テイルズオブザワールドレディアントマイソロジー3~風の青年と輝きの物語~ 作:カイナ
「は、ははっ……あっははははははは!!!」
アブソール霊峰の山奥にそんな笑い声が響く。相手を心から嘲るようなその笑い声の主――サレは嘲笑の顔のまま、目の前で動揺を隠せずにいるヴェイグを一瞥する。
「どうだいヴェイグ!? 仲間同士が殺し合い、仲間が仲間を殺す光景は!? 所詮絆なんて、人の心なんてそんなものなんだよ!!」
サレが嘲笑するのはヴェイグのアドリビトムの仲間であるカイが同じくアドリビトムの仲間であったゼロスを殺したこと。
「っ……違う!」
ヴェイグはサレの叫びに一瞬声を詰まらせる。だが、次の瞬間詰まっていた声が吐き出され、鋭い大剣の一閃がサレを襲う。
「おっと!?」
「カイの事だ、上手く手加減をしたはず……すぐに連れていけばまだ命は助かるはずだ……」
「ふふふ……なら、やってみなよ!」
ヴェイグの強い反論にサレはしかし笑いながらそう答え、剣を構え直す。自分の心臓を狙うように切っ先を向けてくるサレを睨みつけ、ヴェイグも大剣を正眼の構えに取り直した。
「あ……ぁ……」
赤く染まった雪、そこに倒れるゼロスとそれを彼の隣で見下ろすように立ち尽くすカイ。カノンノはその光景を見て呆然としていた。カイがゼロスを殺した。その現実を信じられないように彼女は震える。
「う、ううん、でも……助けなきゃ……」
しかし震えながらも彼女は歩き出す。ダメージによって身体は重いがまだ回復魔術を使うくらいは出来るはずだ。そう思って彼女はゼロスの方に駆け寄ろうとする。
「来るな、カノンノ!」
「!?」
だがその時カイからそんな鋭い声が飛び、カノンノはびくりと震えると足を止める。
「来ても……無駄だ」
彼は冷たいまでの口調でそうカノンノに言う。来ても無駄、それの意味する言葉を考え、一つの結論に至ると彼女は信じられないというような表情でがくんと膝をつき、地面に座り込んでしまっていた。
「幻龍斬!!」
鋭く突進、斬り下げのフェイントを入れて思い切り斬り上げる。身の丈程もある大剣を使っているとは思えない速さを持つそれを、サレは難なく受け流していた。
「どうしたんだいヴェイグ、攻撃が粗くなってるよ?」
逆に不敵な笑みを浮かべて挑発する余裕まで見せながら、サレは右手に握るレイピアをヴェイグの顔面目掛けて突き出す。咄嗟に顔を横に逸らしてレイピアをかわすが、しかし避けきれずにヴェイグの頬が切れて一筋の血が流れた。
「く……」
自分の顔のすぐ横を通ったレイピアに戦慄しつつも、ヴェイグは怯まずにサレを睨みつける。
「下がれ、ヴェイグ!」
「!」
しかしその時後ろから声が飛び、ヴェイグははっとなると咄嗟に後ろに下がる。その時先ほどまでヴェイグの首があったところをサレの剣が一閃していた。もし下がっていなければヴェイグの首は確実に斬り裂かれている。
「風よ切り刻め! ウインドカッター!」
さらにスパーダの詠唱が響き、三方向から風の刃がブーメランのように弧を描いてサレに襲い掛かり、サレも咄嗟にバックステップを踏んで距離を取ると共に風の刃を回避する。
「すまん、スパーダ」
「気にすんなよ。それより熱くなりすぎンじゃねェ」
フォローをしてくれたスパーダにお礼を言うヴェイグに対し、スパーダは静かにそう返す。
「言ったろうが。テメエ一人で暴走してて確実にクレアを助けられるとは限らねェ。俺達だって一緒なんだ、ちっと頭冷やせよ」
「……ああ」
スパーダからの忠告を受け、ヴェイグは静かに頷くと冷静さを取り戻した顔つきで大剣を正眼に構え、スパーダも二刀を構えてステップを踏むようにゆらゆらと揺れながら二人は息を合わせる。
