夕暮れに滴る朱   作:古闇

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三四話.女優な彼女

 

 

 

「「「「「お疲れ様でした」」」」」

 

 

 学業を休んだ午後三時ごろ、大きい神社で女優業のドラマ撮影が終わった。

 

 撮影現場から次の仕事に向かうため、マネージャーに撮影終了の時間を知らせてある。

 けれど、撮影がスムーズに終わったので迎えが来るまで時間があった。

 

 人の輪から離れて次の予定を確認したあと、考えにふける。

 

 眠っている親友に最低な行為をしてから七日経つ、残された日数はあと三日。

 幼馴染の言葉を信じるなら今でも私を守ってくれているのだろう。

 

 弦巻さんの家の船で泊まったきり彼女の姿は見ていない。紅い残り日数を数えるメッセージと幼馴染の死んだ場所を教えるような画像がいつの間にか携帯のフォルダに入る日々だった。

 

 残り時間が少ないのはわかっている。けれど一人で幼馴染が亡くなった海に行く勇気が持てず、親友に傷つけた見えない爪痕が私から活力を奪っていく。

 それと同時に花音の顔を見るとどうしてもキスをしたことを意識してしまう。見えない爪痕をつけ泣いた日から花音を恋愛対象として日付が経つにつれて好きになっていくのがわかった。

 

 花音が彼氏をつくったかもしれないと思い寂しくなったからとあの行為はない、あの時の私は何処かおかしかった……女の子同士なのに。

 

 花音に傷つけた見えない爪痕は自責の念だけでなく、花音を意識してしまう呪いだった。

 理想の男性像で盛り上がった会話もあるというのに、初めて好きになったのが親友で女の子とは我ながら罪深い。

 

 花音の好みの男性がわかるからこそ、この恋は叶うことがないことを理解した。

 

 

「……はぁ」

 

「白鷺ちゃん、何か悩み事かな?」

 

 

 正面から爽やかな声で男性から声を掛けられる

 今回のドラマ撮影のメイン役の一人である成人した先輩が私に話しかけてきた。

 

 

「先輩、お疲れ様です」

 

「うん、お疲れ。他人行儀はしなくてもいいんでけどね」

 

 

 私は頭を下げて労う。

 先輩は誰に対しても同じことをいう友好関係の広い人だ。撮影のメインの一人だけあって顔立ちも整っていて周りの女性からそれなりに人気がある。

 

 

「いえ、年上は敬うものですから」

 

「しっかりしているね……悪いけどちょっと時間を貰えるかな」

 

 

 先輩から両手を合わせてお願いされる。

 

 こうして先輩からお願いされたのは初めてなことで、確か先輩の誕生日が近かったはず、嫌な気配を感じた。

 

 

「私はこれから次の仕事があるので、失礼させてもらってもよろしいでしょうか」

 

「今回はタクシーじゃなく、事務所のマネージャーが迎えに来ていると聞いたんだ。その間でいいからお願いできるかな?」

 

 

 自身で予定を管理しているのに誰から聞いたのか。もしくは、小耳に挟んだのかもしれない。

 

 

「それもそうですね、気が急いていました。お話を聞きますわ」

 

「それじゃあ向こうでお願いするよ、白鷺ちゃんが気にするかもしれないからね」

 

「……わかりました」

 

 

 歩きながらドラマ撮影の感想や最近の出来事など軽い雑談を交わし、境内の人が見える離れた場所に移動した。そして会話の内容が変わる。

 

 

「本番が終わると最近の白鷺ちゃんは元気がなくなるけど、どうしたのかな?」

 

「お気遣いありがとうございます。でも個人的なプライベートでの悩み事なので、ごめんなさい」

 

「そっか、突っ込んだ話ししてごめんね」

 

 

 これ以上踏み込まないでねと防波堤をつくるも、先輩は気にしてない様子だった。

 なら、本命の話題ではないのだろう。

 

 

「話が変わるけど最近僕の誕生日で家でパーティーを開くんだ」

 

