがハシュマルは二体いる。七耶も何か飴玉の様なものを口にして気合を入れる。
「何それ?」
「天魂(あめだま)と言ってな、こうなる!」
詩乃が聞くと、七耶は一気に成長した。詩乃らと同い年くらいだが、スタイルは彼女以上だ。
「わーもう何がなんだか」
「私も行きますよ! 変身!」
「ええ? マナちゃんも?」
ついでにマナもベルトを巻いて成長する。詩乃はもう付いていけない。
「出た! トランザムモードだ! これで勝てる!」
髪も赤くなり、眼鏡を装着。ここに関しては完全に『変身』である。
「いくよー、アシェルと合体だね」
サリアのコアガンダムがアシェルの背中にドッキングする。前の戦闘とは異なり、コアガンダムは出力を上げてアシェルをサポートする。
継人のプレジデントとマナのアシェルが放つ光は対照的であった。プレジデントカスタムがバーニアやバルカンの銃口、ハードポイントから放つのは妖しく煌めく闇そのもの。
「完っ全に悪役だよ……」
「まぁだってウヴァルで使ってたやつだし」
もはやその瘴気だけでプルーマが漏電し爆散するレベル。詩乃の言う通りであり、ここまで来ると笑うしかない。
「プラスフキー粒子、全開!」
一方、アシェルが放つのは虹色の輝き。まるでトランザムライザーの空間にいるかの様な、人と人が分かり合えそうな光に満ちていた。
「いっけぇぇえッ!」
プレジデントとアシェルが先んじてハシュマルらに突撃する。が、ハシュマルも尻尾で迎撃の準備をしていた。
「危ない!」
詩乃もこれでは尻尾にやられると予想した。が、当然継人もそれくらい分かっている。
「無双、雷電!」
その尻尾をプレジデントが拳で粉砕する。衝撃はワイヤーを伝ってハシュマル本体へ届き、動きを止めた。そこへ今だとばかりに一斉射撃が飛んだ。
一方、アシェルは直撃こそすれ逆に尻尾が吹き飛ぶ有様。
「アシェルはプラスフキー粒子の塊なんですよ!」
そのまま体当たりでハシュマルを粉砕するアシェル。なんと単騎でモビルアーマーを撃破してしまった。
『battle ended!』
全てが終わり、一同は静岡で名高いハンバーグチェーン『さわやか』に足を運んでいた。
「今朝の爆弾、犯人捕まったって。爆弾の中身は水だったみたいだけど」
詩乃は撮影したハンバーグをアップするついでにニュースを目にした様だ。
「犯人の職場は鴻上生体研究所か。いいとこに就職した割にバカな真似したもんだ」
「まぁ、あの会長なら欲望に忠実な行動したら『素晴らしい!』って言うだろうが……」
継人と七耶はハンバーグを食べながら会長の事を思い出す。無論、番組に出てる当人ではなくそっくりさんなのだが、性格も顔も似てるのなんの。
「あの会長知っているのか、大統領」
「まぁ、アシムレイトの情報寄越したのあの人だし。欲望のまま動けって」
「ホントロクな真似しねーな……」
「それも親父がスマートブレインの研究員で、あっちと取引もしてたからパイプがあったというか」
事件は収まった。幸い、ハシュマルはコピーのコピーを作っておらず、あの二体が最後なのだという。
星影というヤジマ商事の研究員は今回のデータを研究し、『高難易度Gクエスト』の開発に取り掛かるとのことだ。ハシュマルもバグの塊ではなくなるだろうから、一安心だ。
「で、どんだけ食う気だ?」
「どこまでも。今日アシムレイトして疲れたしな」
継人はメニュー全てを食い尽くさん限りの勢いで食べていた。あれだけコーヒー牛乳を飲んだ後なのに。
何気にナルも追い縋っている。
「そういえばネコも……」
「とら」
「言及されないから知られ難いが大食いだったな……さくらばかりに気を取られていた」
