「はい注目。それじゃあ予告した通り、今から実技テストを始めるわ。高評価を出した子には第三学生寮が誇るメイドさんからサービスがあるわよ」
「そこ、勝手にバカなこと言うんでない」
自由行動日から数日、遂に実技テストの日がやってきた。サラが指を鳴らすと突如宙に謎の傀儡人形が現れる。戦術殻という名称らしいそれは、とある筋から送られた物らしい。疑問と疑惑を抱く面々と違い、ウィルバートはある程度の推測は立っている。だが、何個かある候補から絞り込むことは出来なかった。
(工房製なんだろうけど……情報局か結社か、はたまた別の組織か……)
どの候補であってもおかしくないほど、胡散臭いものしかなかった。気を切り替え、サラの説明に耳を傾ける。どうやら実技テストはこの戦術殻を相手取るようで、勝敗は勿論、連携なども評価点らしい。そこで輝くのが戦術リンク、というわけだ。
ちなみにウィルバートのもう一つの顔のことはⅦ組全員に一応の説明はされている。メイド――というより女として振る舞うそれは後天的に得たものであり、あって損することでもないため適宜使い分けている。女装癖とか二重人格というわけではなく男としてのウィルバートと女としてのウィルバートが混在しているような感じになる――決して女装癖ではない。
「それじゃあまずリィン、エリオット、ガイウス、前に出なさい」
最初に選ばれたのはリィンら旧校舎探索メンバーだ。仲も良好で事前に実戦で戦術リンクを試していたらしく、途中戦闘に不慣れなエリオットが狙われピンチに陥ったりもしたが、戦術リンクを駆使した連携で戦術殻を追い詰めていき、苦戦したものの基準点以上の成果を出すことに成功した。
「ふぅ、なんとかなったか」
「ああ。旧校舎での鍛錬の成果が出たようだな」
「ほう……?」
「い、いつの間にそんなことを……」
奮闘した三人をそれぞれ労わる中、サラが次のメンバーを呼ぶ。ユーシス、マキアス、アリサ、ラウラ、エマの五人だ。リィン達に比べ二人も多く、学内でも一二を争うラウラまでもが入っており余程のことがなければ負けることはないだろう。そう、余程の事がなければ――開始間も無く、連携そっちのけで自分の方が上だと証明せんがためユーシスとマキアスが独断専行する。致命的に気が合わない二人、当然連携などはなくマキアスの放つ弾丸がユーシスの側を通り過ぎること幾度。ユーシスはというと、騎士剣を扱うことから相手の邪魔をしてこそいないものの、元々馴れ合いを好まないせいか後衛のサポートを鑑みず、ラウラとも連携を取らない始末。結果アリサとエマは二人のサポートに注力せざるを得ず、ラウラがほぼ単身で戦術殻の相手をするという奇妙な光景がそこにあった。
なんとか実技テストを乗り越えることは出来たが、サラからの評価はE。最低だった。ユーシスとマキアスはお互い一応の反省は見せたものの仲は余計悪化したようにも見える。ラウラら三人にとってはとんだとばっちりな結果となってしまったのは言うまでもない。
「ユーシス、マキアス両名はよーく反省するように。全く……最後! フィーとウィルバート!」
「了解っと。フィー、いける?」
「もちろん。私が決めていいんだよね?」
「ああ。今日はコレで行くからさ」
ウィルバートの手に持つ
始まると同時に全速力で戦術殻へと駆けるウィルバート。そのまま戦術殻の正面に位置取り、重い斬撃を繰り出していく。当然、戦術殻もやられっぱなしというわけもなく剛腕を振るいウィルバートを狙うが、その隙をフィーに突かれ、フィーにターゲットを切り替えると執拗なまでにウィルバートが間に割って入る。ウィルバートをタンクとし生じた隙にフィーが切り込んでいく連携プレイは、戦術リンクの効果も合わさり戦術殻は翻弄され、あっという間に決着がついた。
「そこまで! ったく、こうも一方的になるならもう少し難易度上げておけば良かったかしら」
「おい」
「さーて最初に言った通り、週末からのⅦ組独自のカリキュラムについて説明するわ」
ウィルバートのツッコミを華麗にスルーし、サラは事前に用意していた用紙をⅦ組全員に配布しながらカリキュラムの説明を始める。Ⅶ組独自のカリキュラム――特別実習はA班B班に分かれ、それぞれ別の実習地で課題をこなすというもの。軍の士官学校とは思えないカリキュラム内容もだが、それ以上に気になることが用紙に書かれていた。
【四月度特別実習、実習地は以下の通り】
【A班 リィン、エリオット、アリサ、ラウラ、ウィルバート 実習地・交易街ケルディック】
【B班 ユーシス、マキアス、ガイウス、フィー、エマ 実習地・紡績町パルム】
【実習期間は二日。各日毎にレポートをまとめ、後日担当教官へ提出すること】
内容自体は別にこれといって何もないのだが、問題は班分けにある。リィンとアリサもだが、よりによってユーシスとマキアスが一緒の班になっている。当然二人は反発し、班分けを変えるようにサラに意見するが、聞く耳を持たないサラが班分けを変えることはなかった――
その日の夜、日付が変わったであろう時間にウィルバートは食堂の片づけをしていた。つい先程までサラが酒を堪能していたのだ。その当人は後片付けをウィルバートに押し付けとっとと寝てしまった。いつもなら文句の一つくらいは言うウィルバートも今日は何も言わずにサラを見送っていた。週末から行われる特別実習、きっと想像以上に大変なものになるだろう。そしてサラはA班B班両方のサポートをするだろうことへの配慮である。尤も、班分けを見るに苦労するのは自業自得な気もするが。
