曹子丹の恋姫†演義   作:有る魔

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第1話   曹子桓

 チュンチュンと鳥のさえずりでも聞こえてきそうな暖かな兆し。今日も乱世の奸雄こと曹孟徳が統治する許昌は平和だった。

 道行く人々は笑い、料理人が存分に腕を振るい、商人が元気に商売をする光景は許昌の統治が上手くいっているなによりもの証である。

 ここがこんなにも栄えたのは曹孟徳の治世が素晴らしかったというのもあるのだろう。だがつい先日、董卓なき後の長安を牛耳っていた李?と郭汜の軍勢を撃破し帝の奉戴に成功したからというのもあるのだろう。

 如何に漢王朝衰えたしといえど帝は帝。帝が住まう場所こそが漢王朝の都。そして都には必然的に人が集まるものだ。

 

「商人! これでも駄目というのなら……ええぃ、私のコツコツ溜めてきた貯金全部でどう!」

 

 平和な街中、曹真の目の前では一人の少女が商人相手に値切りの真っ最中だった。その少女が金髪のロングヘアという目立つ容姿をしていたことも手伝って周囲には野次馬が集まり始めている。

 曹真は浅い溜息をつきつつ、その少女に声をかけた。

 

「子桓。昨日、華琳様から渡された今月分のお小遣いを全部ぶどう酒買うのに使い果たしたばっかじゃないか。ここにきて貯金まで使い切るっていうのは……」

 

 子桓というのは彼女の字だ。彼女の姓名は曹丕という。覇王・曹孟徳の娘の一人だ。ただ正室の子ではないため嫡子ではなく庶子であるが。

 それでも帝を奉戴し天下にその勇名を轟かせた曹孟徳の娘だ。この許昌では所謂いい所のお嬢さんにあたるのだが……商人と値切り交渉をしている姿を見ているとそうは見えないのが玉に瑕である。

 

「分かってないわね子丹。金は天下の周りもの……使える時に使う、使うべき時に使うのが正しいお金の使い道というものよ。金を溜めるしかできない守銭奴の曹洪とは違うの?」

 

「曹洪将軍にお金貸してくれなかった事まだ根に持ってるのか?」

 

 曹真からしたら幼馴染――――のような存在である子桓は文武共に優秀なのだが、嫌いな相手は能力・人格に拘わらずとことん嫌いぬくのが欠点である。

 ただ人間誰しも欠点はあるもの。あらゆる分野において最高峰のスペックを発揮する子桓の母、曹操様が例外中の例外なだけだ。

 

「さぁ! これでどう商人? 庶民なら十年は遊んで暮らせるだけのお金なはずだけど?」

 

「……残念ですが、もう一声たりませんねぇ。この二振りを譲るにゃ」

 

 商人は含み笑いをすると、太陽の光を反射して光り輝く二振りの名刀――――青釭の剣と倚天の剣を見せる。

 岩を泥のように切る抜群の切れ味と像に踏まれても砕けない耐久力、そして人の心を奪う美しさ。名刀という二文字にこれほど相応強い剣も中々ないだろう。

 子桓が全財産を使いこんでまで購入しようとしているものこそこの二振りの剣なのだった。

 

「なにも二振りとも寄越せなんていってないでしょう? 私が欲しいのは倚天の剣よ。青釭の剣はいらないわ」

 

「そうはいきませんねぇ。この二振りは二振り揃ってこそ最高に価値があるんです。賞品を最高の価値のまま売るのが私の流儀でして。だからバラバラには売れませんね」

 

「分かったよ。じゃあ俺が青釭の剣を買う。これならいいだろう」

 

「子丹?」

 

 驚いたように子桓が見つめてくる。

 曹真も今月のお小遣いを使い果すことになるだろうが止むを得ない。それに一人の人間として岩を泥のように両断するほどの切れ味をもつ剣には興味があった。

 今後自分も仕官して戦場に赴くことを思えば悪くない買い物だ。

 

「まいど~♪」

 

 二振り分のお金をしっかりと手に入れた商人は打って変わってニコニコとした笑顔で子桓と曹真を見送る。

 

「借りができたわね」

 

「無一文で借りなんて作るもんじゃないよ。……それでも借りだというのなら、曹子桓秘蔵のぶどう酒を飲むときにお相手をつとめさせてくれればそれで上々だよ」

 

「ふっ。考えておくわ」

 

 お目当てものを今月無一文と引き換えに手に入れた子桓と曹真は許昌にある家に戻る。

 曹真、字を子丹。その姓が示す通り曹家に名を連ねる一人だが別に曹孟徳の息子というわけではない。故あって曹孟徳に引き取られ、こうして自分の息子同様の扱いで子桓と一緒に暮らしているのだ。

