「さて、次はどこに案内してくれるのですか?」
「そうですね……大体回ってしまいましたからねー」
昼を回った頃、喫茶店《キルシュ》で昼食を取った二人は早速午後の散策に出ていた。とはいうもののブティックや本屋など、目ぼしい店は既に回ってしまっていた。雑貨店という選択肢もあるのだが、手荷物が増えるだろうと予想したウィルバートは最後に寄るつもりでいるため早々にネタが尽きてしまっていた。
「そうなのですか? 例えば路地裏のお店などは……」
「質屋ですか。あそこの店主は情報通で、サラとそのお仲間が良く使っていましてね。却下です」
質屋《ミヒュト》はウィルバートも偶に利用してはいるが、それは店主のミヒュトが情報屋として優秀だからである。所属がバレているウィルバートにも金さえ払えばある程度の情報は融通してくれたりするが、それは他の利用客にもだろう。事実サラも頻繁に顔を出しているようで、アリアンロードの身バレを警戒して今日一日は質屋に近づく気は更々ない。
「となるとあとは七耀教会くらいですが――」
帝都近郊の都市とはいうもののトリスタは決して大きい街ではない。帝都は勿論、各州都と比べてても歴然である。つまり街巡りをしてもそんなには時間はかからない上に、ウィルバートの私情で行動範囲を狭めている以上こうなるのは必然であるともいえる。
「断る」
そのためふと目に入った教会を提案したアリアンロードだったが、すぐに失言だったことに気づく。昔からウィルバートは七耀教会を好いていないことを思い出したのだ。
「……すみません。でもアリアが寄りたいのなら付き合いますよ?」
「いえ。ウィルの気が進まないのならいいのです。ウィルの教会嫌いは昔からですから」
「嫌いってわけじゃ……ただ、
さあ、どこに行ったものかとウィルバートが再び思考し始めると同時に制服のポケットから着信音が鳴り響く。どうやらARCUSに通信が入ったようで、一言断ってから通信に応じる。
「こちらウィルバート」
『えっと、ウィルバート……だよな?』
「……そう名乗ったつもりなんだけど。それで、どうかしたのリィン?」
通信相手はリィンだった。話を聞くと、学院長からの依頼で旧校舎の調査をするので協力してほしいという内容だった。既にエリオットとガイウスには連絡しており二人とも協力してくれるとのことだが、出来る限り万全の体制をとりたいのだとか。
「うーん、悪いんだけど今日は予定でいっぱいでね」
『そうか……急な頼みだし、気にしないでくれ』
「ゴメンね。それに正直三人でも何とかなるんじゃないかな?」
『だといいんだが。っと、ちょうどガイウスとエリオットが来たみたいだ。今から旧校舎に行ってみるよ』
その言葉を最後に通信は切れてしまった。何やら旧校舎で起きたらしいが、あの三人ならコンビネーションもいいし何とかなるだろうと大して気にはしなかった。僅かな間しか行動を共にしなかったとはいえ、初対面の三人がそれなりに連携が取れていたこともある。
「リィン…………」
「アリア? どうかした?」
通話を終えると、アリアンロードがどこか神妙な顔をしていた。が、ウィルバートの言葉にすぐに表情を戻した。
「いえ、なんでもありません……それより良かったのですか? 何かの誘いのようでしたが。別に私に構わず……」
「いいんですよ、今日はアリアといるって決めてるんですから」
「そ、そうですか……」
急にそっぽを向くアリアンロード。その頬がほんのちょっとだけ赤くなっていることに気づいたウィルバートは微笑を浮かべる。そういうちょっとしたところをかわいいと感じるのだ。
「それに大したことじゃないですよ。トールズの旧校舎の地下から変な音が聞こえたとか、そんな内容で。幽霊とかいたりするんですかね?」
だから、この異変が自らや他の多くの者を巻き込む、途方もなく巨大な御伽話への入口だとは思いもしていなかった。
「――今、何と言いましたか?」
「え?」
だから、彼女がこんなにも真剣な瞳で問いかけてくるとは思ってもいなくて――
「今、何と言ったかと聞いています」
「え、えっと、幽霊とかいたりするんですかね?」
「その前です、何処で何が起きたと?」
いつになく険しい表情、虚偽は許さないと言わんばかりの鋭い瞳。
「き、旧校舎の奥から、妙な音が聞こえたと……」
「――そうですか」
視線は街の北方、トールズの旧校舎。しかし、その視線にはどこか遠くを懐かしむような、そんな想いが込められているようで――
(リィン・シュバルツァー――もしかして彼が……?)