「「行くぞ!」」
そして二人は全く同時に飛び出した。
「斬り刻め、ウィンドエッジ!」
サレは微笑を浮かべると指一本動かすことなく魔術を発動、不可視の空気が風の刃となりヴェイグ達に襲い掛かる。しかし同じ属性の魔術を使うスパーダはそれを見切ってスピードを落とすことなく回避するとサレに突進、二刀流の手数を生かして斬り込んだ。
「甘いね」
しかしサレは剣を一本の剣のみでスパーダの二刀をしのぎ切り、逆にスパーダが二刀をクロスさせたのを見切って剣を押し当て、鍔迫り合いに持ち込む。だがスパーダもそこまでは予想していたようにニヤリと笑うと片足の先を雪に入れ、思い切り蹴り上げてまるで砂をかけるようにサレの顔面に当てる。その荒い攻撃にサレも一瞬怯んでたまらず数歩後ろに下がる。
「舐めるな、ウィンドエッジ!」
「ぐあっ!?」
だがサレはただでは終わらず、後ろに下がりつつ魔術を発動。適当な狙いだったのだがスパーダの悲鳴と彼の右足から飛ぶ血が風の刃の命中を示し、そうすぐには動ける傷ではない事をサレは手ごたえから察して微笑する。
「っ! 今だ、ヴェイグ!」
「!」
しかしそこに、素早くバックステップを踏むスパーダの後ろからヴェイグが大剣を振り上げてサレに斬りかかる。前蹴りによる雪かけとバックステップをほぼ同時にやっている上に右足を怪我したためバランスを取るのに失敗して尻もちをついているがその隙はヴェイグが埋める。さらにこの一撃で決めるという闘志をサレは感じ取った。突きと機動力に特化させた細剣ではヴェイグの大剣を防ぐことは不可能、バックステップによる回避も間に合わない。
「ウ、ウォールウィンド!」
咄嗟に横殴りの突風を放ち、ヴェイグの大剣の軌道が僅かに横に逸れると同時にサレも突風の向きとは逆の方向にステップを踏んで大剣をギリギリでかわす。しかし彼の着ている服の肩部に剣が掠り、大剣に纏っていた冷気が僅かに服を凍らせる。一歩遅ければ右肩を持っていかれている、それほどにギリギリでの回避成功だった。
(この僕が、防御魔術を……)
自分が好む魔術の使い方は暴風による蹂躙や風の刃による嬲り殺し。そんな自分が万一のためにと半ば馬鹿にしながら覚えた防御魔術を使わされた事にサレの心にまたも屈辱が走った。
「死ねぇ、ヴェイグ!!」
その屈辱を与えた相手――ヴェイグは渾身の力による振り下ろしを行った結果、その勢いで動けなくなっているはず。大剣使いの弱点を的確に狙い、サレは細剣を構え、ヴェイグの顔面目掛けて突き出していた。狙うは目、生物の共通の弱点であると同時に強い心を示すようなその光を潰そうとサレは狙う。
「ぬん!」
「な!?」
だがヴェイグは両手で振り下ろした剣を右手一本で振り上げ、乱暴なまるで薙ぎ払うような剣がサレの剣を弾いて防ぐ。しかしそれは相手も回避され、反撃に対する抵抗や牽制だったのだろう。乱暴な薙ぎ払いは重心の移動や反動が考えられておらずヴェイグは雪の上でたたらを踏む。それならば軽量な細剣を操るサレの方が攻撃態勢を整えるのは早い。
「悪あがきもそこまでだ!!」
端正な顔に凶暴な笑みを浮かべたサレの凶刃が再びヴェイグを狙う。回避は間に合わない、防御も不可能。取った、とサレは確信する。
「ウィンドカッター!」
「っ!?」
ヴェイグに剣を突き出す直前、そんな声が響くと同時にサレ目掛けて不可視の刃が舞う。サレの着ている服は特殊な魔術布で編まれており、粗悪な鎧とは比べ物にならない防御力を持つと共に風属性の攻撃に対する耐性を与えている。しかし顔目掛けて襲い掛かる不可視の刃をサレは人間としての反射で庇っていた。