「……それは、おめでとうございます(以前、私を含めたみんなの前で話していたわよね)」

 

「ありがとう。それでね、その誕生日パーティーに君や僕の知っている女優や芸人もくるんだけど良ければ参加してくれるかな。きっと気晴らしにもなるよ」

 

(誰かを連れて行ってもいいってことね、一人で来てくれって言われたらどうしようかと思ったわ)

 

 

 一人で誕生日パーティーに参加しに行くと、みんなが遠慮してくれて二人っきりだ、なんてこともある。

 強引なことをせず、二人っきりで誕生日をしたと周りに喧伝しなければいい。

 

 女優業などは血が繋がっていても異性なら面倒なことが多い。

 

 離れてマンションに住んでいる妹(実は彼氏)の部屋に遊びに行ったとかあるのに、一人で弟の部屋に行く。

 写真で目隠しをすれば、ゴシップネタだ。騒ぐなら別に事実でなくてもいいのだから。

 

 仕事仲間の慰労旅行でそこに含まれる女性が一人なんて知ってて行くとすれば、枕営業しているとその手の人らに喜ばれ邪推し記事になる。

 もちろん身内の男性だけもアウト。男性の集団に女が一人、どんなに弁明しようとも悪評だけは消えずに残るのだから。

 

 

「…………誘ってくれてありがとうございます。でも、考えさせて下さい。女優業の他に事務所の指示でバンドの活動をしていて演奏練習の時間に当てたいんです」

 

「僕としては少しの時間だけも参加してくれると嬉しいな」

 

 

 ちょっと今のはよろしくない。先輩は真面目な面持ちになっている、本気で言っている……面倒にならなければいいけれど。

 

 先輩から会話の距離が詰められ、私は後ずさり。

 

 

「人、見てますよ」

 

 

 だから離れて。

 

 

「僕はいいけどね」

 

「私が嫌です」

(いっそのこと面目なんて放り捨てて、泣いて走って逃げ出そうかしら。悪い結果にしかならないけれど感情は一時的に満足しそうよね)

 

 

 最近、弱っているところを知っているからか強引に迫ってくる。

 

 

「偶然だ、私も嫌だね」

 

 

 凛とした声でその女性はそう言って、私と先輩の間に紫の刺繍扇子が腕と共に割り込んできた。

 先輩との距離ができる。

 

 その女性を確認すれば、ストレートロングの髪は紫で細める目は紅く、紫を基調としたドレスに身を纏い、ヒールを履いた背の高い貴婦人。

 

 

(助かったけど、誰かしら……境内どころか、そこらの道でも浮きまくりな格好よね)

 

 

 神社の境内に似つかわしくない貴婦人が足音もなく登場、一般的な人に感じなかった。

 

 

「こんにちは。残念だけれど、貴方の出番はこれで終いでね、紳士はクールに去って欲しいものだ」

 

「えっと、ごめん。誰?」

 

 

 貴婦人は私達の間に体を滑らせ、先輩の前に立ち塞がる。よく聴けば知っている声。 

 

 

「その格好、初めて見たわ。普段の私服はズボンのはずよね」

 

「この格好かい? 私だって麗しの乙女だ……シェイクスピアも言っていた『弱き者よ汝の名は女なり』とね、たまには王子から淑女らしい衣装を身に纏うさ」

 

「うん? シェイクスピア? 王子って? 白鷺ちゃんの知り合いかな?」

 

 

 薫の振る舞いに先輩は当惑していた。

 初対面だと日常では使わない単語がぽんぽん出てくるから相手を反応に困らせる。

 

 

(でもいい方よ、時にはひたすら「儚い」の単語で会話を成立させようとするから非常に疲れるの。オススメは「は・か・な・い」とお茶目な感じね、鬱陶しい。大衆の前なのに殴りたくてしょうがなかったわ。聞こえる薫のファンの黄色い声もあるし、あの娘達も大概よね)

 

 

