「これでトドメだっ!」
振り下ろされたその一撃が、最後に残った魔獣を一跡形もなく粉砕した。。ウィルバートの身の丈を遥かに超える長さのハルバードは流石の威力を誇っていた。
「ふぅ……みんなお疲れ」
「そっちこそ。それにしても凄い破壊力だな」
リィンの言葉にうんうんと頷くガイウスとエリオット。確かにハルバードはその重い一撃が目立つ。だがハルバードは重量に物をいわせる武器ではなく、相手や状況に合わせて斬る・突く・叩くと戦法を使い分けることができるポールウェポンであり、それこそが最大の特徴だ。要は破壊力だけではないということだ。
「そうでもないよ。リィンの太刀は機動力と流石の切れ味だし、ガイウスだってその長いリーチを完璧に生かしている。エリオットも試験段階の魔導杖をしっかり扱えている。それに比べて俺は利点を活かさずただただ叩きつけただけ。初めてつかうから多少拙いのもあるだろうけど、それはエリオットも同じだもんな」
「ええ!? その武器初めて使うの!?」
「ああ。ハルバードって思っていたよりも扱うのが難しいんだな。よくこんな重くて癖だらけの代物をああも振り回せるもんだと感心するよ」
脳裏に浮かぶのは一人の女性。自分よりも頭一つ分は大きいであろう彼女が振るうのは、更に巨大な白銀のハルバード。それを造作もなく自由自在に振り回す姿を普段から見ていたが、そんな簡単な代物ではなかったということだろう。次会った時にハルバードの扱い方のコツでも聞くか、でも彼女のことだからそのついでに稽古の一つ二つあるだろうと思うと苦笑してしまう。
「ウィルバート、どうかしたか?」
「いや、なんでもない。さ、進むとしようか」
一息ついたところでウィルバートが先を促し、四人は奥へと歩みを進める。
「しかし学校の敷地内にこんな場所があるなんてな。ここって大帝ゆかりの歴史ある学院なんだよな?」
いくら特別オリエンテーリングなどといっても、このためだけにこんな大掛かりなダンジョンを作ったり魔獣を放し飼いにしてるとは思えない。何らかの理由で元々存在していたと考えるのが普通だが、皇族すら通うような歴史と伝統ある学院で放置していてもいい案件とはとても思えない。
(こんな常識外れな場所があるなんて聞いてなかったな。マスターからも聞いたことがないし……)
トールズ士官学院についてアリアンロードからある程度は教わっていたウィルバートだったが、旧校舎についてはほとんど教えてもらっていなかった。それにトールズについてあまり話したくないようにも見えたため深く聞くことはなかった。
「あっ、また魔獣がいるね」
「甲虫型の魔獣か。堅そうだし数も多いな……」
甲虫型魔獣、コインビートル。甲虫型とは言うがその大きさは四・五十リジュはあろうかという大きさであり、それが群れている姿は普通に気持ちが悪い光景である。非常に嫌そうな顔をするエリオットの横からウィルバートが一歩前で出てハルバードを構える。
「ここは俺に任せてくれ」
「大丈夫なのか?」
「まだ気づかれてないから平気さ。それにああいう堅い相手は重い得物のが相性がいい。それに試したい
一歩前に出ながらハルバードを大きく振りかぶるウィルバート。そのまま溜めを作り――
「吹き飛べ、剛裂斬っ!!」
大きく振りかぶったハルバードを落下の勢いを乗せ地面が割れるほどの一撃を放つ。その衝撃は波となって相手に襲いかかり、コインビートルの群れを壁に叩きつけ粉砕する。
「っ!? しまった……避けろっ!!」
「え……?」
その一撃に呆気に取られていた三人は、その一撃から逃れていた存在に気づくのが遅れてしまっていた。そのままコインビートルがエリオットに向けて飛び掛かった――瞬間に一発の銃声が辺りに響くと同時にコインビートルに無数の穴が空き地面に落ちていった。
「た、助かった……?」
「大丈夫かっ!?」
通路の向こうから駆け寄ってくるのは眼鏡の少年――マキアス・レーグニッツだった。
「いやホント助かったよ。全部巻き込めたと思って油断しちまったからさ」
「いや、俺達も気を抜いていて咄嗟に対応できなかったのも悪いさ。俺からも礼を言わせてくれ」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべるウィルバートとリィンに礼を言われたが、マキアスはどことなく居心地が悪そうに見えた。
「いや、礼を言われるほどのことじゃ……それに、さっきは見苦しいところを見せたと思ってね。幾ら相手が傲慢な貴族とはいえ、冷静さを失うわけにはいかなかった」
マキアスが言うにはあの時はユーシスの言動にカっときてしまったが、すぐに冷静になって引き返してきたのだという。そして運よくさきほどの場面に遭遇したと。
「君たちは……四人だけみたいだな?」
「ああ、他のメンバーはもっと先行していると思う」