「まあサラ様なら大丈夫でしょう、きっと」
僅かな片づけを終え息抜きに紅茶でも飲もうとすると、扉を開け誰かが食堂に入ってきた。その気配には覚えがあったので姿を見ずとも誰かは分かった。
「アリサ様? 夜更かしはお肌に悪いですよ?」
「……あなたに言われたくはないわ。二重の意味で」
入ってきたのはアリサだった。何も言わずテーブルに着くアリサ。しばらくしてカップとティーポットを持ちウィルバートもテーブルへ向かう。勿論、カップは二人分だ。
「二重とはどういう意味でしょう?」
「言わないと分からない? あなたも夜更かししてるってとこと、あなたは男だってとこよ」
「これは失礼。確かに人のことは言えませんね」
カップに紅茶を注ぎアリサに渡し、自分のカップにも注いだあとにアリサの向かいへと座る。しばし無言で紅茶を堪能する二人だが、不意にアリサが口を開く。
「あなたが士官学院に来るとは思っていなかったけれど、まさか男だったなんてね」
「別に、騙すつもりはなかったんですよ?」
入学式の時には気付かなかったアリサだが、先の自由行動日の前日、今のウィルバートの姿を見た。そして自由行動日の朝、フィーの爆弾発言によりウィルバートが“彼女”だと知った。理解が追い付かず、またウィルバートも忙しなく家事や学業に打ち込んでいたためタイミングもなく、今日まで問い詰めることが出来なった。
「やっぱり、ヘルヴィなのね……いえ、ウィルバートって呼んだほうがいいのかしら?」
「どちらでも。個人的にはヘルヴィのが気に入っていますが。女性でウィルバートという名前は似合いませんから」
「そう。じゃあその姿の時はヘルヴィって呼ぶわ。それでヘルヴィはどうして士官学院に? もしかして母様かシャロンの――」
「お二人は関係ありません。ラインフォルトとは別口の伝手で入学させて頂きました。ところで、私はアリサ様ではなくアリサお嬢様とお呼びしたほうがいいでしょうか?」
「しなくていいわ。全く、シャロンが連れてきた時はやっと同年代の使用人が来たと思ったのに……男だったなんて……」
「アリサ様……その、申し訳ございません」
ウィルバートがラインフォルト社の使用人として勤め始めたのは約二年前になる。といっても正式な使用人ではなく、非常勤使用人である。二年前、ラインフォルト社に仕えるメイドのシャロン・クルーガーにより会長のイリーナ・ラインフォルトに紹介され、シャロンが仕事で離れる際のアリサの身の回りの世話役として雇われることになった。勿論、イリーナ会長もシャロンもウィルバートの素性は知っている。ウィルバートも、家事能力の向上にいい場所なため、仕事には真面目に取り組んでいた。
アリサにとっては、シャロンが連れてきた偶に世話をしにくるメイドくらいのものだが、歳が同じだったこと、表には出さないが自分と同じくシャロンに憧れを抱いているように思えることから、親近感は抱いていた。そのため仲は悪くなかったため、黙ってトールズに来たことに引け目を感じていたのだが、まさかこんなところで再会するとは思ってもおらず、更に衝撃の真実を突き付けられ困惑していた。
「まあいいわ、済んだことだし、あなたに問題があるわけじゃないもの。それに、わざわざシャロンが連れてきたくらいだもの、何かあると思うべきだったわ――あっ」
「アリサ様?」
ふとアリサは何かに気づいたようで、次第に顔を赤らめていき、手は握りこぶしになりプルプル震えている。あ、ヤバイと瞬時に判断したウィルバートはそそくさとティーポットを下げようとするが、ガシっとアリサに肩を捕まれ立ち上がることが出来なくなった。
「あー、えーと、アリサお嬢様? その、手を放して頂けないでしょうか……?」
「ねえヘルヴィ? 確かあなたと一緒にお風呂に入ったことあったわよね? それに着替えを手伝って貰ったり、他にも色々……」
「そ、そんなこともありましたね。あれ? でも着替えって……あっ、もしかしてシャロンさんのメイド服を着たいって――」
「お・だ・ま・り? あの時は同じ女の子同士だと思ってたから気にしなかったけど……」
拳を振りかぶるアリサ。これは殴られると直感しウィルバートは目を閉じ――思いっきり頬を殴られた衝撃で椅子から転げ落ちかけてしまうのをなんとか踏みとどまる。
「あいたたた……リィン様には平手だったのに、私にはグーパンですか?」
「そのくらい我慢しなさいっ。でもまあ、これでなんとか気持ちに整理をつけるから。紅茶ありがと、あなたも早く寝なさい」
アリサは手をひらひらさせスッと立ち上がると、そのまま扉のほうへ歩いていく。どうやらこれ以上殴られることはなさそうだと分かり、ウィルバートはホッと一息吐く。そして今にも去りそうなアリサの背中へ言葉をかける。
「私にグーパン一つで片づけれるのですから、そろそろリィン様のことも許してあげればいかがですか? リィン様はアリサ様とどうやって仲直りしようかとずっと悩んでいますよ?」
「べ、別に喧嘩とかじゃないし、許す許さないとかでもないからっ! ……ホントは分かってるわよ。ありがと、ヘルヴィ」
そのまま去っていく背中を見送ったあと、ウィルバートは本日最後の後片付けに取り掛かるのだった。