 心の中で愚痴をやめ、私は怒っていますよと態度で表して話しかける。

 

 

「すいません先輩、この話はこれで。誘ってくれて嬉しかったです……ですが、こういったことはやめてくださいね」

 

「あー、うん、そうだね。無理強いするようなことをして悪かったよ。ごめん、またね」

 

「はい、先輩さようなら」

 

 

 先輩は雰囲気を壊され、強引に迫ろうとしたことで私の態度も不機嫌になった様子を見て、素直に謝罪して去っていった。

 

 アイドルガールズバンドの活動で男の陰はNG。それなのに強引に誘う男側も、何も考えずに誘う人もいて困りもの。

 なぜ了承すると思うのか、そこまで私の意識は低くない。むしろ高い方だと自負している。

 

 パスパレという仲間は男性関連の安易な行動でみんなに傷つける、特に彩ちゃんに飛び火する。気を許した仲間をないがしろにしたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、助かったわ」

 

 

 頭を下げてお礼を言った。

 

 

「なに、私がいなくとも千聖は無事に断ったさ」

 

「それでもよ、一応は助けて貰った訳だしね」

 

「……儚いね」

 

 

 いつもの仕草とは違い、扇子を使って仕草する様は淑女然とした流れるような動きだった。

 知らない薫が少しばかり遠くに感じる。

 

 

「その格好は何かしら、普段の仮面は何処へ落としたの? 自然な立ち居振る舞いといいどこぞの上流階級の貴婦人じゃないの、攫われても知らないわよ?」

 

「ふっ、私の伴侶となれたのなら答えようじゃないか」

 

 

 扇子を片手で口元に、もう片手を前に出して試すような視線。

 普段の王子はしないのね。

 

 

「憤死したくないからやめておくわ、それで何しに来たの?」

 

 

 そろそろ事務所のマネージャーが来る頃だろうか、携帯は荷物の方に置きっぱなしなので確認しないとわからない。

 

 

「ああ、ちょっと面白い物を手に入れてね」

 

「周りを見てどうしたのよ、そんなに困る物?」

 

「ああ、私の友人がとても困るものだ……ほら」

 

 

 ドレスの胸元から私が髪を抑えて花音にキスをしている時の写真をちらりと見せると、すぐに引っ込ませる。

 

 

「……嘘……」

 

「合成にでも見えるかい? しかし残念だがこれついては秘密だ」

 

 

 薫は笑う。

 

 薫の態度に頭に血が上り、それをどうしても奪いたくて目で威嚇する。

 

 

「おや、珍しく本気で怒っているね。さながら顔を真っ赤にしたハートの国の女王のようだ」

 

「それを渡しなさい」

 

「渡す、ね……冗談を。そのつもりで来たのではないくらい解るだろう? 私はね、怒っているんだよ。本人は知らないとはいえ友人の花音に傷をつけてくれたのだから」

 

 

 顔を変えず、薫の諭すような冷静な対応に私は意気消沈して目線を伏せた。

 薫に対する先入観でついカッとなってしまった……悪いのは私の方なのに。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

「それは私に謝ることではないね、ところでこの後に時間をつくることはできるかい? 断ってもいいよ。ただし私の口は鳥の羽のように軽くなるだろうね」

 

 

 最後の言葉で私の心が凍てついた。

 

 薫の目を見て、すがる思いでお願いをする。

 

 

「……お願い、絶対に時間をつくるからそれだけはやめてっ」

 

「それは上々。それで、いかほどか?」

 

 

 一瞬考え、決めた。

 

 

「それは――今すぐにでもよ」

 

「ふむ、千聖はこのあと仕事が控えているだろう? 終わり次第連絡をくれ、迎えに行くよ……それではまた」

 

「ええ、またあとで……」

 

 

 薫は会釈をして去っていった。

 

 大事なのは薫があの写真を持っていること。

 どうやって機嫌を取り写真を手に入れるかを必死で考えながら、私はマネージャーが迎えに来てないか確認しに向かった。

 

 

 

 


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