夕暮れに滴る朱   作:古闇

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敵地突入

 

 

 

閑静な昭和ビルの出入り口の前、薫は先の争いに備えて巴の回復を待っていた。

 

 馬に跨り少しは休めたとはいえ、自転車で長距離疾走した巴の足は疲労で張っている。あこの下へ急ぎたい気持ちを抑え、巴は地べたに座り太股をさすって焦りを誤魔化した。

 

 

「――うっし、アタシはもう大丈夫です。早くあこを取り返しましょう……!」

 

「ああ、もちろんさ。あこを連れ去ったことが気がかりだ。何かしでかす前に先を急ごう」

 

 

 休憩している間に薫からあこを追う経緯を聞いた巴は疑問もなく頷く。信頼する薫であり、あこを助けてくれる人なのだから。

 それから、薫が胸ポケットから携帯を取り出し、スワイプ操作をしてカメラモードにするとカメラのレンズを地面に向けて何かを探りはじめた。

 

 薫の行動を気にした巴は横から携帯画面を覗き込む。地面が映る画面には、発光した薄緑色の足跡が幾つも見えた。

 

 

「先輩、それは?」

 

 

 薫は貰い物だよ、と一拍置き、

 

 

「追跡機能とでも言うのかな、足跡を識別してくれるアプリだね。別に入り口がなければいいのだけど…………ふむ、幸いにして問題はなさそうだ」

 

 

 それらしき女性の足跡を発見した薫がこっちだ、と先行し、後に着いていく巴。二人はビルの入り口へ足を踏み入れた。

 

 ビル内部はシャッター街となった商店街と同レベルでテナントが入っていない。そのため、そこそこの広さのあるビルは一店舗の看板があれば相応に目立つ。

 けれども薫は、一階にある店舗を見向きもすることなく開けた通りにある横幅の広い階段を登っていった。

 

 他者からの妨害を受けることもなく、人の見かけることのない通りを歩き、薫は二階にある一店舗しかない飲食店で足を止める。

 店は奥まった曲がった箇所にあり、あらかじめシャッター街を探索してなければわからない位置にあった。営業をする気があるのかすら疑わしい場所である。

 

 店の名前は『エメラルド・ラマ』、店舗の配置のせいもあり、隠れ家的怪しい雰囲気のある店だった。

 

 薫は準備はいいかと問い、巴はいつでもいけると返す。

 かくして、薫達は店先の引き戸を開き、入り口をくぐった。

 

 店中は薄黄色の椅子や長テーブルがある。間取りが広く動きやすい空間だ。隠れ家的の店にしては不釣合いな広さでありファミレスほどの広さがある。

 ついでにいえば、中で食事をしている人の姿が見られないのも広さを感じさせる要因の一つだろう。

 

 薫達が来店したことで店の奥から女性が一人、姿を見せた。どこにでもいる中年の女の人であり、看板娘ともいえず、彼女目当てで来るお客はまずいない風貌だ。

 

 中年女性は何の御用ですか、と気だるく話す。飲食店にあるまじき接客態度である。

 

 

「すまないね、仔猫ちゃん。君との逢瀬も悪くないのだが、この店に少々用があってね。奥を見せて貰うよ」

 

 

 何を言っているんだこいつ、といった顔で反応する中年女性。だが、薫が店の奥へ進もうとすると、薫の前に立ち道を塞ぐ。

 けれど薫は慣れたもので、中年女性の手を取るとダンスのように回り、互いの立ち位置が変わった。

 

 

「素直になれないお姫様の扱いには慣れているんだ」

 

 

 薫の発言に心当たりのある巴。姉御肌で人に慕われる彼女は、風の噂で千聖が薫の扱いに非常に苦労していることを知っている。

 幾度も中年女性が薫の行く手を妨害しようとするも、華麗に避けられ、立ち位置を入れ替えられた。まさに噂に聞く物理的実力行使を行う千聖への扱いだった。

 

 闘牛のようにあっちへこっちへと踊らされた中年女性は疲れを見せ、薫がスタッフルームと表示された店の奥の扉を開けて入ると、諦めたように溜め息をつき、店内から出て行く。