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「この死にぞこないがアアアァァァァ!!!」
ニヤリ、とサレに右手を向けていたスパーダが不敵な笑みを浮かべる。右足からは血が流れており、機動力こそ奪われているが魔術を撃つなら支障はない。その反撃にサレが怒号を上げるが、一瞬遅れて我に返る。
「はあぁぁっ!」
しかしもう遅く、ヴェイグは圧倒的なオーラに身を包んでいた。
「絶対なる終焉、それが貴様の運命だ!」
「う、うおおおぉぉぉぉっ!」
口上と共に突進、その勢いを込めて大剣を振り下ろす。それに対抗するためサレもレイピアを突き出した。小規模の竜巻を纏ったそれは触れたものを引き千切る力をそなえていたが、風のレイピアは氷の大剣とぶつかり合うと同時に砕け散り、それだけにとどまらずサレの右肘から先をも持っていく。自分の右腕が斬り落とされたのに気づいたサレが「な」と絶句して目を見開くと同時、鋭く、それでいて重く振り下ろした大剣がサレを捉え、解放された冷気がサレの身体を一瞬で氷漬けにする。
「絶氷の剣、その身に刻め!」
しかしまだ終わらない。突進斬りの勢いでサレの右隣に回り込んだヴェイグは大剣をびゅんと一振るいすると大上段へと構える。
「奥義!! セルシウスキャリバー!!!」
「ぐ……ぐああああぁぁぁぁぁっ!!!」
一閃。その一撃は氷漬けになったサレを斬り裂き、氷が砕けたサレはついに雪の地面へと倒れ伏した。
「終わりだ、サレ。大人しく降参しろ」
ヴェイグは大剣の切っ先をサレへと突きつける。サレの端正な顔は顔中細かい傷だらけ、血管まで届いた傷からは血が流れていた。さらに右腕も肘から先が斬り飛ばされており、大ダメージで魔術を使う程の余裕すらない。もはや戦いにならないだろう。
「は、ははっ……ふざけてるのかい?……そうだね。確かに僕は君達に負けたんだろう……剣による勝負にはね」
サレはそう言い、クククッと気味悪く笑う。
「だけど、君達の心を踏みにじるという勝負には勝たせてもらうよ!! フォックス!!」
「!」
サレの叫びと同時、ヴェイグがしまったとフォックスに目を向ける。
「クレアちゃんを殺せえ!!!」
その命令を受け、フォックスは「待ってました」と言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべ、クレアを乱暴に突き飛ばすと剣を振り上げる。
「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」
「クレアアアアァァァァァッ!!!」
クレアの悲鳴とヴェイグの叫びが重なり合う。ヴェイグが重荷になる大剣を投げ捨てて走り、カノンノとスパーダが魔術を詠唱するがどう考えても間に合わない。
「ヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャ!!! 僕の勝ちだ!!!」
サレがその光景に高笑いをする。ヴェイグの一番大事なもの、クレアを目の前で殺して絶望させ、心を踏みにじる。その最大の目的だけは達成させられる確信による笑い声だった。
「ライトニングッ!!!」
「ぎゃあっ!?」
そこに男の声が響き、同時に落雷がフォックスの剣を撃ってフォックス自身も痺れさせる。
「おおぉぉぉっ!!」
「がふっ!?」
そこに突進の勢いを込めたヴェイグの拳が決まり、フォックスを殴り飛ばす。
「クレア、大丈夫か!?」
「え、ええ……ありがとう、ヴェイグ」
フォックスを殴り飛ばしたことを確認したヴェイグがクレアに駆け寄り、クレアもやっと安心したように微笑み、ヴェイグに心からのお礼の言葉を述べていた。
