彼が彼女の弟さん    作:kanaumi

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 少し空きましたができました。


5月 動き出す心と身体
歩くように流れて


 

 5月1日。4月に新しく入学して来た新入生にとって、新たな環境での生活が始まってから1ヶ月が経った頃だ。新生活で慌ただしい時間を過ごした者達は、此処で一息入れて行く。新生活に目を輝かせ満喫した者達は、これからを考え。新生活に新しいスタートを切ろうとした者達は、此処で選択していた。学校が平常通りに動き始めるこの月に他のクラスでは、授業が本格的に始まると勉強に力をいれる。しかし、俺達Bクラスでは少し違う。新しいスタートを切ろうとした先生、紅先生の謹慎処分が解ける日。紅先生が学校に来る日なのだ。皆、そわそわしながら朝礼を待った。

 

 

「……」

 そして、朝礼の時間。教室に入って来た先生は物凄く緊張してなかなか酷い事になっていた。目の焦点が定まっていないし手がピクピクと震えている。今にも倒れそうな様子にクラスが2つに別れた。

「み、皆さん。ご迷惑をお、かけしましたぁ。」

 1つは先生の姿に心配する者達。主に1年の時に他クラスだった生徒だ。もう1つは先生の様子に安堵なり喜ぶ者達。主に先生のクラスだった生徒だ。去年の先生も最初こんな感じで自己紹介をしていた。それを知っている俺らからすると戻った、帰って来たと喜んだ。

「初心に、を、思い出して、がんばり、ます。」

 先生は、言い終わると皆に向かってお辞儀をした。それを見た他クラスだった者は拍手を俺らは歓声を先生に送った。

 

 

 朝礼は先生が顔を真っ赤にして終了し、1時間目が始まろうとしている。今日の1時間目は自習だ。本当は違う授業だが、急遽時間割が変更になった。俺らの中では、様々な説が言われているが、おそらくだが校長が1枚噛んでいると思う。ムカつくが、そういう配慮も出来る奴だ。なんか知り合いらしい母さんから聞いた話では、母さん達の恋のキューピットは校長らしいからな。今回は素直に感謝しようと思う。

 

「先生!」

「先生、もう大丈夫なのね!」

「先生!」

「先生、良かった!直ったんだね!」

「おかえりー!」

 

 

 この状況で勉強とか無理だと思うしな。

 

 

「しかし、1週間で良く戻れたな?」

「先生が強かったんだろう。」

「…ああ、先生強いもんな。」

 結局の所、自習時間に自習した者はおらず、先生を中心に去年の自己紹介の事などの先生の武勇伝に花を咲かせていった。先生は話される武勇伝もとい黒歴史の数々に表情を忙しなく変えていた。

 

「ねえ。」

「何だ?」

 先生の黒歴史に耳を傾けていると、布枯が声をかけて来た。表情は何時もと変わらないが布枯が纏う雰囲気が何時もよりも冷たく感じた。

「先生が昨日、学校に来ていた事知ってるかい?」

「そうなのか?」

 ちょっと反応したがあれは皆には秘密の事だ。布枯だろうと知られない方が良いだろう。

「……うん、昨日先生の姿を見た子がいてね、その子が校舎をゆっくりと歩いているのを見たってね。」

 …先生、バレないようにとか言ってなかった?普通にバレてるじゃんか。

「まあ、それ自体は別に良いんだけどね。問題は、先生が誰かと教室で喋っていたって事さ。」

 ほとんどバレてんじゃねぇかよ。誰だよその生徒って。

「ん?ああ、その生徒が気になるんだ?」

「まあ、先生と話したいって奴はこのクラスにいっぱいいるしな。」

「私は質問しただけだけどねぇ。」

 そうだな、質問しただけだな。…やべー、何か自爆した~!

「まあ、根ほり葉ほり聞くのは今度にしておこうか。今は素直に喜ぼうか。」

 布枯は一人結論を出し、頷き微笑んだ。布枯が納得したのならば、気にする必要も無いと改めて先生を見た。皆に囲まれて、微笑んだり困ったような顔をしたりと忙しそうだが楽しそうに様々な話しをしている。朝礼の時の緊張はもう解けたようだ。相槌や返事の声は震えていなかった。休憩時間からずっと喋っているが、話のネタは尽きていないようだ。今年度に入ってからはああして話す事が減っていたので、その分話す事が多い様子だ。先生の事だから生徒の話を最後まで聞くのだろう。言葉はあれど、時間が足りない。そうなりそうだ。

 

「先生、もう前みたいにならないでよ?」

「…ああ、わかっている。愛田にも皆にも、迷惑をかけた。すまなかった。」

 先生は愛田の言葉に、深く頷き答えた。1ヶ月、その時間は皆にとって長くきつい時間だった事をわかっている先生は、もう一度、深く頭を下げた。その行動に口を挟む者はおらず、誰もが先生の姿を見ていた。そこには今まで見れなかった先生の姿が、また一つ現れた。それはけして凛々しい姿ではなかった。けれども、俺達は不思議とかっこいいと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ」

 ドアの外から此方を覗く視線に気づく者は誰もいなかった。…いや、危険などない温かい視線だったからかもしれない。

 

 

 

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