夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一〇話.彼女の秘密

 

 

 夏休み最後の日のお昼を過ぎた午後。アンナさんへ本を返し電車に揺られる。目的地は前回の池袋で案内してもらったカフェだ。

 

 本の一部はアンナさんに本を貸してもらったその日に失くしてしまった。

 

 睡魔に負けてベッドに飛び込み寝てしまったけど、羊皮紙が塩のような小粒になってしまったことはちゃんと覚えている。

 しかし、失くしてしまったからには連絡したほうがいいだろうと思う。

 

 信じてもらえるかわからず不安でSNSを送るのに時間をかけてしまったけど、その日に送信する。

 

 時間がかからずに返信がきた。

 

 アンナさんから、そういうものだから気にせず次回会う時に説明するとSNSに書かれている。

 仕様らしいけど一言くらい話して欲しかった。

 

 朝から不安で悩んでいたから脱力してしまう。

 

 

 そんな事もあって、お互いが会える日にこうして向かっている。

 

 電車から降りて駅の改札まで歩いていくと、改札付近にクラシカル系の服装に身を包んだアンナさんがショルダーバックを肩に下げて軽く組んで立っていた。改札を出て合流する。

 アンナさんは嵐の前の静けさのような緊張した様子で先に声をかけてきた。

 

「こんにちは、松原さん。急で悪いのだけれど、カフェに行くのは中止するわ」

 

「そうなんですか? 何か用事でもできたのですか?」

 

「場所を変えるのよ。あの本の話をするのになるべく人のいないところに行くわ。ついてきて」

 

「えっと、はい」

 

 

 塩のような小粒になってしまった羊皮紙。

 私の目をじっと見て何か伝えたい様子もあって、いきなり人の少ない場所というのは不安だけどついて行く。

 

 駅の通路から立体駐車場を通る。

 

 アンナさんは一台の白い車に近づき、服のポケットから鍵を取り出すとボタンを押して車から音が鳴る。

 運転席のドアを開けたまま私の方へと向いた。

 

 

「後ろでも助手席でもいいから乗りなさい」

 

 

 この後の展開は想像できるけど聞いておきたかった。

 

 

「あの、アンナさん」

 

「どうかしたの?」

 

「誰が運転するんですか?」

 

「わたしに決まっているじゃない。他に誰か乗っているように見えないでしょう。免許ならあるし運転に慣れているもの、松原さんが心配することはないわ。大丈夫よ」

 

 

 アンナさんは話し終わると運転席に乗ってしまう。私は助手席に座った。

 ワインを飲むし、車を運転できるそうだし、アンナさんは本当に大人なんだなって実感する。

 

 

「素直についてきてくれて、ありがとう」

 

 

 つんけんしたような口調でお礼を言われて、そちらを向くとアンナさんの緊張したようすが解けていた。

 唇を閉じて口角を上げ、目を細めてこちらを一瞥すると車の運転準備をはじめる。

 

 正直、ちょっぴり格好良かった。容姿の整った人の不遜の笑いは様になるからずるい。

 

 

「松原さんとはこれで二度目しか会っていないから不安だったのよね。特に目的地もないからそれなりに走らせるけど、行きたい場所あるかしら?」

 

「ないですけど……安全運転でお願いします……」

 

 

 アンナさんの運転技術がどれほどのものかわからないから少し不安だ。

 

 ゆっくりと車が動き出し立体駐車場の出口へと向かう。

 

 

「……アンナさん、こころちゃんのことをお姉ちゃんと言うのはなぜですか? アンナさんの方がお姉さんにしか見えないんです」

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんよ。例えわたしの方が年上に見えても、わたしにとってのお姉ちゃんは弦巻こころ、その人だけよ」

 

 

 私に対して高飛車なところがあるアンナさんはこころちゃんのことになると、可憐な少女のような明るさになる。

 

 

「こころちゃんのこと尊敬しているんですね。世界を笑顔にしたいと願っているからでしょうか」

 

「一番できのいい姉のような人なのよ。けれど、世界中を笑顔にしたいっていうのはどうでもいいわ。不幸にでも笑顔にでも好きにやればいい、でも無謀に思えることはしないで欲しいわね」

 

 

 究極的にお姉ちゃん大好きっていうのも感想に困る。想いをこじらせて、笑顔が義務なんですとか強要してくることがないように祈るばかりだ。

 

 

「その……お姉ちゃん想いなんですね」

 

「当然よ。違和感については、お姉ちゃんのことは別の呼び方なんてしないから慣れなさい。面倒だから他の人に説明も不要よ、どう感じようが好きにさせればいいわ」

 

「えっと……はい、そうしますね」

 

 

 アンナさんってエゴイズムが強くてで他の人とか意見の衝突が多そう。

 

 

「松原さんがどうしてもわたしの年齢が知りたければお姉ちゃんに聞きなさい」

 

「答えてくれるでしょうか?」

 