「……アリア?」
「お願いがあります、ウィル。私を旧校舎に連れて行ってくれないでしょうか?」
旧校舎の裏手。トールズ士官学院を見渡すことができる高台に、二人は来ていた。
「ウィルには以前話したことがありましたね。私とドライケルスのことを」
「ええ」
ドライケルス・ライぜ・アルノール。かの獅子心皇帝は今より約二百五十年前の獅子戦役で活躍した帝国史に残る英雄である。内戦に苦しむ民を想う彼は、エレボニア北東のノルド高原にで僅か十七名の同志と共に挙兵。彼の人となりは多くの人の心を動かし、最終的に内戦を終結させることになる。その最中、ドライケルス帝は運命の出会いを果たすことになる。
「私とドライケルスはあの内戦を共に駆け抜け、そして無事に内戦を終わらせることが出来ました」
リアンヌ・サンドロット――後に槍の聖女と呼ばれる、若き乙女――
「その後、ドライケルスは皇帝として民を導き――やがて天寿を全うしました。一方、私はこうして人の身から外れてしまいましたが……」
「それは……」
「詮無いことを言いましたね。槍の聖女リアンヌは伝承の中で死んでしまった過去の英雄」
彼女の言う通り、リアンヌ・サンドロットは獅子戦役の直後亡くなってしまう。
「ここにいるのは《鋼》。かの聖女ではありません―-ですが、そうも言えなくなってしまいました」
「え?」
「ドライケルスが言っていたのです。“来るべき日”が来るまで、あの施設を守るように、と。残念なことに、私ではなくトールズの歴代学院長と皇族にのみ伝えていたようですが」
「来るべき日……」
“来るべき日”が何のことなのか、旧校舎に何があるのか。ウィルバートには見当もつかないが、目の前の彼女は知っているのだろう。
「今のウィルにそれが何なのか教えることはできません。ウィルには関わる資格がありませんから」
突き放すような物言いだが、アリアンロードはウィルバートの身を案じてのことだ。旧校舎に眠っているものが彼女の想像通りであるならば、“アレ”には関わらないほうがいいと判断してのことだ。
しばし沈黙が流れ――ウィルバートがクスリと笑う。その眼は何を言ってるんだと言わんばかりで、それに気づいたアリアンロードも微笑みを浮かべる。ウィルバートならきっとこの眼をしてくれると思っていたから。
「ふふっ、何を笑っているのですか? ウィル」
「アリアも笑ってますよ? いやだって可笑しいですから。旧校舎に何があろうが、資格がなかろうが、俺はアリアの力になりたいし共に有りたいと思っている。アリアの意思は関係なくね。あっ、でもそれは俺だけないと思いますよ? デュバリィ、アイネス、エンネア姉――三人もきっと、何があってもアリアの力になろうとするはず――アリアが何を言っても、勝手について行きますよ」
ふと旧校舎を見下ろすと、ちょうどリィンら三人が旧校舎から出てくるところだった。施錠していることから、どうやら鍵はリィンが持っているらしく、今旧校舎は誰も入ることが出来ない――普通ならば、だが。
「頼もしい限りです――ではウィル、供を頼めますか?」
「ええ、勿論です」
差し出された手を取った途端、二人は淡い光に包まれ、その場から消えた――
「ここが、ドライケルスの言っていた……」
「長年使われていない割には綺麗ですよね。さ、こっちです」
旧校舎のエントランスに転移した二人は早速調査を開始するべく、ウィルバートの先導で階段部屋へと向かう。エントランスにはこれといって異変があるようには見えなかったため、別に異変など起きてないのでは? とウィルバートは思っていたが、それもすぐに訂正されることになる。それは次の階段部屋で起きていた。
