…………落ち着こう。
………………冷静に、落ち着いて。
……………………な、何だって?
いま、こいつなんて言った?
聞き間違えじゃなければ、『あたしのドレイになりなさい!』って言ったぞ。
いきなり部屋に押しかけて来たかと思えば、いきなりのドレイ宣言。
日本はいつから奴隷制度を採用したんだ……? アリア王国?
――ありえないだろ!
「ほら! さっさと飲み物を出しなさいよ! 無礼なヤツね!」
尊大な態度でソファーに腰を下ろしたアリアが、もう既にドレイを得たとばかりに命令してくる。
それには思わず、オレも――
「ら、ラジャー!」
まるで下僕のように返事を返してしまう。
いやいやいや? そうじゃないだろ! オレ!
「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内で用意しなさい!
…………は、はい? エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ? カンナ?
どこの言葉だよ、それ。そもそもこの部屋にエスプレッソマシンなんて上等な物を置いてるわけがないだろう。それぐらい貴族様なら部屋に足を踏み入れた段階で察してほしいぜ。
コーヒーを出さないことには、アリア様は満足してくれないっぽいので……仕方なくキッチンへ。
といっても、コーヒーなんて小洒落た物を作れる器具がそもそもない。
紅茶なら趣味で用意はしているが、イギリス人が紅茶を
……はあ、本気でどうしたもんかね?
◆ ◆ ◆
アリアが注文した1分という時間は当然ながら遵守できず、コーヒーを用意するのに5分も掛かってしまった。
「遅い! 何やってたのよ!」
オレが4分も遅れたことで大変お怒りの様子なので作りたてのコーヒーを差し出す。
すると、アリアはコーヒーカップに鼻を近付けてすんすんとさせる。
「これホントにコーヒー?」
「見ればわかるだろ?」
まあ、エスプレッソ・ルンゴでもなければエスプレッソ・ドッピオですらないコーヒーだけどな。
そんな上等な豆はエスプレッソマシンと同じで持っているわけがない。なので、キンジが買い溜めしていたインスタントコーヒーを入れてやった。
コーヒーだし問題ないだろ。仮に持ってたとしても面倒だからインスタントコーヒーで済ませただろうけど。
「キンジも飲むよな?」
「あ、ああ……」
キンジにもコーヒーを渡し、オレもその場でずずっとコーヒーをすする。
「ずず……何かヘンな味。ギリシャコーヒーにもちょっと似てる……んーでも違う!」
「そんなのどうでもいいだろ。そんなことよりも」
受け取ったコーヒーをすすりながら、キンジがソファを占拠するアリアに向かって指を突き付けながら、
「今朝助けてくれたことには感謝してる。それに……お前を怒らせるようなことを言ってしまったことも悪いと思ってる。だけどな、それがどうしてここに押しかけてくることになる」
アリアはキンジの発言が気に入らないのか、キロッ、と赤紫色の瞳を向けている。
「わかんないの?」
「分かるかよ」
「あんたならとっくにわかってると思ったのに。……うーん、そのうち思い当たるでしょ。まあいいわ」
まあいいわってお前なあ……目的ぐらい言ってくれよ。
「おなかすいた」
「は?」
「なにか食べ物ないの?」
「ねーよ」
「ないわけないでしょ。あんたら普段なに食べてんのよ」
「食い物なら下のコンビニで食ってる」
「こんびに……? ああ、あの小さなスーパーね。じゃあ、行きましょ」
「は?」
「は? じゃないわよバカね。食べ物を買いに行くのよ。夕食の時間でしょ」
あー、オレが蚊帳の外に……。
べ、別に寂しくなんてないんだけどね!
バカなこと考えてないでコンビニに行く準備するか。あいつらもコンビニに行くみたいな話をしてたし。
キンジとアリアが争っているのを他所にオレは自室へと戻り、制服を脱いで私服に着替える。
近くのコンビニに行くだけだが、また武偵殺しのような犯罪者に遭遇しないとも限らない。
なので、ユニクロ製の防弾シャツの上から灰色のパーカーを羽織り、しっかりとホルスターに二丁のストライクガンを収める。
とはいえ、防弾シャツは薄い生地で出来ているので、意外と9mm弾でも通してしまうのだが……進入角によっては弾いてくれるし、22口径弾程度なら普通に防ぐから気休め程度にはなる。
どうあれ被弾すれば衝撃を受けるので防弾服は重ね着をユニクロが推奨しているため、防弾シャツを着ている武偵はまだまだ少数らしい。
……まあ、オレは防弾でありながらラフな格好が出来るユニクロ製のシャツを愛用してるけどな。決してオシャレが苦手でユニクロに行ってるわけじゃないからな?
