夕暮れに滴る朱   作:古闇

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三話.つかの間の幸せ last

 

 

 夜、白金家の自室にて燐子はある悩みを抱えていた。

 

 

(けーくんから……チケット、貰っちゃった……どうしよう……)

 

 

 勉強椅子に寄りかかり、コンサートチケットを眺めるが、何度も黙読しても書かれていることは変わらない。

 

 

(ロゼリアのみんなと……出会って……前よりも、変わったから……平気だと思うけど……)

 

 

 小学生低学年時代、燐子は早熟で胸が膨らみかけていた。体操着に着替えるときなど、男子の視線が気にかかり、居心地の悪さを感じることもしばしばある。

 

 それから高学年を迎えた年にあの出来事が起きた。燐子が大きな舞台である有名なピアノコンクールに出場したときのことだ。

 

 いつものように舞台の袖付近で待機していると、ふと視線を感じ、そちらを見た。

 

 自分と同じく、舞台裏で待機している男の子が燐子の胸を凝視していた。高学年になるころには小学生に不釣合いに実った双胸が隣の男子を釘付けにしたのだ。

 

 燐子は急に恥ずかしくなり赤面していると、アナウンスから出番だと呼ばれてしまう。

 

 そして、演奏直前になって集中力の欠いた燐子は慣れているはずの演奏に指が思う通りに動かなく、また羞恥心が雑念となってしまった。

 

 コンクールの結果は入賞こそしたものの、他人が自分の胸を見ているのではないかと苦手意識を持つようになり、内気な性格も合わさってコンクールには参加しなくなったのだ。

 

 今でこそバンドでキーボードを担当しているが、コンサートにおいて、かつての失態を思い出して楽しめず、敬太に不快を与えないか不安である。

 

 一人悩んでも答えがでそうになく、燐子は誰かに相談にのってもらおうと携帯を手に取った。

 

 

(あこちゃんは……ううん……助けられてばかりいるのもよくないよね……でも、今井さんは……まだ入院中だし……)

 

 

 バンドメンバーや、夏休みに海へ遊びに出かけた時のメンバーを重石出しては消えていく。

 

 

 ロゼリアのバンドメンバーや海へ遊びに行ったときのメンバーを思い出しては消えてゆく。一部恥ずかしい記憶を思い出したりもして身を震わせたが、誰に相談するかで悩んでしまった。

 

 

(うぅ……情けないけど、やっぱりあこちゃんにしよう……。あこちゃんなら、けーくんを知っているし……)

 

 

 相談相手を決めた燐子は、SNSで二つ年下の友人へと相談内容を送る

 

 

白金燐子

:こんばんは。突然だけど、けーくんからピアノのコンサートへ一緒に行きたいってチケットを貰ったの。でも、コンサートは苦手で、今悩んでいます。意見があれば教えて欲しいな。

 

 

 一文を送ってから数分後、SNSが返ってきた。

 

 

†大魔王吸血鬼あこ姫†

:けい兄はいい人だし、例えりんりんが行かなくても、それで納得すると思うよ! でも、りんりんが来てくれたほうが喜ぶんじゃないかな? けい兄なら嫌な顔しないだろうし、この際、お出かけしちゃおう!

 

 

 外出の後押しをする文面である。

 

 燐子の知らないことだが、燐子が敬太と外出するならあこは基本的に賛成しかしない。燐子を通じて敬太と交流を持ったあこは、敬太の口から彼の境遇を知り、彼の良き理解者となっている。恋心にも気づいているため、二人の関係を深めるようなサポートに回るのだ。

 

 ゆえに、燐子の苦手意識のあるコンサートだと知っていても、嫌悪していないのだとわかっているので、なお更外出を後押しする。

 

 燐子はあこの密やかな行動や暗躍する思慮を知らず、再びSNSを送った。

 

 

:ありがとう、あこちゃん。でも苦手な場所だから、気分が悪くなったり、楽しそうすることができないかもしれないし。

 

:けい兄はそれでもへっちゃらだから大丈夫! 体調が悪くなったとしても、けい兄ならすぐに気遣ってくれるよ!

それに、けい兄がピアノとかコンサートの観賞が趣味だって聞いたとこないし、りんりんが楽しむこと優先するはずだよ!

 などとつらつら長文があり、燐子はあこの意見を熟考して、文字を入力する。

 

 

:そうかな?