「これは……」
地下へ続く階段、それはいい。問題なのは二つ。
「どうしました?」
「……前の時より部屋が狭くなっている。それに、あんな扉はありませんでした」
それはつまり、部屋の構造が変化しているということ。旧校舎の謎の音の原因はこれだろうが、何故こうなったのかは不明である。
「アリア、これは――」
「――確証はありません。私の想像と違っていたもので……」
「そうなのですか?」
「ええ――ですが、調べる価値はあるでしょう」
建物の構造自体が変わるという異変は、アリアンロードにとっても珍しいものであるが、彼女が思い描いていたものとは違っていた。焔の紋章が刻まれた扉と、その先にあるモノ――だが目の前にあるのは何の変哲もない扉でしかない。
(思い過ごしか、ローエングリン城とは違うシステムなのか……それに私の時は“彼女”がいてくれましたが、ここは……)
「とにかく、進んでみましょう。ああそうだ、準備をしなければ」
突如光に包まれるアリアンロード。すぐに光は消え、そこには白銀の騎士甲冑に身を包み、身の丈以上の巨大な騎乗槍を手にした《鋼の聖女》がいた。ウィルバートも持ってきたヴァリュアブルランスを構える。
「中々様になっていますよ。使い勝手はどうですか?」
「正直、まだ慣れませんね。元々使っていた武器とは大分違いますから。でもこれを振るっているとアリアや三人が傍にいる気がして……悪くないです」
「おや……三人が聞いたらとても喜ぶでしょうね。帰ったら教えてあげましょう」
「恥ずかしいから勘弁して下さいっ!」
「ふふっ――さて、そろそろ行きますよ、ウィル」
「イエス、マスター……じゃなくってアリア」
扉の先は予想通りダンジョン区画となっていたが、やはり以前とは構造が変化していた。その一端として、入口付近に転移装置があったりと、今の技術では実現しえないものまであったりする。何かがある――漠然とだがウィルバートにそう思わせるだけのものがそこにはあった。そして勿論、"奴ら”も徘徊しているようだった。
「魔獣ですか……」
「前よりは強いタイプですが……どうします? あれなら俺でも十分対処できます。ARCUSのおかげで身体能力も上がってますしまず余裕ですよ。アリアの手を煩わせることなど――」
「いえ、私も戦います」
正直ここの魔獣程度、ウィルバートなら片手間で倒せるほどでしかなく、わざわざアリアンロードが手を出すまでもない。その考えから魔獣の相手を買って出たウィルバートだったが、意外なことにアリアンロードは自ら戦うつもりらしい。
「なにもアリアがやらなくても」
「少し試したいことがありまして。付き合ってくれますね? ウィル」
そんなウィルバートとは違い、ちょっぴり悪戯っぽく笑みを浮かべアリアンロードは試したいこととやらを話し始める。
「その戦術オーブメント、ARCUSでしたか。それには面白い機能があると聞いています」
「面白い機能? ……あ、戦術リンクのことですか?」
「そう、それです。リンクを結んだ相手の動きや思考の一挙手一投足まで感じることができるという画期的な機能。それを試してみたいと思いまして」
つまりはそういうことらしい。が、それには致命的な問題があるわけで。
「あーアリア? 戦術リンクはお互いがARCUSを持ってないと出来ないんですよ? アリア、持ってないでしょう?」
持ってないというより持つ必要がないのだが、今大事なのは互いにARCUSを持っていないと戦術リンクは使えないということだ。それはアリアンロードも分かっているはずで。