◆ ◆ ◆
コンビニではアリアがももまんを7個も買い、キンジはいつものハンバーグ弁当を。
オレはといえば、アリアが大量に買っていたももまんが気になったので、ももまん1個と味噌ラーメンに缶コーヒー。
ももまんとは一昔前にちょっとしたブームになった桃型のあんまんである。形がももまんだからなのか、アリアが幸せそうにももまんを食べているからなのかは不明だが……これがなかなかにうまい。
もしかして、餡が普通のあんまんとは違うのかもしれないな。
「ていうかな、ドレイってなんなんだよ。どういう意味だ」
「
「お、オレもか!?」
「当然に決まってるでしょ」
何が当然なんだよ。
「何言ってんだ。オレは
「オレもキンジと似たような理由でムリだ。ていうか、オレたちのことを嗅ぎ回ってたならわかると思うけどな、Bランク武偵とEランク武偵だぞこっちは」
Sランクの武偵に付いていけるワケがない。そんなのはアリアにだってわかりきってるはずだと思うんだけどな……。
「あたしにはキライな言葉が3つあるわ」
「人の話を聞けよ!」
「『ムリ』『疲れた』『面倒』よ。この3つは、人間の持つ無限の可能性を自ら狭めることになる良くない言葉。あたしの前では二度と言わないこと。いいわね?」
「面倒くせぇな……」
「い い わ ね ! 次言ったら風穴よ!」
「わ、わかったわかった」
「一回でいいわよ」
「わかりましたぁ!」
くっそ、本当に面倒くせぇヤツと出逢っちまったなあ!
「そうね――キンジはあたしと一緒の
オレのポジションはともかくとして、前衛は問答無用の危険なポジション。そんなのキンジが納得するわけない。オレも納得しないし。
だが、アリアにとってそんな些細なことはどうでもいいらしく……キンジの発言をスルーして話を進める。
「とにかく帰ってくれ。俺は朝の件で疲れたんだ」
「まあ、そのうちっていつだよ」
「キンジとカイトが
「もう夜だぞ。いい加減に帰れよ」
「帰ってほしいなら入りなさい。早くしないと、私には時間がないの。うんって頷かないなら――」
「誰も言わねーよ。なら? どうする? やってみろよ」
売り言葉に買い言葉。
まさに子供の喧嘩って感じだが、完全にアリアが九割方悪い。
オレたちに悪い部分があるとすれば、それは交渉スキルが低いことくらいだ。
「言わないなら、泊まっていくから」
「「はっ!?」」
――な、なんだって!?
「ま、まてまてっ! 泊まっていく? 本気で?」
「あたしはいつだって本気よ」
「絶対ダメに決まってるだろ!!」
男子寮だぞ!? ここは!
女子のお前が泊まったら教務科の連中に何を言われるかわかんねーぞ!
流石にそんな事態は避けたい.というか避けないとヤバい。主にオレたちの命的に。
「うるさい! 泊まっていくって言ったら泊まっていくから! 長期戦になることも覚悟済みよ!」
などと、まるで子供のような癇癪を起こす始末で……
だーめだこりゃ。アリア相手に話し合いをしようって方が無茶だったんだ。
「――出てけ!」
……言っておくが、これはオレのセリフではない。
かといってキンジのセリフでもない。
じゃあ、誰かって? そんなのアリアしかいないだろ。
…………いや、それはおかしいだろ。
この部屋はオレたちの部屋だぞ!
「なんで俺たちが出ていかなきゃならねーんだ! ここはお前の部屋じゃないぞ!」
「わからず屋にはおしおきよ! 外で頭を冷やしてきなさい! そしてしばらく戻ってくるな!」
今度はガバメントではなく、両手拳を振り上げながら「きぃーっ!」という感じで牽制してくるのだった。
どういう理由か、オレたちは侵入者のアリアに部屋を追い出されてしまった。
解せぬ……
さっきも弁当を買うためにきたコンビニでマンガ雑誌の立ち読みをしながら、オレは
すると、数秒もしないうちに返事が帰ってきた。内容は件名に『わかりました』とだけ書かれた簡素なもの。いかにもあいつらしいメールだ。
「キンジ」
「なんだよ」
「オレはこれから知人の家に泊まってこようと思うんだが……」
「お、俺をあの猛獣がいる家に置いていくのかよっ!?」
「じゃあお前も来るか? 女子だけど」
「…………や、やめとくよ」
そう言うと思った。
キンジなら女って言っただけで断ってくれると思った。
「お前も誰かの部屋に泊めてもらえばいいんじゃね?」
「誰にだよ……こんな時間から泊めてくれるやつなんて心当たりはねーよ」
「不知火とかはどうだ? あいつなら泊めてくれそうだが……あとは武藤とか」
「……勝手にいなくなったらアリアが何するかわからないし、それもやめとく」
あー、その考えはなかった。
オレも普通に帰った方がいいかな? でも面倒だからなあ……。
「ま、オレのことは適当に伝えておいてくれよ。間違っても女の所に言ったとか言うんじゃねーぞ?
「わかった。また明日な」
「……幸運を祈る」
キンジがとぼとぼと帰っていく後ろ姿を見送ってから、オレは避難先の家に向かうのだった。
「……手土産にカロリーメイトでも買ってくか」
ちなみに私はカロリーメイトはフルーツ味が好きです。
次にメイプルですかね?
カロリーメイトで察した方もいるかもしれませんが、カイトの避難場所はあの武偵のところです!