 巴は視界の端で中年女性が店から出ようとする行動を不可解に思いつつ、薫に続いて奥へと進んだ。

 

 スタッフルームへ入った薫達は、着替え兼休憩所で行き止まりとなる。薫が再び取り出した携帯には、休憩所の壁の先で薄緑に発光した足跡が不自然に途切れていた。

 

 

「足跡が半端に壁で途切れているね、この先に進めるのは間違いないだろう」

 

「どこかに仕掛けがあるってことですかね?」

 

「そういうことだね。……さぁ、今回ばかりは時間は有限だ。シンデレラの魔法も持ってはくれない。王子が姫の手掛かりを調べるがごとく探そうか」

 

 

 話は終わりだとばかりに二人は競うように室内を調べ始める。

 

 探索から少しして、室内の外から足音の騒がしい音が響いてきた。薫と巴は手を止め顔を見合わせる。

 

 

「巴ちゃん、この室内は狭く戦うのに不味い。仕掛けが開いて挟撃をされたくないし、一旦、外の敵を片付けてはどうだろう」

 

「あ、待ってください。もし、警察の人だったらどうします?」 

 

「そうだね、私達は不法侵入をしている。いわゆるアウトローだ。だが、サイレンの音響は聞いたかな」

 

「……ませんね」

 

「そういうことさ。なに、ここまできたなら一蓮托生、思い切って引いてみようじゃないか……!」

 

 

 言葉最後に薫は扉を勢いよく蹴り開け、二人はスタッフルームより広い薄黄色の椅子や長テーブルのある店内へと引き返した。

 

 店内には引き戸から入ってきた五人の若者がいる。中年の女性は見当たらない。一人のリーダーらしき若者が「お客さん、困りますねぇ!」といって前に出た。

 

 特に武器らしき物は持っておらず、体格がいい。

 

 

「お嬢さん方、勝手に従業員の部屋に入っちゃいかんでしょ。今なら警察沙汰にしないんで店から出て行ってくれませんかねぇ?」

 

「仔猫ちゃん。生憎なのだが、君達のスペシャルゲストがお魚を咥えて隠れてしまってね。今探している最中なんだ。

それに君達の上司やその部下は全員で払ってしまっているんだ、少しくらい暇してくれてもお小遣いはちゃんと入ると思うよ」

 

「はっ? 何? 何で知ってんの? お姐さん方、私服警官とか探偵とかそーういうの? お仕事まじめちゃんかぁ? 悪いんだけど、やっぱアンタら帰っちゃ駄目だわ。ウチの雇い主、怖い人なんでそっちに引き渡す」

 

 

 リーダーらしき男は後ろに控える仲間に目配せし、やるぞと顎で合図をする。それから若者達は素手で構え、それぞれが薫達へ襲い掛かった。

 

 対して、薫も前に踊り出る。まず、一人目と相対した薫は、拘束しようとしてくる手を受け流し、相手の体ごと自身の後ろへ押し出す。

 すると相手はバランスを崩し、姿勢を維持しようとたたらを踏んだ。

 

 けれど、男の行動は悪手だった。薫の背後に控えていた巴が「歯ぁ食いしばれぇっ!」と吼え、男の顎に拳をクリーンヒットさせ、真っ直ぐ行って男をぶっ飛ばし沈める。

 

 二人目の男には薫から掴みに行き、相手の体を浮かせて机の上へと投げ飛ばす。がら空きとなった背に3人目の男から「オラァ!」と威勢よく拳が繰り出されるが、床に飛び込むことで回避をした。

 

 薫はお返しとばかりに3人目の男の足を刈取っては床に転ばし、男は頭の後頭部から床に落ちたことで頭を押さえて悶絶する。

 そうしている間にも、すぐさま4人目の男がお前ボールなとばかりに薫を蹴飛ばそうとするが、薫は男の蹴りを腕で防御し痛痒を抑えた。

 

 男の蹴りをガードした薫は後転しながら立ち上がり、4人目の男と向かい合う。その間に、5人目の男は大きく迂回して薫達の後ろを取ろうとしていたが巴が対応した。

 