「確かに持っていません。ですが、私とウィルならばそんなものなくても問題にはならないでしょう。お互いがお互いを理解し合えば、リンクくらいできます」
だが平然と無茶苦茶を言い出す。本人はやる気満々なのか返事も待たず魔獣へと向かっていく。仕方なくウィルバートも後を追いかけるが、既に魔獣相手に槍を構えており……
「さあ、ついてきなさいウィル! はあぁぁぁ!!」
目にも留まらぬ速さで繰り出される連続突きの跡には、当然のように形すら残らない程に粉砕された魔獣。当然ウィルバートが手を出すこともないまま絶命している。
「…………」
「…………」
鋼の一撃を耐えれる魔獣などそういるはずもなく、二人の初の戦術リンク試運転は失敗に終わった。
「最奥に着きましたけど……」
「…………」
その後、問題らしい問題も起きず最奥に辿り着いた二人。順当といえばその通りなのだが、アリアンロードは未だ若干の不満を抱いているようにウィルバートには見えた。
「はぁ……アリア、ここにはもう何も無さそうですけど、どうします?」
ウィルバートの問いかけに、しかし答えずアリアンロードは部屋の中央へと歩いていく。
「アリア?」
「――構えなさいウィル、来ますよ」
「え……」
直後、部屋の中央から妙な光が漏れ出し――光が晴れると、そこには一匹の悪鬼が佇んでいた。
「コイツは……」
「ミノスデーモン。強靭な肉体に猛毒を吐く魔物です」
「魔物……」
魔獣とは明らかに異質な存在にしばし圧倒されるウィルバート。だがそれも悪鬼へ立ち向かうアリアンロードの姿にすぐさま臨戦態勢を取る。
「はあぁぁぁ!」
アリアンロードの一撃で体制を崩したミノスデーモンへウィルバートが間髪入れずハルバードによる重い一撃を入れる。が、身体を守るように前に出された両腕に阻まれてしまい、そのまま振り払われてしまう。
「ウィル!」
「このくらい何でもないですよっ!」
宙に飛ばされたままウィルバートは手に持つハルバードを変形させていく。斧頭が収納され、刀身が飛び出す。グリップは縮まり武骨な柄が現れる――それは巨大な両手剣。アリアンロードの騎乗槍ほどはあろうかというサイズのそれを、落下の勢いと共にミノスデーモンへ叩きつける。先程と同じように防御態勢を取るも、重量に任せた斧槍と違い、勢いよく振り下ろされた両手剣はミノスデーモンの腕を切り裂く。
「今ですっ!」
「ええっ!」
悲鳴をあげ蹲るミノスデーモン。その隙を見逃す二人ではない。ミノスデーモンを挟むように位置取り、力を溜めていく。
「「はあぁぁぁ……」」
ミノスデーモンが持ち直し立ち上がろうとした瞬間、それを解放する。
「喰らえ――」
「秘技――」
「「アルティウムセイバー!!」」
同時に構えた武器を回転させ発生した衝撃と斬撃によってミノスデーモンは倒れ――消滅した。
「ふう……さすが、アリアですね」
「ウィルこそ、腕を挙げましたね」
武器を仕舞い、アリアンロードは鎧を消し先程までの恰好に戻る。これ以上何かが現れる気配は、もうなかった。
「まだまだですよ。現に手加減しているアリアの足元にも及ばない」
「そこは精進あるのみということで。それにしても最後の一撃、よく合わせてくれました」
「そんなこと、なんでもないです。というか、アリアこそ合わせてくれたんでしょう?」
「いえ、あれはウィルが……ふふっ、もしかしなくても、これが戦術リンクというものなのですか?」
「さあ? 俺はまだ試していないので何とも……ですが、アリアとならARCUSに頼る必要は無さそうですね」
しばし互いに笑いあった後、すでに暗くなったトリスタの街へ二人で戻っていく。ウィルとアリアの長いようで短かった休日は、こうして幕を閉じた――