「最初の場所に戻ったとしても誰もいないだろう」
それを聞いたマキアスはしばし思案したのち、四人に同行を申し込んできた。快諾するリィンら三人。元々先走ったマキアスとユーシスと合流するのが目的なので、ウィルバートも特に異論はなかったが、すぐにその考えを改めることになる。その発端は、改めての自己紹介が終わった後のマキアスの一言だった。
「……そういえば……身分を聞いても構わないか?」
その言葉に含む所はなく、ただ一応相手が貴族がどうか知りたいということで、エリオットとガイウスは特に気にすることなく身分を明かした。エリオットは平民の家庭出身、ガイウスは元々身分制度のない所からの留学生だ。
「――少なくとも、高貴な血は流れていない。そういう意味ではみんなと同じと言えるかな」
リィンはしばし黙考したのち、そう答えた。ウィルバートとエリオットは違和感を感じたが、マキアスはそうでもなかったようで安心した顔をしている。
「安心したよ。それで、ウィルバートだったな? キミは?」
そしてそのままウィルバートにも同じ質問をする。尤も、貴族らしさなど皆無なウィルバートのことを半ば平民だと思っているのかにこやかな顔のマキアス。それを見たウィルバートはたった一言だけ答えた。
「貴族」
「っ!?」
「お、おい、ウィルバート……?」
予想外の答えに硬直するマキアス。聞いていた話と違うことに困惑するリィン達。一瞬の間の後、ウィルバートが言葉を続ける。
「――と言われたらどうするんだ? 俺とは仲良くせず噛みつくのか?」
「なっ……」
「生憎と俺は平民だけど……で、どうするつもりだったんだ?」
「そ、それは……」
答えが出てこず口ごもるマキアス。その姿を見たウィルバートは一つ溜息をついた。エレボニアにおける貴族と平民の軋轢は、どうやら思っていたよりも深刻だとようやく認識したというのもある。
「お前が何故貴族を嫌うのかは知らないが、貴族という偏見だけで個人と接しないほうがいい」
「――君に何が分かるっていうんだっ!」
「分かんないね。リィン、エリオット、ガイウス。五人で行動するのはちょっと多いから、俺は先に行かせてもらうよ」
「おい、ウィルバートっ」
リィンの呼び止めにも応じず、ウィルバートは四人を置いてさっさと先へ行ってしまった。
「はぁ~……」
一人になったウィルバートは先程の自身の行いを思い返し反省していた。初めて会う相手に説教するなんてどうかしてる。マキアスにだって事情があってああなってしまったのかもしれないのに……それに、他人に説教できるほど自分は人間が出来ていない。それにリィン達にも気まずい空気を残してしまった罪悪感もある。
かといって間違ったことを言ったつもりはなかった。事情はどうあれ、貴族制度を憎むのは構わない。というより身分制度に興味がないウィルバートにとっては貴族だろうと平民だろうと変わりはない。だが貴族というだけで批判するのは違うのではないか? それは貴族という皮だけで人を判断し、中身を見ていない。
(まあ確かに貴族――というより有力者の立場の連中に碌でもないのが多いのは確かか……)
過去の経験からそれを知っているウィルバートは、マキアスの気持ち自体は分からなくもないつもりでもあったが……
だがその思考も長くは続かなかった。道の先から剣戟の音が響いてくる――どうやら誰かが魔獣と戦っているようだ。それも魔獣は複数いる感じで――駆け足気味に音のする場所へ向かうと、そこには多数の魔獣に囲まれながらも華麗な剣捌きでそれらを翻弄する金髪の少年――ユーシス・アルバレアがいた。最後の一体にとどめを刺したユーシスは一息つくとウィルバートのほうへ振り向いた。
「――それで、何の用だ?」
「いやお見事。結構な腕前なんだな」
軽く拍手を送るウィルバートのその言葉に嘘はなかった。ユーシスが振るうのは帝国貴族に伝わる宮廷剣術であるが、その腕前は確かなものだった。尤もウィルバートは宮廷剣術を知らないのだが。
「自己紹介がまだだったな。ウィルバート・テイミー。よろしく」
「では改めて自己紹介しよう。ユーシス・アルバレアだ……しかし、貴様一人か? てっきり他の者と連れだっていると思っていたが」
「はは……さっきまでは一緒だったんだけどな」
マキアスと口論した時の話をユーシスにするが、ユーシスはあまり興味がなさそうに見えた。
「それで、話は終わりか?」
「ああ。それでどうだろう? せっかくだし一緒に行かないか?」
「――――いや、遠慮しておこう」
踵を返し先へ行ってしますユーシス。その後ろ姿を見送りながらウィルバートは本日何度目かの溜息をつく。貴族と平民の溝は思ったより相当深いのかもしれない。
(前途多難だ……こんなのでまともな学院生活なんて送れるのか?)
見えない先行きに不安が募る一方だった……