二人は果たして、無事にお泊まりを終えることができるでしょうか?
10/12〜誤字報告ありがとうございます!
大きな声でちんぷんかんぷんな事をおっしゃった姉様は、それ以降、僕を膝の上へと載せるとニコニコと満面の笑みを浮かべている。ギュッと抱きしめては、スリスリと頬を擦り付けてくるのが擽ったく、僕は身をよじる。だが、強く抱きしめられた両腕のせいで、僕は思ったように動かずに、姉様のなすがままになっていた。
そんなご機嫌な姉様へとマリねぇがため息混じりに聞いてくる。それは、僕のことであった。
「それで切歌。歌兎はどうするの?もちろん、私たちが見るのよね?」
「そうだね。歌兎ちゃんの家は私たちのところだし、他のみんなに迷惑はかけらーー」
マリねぇのセリフにセレねぇが頷き、勝手に話が進んでいく。だが、それを聞いていた姉様の少し垂れ目な瞳が一瞬修羅のようになる。それに驚く僕の方は見ずに、姉様は真っ直ぐにマリねぇとセレねぇを見つめる。
姉様のトレードマークとなっている“デス”口調も消えたマジ口調で淡々と二人をディスる姉様に、シラねぇと周りのお姉ちゃん達はぽかーんとしていた。そして、ディスられた二人は涙目になって、姉様へと抗議していた。
「マリアは今までの行いから信用出来ないので却下。絶対、あたしがいない間に歌兎へと鬼畜な事をしでかすに決まってる。大体、歌兎に料理を教える腕がマリアには無い。なのに、歌兎に料理や他のことを教えようなんてちゃんちゃらおかしい」
「ちょっと、切歌。それは流石に言い過ぎよ!私だって、料理くらい作れるわ」
「…ふっ」
「なによ、その深み笑いは!私だって出来るんだから…本当なんだから…」
「そして、セレナ。あなたもあなただよ」
「へ?」
「あなたの人生は流されてばかりだ。どうせ、今回もマリアに流されるに決まってる。そんなセレナには歌兎は預けられない」
「ちょっと暁さん、それは言い過ぎたよ!私の人生まで否定するなんて!」
抗議してくるカデンツァヴナ・イヴ姉妹が周りで騒いでいるにもかかわらず、姉様は真剣な表情でブツブツと独り言を呟いている。そんな姉様が怖く、僕は姉様の隣に立っているシラねぇへと視線を向ける。
「こんな二人は例外。クリス先輩も例外。あの人こそ、歌兎になにをしでかすかわからない」
「…シラねぇ。今の姉様、怖い。すごく怖いんだけど」
「奇遇だね、歌兎。私も怖いよ。こんなに真面目な切ちゃん、初めて見たかも」
「…そう言われるとそうだね」
僕とシラねぇは密かに思う。
この集中力をもっと他のことへと向けてくれたならば、他の人はもっと助かるのに…と。
そして、暫し、ブツブツ呟きていた姉様は突然、前を向くと僕を連れてある人のところまで歩いていく。その人の前に来ると、頭を下げる。
「翼さん。あした、歌兎のことお願い出来ないデスか?」
「私か?別に構わないが…マリアたちはいいのか?」
青い髪を揺らして、マリねぇとセレねぇのいるところへと視線を向ける翼お姉ちゃんにねぇやたちは頷く。
「えぇ、大丈夫よ。そうしないと、この子がまた駄々をこねそうだし」
「私からも歌兎のことよろしくお願い、翼」
「うむ。マリアたちがそこまで言うのであらば、この剣。責任持って、歌兎を預ろう。そして、無事に歌兎を切歌へと返すことを誓う」
「はいデス、翼さん。歌兎のことよろしくお願いします」
「…お願いします、翼お姉ちゃん」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞ、歌兎」
自信満々に胸をはる翼お姉ちゃんを側から見ていたクリスお姉ちゃんと響師匠がポツンと呟く。
「…おい、本当に先輩で大丈夫とおもうか?」
「…んー、大丈夫なんじゃないかな。ほら、翼さん自信満々だし!きっと、大丈夫だよ」
「…はぁ…、お前もあそこにいるやつもお気楽だな」
クリスお姉ちゃんだけ、このお泊まり会に不安を感じていた……
◆◇◆◇◆
今朝の今朝まで、僕にベッタベタだった姉様は泣きそうな顔をしながらもシラねぇの手を握り、愛用している黄緑色のショルダーバッグを担ぐ。そんな姉様の手を握っているシラねぇは桃色の手提げカバンを持つと、二人揃って振り返ってくる。
「うぅ…これで最後になるのデスね…」
「暁さんは大袈裟だよ。たった1日でこれなら、三日とかになるとどうなるんだろ?」
「明後日には会えるのだから、その為に歌兎は翼のところに泊まりに行くのでしょう。あなたたちも楽しんできなさい」
「セレナとマリアには、あたしのこの気持ちはわからないのデスよ!うぅ…歌兎ぅ…」
マリねぇとセレねぇの言葉にむくれた姉様が僕へと抱きついてくる。そんな姉様を受け入れながら、僕はゆっくりとシラねぇへと姉様を引き渡す。
「…姉様。僕なら大丈夫だよ。だから、シラねぇと楽しんで来て」
「…うっ…分かったのデスよ。歌兎も翼さんに迷惑かけちゃダメデスよ」
