乙女の園の武術譚   作:高嶋ぽんず

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その壱

 剣術は、一寸五分の見切りにあり、といいいます。

 これはもちろん、剣術に限った話ではなく、槍術、薙刀術など、ほとんどあらゆる武術でいえることだと思えます。

 なにしろ、椿島女学院の昼休み、広い敷地の中に点在する薔薇に囲まれた中庭で、徒手空拳で白刃を晒した薙刀を相対して、セーラー服の布一枚を切り裂かれながらも無事でいられているのだから、まさしくそのとおりだと言えました。

「流石な、芳美(よしみ)。オレの薙刀を無手でかわし続けるとは」

 頭が血の色に染まっていそうな、歯をむき出しにした笑顔――あまり笑ってるようには見えないのですが――を浮かべながら、右目に眼帯をつけたポニーテールの女の子が薙刀を下段にに構えなおし、私を睨みつけています。

 数分にわたって薙刀を振り回したのに、姿勢はまるで杉のようです。頬を仄かに赤く染めるばかりで、烏の濡れ羽色をした御髪はいささかも乱れることを知りません。

 むしろ、私のほうが汗を流して息を荒くしているぐらいです。

 いくら無手で薙刀と相対してるとはいえ、これはいささか屈辱ですね。

「春(はる)さん、人の制服をこんなに散り散りに斬っておいて何を言ってるのですか」

 私の問いかけを無視して姿勢をほとんど乱さずに、ふひゅん、と薙刀を逆風に切り上げ私を股間から真っ二つにしようとします。体の軸を揺らすことなく、流れるように前に出て。ただ腰までもある御髪を一つ波打たせるだけでした。

 ですが、私は後ろに下がり、またも紙一重でそれをよけます。

 はらり、と前髪が何本か落ちて、汗がにじんだ私の頬に張り付きました。スカートの一部とセーラー服が裂けてぺろ、と向けるように胸の部分が縦に切られ、さらしで締め付けられた胸がさらされてしまいます。

 だけど私は肌を露出したことは気にしません。

 なにしろここは興武を推奨されてるとはいえども、女子学園。

 殿方は幾人かいらっしゃる教諭だけですが、今私達二人がいるこの中庭は、女子学園の中でも殿方の禁足が定められた場所なのですから。

 まぁ、前髪を切り落としたのは許しませんが。

「ははっ! お前が学園の中で一番強暴で残忍だってのは先刻ご承知なんだ! もう一つの徳川御留流、もっと見せてくれよぉっ!」

 大上段に構えなおし、空気を切り裂くような声を上げつつ、私を唐竹割りにしようと切りかかってきます。

「ふっ!」

 私の体はその初動を感じるや否や勝手に呼気を一つ吐き出すと前倒れになって春さんの懐に潜り込み、振り下ろされる薙刀の柄を掴みます。そしてそのまま春さんを逆手によじってそのまま自分の足元に投げ倒し。

「これで仕舞いですね、春さん」

 私はそう告げると、薙刀の柄を踏みつけて握った手が柄を離せないよう地面に押し付け、そのままのど元に手を当てます。これで、いつでもお前を殺せるぞ、という意思表示です。

 それにしても、ようやく彼女の髪の毛を乱すことができました。私だけ髪の毛のセットをし直すのは承服できませんからね。

「御納得していただけましたか?」

 春さんににっこりと微笑んで、降伏を促します。

 前髪の恨みがあります。このまま腕の骨あたりを挫いて全治数ヶ月の怪我を負わせてもいいのですが、さすがに前髪程度でそれでは風聞によくありません。

 春さんは、私の顔を見て喉を一つ動かし、左目を見開いて驚いています。はて、どうしてそんなに驚くのでしょう。

「た、ただの無刀取りじゃねぇか。それが名無しの御留流かよ」

 若干上ずった声ですね。喉を押さえてるからでしょうか。

「ええ、ただの無刀取りで、これが江戸徳川第三の御留流です。幽霊の正体見たり枯れ雄花というではありませんか。こんなものですよ、真実は」

 肩をすくめて答えると、薙刀から足を離して春さんを解放してあげました。

「それから、私は残忍なのではありません。あなたのようなはねっかえりが突っかかってくるから、やむを得ず火の粉を払っているだけなのです。失礼なことを言わないでくださいまし」

 そう言って、私はいいように切り苛まれたセーラー服を脱ぐと、中庭の片隅においてあったカバンからジャージを取り出して着用します。ナイロンのさらさらとした肌触りが気持ちいいですね。

「そんなやつがこのオレを組み伏せるものか」

 春さんは、苦虫を噛み潰したように渋い顔つきで立ち上がりながら言ってきますが、私はまたやれやれと肩をすくめます。

「言わせてもらいますけど、春さん。あなた、剥き身の刃で斬りつけてきて罪の意識のかけらもないんですか? 万が一私が死んだらどうするつもりだったんですか。何も考えずに殺しにきた人を無傷で取り押さえただけで、私は十分に思いやりがあって優しいと思うのですけどね」

 言われてから、春さんははたと自分がしでかしたことに気がついたようです。立ち合いのときの殺気はどこへやら、すっかり毒が抜けた顔で、

「あ……いや、これは芳美なら大丈夫だと思って、なにも考えずについ」

「あなた、つい、で人を殺そうとしたんですか?」

 私は声を荒げて問いかけます。

 流石にそれは聞き逃すことはできません。

「その……すまん」

 拝むように両手を合わせて謝罪をする春さん。

 心底呆れてしまい、ため息をつきました。

 怒る気力も消え失せました。

「もう。仕合を望むのはかまいませんけど、せめて竹刀にしてください。これでは制服どころか服がもちません」

 それを聞いた春さんは、またも自分が気づいてなかった事実を突きつけられて、うなだれてしまいます。

 あの……粗忽というにすぎるのではないのですか?

「でも安心しました。いくらこの学園が興武を旨としてるとはいえ、腕前はたいしたことがない人しかいないのでは、と思ってたのです。春さんぐらいの腕前の方がおられるのなら、これから起こる騒動にも、十分に対応できると思います」

 私は、ひとしきり満足しました。

「騒動?」

「ええ、私の流派は、徳川本家以外に、徳川御三家にも師範として仕えてきました。水戸、紀州、尾張です。あとしばらくすると、この三家それぞれの皆伝の兵法者も、私と同じくこの学校に転校してきます。ある方を守るために」

「ある方? 誰だそりゃ」

「ふふ、それは内緒です」

 私は、そう言ってくすくす笑う。

 これからしばらくは楽しくなりそう。




おとボク武芸帳なるものを書こうと考えて、キャラを定着させるために書いた筆慣らしです。
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