走る、走る、走る。
紅く染まり始めた夕空の下、あいつを、珠代を探して走り続ける。
「はぁっ、はぁっ、はぁーっ……」
息が苦しい。
普段から運動しないせいだろう、走れどもすぐに息が切れる。
それに、足も痛い。
……けど、そんな泣き言は言ってられない。
俺はあいつに、酷いことを言ってしまったのだから。
「はぁっ、あいつ、どこに、いるんだ、くそっ」
足がふらふらしてきたが、気にしない。
そんな事気にしてたら、あいつを見失ってしまう。猫はすばしっこいからな。
手当り次第に走り回る。
モール、公園、商店街、駅前…。
とにかく、めぼしい所は走って走って走り回った。
……けど、珠代はどこにもいなかった。
「くそっ、なんで、どこにも、いねーんだよ…」
息が上がりっぱなしだ。
胸が苦しい。苦しくてたまらない。
だけど。
「次だ、次…!」
あいつを見つけるまでは、止まれない…!!
***
走り始めてからどれ位が経っただろう。
もう日は沈みきり、暗い夜の闇に包まれている。
探しても探しても見つからないあいつ。
そいつをとうとう、見つけたのだ。
「………ケンタ、どうして来たの?」
「決まってる、はぁっ、お前が、心配だからだ、よっ」
場所は、あの雨の日に、俺と珠代…もといタマヨが初めて出会った道だった。
「……心配とか、本当はしてないんでしょ?」
「んなことねぇ!信じられないかもしれねぇが、心配してた、ずっと!」
「…そんなの、信じられると思う?」
「うっ…そ、それは…」
珠代が、俺の言うことを否定してくる。
なんでだ、どうして俺の言う事をわかってくれない?
心配してたんだ、お前に会いたいって思ってたんだ。
なのに、どうして?
「……ね、ケンタ。ちょっとだけ、昔話をしてあげる」
「え?昔話…?」
「うん、それはね。ある一匹の猫のお話…」
***
ある所に、ある一匹の猫がいました。
その猫は名前もなく、愛されることもなく、そのまま捨てられてしまいました。
捨てられてから数日。
天気は雨だし、お腹はペコペコで、もう倒れてしまいそう。そんな時でした。
ある1人の人間が、助けてくれたのです。
その人はご飯をくれた。
その人はシャワーを浴びさせてくれた。
その人は、自分を可愛がってくれた。
たった数時間でも。
それだけでも、その猫には、たまらなく嬉しくて。
その猫は、その人とは別れてしまったけど。
その人に恩返しがしたい。その人の役に立ちたい。
ーーその人と、愛し合いたい。
そう、思ったのです。
けれど、自分は猫。あの人は人間。そもそも愛し合う以前に、言葉を交わすことすらできません。
ああ神様、願わくば私を、人の姿にしてはくれませんか。
猫がそう強く願うと、目の前が一瞬光り…
ーー気がつくと、自分は人の、少女の姿になっていたのでした。
なんという奇跡。なんという僥倖。
神の気まぐれか悪戯か。物理も何もあったものでは無いでしょう。
でも、そんな事はどうでもいいのです。
猫、もとい彼女は、これであの人と話せる。触れ合える。それだけでもう嬉しくて嬉しくて堪らなかったのです。
そして次の日。彼女は、愛しのあの人の元へ向かったのでした…
***
「………それって」
「…うん、私のこと。
嬉しかったの。こうやって、人の姿になれて。あなたと話ができるから。あなたと触れ合うことができるから。
…けど、あなたはそれを拒絶した」
「…っ!!」
嬉しそうに話していた彼女の顔が、悲愴に染まる。
…ああ、俺はなんて酷いことをしてしまったんだ…。
「あなたは言った。私が嫌いだって。
あなたは言った。私なんて鬱陶しいって。
……だから、私はもう、あなたの前には現れないつもり」
「…っ、待ってくれ!俺の話を…!」
「聞きたくない!!」
彼女が大きな声を上げる。
…完全に拒絶されてしまっている。これでは話をする余地もない。
「……もう、話すことなんて無いでしょ?じゃあ…さようなら。もう、会うことはないと思う」
そう言って彼女は背を向け、立ち去ろうとする。
彼女の背中からは、話しかけるな、と言わんばかりのオーラが出ているような気がする。
…とても、話しかけづらい。
…でも、ここで黙っているわけには、いかない。いかないんだ。
「……珠代!」
「…何?」
「明後日、この近くの寺でお祭りがあるんだ!その時、夜の7時に、寺の境内の裏手で待ってる!話したいことがあるんだ!大事な事なんだ!
…頼む!」
「…………」
彼女は答えない。
そして、俺の言葉に答えることなく、そのまま彼女は、闇の中へ去っていった。
***
その夜。
俺は部屋のベッドに寝転がりながらスマホを見ていた。
すると、ラインの着信。
どうやら祐介からのようだ。
『どうだ、言えたか?』
「……言えてるわけ、ないじゃん」
あれだけ拒絶されていたのだ、そんな状況で「愛してる」だなんて言えるほど、俺の精神は図太くない。
『なんだ、ヘタレかよー』
「……うっせー。人の気持ちも知らねーくせによー…」
デリカシーを知らんのかこいつは。
『すまんすまんw
で、予防策は張っといたか?』
「予防策?…ああ、夏祭りのことか。一応誘っといたぞ…っと」
『ナイスゥ(建前)ナイスゥ(本音)』
「…おっ、そうだな」
やはりこいつのノリは楽しいな、まったく。
『ま、今の状況がどうなのかはよくわかんねーけどよ。ここまで来たら当たって砕けろ、だ。頑張れよ!』
「おう、頑張るぜ。…それと、砕けたら意味なくね…?(笑)」
『それもそうかw』
…やっぱ、こいつ頼りになるわ。ホントに。
スマホをスリープモードにして、タオルケットを被る。
「……待ってろよ珠代、俺の気持ち、全部真正面からぶつけて、顔真っ赤にさせてやっからよ…!」
そんな覚悟をして、その日は眠りについた。
そして、運命の日がやってくるーー。