「…ん。任せて、翼お姉ちゃんには迷惑かけない。姉様たちが帰ってくるまでいい子にしてる」
「うん、約束デス」
姉様とゆびきりげんまんをした僕へと、まだまだ何が言いたそうな姉様の首根っこを掴んだシラねぇがずるずると姉様を引きずって、ずんずんと歩いていく。対する姉様は来ている服が首にしまって、苦しそうであったが…。
「そろそろ時間になる、切ちゃん。マリア、セレナ、歌兎、いってきます。切ちゃん、行くよ」
「わわっ!?調、いきなり引っ張ったらこけるデスよ!?こけるっ、こけるデスっ!あと、首が絞まって苦し…」
セレねぇと共にバイバイする僕たちへと、シラねぇと姉様がバイバイしてくれる。そんな二人へとマリねぇがお母さんみたいな発言をすると、セレねぇがそれをからかう。
「いってらっしゃい。月読さん、暁さん」
「泊まる人に迷惑をかけちゃダメよ。あと、調はちゃんとは歯磨きして…それから、切歌は…」
「姉さん、本当にお母さんになったよね」
「なっ!?セレナ。私、まだそんなに歳じゃないわよ!それにあなたまでそんな事を言うの!」
「歌兎ちゃんもそう思うよね」
「…ん、マリねぇは僕たちのお母さん」
「歌兎まで…そんな事を…。私、そんなに老けてるのかしら…?」
僕の発言にがくっと膝をつくマリねぇ。セレねぇはからかいすぎと思ったのか、マリねぇへと謝罪している。そんな二人から視線を逸らして、遠ざかっていく姉様の背中を見ているとあることを言うのを忘れていたことを思い出し、僕は駆け足で二人を追いかける。
一方、シラねぇに手を引かれている姉様はチラチラと後ろを振り返っては、寂しさと心配で顔を歪める。そんな姉様へとシラねぇが優しく話しかける。
「…うぅ…歌兎が遠くなってくデス…」
「そんな顔しないで、切ちゃん。これは歌兎に対して大事な事なんだよ。そろそろ、姉離れしないと…、このままじゃあ歌兎の為にならない。それに当てはまるのは切ちゃんもだよ。切ちゃんがいつまでもそうだと、歌兎も成長できない」
「そうデスが…調…。歌兎は普通の身体じゃないんデス…。いつ、ミョルニルが歌兎に牙を剥くかと思うと…あたしは…」
「うん、分かるよ。切ちゃんの気持ち。私も歌兎の事は心配だよ。本当なら、このお泊まりをやめて、あの子のそばに居てあげたい。でも、それはダメなの、あの子の将来のためにならない。だから、ここは心を鬼にするべき」
「うん…分かってるデス…。これも歌兎の為デス、心を鬼さんにするデスよ!」
「うん、そのいきだよ、切ちゃん」
繋いでいた手をさらにギュッと強く繋ぐと、二人の足取りが軽くなる。二人がどんどんとマンションから離れていく中、姉様は何を思ったのか、突然シラねぇへと抱きつく。じゃれついてくる姉様にシラねぇも嬉しそうな、困惑してるような表情を浮かべる。
「デスが、やっぱり、調は優しいのデス!そんな調があたしは大好きデスよ!」
「きゃあっ!?切ちゃん、歩きづらいよ。そんなに抱きつかれると」
「いいんデスよ。歌兎が側に居ない間、あたしは調といちゃいちゃするのデス」
「…いちゃいちゃするの?姉様。シラねぇと」
「はいするデス!…ん?」
僕の質問に元気よく答えた姉様は、不思議そう表情を浮かべると後ろを振り返ってくる。そして、真後ろにいる僕を見て、シラねぇと同期(シンクロ)した動きで飛び退くと上ずった声を上げる。それを聞いて、首を傾げる僕。
「…?」
「なぜ、歌兎が」「ここにいるデス!?」
「…そんなに驚いてどうしたの?姉様、シラねぇ」
「なんでも」「ないデスよ、歌兎」
「…?」
何故か、二人が顔を赤くしているのがまだ分からないが、僕は要件を言う。それを聞いた姉様は目を見開く。
「それで歌兎。どうしたデスか?」」
「…姉様に言う事を忘れて」
「あたしにデス?」
「…姉様。はっぴー」
「!! にゃっぴー」
「…頑張る」
「デデデース!」
「…魔法の言葉。姉様、シラねぇ、気をつけていってらっしゃい」
僕は背伸びして、姉様とシラねぇへとキスを落とすとバイバイする。それに嬉しそうに手を振る姉様、その隣にいるシラねぇへともう一度頭を下げる。
「えへへ…、じゃあ、行ってくるデス」
「…ん、いってらっしゃい、姉様。シラねぇ、姉様の事、よろしくお願いします」
「うん。歌兎も気をつけてね」
その後、姉様たちは無事に友達の家へと到着したらしい。僕も愛用してる花青緑色のリュックへとお泊まりの時に着るパジャマやらを入れると、マリねぇとセレねぇに連れられて、翼お姉ちゃんのマンションへと向かう。
ピンポーンとチャイムを押すと中から翼お姉ちゃんが出てくる。そして、マリねぇとセレねぇは翼お姉ちゃんへともう一度、頭を下げると自分のマンションへと帰っていったのだった…
と、かなり駆け足気味の前日と当日ですが…次回こそがこの話の本番ですので、お楽しみにm(__)m