ボディーガードとは、武偵が引き受ける
この仕事をより効率の良いモノにするため、白雪にはオレとキンジの寮室には来てもらうこととなったのだった。部屋の中は先日の騒動でメチャクチャなままだが、元々が4人用の部屋ということもあって生活するには問題はなかった。それにアリアが修理費を出してくれたので、近い内に工事が入る予定でもある。
「……なあ」
「何よ」
「本当に
「――魔剣はいるわ」
そう言うアリアの顔は自信に溢れていた。
これっぽっちも疑っていない顔だ。
「それはホームズとしての勘、か?」
「そうよ!」
「……ふうん」
「アンタはどう思うの。やっぱり信じられない?」
自信満々な表情を少しだけ崩し、まるで縋るような顔のアリア。
どうやら根拠を論理的に説明できないことを気にしているらしい。
「オレはいると思うぜ。証拠はこれだ」
オレは制服の内ポケットから調査報告書を取り出す。
……そりゃあそうだよな。
あの綴が白雪を呼び出し、わざわざ忠告するからには絶対に理由があって然るべきだ。
「もしかしてアンタが調べたの?」
「いや、それは諜報科の先輩方が調べ上げた努力の結晶のようなもんだ。だから勝手に書き写してきた」
まあ、バレたら怒られるけどな!
人の手柄を勝手に横取りした挙げ句、先に利用しようとしてるんだから。
「……でもよくやったわ。アンタって意外と抜け目ないのね」
「まあ、他にも気になる点があったからな。覚えてるか? こないだの食堂で武藤と不知火が見た白雪の話」
「花占いがどうって話のこと?」
「それだ。あいつらが見た白雪が本物で、キンジが見た白雪の方が偽物だろう。多分だが魔剣が白雪に変装していたんだと思う。キンジをスルーしたのも声を出せばバレてしまうからだ」
ここまで状況が揃っちまえば、簡単に予想することができる。
「やっぱりアンタもやれば出来るんじゃない」
「これでも諜報科だしな」
そんな風にオレとアリアが話をしていると、キンジと白雪が部屋にやってきた。
「お、おお、おじゃまっ、しまーす……」
噛みまくってるが大丈夫か
別に初めて訪れたってわけじゃないんだから緊張しなくてもって思うが……
そんな白雪が濡れたようにツヤのある黒髪を揺らし、頭を深く下げてお辞儀をした。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくおねがいしますっ!」
「あのなあ……いまさら何を改まってんだよ」
「き、キンちゃんの家に住むって考えたら……き、キンちゃんしちゃってっ!」
なんだよキンちゃんしちゃってって。
何かいかがわしい言葉みたいになっちゃうだろ。
でもキンジじゃないがいまさら緊張ってのも変な話だな。
この部屋を滅茶苦茶にした時だってほぼ泊まっていたようなもんだし……
「あの、住むからにはきちんと炊事洗濯くらいはするね。それにこないだ散らかしちゃったのは、私だし」
あれは散らかしたってレベルの話じゃないと思うけどなー。
そんなことを言った白雪が、せっせと監視カメラや盗聴器を設置しているアリアを一瞬だけ睨み、
「ふふっ、
すぐさま普段通りの笑顔に戻った。
……うわあ。めっちゃこわい。
これが白雪ならぬ黒雪か。
大人しい女性ほど怒ると怖いってのは本当だな。白雪が大人しいかどうかは別として。
「……ピアノ線とかはやめろよ?」
キンジがぎょっとした顔を浮かべながら、そんなことを言う。
「ピアノ線? なんのこと?」
「いやなんでもない」
日本刀の次はピアノ線による
涼しい顔して本当にえげつないことしてんなー。
あまり修羅場には突っ込まないようにしよう。
武偵とはいえ、俺だって命は惜しいからな。
アリアが寮の一室を魔改造していく一方で、家事スキルの高い白雪は部屋の掃除をしていた。天井や壁や床にある無数の弾痕や刀傷を樹脂パテで綺麗に塞ぎ、汚れた床をワックスなどで磨き上げ、その上にふかふかのカーペットを敷いていく。ついでとばかりにオレとキンジの部屋まで掃除してくれたりとしているうちに3時間も経過していた。
無言で作業しているのもアレなので、キンジに話を振る。
「やっぱ白雪っていい奥さんになるよな。な、キンジ?」
「……なんで俺に振るんだ」
「お前以外の誰に振るんだよ」
やっぱり鈍感なキンジの言葉を聞きながら、白雪の私物である家具を配置する。
これぐらいはしなきゃな。男なわけだし。
大体の家具を置き終えたところに、あれ以降何もしていないアリアがやってきた。
「キンジ。そのタンスもきちんとチェックしなさいよ? 盗聴器やらが仕掛けられてるかも」
「これは白雪の私物だぞ」
「何かあったらどうするのよ」
「そういうのを疑心暗鬼って言うんだ」
……二人は顔を合わせると同時に言い合いを始めてしまった。
こいつら喧嘩しなきゃ気がすまないのかな。
「武偵憲章7条。悲観論で備え、楽観論で行動せよ、よ。あたしはこれからベランダに警戒線を張るんだから忙しいの。ちゃっちゃと調べときなさい。じゃないと風穴まつりよ!」
風穴まつりってなんだ。風穴まつりって。
仕方ないなあ……ここはオレがどうにかしてやるか。
「まあ待てよアリア」
「何よカイト。あんたもキンジと同じことを言うんじゃないでしょうね」
「タンスを調べるのには賛成だが、キンジがやるのはマズいだろ?」
「なんでよ」
……なんでってお前。
仮にも女子なんだから分かれよ。
これが理子なら確信犯なのだろうが……
「イギリスにだってセクハラ問題はあるだろ? 武偵だからってセクハラが容認されるわけじゃないんだ。相手はキンジの幼馴染で白雪だとはいえ、ここはやはり同性であるアリアが調べるべきじゃないか? ベランダのことはオレがやっておくからさ」
落ち着いた口調でオレが諭してやると、アリアは数秒ほど考えてから……
「……そうね。タンスは私が調べるわ」
アリアから工具箱を受け取ったオレはベランダの方へと向かう。
これ以上の罠は不要な気もするが、引き受けた仕事をサボったらアリアに何をされるかわからないので、仕方なくベランダに腰を下ろし、最低限の警戒線を張っていく。
(…………ん?)
