英雄伝説 双の軌跡   作:イヌ魚

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一章 初めての特別実習~ケルディック編~
双つの顔


 入学式から二週間と少しが経ち、学院生活や新しい環境にも慣れ始めた頃、Ⅶ組は明日初めての自由行動日を迎えようとしていた。

 

 自由行動日とはその名の通り、月に一度だけ訪れる授業のない日。厳密には休日ではないのだが、何をするのも個人の裁量なため勉学に勤しむ者、部活に精を出す者、トリスタの街や帝都を始めとする市外へ繰り出す者など様々だ。それはⅦ組にも同じことであるが、終業のホームルーム時にサラが余計な一言を言っていったのだけが違う。

 

「実技テストか……」

 

「なんだか嫌な気がするよ……」

 

「ああ。鈍らない程度に身体を動かしたほうがいいかもしれないな」

 

 放課後のⅦ組の教室。エリオットとガイウスはリィンの机の周りに集まっていた。特別オリエンテーリングの時に一緒に行動して以来、仲良くなっていった三人はサラが言っていた言葉を思い返していた。――次の水曜日、実技テストを行う――といったもので、それを踏まえ明日の自由行動日に何をするかを話しているところだ。エリオットとガイウスは部活に顔を出すつもりらしいが、リィンはこれといった部活が見つけられず、自主練でもしようかといったところで、ウィルバートが席を立つのが見えた。

 

「あっ、ウィルバート。ウィルバートは明日の自由行動日はどう過ごすつもりだ?」

 

「リィン……悪い、ちょっと急いでるんだ。また夜にでも話そう」

 

「あ、ちょっとウィルバート……」

 

 ホントゴメンねと言い残し、ウィルバートは慌ただしく教室を出ていく。ウィルバートも部活には入っていないのでいつもなら他愛ない話をしつつ寮へ帰るのだが……

 

「今日のウィルバート、なんだか妙に焦っているな」

 

「そのようだな……何かあったのか?」

 

「さあ……」

 

 三人が口にするように今日のウィルバートはそれこそ朝から何か焦っているように見えた。授業中も心ここにあらずといった感じでハインリッヒ教頭から目玉を喰らっていたりと普段の彼らしくない行動に疑問を抱いていた。その時、教室のドアが開きサラがやってきた。

 

「良かった、まだいたわね」

 

「サラ教官、どうしたんですか?」

 

「実はちょっと頼みたいことがあってね。さっきそこでウィルバートに会ったんだけど、アイツ私を無視して通り過ぎていっちゃってね……悪いんだけど一人頼まれてくれない?」

 

「そういうことなら俺が行きます。エリオットとガイウスは部活があるだろうし……しかし教官、今日のウィルバートはどうしたんですか?」

 

「さあ? 私にもさっぱりなのよねー」

 

 ウィルバートと親しいサラなら何か知っているかと期待したリィンだったが、その目論見はすぐに外れてしまった。考えても仕方ないと思いなおし、サラからの頼みごとを聞くことにしたリィン。

 

(でもいったい、どうしたんだろう……)

 

 

 

 その日、ウィルバートは焦っていた。それはもう他人から見ても明らかな程に。焦ってもいいことはないと言われるかも知れないが、それでもつい焦る気持ちを止めることは出来なかった。昨晩は満足に寝ることも出来ず、朝は四時には目が覚め堪らず部屋を飛び出し、一階のキッチンや物置をあれこれ弄っている内に登校時間が迫り、授業を受けていても尚落ち着くことはなかった。

 

「ああもうっ! 明日ゆっくりやろうと思っていたのにっ!」

 

 寮の片づけ――第三学生寮はⅦ組だけが使用することになった寮で、それだけ聞くととても良いことに聞こえる。が、貴族生徒が住まう第一学生寮と違い使用人などはおらず、管理人と言える立場であるサラは常日頃からグウタラしておりとても寮の管理をしているとはウィルバートには思えなかった。それでもⅦ組の面々は各々の部屋なり目についたところを片づけてくれたりと寮の管理自体には協力的だ。だがやはり管理人、せめて管理人の真似ができる者がいたほうがいいと思ったウィルバート。そのため明日の自由行動日にひとまず清掃だけでもがっつりやってしまうかと思っていたのだが……

