委員長視点です。
5月5日木曜日の朝。カーテンから零れた日差しで目を覚ました。包まっている布団はまだ暖かく、少しはみ出た足が外の冷気に当てられる。はみ出た足を布団の中に入れる。暖かい布団は冷たい足を瞬時に温め始めた。布団の中で、その温かさを感じる事十数分。ぼーっとしている頭を振って、上半身を布団から出す。すると先程、足で感じていた冷気を上半身で感じる。熱気を冷まそうとする冷気にベッドに戻されそうになるが、耐えて下半身を布団から出す。下半身の熱気を冷まそうと冷気が下半身に当たる。全身が冷気に当てられて、まだ少し放心していた頭が回り始めた。ベッドから降り、目の前にあるクローゼットを開ける。温もりがまだ残っているパジャマを脱いで、冷たい制服に着替える。寝ぼけていた体が目覚め始めた。目覚めた嗅覚が、魚の焼ける匂いを感じ取る。朝ご飯の匂いだと判断し、鞄を手に持ち部屋のドアを開け放った。素早い足取りで、廊下を行く。彼女の優れた嗅覚は、焼き魚は鯵だと匂いで判断した。階段を駆け下りて、リビングに駆け込んだ。
「お母さん!朝ご飯!」
「あら千古、おはよう。いつも言うけど、もう少しゆっくり来なさい?」
「おはよう!お母さん!朝ご飯!」
この時の私は、飯の前にした犬だったとお母さんが言っていた。少し溜息を吐いたお母さんは、焼いた鯵と卵焼きが乗ったお皿を持ってきた。それを机に向い合せになる様に置いた。その後、ご飯の入ったお茶碗とお茶の入ったコップを持ってきて席に着いた。
「いただきます!」
「いただきます。」
手を合わせて、合掌する。家のルールであり、マナーだ。まず手に取るのは、お茶碗だ。ご飯を一掬いし、口に含む。それをよく噛んで、飲み込む。それから、鯵や卵焼きに手を伸ばす。お父さんが決めたこのルールは、私もお母さんも破った事は無い。ただ、決めた本人はちょくちょく破っているもよう。だからと言って、何か思う訳じゃない。単身赴任先の食事は、手短な物ばかり食べているから仕方ないって思ってる。その事はお父さんも思っていたみたいで、私とお母さんに頭を下げて謝ってくれた。そんなことをしなくても許したと思うけどね。お父さんが守れなくなったこのルールだけど、私とお母さんは変わらず続けている。止めようかという話も出たけど、癖みたいに成っていて自然に行っていたから良いかなと続けている。前に田島君が聞いて来たけど、他所ではあんまり無いようなルールみたい。他所ではやって無いって聞いて、今では謎の特別感が沸いて続ける気になったんだよね。
「千古、頬にご飯粒が付いているわよ?」
「えっ、……取れた?」
右頬を指され、確かめると確かにそこには米粒らしき物があった。慌てて右頬を拭うように擦った。取れたと思える感じはしてはいるけど確かめでお母さんに聞くと、お母さんは微妙な顔でこちらを見ていた。
「あなたの手、何処か汚れているんじゃない?頬に付いているわよ。…ほら。」
「…あっ、付いてる。」
お母さんに鏡を渡され、見てみると茶色の物がついていた。手を確認して見ると、袖口の辺りに同じような物がついていた。これがさっき擦った時に付いたようだ。理由は分からないけど、とりあえず袖口を洗いに行った。幸いこびり付いている訳じゃなかったから、水洗いですぐに落ちていった。他の場所にも付いてないかを確かめて、机に座った。
「すぐに気づいて良かったかな?」
「そうね、制服に付いたら大変だったわね。」
「あー、そうだね。」
服の汚れは落ち難いから大変だよね。この制服に付いたら、クリーニングに持って行かないとだし。前にカレーが付いた時は、大騒ぎだったから余計にそう思うよ。