遠くのマンションからこちらを監視している存在がいることに気が付いた。
チカチカと光っているのがその証明だ。
だが不思議なことにオレから見て太陽は正面にあり、向こうからは太陽が背後にあるため反射することはないだろう。じゃあなんで光っているんだ……?
そんな風に考えながら、監視者がいる方をじっと眺めていると……
――チカチカ。チカチカチカチカ。
と、何度も光り始めたことでようやく理解できた。
今のはモールス信号だ。
その内容は『味方』であることを告げる
……どうやらアリアはレキも雇っていたらしいな。
ベランダで作業しているのにも飽きてきたところだったので、こちらもモールス信号ならぬマバタキ信号を送ることで会話を試みることに。
『お前も呼ばれてたんだな』
『はい』
『今回も鷹の目か?』
『
そりゃそうか。
この時期はアドシアードで忙しい時期だもんな。
レキクラスになれば狙撃競技で世界記録を叩き出すことだって難しいことじゃないだろう。
なので、
『アドシアード頑張れよ』
それだけ送って交信を終了した。
向こうは光信号だが、こっちはマバタキ信号だ。長時間のやり取りは目が疲れちまう。
ドライアイにはなりたくないしな。
「さて、オレも頑張るか……」
◆ ◆ ◆
作業を終え、いつもは我が物顔でアリアがふんぞり返っている寝っ転がっていると、何やら良い匂いが漂ってきた。
この腹の虫を強烈に刺激するのは、白雪が作る料理だろう。それが食べられるというだけでもボディーガードの仕事を引き受けた甲斐があったってもんだ。
まあ残念なのは白雪とキンジが揃うと厄介事しか起こらないということか。それに加えて今年からはアリアも追加されたことで、波乱万丈な一年になるだろうことが容易に想像できちまうのが非常に残念なところか。
悪魔の囁きにも似た料理の誘惑に耐えていると、いつの間にか出掛けていたらしいキンジとアリアが帰ってきた。そのことに気が付いた白雪が玄関まで出迎えに行き、アリアに悪態をつきながらも部屋の仲に入ってきた。
――ようやくメシが食えるぜ。
美味しそうな料理の数々を前にして、食べることができないなんて一種の拷問だ。それに空腹が重なればなおさらのことで、オレはワクワクとしながら椅子に座る。
テーブルに乗っているのは、ほとんどが中華料理だ。
エビチャーハンにシュウマイ、酢豚と回鍋肉ときて餃子にミニラーメン。海老ワンタンスープもあるし、アワビのオイスターソース煮まで揃っている。まるで中華料理店に迷い込んでしまったかのような違和感さえ感じるほどだ。
それほどまでに白雪は本気で夕食を作ったということなのだろう。恐るべし白雪。
「た、食べて食べて。ぜーんぶキンちゃんのために用意したんだよ!」
いつもなら速攻で箸を運ぶんだが、キンジよりも早く食べたらクビを落とされかねないほど威圧を感じる。
いいからさっさと食べてくれ。オレが食えないだろっ
その思いが通じたのか、キンジは息を呑んでから酢豚を口へと運んでいく。
「おい、しい……ですか?」
「うまいよ」
というやり取りを見てから、オレも白雪の料理を口にした。
めっちゃ美味しい。この料理を毎日食べられるってんだからキンジが羨ましい。
オレにも甲斐甲斐しく世話をしてくれる幼馴染いねえかなあ……って幼馴染は急に出てきたりはしないから無理だけどな。
「で? どうしてあたしの席には何もないのかしら?」
こめかみをヒクつかせながら、慎ましやかな胸の前で腕組みしたアリアが言う。
確かにアリアの前には何も置かれていない。いや食器自体は置かれている。その上に何も乗っかっていないだけで。
「文句あるの? だったらボディーガードは解任します!」
これはひどい。
さすがに可哀想に思えてきたので、オレの料理を真横に座っているアリアの方へとスライドさせる。
「……食うか?」
そんなオレの提案にアリアは、ぐるるるるっ――と威圧の声を上げながらも料理を吸い込まんばかりの勢いで食していくのだった。