「望んだ答えかどうかはなんともいえないわね……ねぇ、一度首都高に乗って海沿いに行くけど変更するなら今よ」

 

「あ、そうですね。県外に出ないならどこでもいいですよ」

 

「わかったわ」

 

 

 少し会話が途切れる。その間に何を聞こうか考えた。

 

 

「アンナさん、そのですね……SNSでも送ったんですけど、ほ、本のことはごめんなさいっ」

 

「あれはわたしが意図的に仕掛けたものよ、謝る必要はないわ。あの本はあなたにあげる、燃やすなり保管するなり好きになさいな」

 

 

 アンナさんの横顔を見てわかる。内容はおもしろいし、装丁に凝った本なのに失くしても惜しくないらしく興味がなさそうだ。

 

 

「はい……なんで、本にあんなことをしたのか聞いてもいいですか?」

 

「非現実的事象を知って欲しかったからかしらね。ああいったことを身にしみて知れば、奇異な話をしても理解が早いでしょう? それともう一つ。わたしのバッグを持っていて。中はまだ見てはだめよ。重いから両手で持ちなさい」

 

 

 そう話しながら、運転席と運転席側のドアに差し込んでいたショルダーバックを運転しながら差し出してきた。

 私はそれを受け取る。予想以上に重くて落としそうになったものの、無事に膝の上に置く。

 

 

「これ、とても重いですね」

 

「あなた以外に見られると都合の悪い代物なのよ。人気の少ない場所に着くまで開けるのは我慢して」

 

 

 都合の悪い物、個人情報などの資料だろうか。紙も集まれば結構重くなる。

 

 首都高速道路をつかって沿岸近くまで車を走らせて、人通りの少ない場所で停車した。

 

 

「見てもいいわよ。けれど、危ない代物だから触れるなら黒い物にしておいて」

 

 

 一般の人には見られたくなく危なく重い物。

 けれど触れてもいい物と言われても、私の日常生活であるか考えて思いつかなかった。

 

 何が入っているだろうかと、ショルダーバックの中身を開けて危ないという物を確認……すぐに閉じる、驚きすぎて思考がクリアになった。

 

 知らないほうがよかった。

 

 こんな危ない物いつまでも持っていたくなくて、バッグをアンナさんに返すと満足したかのようにそれを受け取った。

 

 

「…………えっと、それって本物ですか? アンナさんって銃刀法って知ってますか?」

 

 

 中身は黒くて硬い鉄製の拳銃と一丁と金色の弾丸がいくつかと黒緑の球体型した、おろらく手榴弾と呼ばれているもの。そんなものがバックの中で無造作に入っていた。

 そして、知らないでバッグを受け取ってからずっと膝の上に置いていたのだからすごい。爆発しないでよかった。

 

 

「知ってるし、本物よ。手榴弾の中身から火薬を抜いていないの、ピンは固定しているのだけど冗談でも遊ばないでくれて良かったわ。下手すると言葉の通りに自爆になって松原さんでは死んでしまうでしょうし」

 

「ふ、ふぇぇ……な、なんでこんなもの……持ってるの……?」

 

「実感って大事でしょう。周囲には人の来る気配はないようだし今のうちに拳銃くらいは触っておきたいかしら? セーフティーがかかってあるから触るくらいなら大丈夫よ」

 

 

 とんでもないことを言う、絶対に触りたくないから頭を振って拒否を強める。

 

 

「い、いらないいらないっ、そんな気遣いしなくていいですよっ。もう十分実感しましたから!」

 

「良かったわ、これでようやく本題を話せるわね」

 

「うっ……まだ何かあるんですか?」

 

 

 本の奇怪な現象に、暴力の象徴の凶器。これらと接して話したいことって、きっと碌なことではないだろう。

 

 

「お姉ちゃん、死ぬ気よ」

 

 

 こころちゃんから程遠い単語が聞こえた気がした。

 

 

「……ご、めんなさい……ちょっと、ちょっとね? その……頭がボケてたみたいです」

 

「お姉ちゃん死ぬかもしれない。そうした渦中にいるの、現象や本物を見せたのはそのためよ。今だってこのバッグから拳銃を取り出して弾を装填して松原さんに向けて撃てばどうなるかわかるでしょう?」

 

 

 この距離だ。腹部に命中するだけでも重症は避けられない。

 

 まだいきなりの話で実感が持てない。

 でも、バンドをはじめてから大変で忙しい日々もあるけれど、みんなで楽しく過ごしているから衝撃的な話を否定したい気持ちでいっぱいになった。

 

 

「……嘘ですよね? そんなこと、きっと聞き間違いのはずですよ……」

 

「お母様に母違いの兄弟がいるの。その伯父たちが力を用いて争いをしようとしているわ。下っ端同士の小競り合いが多かったけど、今度は本人同士がで出てくるから規模は大きなものになるでしょうね。黙って見ていればいいお姉ちゃんは被害を抑えるため、そこに飛び込むつもりよ。色々見せたのだから少しくらいは実感持てるわね?」

