夕暮れに滴る朱   作:古闇

31 / 78
三一話.パスパレ探検隊~地下探検3~

 

 

 

 花音と話し終わって弦巻さんに、この島は弦巻家が所有しているのかをみんなの前で言葉にして確認する。肯定の返事を貰った。

 パスパレのみんなを安心させるためだった。

 

 パスパレのみんなが弦巻さんに質問し、弦巻さんがそれに答えていく。

 納得いく答えばかりではないけれど、それでも現状を知る助けになった。

 

 ゲームマスターは薫らしいけど、自分たちが何処にいるのかわからないのは不安要素の一つだろう。

 

 それから、薫が欠けたハロー、ハッピーワールドのメンバーと洞窟内で合流した私達は次々とミッションをこなす。

 

 迷路で甲冑に追いかけられたり。

 迷路で落とし穴に落ちた彩ちゃんが罰ゲームで薫がいる部屋でデザートの食レポをさせられ、その後、椅子から滑り台へと穴に落とされた彩ちゃんと合流したり。

 

 宝探しで砂漠の中で偽物の宝石がある中から本物を探したり。

 宝探しで蟻地獄に落ちて本物の宝石を見つけた彩ちゃんはそれを仕舞うショルダーバックを拾ったものの、薫に縄で拘束されて強制的に巨大な黒ひげゲームの飛ぶ人をやらされたり。

 

 狭い部屋で自動人形のきぐるみミッシェルに追いかけられたり。

 ミッシェルに捕まった彩ちゃんは商品券を貰ったものの巨大なダルマ落としの頂点に立たされ、薫の妨害がある中救出したりと色々あり皆が楽しめる時間を過ごす。

 

 彩ちゃんは不憫だけれど、何かとおいしい思いもしているから多少はいじけることはあっても基本は表情をコロコロ変えて楽しんでいた。

 

 階段を登ると入ってきた場所をを除いて、正面左右の合計三つの木製扉以外何もない白い部屋で放送だけが流れる。

 

 

<残るミッションも僅かだ、お嬢さん方。次は指定された部屋で指定された人物と待機だな、ちょっとした休憩にはいいだろう? 今からメンバーと入る部屋を読みあげる、まずは――……>

 

 

 最初に名前を呼ばれ正面の部屋に入る。

 後続に花音と弦巻さんが入り、部屋は防音されているようで外の声が聞こえない。

 

 部屋はカフェのインテリアで柔らかな明かりが灯り、室内は全体的に暖かい。

 中央に焦げ茶色テーブルの上にボトルに入った飲料水と袋に入ったお菓子にお手拭き、それを囲むように三つの亜麻色の一人掛けソファーがあり私達はソファーに座った。

 

 全員着席すると弦巻さんが私に普段どのような芸能活動をしているのか聞いてくる。

 花音は芸能関連にあまり興味を示さないので、せっかくだから子供の頃からの芸能活動について話した。

 

 花音と弦巻さんが話に頷き、会話の途中で時折質問する。それに返答していきながら、私は語る。

 二人からの反応がなくなったことに気づけばいつの間にか眠っていた。

 

 花音に聞いた話によれば、お昼辺りからアトラクションや洞窟内を探検していたようで二人は疲れたのだろう。

 

 かく言う私も早朝からの撮影でかなり疲労が溜まっている。

 ソファーに深く背を預けると座り心地良さにいつの間にか眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処かで聞き覚えのある少女の呼び声に目を覚ます。

 しかし、目を覚ましても私を呼んだらしき少女はいなかった。

 

 

「……寒い」

 

 

 強い湿気と寒さが私の肌を撫でる。

 

 

「そんな……どうなっているの…………?」

 

 

 柔らかい明かりが灯った暖かい部屋は薄暗く寒い、天井からは水滴が滴り床はまるで浸水したかのように足のくるぶしまで水位がある。

 花音と弦巻さんは眠ったままだ。

 

 ソファーから立ち上がり二人を起こそうとするも、慌ててしまいテーブルに足をぶつける。

 

 

「痛っ……あ、水が……っ」

 

 