一段落したので、改めて食べ始めた。今度は、袖口に気を付けながらご飯を食べ進めた。魚の身を摘まんで、ご飯と一緒に食べる。魚の塩辛さにご飯の甘みが良い感じにマッチしていて、おいしくて箸がよく進む。魚とご飯の間に卵焼きを挟む事によって、卵焼きの甘さで魚の塩辛さが際立つのでさらに箸が進むようになる。しかしそれだけでは喉が渇いたりするので、お茶を卵焼きと魚の間に入れる事により万全の態勢で箸を進める事が出来る。この繰り返しが、食事を美味しく食べるコツだと思う。
おいしく、さらに気持ちよく食事するために、用意された品を用途に合わせて当てはめながら食事して行く。これが彼女を大食い選手権優勝に導いた食事法だった。最も、大食い選手権は一品を何食食べるかで競われる為、この食事法ではなく彼女の胃袋が導いたと言っても良いが。
「そろそろ、時間じゃない?」
「あっ、うん。そうだね、そろそろ行かなくちゃ。」
壁に掛けられた時計は、7時40分を指していた。学校までは、歩いて40分程なのでいつもは8時前に出るようにしている。自転車に乗れたらもっと早くなるけど。何故か自転車に乗ると、何かしらのトラブルに巻き込まれるのであまり乗る気になれない。バスなどの公共機関は、立地が悪いのか近くの駅だと学校まで行ってくれない。仕方ないので、徒歩で登校しているけど正直大変で困っている。住んでいる町の小学校や中学校は近くにあったから気にならなかったけど、高校は隣町だから交通の便が悪い事をまざまざと感じるようになった。町に言ってみた所で、私一人の為にバスを一路線作ってとも言えないのでどうしようかといつもはなしている。お父さんは引っ越しも検討しているみたい。引っ越しについては、してくれたら嬉しいけど無理してまでしなくて良いとは話している。お母さんとお父さんの職場はここからの方が近いのだから。私の意見も有り、とりあえずこの話は保留になった。何かしらの支障はあるかも知れないが、良い形で解決することを願っている。
7時50分、準備を整えてお母さんに行ってきますと言って家を出た。此処は住宅街だけど、車道と歩道はガードレールで仕切られている。此処の道は、町の中心に行く為に良く使われるので交通量がとても多い。その為、ガードレールなどで仕切らないと事故が起きる危険性が高いと判断され付けられたと聞いている。今も車道には多くの車が行きかっている。一方、歩道を歩く人は少ない。通勤ラッシュの時間だけど、この辺りの人はこの時間より凄く早いか凄く遅く家を出る人がほとんどだ。だから、この時間に人とすれ違う事はほとんど無い。混雑する事は無いけど、いつも少し寂しいものを感じていた。
学校に近づくにつれて、歩行者の数も増えて行き賑やかになって行く。何個かの集団を尻目に学校へ歩いて行く。もし、引っ越してこの近くになったらああいう集団の一員になれたかも知れない、そんな事を思ってしまう。そんな自分を厭わしく思いつつ、学校に向かう。しかし、賑やかな集団は目の付く様々な所にいて嫌でもそんな考えが浮かんでしまう。嫌になり走りだそうと足に力を入れようとした時、後方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「委員長、なにやっているんだ?」
「…田島君?…うんん、何もしてないよ?」
「そうか?…まあ、良いか。委員長、一緒に行こうぜ。」
「うん、良いよ。」
その後、礼ちゃんも合流して三人で教室に向かった。
一時間目と二時間目は、桂木先生の国語。先週出された課題の提出日でいそいそと取り出す人もいれば、嫌々取り出す人もいる。そんな皆の反応なんか気にもしないのか、早く出せと急かせる先生。私も今回の課題は上手く出来た気がしないから嫌々取り出していたけど、先生にぱっと回収されてしまった。周りを見ると、先生を見て嘆く人や机に伏せている人、開き直って堂々としている人など様々だった。田島君の方を見ると、首を横に振られた。田島君でも駄目だったようだ。礼ちゃんの方を見ると、こちらに手を振っていた。あれは、出来たのサイン?それとも、開き直り?色無君は、机に伏せていた。課題はやって来たのだろうか?