 

:そうそう、行っちゃおー! 

 それと、もしよければコンサートの行く日を教えてもらえると嬉しいな!

 

:うん、お出かけの曜日が決まったら連絡するね。参考になったよ、ありがとう。

 また連絡します(*´ω`)ノ゙ バィバィ

 

:(メ゚Д゚゚)ノ”▼▼サングラスフリ バイバイ

 

 

 そうして、二人のやり取りが終わった。

 

 もう考えることもなく、心が決まった燐子はコンサートチケットへと視線を注ぐ。

 

 

(コンサートに……行こう……!)

 

 

 燐子はピアノコンサートへ行くことに決める。敬太へ答えを返すため、携帯を操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐子の許諾により、敬太は喜々満々に専用ハガキに希望公演と曜日を記入しポストへ投函する。

 

 それから、受理された希望予定日の当日。一〇月初旬。敬太の父が予め送ってきた、コンサートへ赴くための服装一式を身に纏う。添えられたメッセージカードにはお古とあったが明らかに真新しい物であり、敬太は父親に感謝した。

 

 ノーネクタイジャケットをきっちり着こなし、燐子が待つ待ち合わせ場所に着く。けれども、予定時間より少し早かったためか、燐子は見当たらず、大人しく待つことにした。

 

 一方代わって、燐子の方。電車の事故が発生し、移動が遅れていた。時間に間に合いそうにもなく、仕方なしにSNSを送り、遅刻の旨を送信する。

 

 トラブルが解消され、電車の稼動が回復する。乗車し、目的駅に到着した頃には大幅に遅刻してしまった。

 

 燐子は敬太と合流し、急ぎコンサート会場に向かいはしたが、会場の外の広場に到着した時には公演時間の最中だった。

 

 公演時間の終わりと始まりが過ぎたせいか、周囲に人がほぼいない。ここまで駆け足できたので、敬太は噴水の縁に腰を掛けた。しかし、燐子は座らず立ったままだ。

 

 

「あの……待ち合わせに……遅刻しちゃって、ごめんなさい……」

 

 

 深々と頭を下げて謝り顔を上げた。

 

 

「いや、謝らなくていいよ。まさか今日になって電車の遅延が発生するなんて誰も想像できないだろうし」

 

「うん……ごめんね…………でも、遅刻しちゃったときは……受付の人の指示で……途中入場できるから……」

 

「そうなんだ。まぁ、りんちゃんをピアノコンサートに連れて行くっていうのが目的だったから、気にしなくていいんだよ」

 

 

 敬太は噴水の縁にに座るのをやめて立ち上がる。燐子は少々、怯えた様子だった。

 

 

「そうだね、僕がりんちゃんの街から引っ越すまではピアノコンサートのことをよく聞かされていたのに、再会してからはさっぱりとその話は聞かなかったからね」

 

 

 その話を聞いて彼女は目をそらす。

 

 

「それは……オンラインゲームにハマっちゃったから……バンドのこともあるし……」

 

「昔のことでりんちゃんの住む街から引っ越す際、置いていけるモノは全部置いていっちゃったし、過去ばかり気にしても仕方がないから聞かないよ。それと強引に誘うような形でごめんね」

 

「ううん……苦手意識を持つようになって……なんとなく来なくなっただけだから……」

 

「うん。りんちゃんが本当に嫌いだってわかっていたら、今回のことはお願いはしなかった。けど、バンドをやっている姿を見させてもらって、ピアノが好きなんだって確信したからね」

 

「いつも思うけど……ライブを見られるのは……少し恥ずかしいよ……」

 

 

 目を逸したまま顔を俯向かせる燐子の頬に僅かな赤みが帯びた。

 

 敬太は悪びれることもなく話をする。

 

 

「ごめん、これからも見に行くよ……だから僕の我儘でピアノコンサートに苦手意識を持っているなら、それを解消したい」

 

「うん……少し、苦手が薄まったかも……」

 

「じゃあ、行けるよね」

 

 

 燐子は敬太に顔を合わせると、敬太は安心させるような微笑を浮かべ、手を差し出す。

 

 

「そうだね……けーくん、ありがとう……」

 

 

 そうして、二人は子供の時のように互いに手を繋ぎ、敬太は燐子の手をを引っ張り、先を行く。

 

 つかの間の幸せの中、二人はコンサート会場へ歩みを進めた。

 

 

 

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