 テーブルに足をぶつけた痛みで僅かに顔をしかめる。

 

 花音が飲み残した蓋の開いたボトルが倒れ飲料水が溢れる。

 弦巻さんのボトルは私が見たときには倒れたままで、中途半端に中身が残ったボトルの下が水浸しでテーブルを伝って床に零れ落ちていた。

 

 私は花音の傍まで寄る。

 声を掛けたり、軽く肩を揺すっても眠ったまま呼吸をするだけで反応がなかった。

 

 けれども、花音の呼吸からは白い息が見える。まさかと思って花音の頬に触れると雪山に遭難したかのような冷たさだ。

 いくら揺すっても呼びかけても花音だけでなく弦巻さんも起きない。

 

 二人を起こすのを諦め、他の誰かに助けを求めようと扉に向かい……歩いている途中で扉が氷に覆われた。

 

 突然のできごとで思考が固る。

 

 ゆっくりと私は思考を取り戻り、他に出口がないか周りを見渡した。

 すると、私の座っていたソファーの上で足をパタパタと揺らす幼い少女がいる。

  

 その少女に息を呑む。

 

 体全体が薄紅黒く発光し、肌は死者のように青白く、死んだ瞳は紅く鈍く光り、腰まである髪はかつて色があったはずなのに白く脱色している。

 ぼろぼろになった薄汚れた白いワンピースだけど、幼い頃に見覚えのある少女だった。

 

 昔の記憶にある小さな子をもう少し大きくしたなら、今の幼い少女になるだろう。

 

 幼い少女は私が気づいたことで足をパタつかせるのをやめ、横の壁を指差した。

 

 恐る恐る壁を見る。

 

 

【久しぶり】

 

 

 壁に筆で書いたような赤黒い文字で描かれていた。

 

 私は唇が震え、この状況を受け止めない。

 水に濡れるのを構わずにその場に座り込み目を手で覆った。

 

 両手を鳴らす音がすると、誰かがこちらに歩いてくる水音が聞こえる。

 

 歩く水音が私の背後で止まる。

 

 背中にのしかかる衝撃のあと、お腹に腕を回されたような感触がした。

 回された腕がお腹から徐々に上に昇り、両脇に腕の根本を挟み込まれる。

 

 自分の顔を覆った手をどかされると、指で閉じた瞼を無理矢理開かされた。

 

 

【相変わらず わたしから逃げるね】

 

「…………」

 

 

 壁に描かれる文字が怖ろしい、彼女と会話したくなかった。

 

 顔を動かし目を閉じようとしても、腕を動かし体を揺らして抵抗しようとしてもほとんど動けない。

 恐らくは花音か弦巻さんの手によって拘束されてしまった。

 

 私の瞼を開かすのをやめると、顔をワインのコルクのように無理矢理ソファーの方へとひねる。

 ソファーには花音が未だ眠ったままで、弦巻さんがいなかった。

 

 なら、私を拘束しているのは弦巻さんだと思う。

 

 彼女は能面のような顔で花音の方に首と上半身を倒し視線を投げ、花音の後ろの壁に大きく文字が描かれる。

 

 

【あの人に何かされたいの?】

 

「やめてっ!」

 

 

 大切な人を傷つけられることが嫌で悲鳴のような声をあげた。

 

 彼女はその言葉に、満足したのか私に視線を戻す。

 

 

【じゃあ 話そうか】

 

「話す、話すから花音には手を出さないで……」

 

 

 彼女に操られているだろう弦巻さんは、私を拘束したまま顔から手を離し、女学生とは思えない力で彼女の方へ私の体を向ける。

 

 彼女はソファーの上から降りて床に足をつける。

 足が水に浸かったはずなのに水音はせず、水しぶきも飛ばなかった。

 

 こちらに歩いてくると、彼女が乗っていたソファーがゆっくり上に持ち上がる。

 

 それから、私の近くでしゃがみ、その横にソファーの裏面を向けて降ろされる。  

 青白い手がソファーの裏面を指差した。

 

 

【手っ取り早く伝えるね】

 

 

 ソファーの裏面に鮮やかな紅い文字で描かれた。

 