 喧嘩慣れしている薫と巴に4人目の男は苦虫を潰すような顔で舌打ちをする。

 だが、内心苛立ったからといって男の状況は好転することもない。4人目の男は学生とは思えない目の前の女を制圧するため、薫の脇腹を狙って蹴りを繰り出した。

 

 

「刈らせてもらおう!」

 

「なにっ!?」

 

 

 薫は蹴りを受け流しつつ男の足を捕まえると、流れを生かして男の足を持ち上げ、一本背負いのように4人目の男を悶絶から回復しかけた3人目の男に投げ落とす。

 水袋をぶつけたような鈍い音が鳴り、男達は強打する。3人目の男は腰を痛め、4人目の男は首と肩を痛めた。

 

 5人目の男と対峙していた巴は、殴って防御して殴り返してはガードされてと、終わりのない殴り合い合戦をしており、膠着状態だ。

 

 

「いい加減倒れろぉっ!」

 

「ぐっ、拳が重い! このゴリラ女め!」

 

「ゴリラゴリラ……うるさいってのっ!」

 

 

 終わりのない応酬は、男の死角、後ろ斜めから飛翔する黄色い椅子によって中断される。5人目の男に椅子が命中しバランスを崩したのである。

 

 男は不意の一撃によろけた。

 

 

「くそっ……

 

「逃がすかあぁぁあああっ!!」

 

 

 吼える巴が隙のできた男の腹部に飛び膝蹴りを喰らわし、男は大きく後退する。巴はその間を生かして、大きく回し蹴りを行い、男の頭部にクリーンヒットさせた。

 

 男は気絶とまではいかなかったが、頭が揺れ、気分の悪さにしゃがみ込む。

 巴が次の相手に備え素早く周囲を確認すると、薫がまだ活動的だった敵を鎮圧させたところだった。

 

 床には気絶を含め、痛みで呻く五人の若者達が転がっている。

 戦況が落ち着いたことで薫は巴の手を借りて、彼らの上着で男達を拘束した。

 

 

「……手際、いいですね」

 

 

 素人目でもテキパキと縛り上げた薫に率直な感想を漏らす。

 

 

「なに、たまにおいたが過ぎる仔猫ちゃんもいるからね。必要に迫られてだよ」

 

 

 必要に迫られるほどあるのかと、巴は内心思うが言葉には出さない。

 けれど、薫は巴の様子を気にすることもなく、意識のある男の一人に話しかける。

 

 

「あのスタッフルームに隠し通路があるみたいなんだけれど、君は知らないかい?」

 

「そういう通路はお偉いさん方が使う、俺達のような下っ端が知るわけないだろ。まぁ、知ってるとしたらとっくに逃げたここにいたババアくらいのもんだよ。今どこにいるかわからねぇけどな」

 

 

 男は他の仲間に苦言を呈されるが、現状は詰みだと文句を言い返す。男達は次第に互いを罵り始め、ヒートアップする。薫は肩を竦め、巴は呆れる。

 

 

「巴ちゃん、どうやら自力で探すしなないようだ。彼らに聞いても素直に情報を吐いてくれるとも思えないし、暴力を振るって問いただすのも趣味じゃないからね」

 

「アタシも無抵抗な人間を痛めつけるのは好きじゃないんで、仕方ないです。こいつ等に付き合っても時間を取られるばかりですし、もう行きましょう」

 

 

 二人は男達から離れ、スタッフルームへ戻ろうとする。

 だが、薫は肌を刺すような冷たい感覚をスタッフルームの向こう側から感じ取った。

 

 薫は店内の中央辺りで巴の行く先を腕で遮り、静止させる。巴は唐突な事で不思議そうに薫を見るが、スタッフルームを黙って見据える薫にただならぬものを感じた巴は事態に備える。

 

 

 ――そして次の瞬間、スタッフルームの扉がくの字にひしゃげて飛び出し、薫達に迫る。

 

 

 薫は反射的に武器を展開。首に掛けたロザリオを変化させ、両手で構えた魔法剣で扉を気合の声と共に両断する。扉は薫達を中心に左右で両断され、派手な音を鳴らして床に転がった。

 

 そうして、水鬼と呼ばれるあこを攫った次なる敵が薫達の前に現れた。

 

 

 

 


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