磯野、野球しようぜ   作:草野球児

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スコアボードの時計が12時を指した。

「集合!」

審判の一声に呼応し、グラウンドへと駆け出す。
甲子園球場を埋め尽くした大観衆が立ち上がり、決勝戦を戦う両校の選手に惜しみない拍手を送る。
8月25日。甲子園球場。全国高校野球選手権大会、決勝戦。

ホームベースを挟んで対戦校と向かい合う。奇しくも「あいつ」と正面で向き合う形になった。

「久しぶりだな、5年ぶりか」

「あいつ」は大一番の試合前だというのに、平然と話しかけてきた。
昔から変わらず、スポーツをするには明らかに不向きな丸縁のメガネ。その奥にある表情は読み取ることができない。

唯一無二永遠の親友、中島。
いや、高校野球史上最高のスラッガー、中島(なかじま)(ひろし)

「磯野、野球しようぜ」

決勝戦のサイレンが高々と鳴り響いた。


1話 晩夏のプレイボール

 俺達『あさひが丘高校』は先攻。

 挨拶を終えるとベンチへと切り返し、対する中島ら『横浜港洋学園』の選手は守備位置へと散っていった。

 

 それだけでも球場中から大きな歓声が起こった。

 中島の名前がアナウンスされると、その歓声は一段と大きくなった。

 

 この決勝戦にはこれまでに類を見ないほどの注目が集まっている。

 その理由としてまず、両校とも初出場でのいきなり決勝戦進出であるということ。「どちらが勝っても初出場初優勝の大快挙」。そのインパクトは大きい。

 

 そして、その両校の快進撃を率いたのは二人のヒーローの活躍によるものであるということ。

 まず、神奈川代表・横浜港洋学園。四番キャッチャー中島弘。

 天才的なバッティングセンスでホームランを量産。県内で中堅校としてくすぶっていた同校の甲子園出場を叶えた。甲子園でも決勝戦までに5本のアーチを描き「高校野球史上最強打者」との呼び声も高い。

 

 そして対する東東京代表・都立あさひが丘高校。この無名の公立校を激戦区東京から甲子園へと導いた原動力は、エースで四番の俺、磯野カツオ。

 150km/hを超える直球とスライダーで押し切る本格派。夏の甲子園史上初の完全試合を達成し、俺自身も「甲子園史上最高投手」との評価を受けている。

 

 つまり、この決勝は俺「磯野カツオ」対「中島弘」の対戦と言っても過言ではないのだ。

 

 

 規定の投球練習が終わり、あさひが丘高校の先頭打者が左打席に入ってバットを一度大きく回して構えた。

 球審の右手が挙がる。

 

「プレーボール!」

 

 高校最後の夏。最後の試合が始まった。

 

 キィン!

 

 初球から金属音が響き、痛烈な打球がセンター前へ。

 センター前ヒット。

 一塁側のアルプススタンドが湧き、ブラスバンドのファンファーレが奏でられる。

 

 横浜港洋学園は、中島を筆頭とした強力打線に比べれば投手陣は劣る。そこにつけ入ることができれば充分勝機はある。

 

 その勢いに乗り、出塁したばかりのランナーが完璧なスタートを切った。

 決まった。

 

 そう思った瞬間、セカンドへ矢なような送球が飛んだ。

「アウトー!」

 俊足の走者ではあったが余裕を持ってタッチアウト。

 守備も超一流の中島に、いきなりのカウンターパンチを食らわされた。

 

 中島はというと、ビッグプレーをしてみせたというのに冷静にアウトカウントを確認している。

 暫く会わないうちに可愛げのない奴になったものだ。

 

 続く二番打者はスライダーを引っかけてピッチャーゴロに打ち取られると、三番はスローカーブで三振に切って取られた。これでスリーアウト。

 緩急を巧みに使った頭脳的な配球にしてやられた形だ。

 

 まぁ、それでも気落ちすることはない。まだ一回表、高校最後の試合なんだ、しっかりと楽しもう。

 




◇甲子園決勝
     一二三 四五六 七八九 計
あさひ丘 0           0
横浜港洋             0

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