 

「……何なの?」

 

 

 彼女の顔を見ても、表情は動かず何を考えているのかわからない。

 いつものように目や耳を塞ぎたい。

 

 ソファーに再び文字が描かれる。

 

 

【せいやは殺されて ちさとを求めてる】

 

「………………え?」

 

【ちさと せいやに殺されそうになってるよ】

 

「…………訳が……わからないわ」

 

 

 兄さんの名前を知っているし、やはり幼い頃に遊んだ彼女なのだろうか。

 

 そう考えている間にも文字は変わる。

 

 

【死者は生者を恨むものだし、寂しいんじゃないの?】

 

「……兄さんは……どこにいるの?」

 

【存在が希薄すぎて場所がわからない】

 

 

 変わる文字を彼女を目を動かし交互に見る。

 せめて声を出してくれれば感情を読み取ることができるかもしれないのに、と思った。

 

 目の前に死者がいる以上、伝えられる情報は否定できそうにもない。

 彼女は今頃になってこうして私の前にいるのはなぜなんだろう。この後に及んでも、はっきりさせなければ信じられそうになかった。

 

 

「……ねぇ、あなたは私の知っている……幼い頃の……私の幼馴染なの?」

 

【そうだね 色々あって体も少し大きくなったよ】

 

 

 懐かしい面影を残した幼い少女は私の幼馴染だった。

 

 

【そんなことより、せいや見つけたらコロスネ】

 

「…………幼馴染でしょ……酷いこと言わないで…………」

 

 

 無情なメッセージに思わず涙が零れそうになる。

 死んでから十年以上経っているせいか恥ずかしがり屋の彼女はあれから性格が変わったのだろうか。

 

 

【せいやに殺されたいの? 守るの大変なんだけど】

 

「……守ってくれているの?」

 

 

 彼女が私を”守る”そのメッセージが嬉しい、てっきり恨まれているとばかり思っていた。

 

 

【今はね 事が終わったら守るの辞めるよ】

 

「……嬉しいわ……でも、なんで……守ってくれるの?」

 

【秘密】

 

 

 兄さんが死ぬのを見届けた後も見守ってはくれないのだろうか。

 私を守るのを秘密にされると本当にわからない。

 

 もしかして……

 

 

「……私を恨んでるの?」

 

【ちさとだけじゃないよ 今モ生イキテル人 皆ガ憎イシ】

 

「…………ならどうして……」

 

【秘密】

 

 

 メッセージがカナ文字になってから書き殴ったように紅く滲むような書体。

 

 彼女の体からどす赤黒い発光に変わる。発光には何かしらあるのだろうか、プレッシャーが酷く精神的に辛い。

 体の態勢が崩れそうになるも弦巻さんが私を固く拘束したままだ。

 

 生存本能が危険信号を発する、でも何処にも逃げ場所はない。

 

 

「…………なにがしたいの…………」

 

 

 私はその言葉で精一杯だった。

 

 ようやく表情を変えた幼馴染は、ぐちゃりと口角を歪めて笑う。

 

 

【ワタシガ死ンダ 海二来テヨ 遅イト怖コト二ナルカラ】

 

「――っ!?」

 

 

 メッセージの後に幼馴染は立ち、花音のほうへ歩いて行く。

 彼女を止めたかったが拘束は解けず弦巻さんの手で口を塞がれた。

 

 

【コノ娘連レテキテイイヨ マタ近ウチニネ】

 

 

 幼馴染は花音の傍まで寄り見つめる。

 私の方に振り返り一瞥したあと、最初から無かったかのように、この部屋の怪奇現象とともに彼女は姿を消した。

 

 そして、部屋が闇に飲み込まれたように真っ暗になった。

 

 僅かな間のあと、不思議な事にソファーに深く背を預けて眠りに落ちる前の配置に人や物がほとんど戻っている。

 

 私はソファーに深く腰掛け、服も濡れていない。

 だけど、私が足をぶつけ前にずれたテーブルとその上にテーブルや床を水浸しにしてい倒れたボトルが嫌にでも目についた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告