「…よし、全員の提出を確認した。次の時間に感想を書いて返却する。……では、授業に移る。教科書は56ページだ。」
桂木先生の授業はまず、本文を読ませてそこから読み取れる事をノートに書かせる。そして、何名かの代表生徒に読み取れた事を黒板に書かせる。そこに先生が読み取ったことを追加していき、それを生徒はノートに書きこんでいく。また、時系列が読み取れたらそれを表にして書いていく。この時間は、この様に進んでいく。
「では、先ほど読んで貰った所までで分かった所をノートに書きなさい。」
テストの時は、先生が書いた所を中心に生徒から出た解釈も出される事が有るため、この時間はなかなか大事な時間なのだ。此処で、自分の解釈が採用されればテストの時に解きやすくなるからだ。
「では、この場面で読み取れた事を書いて貰おうか。…安達、キミだ。」
「はい。」
選ばれた安達さんは、ノートを片手に黒板に向かった。その足取りは軽いものだった。安達さんの書いた事は、言い方は違うけど私も感じたことだった。ただの裏通りなのに、不思議と感じる視線。昨夜のうめき声から、続く怪現象。この物語は、表通りの明るい街並みの裏に広がる裏通りの暗い部分が主に書かれている。先生は、安達さんの解釈を見て自分の解釈を書き出した。それをノートに書き加えて行く。次の場面も同じように進めていった。
「では、次の時間は続きから始める。委員長。」
「はい。起立、礼。ありがとうございました。」
授業が終わり、教室は解放感に満ちていた。桂木先生の授業は頭をよく使うので、私も少し放心している。次は、移動教室なのでそろそろ行かないといけない。何とか、頭を切り替えて準備を始めた。
「おや?委員長、お疲れかい?」
「…礼ちゃん。あー、うん。疲れたよ。」
「大丈夫そうかい?」
「うん、大丈夫。礼ちゃんは、何か余裕そうだね。」
「いや、これでも疲れているよ。ただ、委員長を心配する位は疲れてもできるからね。」
礼ちゃんは、微笑みながらそう言う。礼ちゃんをよく見ると、少し朝見た時よりも疲れが見えていた。けれど、まるで疲れていないように接して来るから初めは気づかなかった。
「次は、音楽だったね。」
「うん、頑張ろう!」
「では、授業を終わります。」
「起立、礼。ありがとうございました。」
チャイムの音と同時に先生は、授業を切り上げた。これから多くの人が待ち望んだ、昼休憩が始まる。45分をどう過ごすかは、人それぞれだけど今日は教室を出ると皆同じ方向に向かって歩き出した。今日は昼休憩の時間に各クラス教室で、来週の運動会の色分けが発表されるのからだ。礼ちゃん達広報新聞部の皆は、情報網を駆使して全クラスの組別けを明日の新聞に載せるそうだ。だから、礼ちゃんや槇原ちゃんも授業が終わったらすぐに出ていった。
皆が教室に集まった頃、スピーカーからノイズが走ったような音が聞こえた。スピーカーに視線を動かすと、放送が始まった。
『これから、各クラスに色の付いた紙を配布します。係員が来ましたら、代表者は係員からクジ』の箱を出されるので一枚引いてください。そこに、色付きの紙が入っています。クジで引いた紙に付いている色が、そのクラスが所属する組になります。また、色ごとにこれからの動きが変わります。』
しばらくして、一人の男子生徒が入って来た。
「このクラスの代表者は、こちらに来てください。」
「はい。」
入って来たのは、さっきの放送で言われた係員の人だった。このクラスの代表者、学級委員長の私が該当する。男子生徒に近づくと、係の生徒はこちらを見て箱を差し出した。
「この中にから一枚お引きください。」
私は箱に手を入れて中を探った。二つ折りの紙がたくさん入っているのが、感触で分かった。ガサガサと軽く回して、一枚を掴んだ。箱から恐る恐る取り出すと、紙は紫色だった。それを係の生徒に見せた。
「では、普通科二年Bクラスは紫組に決定しました。」
係の生徒は、組の発表後すぐに教室を後にした。色が発表されてしばらくは、クラス中が色の話でいっぱいだった。広報新聞部が取材していた為か、賑やかだった。
