夕暮れに滴る朱   作:古闇

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エピローグ

 

 

 

 休日の日、燐子はヤムチャしていた。正確には母親にボコボコにやられ、白金家の地下にある魔導実験場兼訓練場で地に伏し、目を回して気絶していた。

 

 事の発端はテロ事件で燐子が魔術師に破れ、大怪我をさせられて死の危機に瀕した件を知ってから。消耗していたとはいえ魔術師の攻撃で武器を落とし、無防備に身を晒したことが琴線に触れたそうだ。

 

 もちろん母親は激怒した。王のごとく。

 

 訓練場に連れられた燐子は阿修羅から駆けた。メロスのごとく。

 

 燐子の様子が気になって訪問した花音は友を想い泣いた。セリヌンティウスのごとく。

 

 燐子は熟練の戦士でもないので死んでも武器を落とさないなどという気概を持てないのは普通である。が、燐子の両親は元々前線で戦いを繰り広げる猛者であるため、一般的に暮らしていた燐子と価値観の違いで出たようだ。

 そうして夫婦は二度と同じ振る舞いをさせないよう、燐子に訓練という名の痛みを覚えさせるのだった。

 

 かくしてボロボロになった燐子に、燐子の父親が作製した回復魔具を花音が半泣きで行使し、燐子を回復させる。燐子は水面から上がるようにして意識を取り戻した。弓を手放してない自分の手に安心する。厳しいがどこか楽しい修練はどうしてこうなってしまったのか、燐子は泣いた。

 

 しかし、鬼嫁となった母はさっさと立ち上がれよとばかりに五寸釘の先を潰して布で巻いた物を燐子へ投擲する。ひぃぃと燐子は砂まみれになりながら転がって避けた。DV現場としか思えない訓練に花音もふぇぇと泣いた。

 

 鬼嫁となった母も流石に愛娘の骨を折って訓練させないだけ甘いなどと思っているのだが、戦国時代のような戦いに身を置いていた母とつい最近まで現代っ子だった燐子を比べるのも酷なことである。

 

 そんなこんなで訓練の終わった燐子は疲労に耐え、浴場で汗だけ流してベッドに倒れた。戦闘直後は花音がいなければシャワーを浴びるのも怪しい日々だ。

 

 燐子は身体を動かすのにも億劫で、顔だけ花音に向ける。

 

 

「……せっかく来て貰ったのに……何もできずに……ごめんなさい……」

 

「ううん、そんなに疲れているのに気を遣って貰うほうが変だよ……もしかして、あんな訓練を毎日?」

 

「……最初はあんなに……苛烈ではなかったんです……。……でも、今回の事件で……戦いの心構えがなってないと……。……PTSDを発症して……特定の凶器に……苦手意識を持たないための……措置も含まれているそうですが……、あれほど恐ろしい……お母様は見たくなかったです……」

 

「PTSD……?」

 

 

 燐子は心的外傷後のストレス障害と説明する。これは命が脅かされるような出来事や激しい苦痛を経験し放って置くと、トラウマの原因となった物や関連するものに対して逃げ腰になったり、脳裏にフラッシュバックして軽いパニックを起こしたりする障害である。

 

 ここ数日、燐子の腕を穿った武器に似た物でなぶられたことによって痛みに慣れ、反射的に大きく回避することはなくなったが、寄らば斬るとばかりの雰囲気を纏う母親がどうにも苦手となったそうだ。

 

 花音はそういえば大怪我をしたことないなーっと思いながら燐子の説明を聞く。ドМでもないので、自ら進んで怪我もしたくはなかった。

 

 話は変わるが、花音は燐子を助けに現れた経緯を説明している。こころが白い巨大な山犬の存在を隠そうとしない時点で周囲に拡散されいつかは知られるのだ。友達の家の事情を知って弦巻家に協力している旨を燐子に教えたのだった。

 

 対して燐子は、花音の行動を素直にヒロイック的だと賞賛し、花音は好きでやっているのだと照れるようなむず痒さを覚える。

 

 花音は燐子に全てを話せるわけではないけれど、燐子も花音に白金家にまつわる事柄を全て話せるわけではない。互いに秘密を抱えている所はあれど、他人とは違う胸の内を話せることで二人の親密さは濃くなった。悪意ある存在へ対峙する際には燐子が力を貸してくれるだろう。