胃袋キャラの他に同レベルがいるのでユニオンリバーの食費がマッハである。
「そうだ、金髪の小娘」
「ん?」
七耶は霞にあるものを渡す。それは薄い箱に入ったガンプラだ。
「これをやる。なにかの役に立つだろ」
「これは?」
「カレトヴルッフ炎。平たくいえば武器だな」
それはかつて、ホビージャパンのオマケキットだった貴重な武器。価値こそわからないが、霞はありがたく受け取ることにした。
「記憶、戻るといいな」
「ありがと」
その記憶が果たして幸福なものか、それはわからない。彼女は一体何者なのか、それが明らかになった時、『足柄霞』はどうなるのか。
今はただ、霞として生きるしかないのであった。
@
「へぇ、今あいつそんなことしてんだ」
『そうなのよ。私の高校でも内部進学の子が一人いなくなっちゃって』
同じ時刻、ある高校のガンプラバトル部で何処かに電話している人物がいた。
「そっちでも行方不明者だと?」
『そ、レイヴン。頼める?』
「ま、やるだけやってやるさ」
ここは白楼高校の近くにある私立高校、長篠高校である。かつて世界大会にも出場した選手の出身校であり、ガンプラバトル部もそれなりに盛り上がっている。
『ありがとう。見つけたら灰音先生も心配してるって言ってあげて。あの子、先生には心開いてたから』
「おう、任せろ」
電話を受けていた男子生徒は特徴の無い、普通という言葉が似合う人物であった。だが、何か自信ありげでもある。
「この羽黒戦、受けた依頼はキッチリ熟すぜ」
電話を切り、部屋の戸締りをして帰り仕度をする。すると救急車のサイレンが外から聞こえてきた。
「ん? あれは?」
そういえば今日は、バトミントン部が練習試合をしていたと彼、羽黒戦は思い出す。長篠のバトミントン部は寮で共同生活をしており、強豪と名高い。
「しかしなんだ、異様だぞ?」
サイレンの数が多すぎる。違和感を感じた戦は外に出る。そこで衝撃的な光景を目の当たりにすることとなった。
「なんだこれは……」
なんと、長篠のバトミントン部員が軒並み救急車に運ばれていくではないか。救急車の収容人数はストレッチャーを使っているなら一人が限界。そのレベルの負傷者がこれだけいれば、数も増える。
「馬鹿な……相手は弱小校だぞ?」
「急に強くなって……」
見ていた人たちからも疑問の声が上がる。この現象、戦には見覚えがあった。特に搬送されている負傷者の多くが、怪我らしきものが見れず精神的に参っている様な様子がある所が。
「これは、ウヴァル……?」
@
「ふぅ、今回もなんとか収まったねぇ」
星影雪菜はヤジマ商事の研究員である。今回のハシュマル暴走も被害拡大を防いでいた。
白衣の似合う、短い黒髪の美人なので部下にも人気がある。既婚者なのを惜しむ声が度々聞かれる。
「流石にこんな偶然起こすなんて……ウヴァルの時といい、ある意味天才よね、彼」
継人を天才と称する彼女こそ、本物の天才である。
「うっ……なんか、疲れてるのかな?」
その天才さんも最近はお疲れの様で、気分悪そうに口を手で押さえる。その時、パソコンにメールが届いた。
「ん? まさか……」
メールのタイトルは『ウヴァル現象の再来と思われる事態について』であった。
次回
佐天継人の語るウヴァル事変とは何なのか。そして羽黒戦、最後の依頼とは……。
星影雪菜、これがラストスタンド!
『ガンダムビルドファイターズ ダークレイヴン×プレジデントfeatビギニングR』
羽黒戦と佐天継人、愛知を巻き込んだ全てを焼き尽くす戦いの記録。『Verdict Day』
そして三人に突きつけられた挑戦状。悪夢の再来は防ぐことができるのか?