 そうなった理由は少し前まで遡る。

 

 

 後漢末期。宦官の横領と黄巾の乱により天下は乱れに乱れきっていた。

 汚職と腐敗に塗れ信望と名臣を失った朝廷にもはやこの乱を収束するだけの力は残っておらず、時代が群雄割拠の戦国時代に突入するであろうことを勘の良い諸侯は確信していた。

 中でも誰よりも早く乱世の訪れを予期し、万全たる心構えをしていたのは大陸広しといえど曹孟徳だけだろう。宦官の娘ということでやっかみも強いが、そんな周囲の罵詈雑言などをねじ伏せるだけの覇気と才能をもつ人物だ。それこそ三十年も経てば大陸の勢力図は曹操孟徳の名前に一途になるかもしれない。

 そんな曹一族に連なる家系に曹真、字を子丹は生まれた。流石に三公を幾度となく排出してきた袁家には負けるが曹家とてそれなりの権門である。

 時代が時代なだけに裕福とまではいかなかったが、少なくとも学問を学ぶことは出来たし将来の為に剣術なども学ぶことが出来た。この時代、まだ学校制度などまるでなく義務教育などはなになにそれ、な時代である。学問を学べるというのはそれだけで恵まれているといえた。

 曹真はそうやって父や母、それに使用人に囲まれいずれ仕官するために研鑽に励んできたわけだが――――ある問題が発生してしまった。

 一族一番の出世頭となるだろうと目される曹操の挙兵、それに応じて曹真の父である曹邵もはせ参じたわけだが――――戦死した。見事に戦死してしまった。反董卓連合軍なんてものが結成された戦いで、董卓軍の特に有名でもない将にやられてしまったらしい。

 ちなみに戦死の報告をしてきた兵士によれば最期の言葉は「俺、この戦いが終わったら栄転するんだよ」だったそうな。この戦いが終わったら、とか戦う前に言うことが不吉であるということを父は身を以て示してくれたのだ。

 だが一家の大黒柱である父が死んでしまったことは冗談で済ませられることではない。この時代、やたらと女性が強い時代なので女性でも将軍になったり軍師になったりしている人はいる。父と同年代の出世頭こと曹孟徳だって女性だという。

 しかし全員が全員、曹操やその他諸々のような強い女性なわけではない。御淑やかで戦うことなんて出来ないタイプの女性だっている。そして曹真の母はそういうタイプだった。

 父が戦死したと聞いた時の取り乱しようなど、今直ぐに後追い自殺しかねないものだった。いや曹真が必死で止めなければ今頃近くにある湖に身を投げるか首を吊るかしていただろう。

 必死の説得の甲斐あって自殺だけは思いとどまらせることができたのは幸いだが、別に自体が最悪にならなかったというだけで好転したわけでもない。

 母が自殺を止めても、死んでしまった父はもう帰ってこないのだ。

 大黒柱である父を失い、家には数人の使用人とあんまり学とかコネのなさそうな母親。わりとピンチである。

 これからどうするべきか、と曹真が悩んでいたその時だった。

 

「貴方が曹真ね。曹邵の息子の」

 

 突然にその人はやってきた。

 小柄な体に曹一族特有の金砂のような髪。髑髏を模した髪留めをした姿はどことなく愛らしくすらある。だが彼女の身から溢れだし曹真がいる屋敷をも打ち破りかねないほどの〝覇気〟が彼女が並大抵の人物でないことを如実に示していた。

 

「えと、失礼ですが貴女は?」

 

「私は曹孟徳よ。貴方にとっては甥になるのかしら」

 

「貴女が、あの……」

 

 まだ幼いため戦場にも出ず、自宅で研鑽に励んでいる曹真のところにも曹孟徳の武勇伝は聞こえてきている。

 曰く、10万の黄巾族を1万で焼き払った。曰く、占い師に乱世の奸雄になるだろうと予言されたなどなど。

 曹真からしたら曹一族の大先輩ともいうべき人物だ。曹操と同年代だった父からも話を聞かされていたので良く覚えている。

 

「貴方の父……曹邵は死んだわ。私の指揮下で部隊を率いて戦死した。どう? 私が憎い」

 

「い、いえ! そんなことはないです」

 

 ぶんぶんと手を振る。確かに父が死んだのは悲しいが、別に父は曹操に無理強いされて馳せ参じたのではない。自分から自発的に「曹操のためにいっちょ戦うか!」と言って飛び出していったのだ。

 それを恨むなど逆恨みにも程がある。

 

「そう。ええ私も謝るつもりはない。私がするのは曹邵の……いえ、失ってきた犠牲を教訓として前に進むだけ。大陸が統一され再び天下が太平を取り戻すその時までね。それが私の覇道」

 