 

 今後も燐子の身柄を狙われ苦労はあるだろうが、今は一時、穏やかな時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の出来事でメンタルが落ち込み、且つ、回復しきれないのは薫だろう。空白期間はあれど、海来とは千聖に並んで長い付き合いだ。薫が想定する以上に、自身の心を揺さぶった。

 あこが半人半魔となった件もある。妹分を囲ってしまうしかないのだが、悩みも増えたこともあり、立ち直るまでには少々の時間を要しそうだ。

 

 あこは自分の起床に家族が過剰に喜ぶ中、退院した。そして、巴からの話で身体が半端な形で異形化してしまったことを知る。半信半疑であるものの、数日ぶりにお風呂に熱湯で驚いた際に身体が大人化したことで嘘のような話が真であることを理解した。

 相も変わらず幼少期の出来事は思い出せないでいるが、自身の命を亡き姉が繋いでくれたことや千聖との会話もあり、過去に目を背けないようと心に決めた。

 

 巴は親の説得に苦労した。薫の宣言通り、宇田川家に如何にも怪しいといった風体の女性が訪ねてきたのだが、一通りの説明の後、とある宗教に入信するようにと提示されたのだ。当然両親は良い顔をせず、答えは先延ばしとなる。

 だが結局、あこが退院したのちに、異質な身体を目の当たりにしたことでしぶしぶながら建前として入信することとなった。

 

 宇田川家が宗教へ入信したのを喜んだのは薫達だけでなく、詳しいことは知らないひまりも喜んだ。こちらは純粋に共通の趣味に喜ぶ友達のようなものであったが、女同士の恋愛を勧める宗教上、性別を除いてひまりの好みである巴は今後苦労するだろう。

 

 つぐみは特に生活へ影響のあることはない。巴に自身の力を明かすこともなく、表向きは一般信徒としていつも通りの生活を送るだけだ。宇田川家を花音のように好待遇の扱いすることはない。いずれはつぐみの力が知られることもあるだろうが、まだその時ではないし、私情から道具を優遇するつもりはなかった。

 また、つぐみはそこ域まで至らないで欲しいとも思っている。何にせよ、こちらの世界で幸せになれると限らないからだ。

 

 リサの生活は入院する前と比べればそれなりに変化している。バイトを辞めているし、友希那に固執し過ぎることはなくなってしまった。見守るのは絶対であるし、FUTURE WORLD FESへ参加し友希那が笑顔を見せるまで頑張ると誓っている。だが、その後のことがないのだ。その最後の分かれ道、本来リサが辿る行き先とは違うのだと、今のリサは心の中で確信していた。

 

 宇田川家や白金家と大きく関わっているが、指示を飛ばした程度で燐子やあこに直接関わってないこころ。彼女は今回の結果を良しとしている。確かに友達の一人が旅立ってしまった。が、本人が納得したならば止めることはない。とどめて欲しいという素振りもない。こころは泣くことができなく、ゆえに祝福をして本人を見送った。

 そして今は赤頭巾を慰めるために相手をする。自身が、樹齢千年の植物の歳月を超える存在でも、子供一人の相手でも苦労する時には苦労するのだ。

 

 

 

 




ラストダイジェスト風にしてみました。
ここまでの閲覧お疲れ様です。ありがとうございました。

あとは、ゆっくりと2章の誤字脱字を探したりしたのち3章に移りたいと思います。
正直、ここまで創作がかかるとは思っていませんでした。3章では前半の瀬田、後半の花音と二つの物語となりそうです。まとめて話を進めてしまうと2章でやらかした失敗になってしまいますので……。花音メイン回でもストーリーは進みますが考え中です。

で、だいぶあとの事ですが、3章終わったら。1章の前半変えよっかなーって思ってたり。オリキャラ使って2章にて千聖の出番を考えていましたが、あえなくボツ。1章のオリキャラ辞めて、蛇人間となんやかんやあって、こころの裏事情を知ってしまうという話を練っています。3章終わった後ろに1章前半試作でつけてみて、特に批判がなければ入れ替えをするでしょう。

緩やかな更新となってしまった作品ですが、少しずつアップデートするSteamゲームだと思っていただけると幸いです。

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