『これから、明日の集合場所を言います。まず、赤組です。赤組は、体育館に集合してください。次に、青組です。青組は、第5音楽室に集合して下さい。次に、黄色組です。黄色組は、図書室に集合してください。次に、緑組です。緑組は、多目的ホールに集合して下さい。次に、紫組です。紫組は、総合準備室に集合して下さい。』
騒ぎかったクラスも放送が流れ始めると静かになった。私たちのクラスは紫なので、総合準備室に集合するようだ。総合準備室は、第4校舎に有る特別科目の準備室だ。第4校舎に教室を置く特別科目の資料が入っているため、とても広い部屋になっている。
「委員長、後方新聞部として質問いいかい?」
「いいよ、礼ちゃん。」
礼ちゃんの質問は、色が決まったがどう思っているかなどの質問だった。色は、別に何とも思っていなかった。一番はどこと一緒かだと思う。礼ちゃんは情報を集め中だって、他のクラスの事はまだわかっていないみたい。
放課後、クラスの皆は殆どが部活に行ったりしていて、教室に残っているのは私だけになった。ちょっと教室でゆっくりしたいと思って、ここに残っていた。窓を開けると、涼しい風が教室に入って来た。5月に入って、徐々に気温も上がってきている。寒いと感じていた風も涼しげに感じるようになって行く。季節の変わり目はもう近い、そう感じさせる。そんな事をぼんやりと考えていたからか、教室に入ってきている人物に気が付かなかった。
「委員長、何してんだ?」
「わっ!…なんだ、色無君か。びっくりさせないでよ、もう。」
「悪い、悪い。ちょっと、黄昏てる委員長が見えたもんでね。」
色無君の登場に、心臓が飛び出るかと思った。いたずら心が何か分からないけど、あまりして欲しくないな。
「色無君は何で教室に?」
「忘れ物だよ。」
色無君の手をよく見ると、ノートが見えた。
「いやー、いらないかな?とか思ってたいら、課題で必要だって気づいてね、取りに来たんだ。」
いつもの色無君の軽さに思わず笑みがこぼれた。いきなり笑みをこぼした私を色無君は不思議そうに見つめてくる。
「委員長どうしたんが?」
「うんん、何でもないよ。」
「じゃあ、帰ろうぜ!委員長、用事終わったんだろ?」
色無君は、私の手を引いて言う。
「えっ?」
「今日は部活無いんだろ?布枯が言ってたぞ。」
「えーと、確かに部活は無いけど。」
色無君の提案はうれしく感じた。朝の道を一人で帰るよりも誰かと一緒の方が良いに決まっている。けれど、なぜか申し訳なく感じる。なぜだろうか。
「…まあ、もう少しゆっくりしたいなら無理には言わないけど。」
「えっ?」
回答に困っていた私は色無君の言った事に、つい呆けてしまった。
「なんか、今日の委員長は疲れてると言うか、体調が悪い感じに見えたからな。」
「…」
言葉がでなかった。今日もいつもの通りに過ごしていたはずだった。そう言い切れるはずだった。けれど、隠せれて無かったみたい。色無君の言う通り、今日は朝から気分が良くは無かった。教室に残ったのは、少し休む目的もあった。
「神の奴も、心配してたぜ?」
「…そっか。」
田島君にも、心配をかけていたみたいだ。皆には心配かけないようにしてたのに、心配させるなんてね…。
「体調が悪いなら言ってくれてよかったんだぜ?」
「うん、ごめんね。」
出来るだけの笑顔で答えた。それに色無君も嬉しそうに頷いた。
「それで、どうする?」
「お願いするね。」
朝と同じ道を歩く、周りの風景に変化はない。しかし、今は隣に一緒に歩く友達がいる。それだけで、この道で朝とは違う事を思う。
「委員長、いつもこんなに遠くから来てたんだな。」
「…うん、隣町だからね。」
「隣町は遠いなぁ。」
何気ない会話をしながら歩く帰り道、それに嬉しさを感じる。
「…ふふっ♪」
「ん、どうした?」
「うんん、何でもないよ。」
夕暮れ時の帰り道、赤く染まった空は楽し気に話し合う二人を見ていた。