 

「いやでも、明日を逃したら次はいつになるか……」

 

 事の発端は、昨晩ウィルバートがかけた一本の導力通信だった――

 

――

―――

 

「――というように、今週も特にこれといって進展はありませんでした」

 

 深夜、自室でウィルバートは周囲を警戒しながらARCUS越しにいつもの定時連絡を行っていた。ただし、カンパネルラ相手に行っているものとは違い、週次の定時連絡だ。主に帝国政府や正規軍の情報を伝えるのが目的だ――尤もそんな情報、そうそう手に入るわけがなく、もっぱら士官学院での出来事を話したり、あちらの話を聞いたりするのが主になっているが。

 

『そうですか。ですが、学院生活を楽しめているようでなによりです』

 

「恐縮です。出来ることなら計画に有意義な情報を提供したいと思っているのですが」

 

『私相手にその報告は不要です。そういったことはカンパネルラにでも』

 

「いやそれじゃ週次連絡の意味が……まあ了解です。ではマスター、今日はこの辺りで……」

 

 碌にない報告すべき事を伝えきったウィルバートはそのまま通信を終えようとしていた。寮内で堂々とはいえ他人に聞かれると不味い内容なのは間違いないし、今はまだサラに目を付けられている状況なため、長電話は危険だと判断してのことだったのだが……

 

『ところでウィル、こっちに顔を出すことは出来ないのですか?」

 

「え……?」

 

 マスター――アリアンロードは通信を切る気はなさそうだった。

 

「あの、マスター?」

 

『……マスター?』

 

「いやまさかアリアのことをマスターだなんて呼ぶわけないじゃないですかイヤだなーアハハ」

 

 ARCUS越しだというのに伝わってくる妙な気迫にウィルバートは冷や汗をかく。本来ウィルバートはアリアンロードの率いる《鉄機隊》に所属しており、完全な主従関係にある。そうでなくともウィルバートはアリアンロードを崇拝しているためマスターだったりアリアンロード様と呼ぶのが常なのだが……

 

『分かっているのならいいのですが……二人で話す時は主従関係は無しにと言いましたよね?」

 

「そ、それはもちろん! なんたってアリアの頼みですからね!」

 

 どういうわけかアリアンロードはウィルバートと二人きりで会話する時はマスター呼びや様付けを嫌う。勿論プライベートの時だけのことではあるが、そんな特別待遇をされる理由をウィルバートは知らない。唯一分かるのは、プライベート時のアリアンロードに失言をすると世にも恐ろしい“稽古”をつけられるということだけだ。

 

『全く……それで、どうなのです?』

 

「え? ……あー、無理ですね。正当な理由なしに授業をサボるとサラから何されるか分からないから。それに退学とかになっても困りますし」

 

『そうですか……デュバリィが随分と寂しがっているのですが、それなら仕方ありません』

 

 鉄機隊に顔を出すことが出来ないのかと言われれば、やろうと思えば出来るだろう。その場合、単位やら学院での立場やサラからのお叱りが大変なことになるのは火を見るより明らかであるが。

 

「あっ……」

 

『どうしました?』

 

 そこでウィルバートは思い出した。確か明後日、自由行動日なるものがあり、一日だけだが自由の身になれることを。尤も、一日ではやはり厳しいかもしれないが、可能性が無いわけではないのかもしれない。

 

「いえ、明後日に自由行動日というのがありまして……」

 

『自由行動日?』

 

「要するに一日の間、何してもいいですよーって日です」

 

 ゆっくりしたり泊まったりは無理だろうが、顔を出すくらいならなんとかなるかも知れない。現時点でウィルバートが出せる最大の提案なのだが、アリアンロードは何か思案するように黙り込んでしまった。

 

『………………』

 

「……アリア? やっぱり急だと都合が合わないですか?」

 

 幻焔計画も控えていることだし、鉄機隊もアリアンロードも忙しいのかも知れない。また次の機会になるのかとウィルバートが内心落ち込んでいると、アリアンロードの沈黙が破られた。