「…………………」

 

 常人ならただの大言壮語と受け取られてもいかしくないほどの野望を、清々しいまでに堂々と曹操は言った。

 これが父のような人間が吐いた言葉ならただの酒の席の冗談として軽く流していただろう。しかしこの人物ならばやりかねない。曹孟徳という覇気に当てられたのか曹真はシンプルにそう思った。

 

「曹真。貴方のことは曹邵から聞いているわ。幼いながらに中々の将才の片鱗を覗かせているそうね」

 

「過大評価ですよ。俺なんて曹操様と比べたら全然です」

 

 三歳の頃には既に孫子を暗唱してみせた、なんていう冗談みたいな逸話をもつ曹孟徳と比べれば自分など井の中の蛙……いやオタマジャクシがいいところだ。

 

「謙遜か、はたまた本当に曹邵の過大評価なのか……。それは敢えて今は問いはしない。ただ貴方はこれから私が引き取るわ。曹邵には恩があるし、ここに幼い貴方を一人おいていくことも出来ないのでね」

 

「は、はぁ……」

 

「返事は?」

 

「は、はい!」

 

 そんなこんなで気付けば乱世の奸雄と名高い曹孟徳に引き取られることになってしまった。いつのまにか外出用の馬まで用意されているという用意周到さに舌を巻く。

 屋敷の外から隻眼の女将軍――――たぶん夏候惇将軍だろう――――が顔を出してくる。

 

「華琳様ーー! 話は終わりましたか!?」

 

「ええ。曹真も私のところに来ることを快く頷いてくれたわ」

 

(別に心よく頷いてはいないんだけど……)

 

「なにか言ったかしら?」

 

「い、いえなにも……ただ曹孟徳様のような人物に引き取られるなど光栄の極みであると考えていただけで」

 

「まぁいいわ。引き取る以上、貴方には私の真名を預けておくわ。私は華琳、今度からそう呼びなさい」

 

 〝真名〟とは本人が心を許した証として呼ぶことを許す姓名、字の他にある特別な名前だ。主に親兄弟、それに親しい友人などに真名を許すことが多い。本人の許可無く“真名”で呼びかけることは、問答無用で斬られても文句は言えないほどの失礼に当たり注意が必要だ。

 今まで曹孟徳とだけ聞かされていたので曹孟徳の真名が華琳だったのは初めて知った。そういえば父の真名も華霊(カレー)といったので曹一族は華を真名の頭文字にする風習でもあるのかもしれない。

 

「曹操様の真名、確かに賜りました。返礼に私の真名も預けます………と言いたいのは山々なんですけど、俺の父は真名は俺が仕官して一人前になった時につけるって言っていたもので……」

 

「あらそう? なら貴方が相応しい真名を付けた時にくれればいいわ。生きましょう、あまり春蘭を待たせると妬いちゃうかもしれないし」

 

 それから時が経つのは早いもので、何時の間にやら曹操軍の拠点である許昌についていた。

 曹一族に名を連ねる者の端くれだけあって、許昌の文武官たちはかなり良くしてくれた。ただ曹操軍の三軍師の一角である猫耳フードの荀彧は「華琳様の一族にまた男が……」と嘆いていたが。

 

(いや、曹操様……もとい華琳様は百合好き女好きで通ってるらしいけど、男がいなければ子孫も残せないだろうに)

 

 あの様子からして間違いなく荀彧は華琳様に忠誠心を色んな意味で超えた感情を抱いている。対する華琳様もまんざらではないようなので、一人の男性として曹真は「なんだかな」と頭を抱えたくなるところだ。

 そして曹真が連れてこられたのは許昌にあるそれなりに立派な屋敷だった。

 

「今日から貴方にはこの屋敷で生活してもらうわ。華煉、貴女も挨拶しなさい」

 

「……曹孟徳が第三子、曹丕。字は子桓よ」

 

 屋敷には曹操様とうり二つの容姿をした少女が立っていた。

 だがうり二つのように見えて、わざと間違えた様な違いが幾つかある。目は曹操様よりも細く、曹操様が厳しさの中にも優しさを感じさせたのに対して、曹丕様は厳しさの中に冷酷さを覗かせている。

 また曹操様が髑髏の髪留めで髪を結っているのに対して、髪留めはせず金色の髪をストレートに伸ばしていた。

 しかし母親である曹操様がとんでもなく若作りなせいで母娘というより双子の姉妹にしか見えない。

 

「曹邵が長子、曹真子丹です」

 

 取り敢えず幾ら第三子とはいえど相手は将来仕えることになるであろう人物の実の娘である。恭しく名乗ると頭を下げて挨拶をした。

 こうして曹丕と曹真。魏の次世代を担う人物のうちの二人は出会ったのだった。

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