 

「そ、その人達の争いは辞められないの……?」

 

「真っ当な人間の倫理なんてものは通用しないと思ってちょうだい、住む世界違うの。あの伯父たちはお互いを殺し合うことが当り前な存在よ」

 

 

 殺し合うのが当り前。平和な私の暮らしでは本当に別世界としか感じられない。

 

 こころちゃんの人の犠牲をなくしたいっていうのはわかる。

 でも、そんな暴力なことに首をつこんでほしくなかった。

 

 

「……なら、せめてこころちゃんだけでも……とめることはできないんですか……? こ、こころちゃんって純粋だから誤魔化せるかもしれないですしっ!」

 

「お姉ちゃんの周りの人間はみんな過保護だけど、それ以前にお姉ちゃんのいいなりよ、父すらね……本人が止まるしかないの。説得してもダメだったからお姉ちゃんを捕まえようとしたけど妨害続きよ……正直手詰まりでね、協力して欲しいの」

 

 

 こころちゃんの周りというと黒服の人たちなのだろう。

 

 どのくらい人数がいるかわからないけれど、いつもこころちゃんのことを影で見守っているから一人で連れ出すことは難しい。

 それから、こころちゃんをとめることのできる人がいないって弦巻家の事情はどうなっているのだろうか。

 

 

「協力するとして、何をすればいいでしょうか?」

 

「お姉ちゃんと対決するから安全な場所で見るだけでいい。お姉ちゃんの友人がわたしの味方にいる条件下なら、お姉ちゃんの手の者は恐らく妨害してこないでしょうね」

 

「こころちゃんを捕まえてどうするの?」

 

「わたし程度に捕まるならお姉ちゃんを監視する者がお姉ちゃんの行いに待ったをかけるでしょうね」

 

 

 監視する人……内部はこころちゃんに従う人ばかりって話だったし外部の人なのかな。

 

 

「けれどね、直接対峙して捕縛するなんてわたしでは無謀なのよ、返り討ちになるだけかしら。でも、何かしないと落ち着かないの。そしてできるなら、お姉ちゃんは大事なモノだけ抱えて静観してくれればいい」

 

「なんで私なのでしょう?」

 

「瀬田は事情を知っていてお姉ちゃんの味方。事情を知らなくお姉ちゃんと接点を持っている四人で、氷川日菜は色々と遠い、北沢はぐみは優しすぎ、奥沢美咲は異常さを恐れ離れそうな並みの感性。松原さんは臆病ね。それに貴女の立ち位置が丁度いいところにあって巻き込んでも一番怒られない人なのよ」

 

「薫さんは事情を知っているんですね……」

 

 

 いつの間に薫さんはこころちゃんの事情を知り協力していたのか。

 身近な人物が事の危険性を理解していて、それでも味方していることに困惑した。

 

 薫さんのことが少しだけわからなくなった。

 

 

「そうね。瀬田は知らないけど、お姉ちゃんは伯父関連の証拠を突きつけないと事情なんて話さないしあなたを危険から遠ざけようとするわ。聞くならわたしのことを聞きなさい。あと悪いけど、証明するものは渡せないの。そこまでいくとお姉ちゃんも黙ってないからね……返事は今日中に決めてもらうから」

 

「今日!? きゅ、急過ぎるますっ」

 

 

 焦る気持ちはわかるけれど、こころちゃんたちからも話を聞いて整理してから返事をしたい。

 

 

「お姉ちゃんが放し飼いしている馬鹿鳥からの嫌がらせが辛くてね。手持ちが尽きる前にお姉ちゃんと対峙するから時間がないのよ」

 

「バカ……ドリ……? こころちゃんはペットなんて飼っていなかったし、それって人なのかな……でも、飼っているって言うなら動物ですか?」

 

「少なくとも人ではないわよ。けどそうね、馬鹿鳥を怒らせたなら運気が最底辺まで下がるの、階段で足を踏み外すとかね。会うことがあったなら気をつけなさい」

 

 

 そんな超常現象みたいなことはちょっと信じられないけど、アンナさんが真に迫って話すものだから本当な気がしてくる。

 

 

「と、鳥さんの特徴なんかあったら教えてもらえると嬉しいですっ」

 

「嫌よ。面倒なく正直に説明するために話したけど、さっきの発言だって相当グレーなのよ? これ以上の話は帰り際の運転で交通事故を起こしたり起こされたりするもの……松原さんがいても同じよ。あなたが電車で帰っても脱線事故を起こしたりするでしょうね、お姉ちゃん以外はどうでもいいのよ。そろそろ走らせるから協力するか、しないか考えなさい」

 

「は、はい……」

 

 

 車が再びゆっくりと動き出す。

 

 私はその日、協力することに決めた。

 

 運転の休憩を挟んで車内で相談したあとに実家まで送ってもらう。

 予定は私に合わせて夏休みが明けた、はじめの休日に調整するようだった。

 

 

 

 





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