 

『――ならば私がそちらに出向きましょう』

 

 ウィルバートの予想斜め上の言葉と共に。

 

「……はい?」

 

『おや聞こえませんでしたか? ではもう一度。ならば私が――』

 

「聞こえてましたから。俺が聞きたいのはデュバリィ達じゃなくてなぜアリアが来るのかってことですよ?」

 

『あの子達もなにかと忙しくしてますから……それとも、ウィルは私が会いにくると不味い事情でもあるのですか?』

 

「うっ……」

 

―――

――

 

 ――という事情で、急遽明日アリアンロードが訪問することが決定してしまった。念のため言っておくが、ウィルバートにとってアリアンロードが会いに来てくれるということは大変喜ばしいことだ。心の底から慕う彼女がわざわざ自分に会いに来る――デュバリィが聞いたら怒りと嫉妬と羨ましさと共に倒れるまで稽古をつけられることになるだろう。ひょっとすると残りの二人も参加してくるかもしれないほどのことだ。

 

 だが問題もある。元々ウィルバートは自由行動日を使い第三学生寮の総手入れをする予定だった。学生の立場に追われ中々手を出せず、やっとやってきたチャンスなのだ。まあこれは寮官であるらしいサラの役目であるし、ダメならダメで次の機会でもいいかもしれないと既に思い始めていた。だが最大の問題はそのサラにある。入学式の時から目をつけられ、恐らく監視もしているだろうサラの目の前でアリアンロードと会うことの危険性を考えると、一概に喜ぶこともできなかった。

 

(マスターにサラが興味を抱かないようにしつつ、出来れば寮にも手を入れる……ダメだ、どうすればいいんだよ……)

 

 全くいいアイデアが浮かばないまま気づけば第三学生寮に着いていた。仕方なく鍵を開け中に入る。どうやらまだ誰も戻ってきてはいないようだ。飲み物でも飲んで一息いれるかと思い、キッチンへ行き冷蔵庫を開ける――中には大量のビールしかなかった。キッチンには一通りの調理器具はあり自炊も十分可能なのだが、学院生活の忙しさや未だに慣れない人間関係に加え仲違いしている者もおり、さらに自費で食材を買わねばならないとなれば中々自炊に踏み切る者はいないのだろう。かくいうウィルバートもその一人だが。

 

「にしてもこれは酷いだろ……」

 

 この二週間と少しで分かったことだが、サラはグウタラで極度の酒飲みでしかも酒癖も悪い。紫電のその姿はウィルバートにとって衝撃だった。多少酒が絡むと面倒なのは知っていたが、これほどとは思っていなかったのだ。結局水で喉を潤したあと、自室に戻りベッドに腰かける。どうしたものか……ぼーっと部屋を眺めていると、あるものが目についた。クローゼットだ。しばし逡巡したが、意を決してクローゼットの前まで歩いていく。確かクローゼットの中には“アレ”がある。“アレ”ならひょっとしたらサラの機嫌をとれ、ついでに酒に沈めることもできる。だがそれはウィルバートにとってはあまり使いたくない手段でもあったが……

 

「……仕方ないか。それにいつかバレ……るかもしれないことだし……」

 

 若干の諦めも入ってはいたが、結局クローゼットの中から一着の服を取り出すのだった――

 

 

 

 すっかり日も落ちた頃にリィンは第三学生寮に帰ってきた。

 

 サラの頼みとやらを聞き、その過程で知り合った生徒会長のトワと夕食を共にしていたらこんな時間になってしまったのだ。一応門限には間に合っているので問題はない。

 

「はぁ……全くサラ教官め、教え子を騙し討ちしてくれるなんてな……」

 

 サラの頼みというのは至極単純で、発行が遅れていた生徒手帳の受け取りであったのだが、それとは別に生徒会の手伝いをⅦ組に回すように手を回しており、結局断り切れずリィンは明日の自由行動日に生徒会の手伝いをすることになった。

 

(まあやると決めたんだから精一杯やらないと。トワ会長も忙しそうだったし――)

 

「おかえりなさいませ、リィン様」

 

「…………え?」

 

 聞きなれない言葉の先に目をやると、そこにはやはり見慣れない少女(・・)がいた。白と黒を基調としたゴスロリ風なメイド服を身に纏い、腰まで伸びる真紅の髪はこれまた黒い大きめのリボンで纏められており、清楚さと可愛らしさを両立させている。ちなみにスカートはロングだ。

 

「今日はお疲れでしょう、サラ様には私からも言っておきますが――」

 

――ちょっとメイドさーん!? 早くビール持ってきなさいよー!――

 

 奥からサラの声が響いてくる。面倒事を押し付けた上に酔っぱらっている担任の姿を思うとげんなりしてしまうリィンだった。それは目の前の少女も同じなのか深く溜息をついている。

 

「はぁ、サラ様はこうなると面倒で――申し訳ございませんリィン様。お休み前に甘いミルクでもお出ししようかと思ったのですが、アレなようですので……」

 

「あ……いや、気にしないで下さい。それより――」

 

――こらー!! 聞こえてるんでしょ!? 早くしなさいよー!――

 

「――今あちらに行かれますと、もれなくサラ様に絡まれてしまいます。リィン様、お休みなさいませ」

 

 一礼したのち、申し訳なさそうに少女は奥へ入ってしまう。そしてサラと少女の言い合いが始まってしまうのだったが、リィンは未だ理解が追い付いていなかったが、疲れもあるため一先ず部屋に戻ることにし、階段を昇っているとふと気づいたことがあった。

 

(あれ、そういえばあの子、どこかで見たような……)

 

 

 

「サラ様? 流石に飲みすぎですよ?」

 

「うっさいわねえ、アンタは黙ってビールとおつまみを運べばいいのよ」

 

 口では注意しながらも少女はサラの元へ適宜ビールとおつまみを運んでいく。夕食時から飲んでいるサラはすっかり出来上がっており、ふらつく足で歩き回られても困るというのもあるのだが。

 

「しっかしアンタも変な奴よねー」

 

 ビールを煽りながらサラは言う。勿論今もなおせっせとおつまみを作っている少女に対してだ。

 

「何がでしょうか? はい、どうぞ」

 

「ありがと。って何がじゃないわよ、その恰好のことよ」

 

「このメイド服ですか? ふふっ、これは買って頂いたのです。似合っているといいのですが……」

 

 何やら嬉しそうに語る少女の姿を、相変わらず不審な物を見る目で見続けるサラ。しかしビールを煽るとすぐに幸せ絶頂になってしまうようだ。

 

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷっはっー! ……まあ似合ってるとは思うけどね」

 

「ありがとうございますサラ様」

 

「そりゃどうも……じゃなくて、何を考えてるのよ? その姿(・・・)晒しちゃって。みんな戸惑ってたじゃない」

 

「いずれ分かる事ですし……それにグウタラでズボラで寮の管理をしてくれないサラ様のせいでもあるんですよ?」

 

 まあ全部とは言いませんけどと言いながらサラの前へまた一本ビールを置く。

 

「やっぱ仕事の後の一杯は格別ね~。ところでアンタ」

 

「何でしょうか?」

 

「アンタ、これからもその姿(・・・)でいるつもり?」

 

「サラ様やフィー様には知られてますし、この姿のほうが家事のモチベーションが上がりますから」

 

「そう……さて、アンタももう寝なさい。明日は華の自由行動日よ」

 

 その言葉にですが……とかサラ様の相手が……などと渋る少女を睨みつけると、渋々といった感じで従った。だが文句はあるようでなにやらブツブツと言っているが……

 

「…………サラ様がそういうのでしたら、お先に失礼されて頂きます。ですが大丈夫なのですか?」

 

「へーきよへーき、アタシがこのくらいでどうにかなると思うー?」

 

「――それもそうですね。ではサラ様、お休みなさいませ」

 

「ええお休み、“ウィルバート(・・・・・・)”」

 

 サラに一礼をすると少女――の姿をしたウィルバートはその場をあとにするのだった。

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