「え?……」
そんな中、カノンノは呆けた声を出していた。いや、カノンノだけではない。スパーダも、我に返ったヴェイグもそういえば、という感じだが声を漏らす。
「へっへー。悪いなサレ、大逆転ってやつだ。俺様かっこいー♪」
そして先ほどライトニングを放った男――ゼロス・ワイルダーはにししっと笑ってサレに声をかけていた。
「ば、馬鹿な……ゼロス、お前はカイに殺されたはず!?」
「おー。ありゃぁギリギリだったぜぇ……カイが気づいてくれてよかったよかった」
サレの怒号にゼロスはニヤニヤと笑う。その隣でカイもふっと笑った。
「ゼロスが裏切るには、何か理由があるはずだ。サレの事だから俺達がゼロスを殺すくらいは想定していただろうしな。だから――」
カイはそこまで言うと左手の甲を見せる。その甲は何かを思いっきり突き刺したように一本の線状の穴が開いていた。
「――俺がゼロスの腹にナイフを刺したと見せかけて、実際には俺の左手にナイフを刺したってわけだ」
「んで、その後俺は死んだふりしてチャンスを伺ってたのさ。あらかじめなるべく腹部を狙って傷つけさせといたから案外違和感なかっただろ?」
「な……」
カイとゼロスは相談も出来ない殺し合いの最中、カイはゼロスが裏切るはずがない。ゼロスはカイが自分を本気で殺すはずがない、殺した振りをしてくれると信じて一芝居打っていた。それにサレが信じられないものを見るような表情を見せる。が、その顔はすぐ憤怒に染まり上がった。
「くそ……ふざけるな、ゼロス!!! 今すぐに星晶の力を取り込んでこいつら全員始末しろぉ!!! 妹の命がどうなってもいいのかっ!?」
「妹?……」
サレの怒号にカノンノが呆けた声を出す。
「おう。俺は妹、セレスを人質に取られてサレの言いなりになってたわけだ……でもまあ、もう心配はないはずだぜ」
「黙れ、僕から定期報告が来なくなったらお前の妹はすぐにでも――」
「セレスがどうかしたのかい?」
ゼロスのあっけらかんとした説明口調に対し、サレがそう喚き散らす。しかしそれを遮るように新たな女性の声が響いたと思うとカイの横に煙が走る。そしてその煙の中から紫色の服を着た、黒髪の女性が姿を現す。
「しいな」
「待たせたね、ゼロス。お届けものだよ」
カイが呟くのを聞かずに、女性――しいなはそう言って自分の隣に立つ、大きな帽子を被った身なりの良い、ゼロスと同じ赤髪の少女をゼロスの前に出す。
「サンキューハニー」
その姿を見たゼロスは一安心したように微笑んだ後、しいなに向けてぱちりっとウィンクをしてみせる。
「まあ、お兄様。こんな女にそのようなことしてやる必要などありませんわ」
「ははは、相変わらずだね……」
すると赤髪の少女はゼロスを兄と呼びつつ、しいなをチラッと見てまるで牽制するように睨みながらそう言い、しいなも苦笑を漏らす。
「な、バ、バカな……ゼロスの動向はフォックスに監視させていたはず……」
「おう。男に見張られる趣味なんてないってのに、苦労したぜー」
「まさかこいつ、セクハラと同時に
「セクハラ?」
サレの呆然とした声にゼロスが両手を肩の高さまで上げてやれやれと首を振ると、しいなが呆れかえったように呟き、カノンノがぽかんとした顔になる。
「ああ。このアホゼロス、あたしの胸を揉む振りをしながらあたしの帯に小さな手紙を仕込んだのさ。“セレスが捕まった。サレと内通しているフォックスにばれないよう助けてくれ”ってね……ゼロスはアホだけど、セレスの事について嘘はつかない。だからあたしは目立たないように単身で乗り込んだのさ……おかげで里を出る時に持ってきた式神の召喚符がなくなっちゃったよ」
しいなもにっと笑いながら、カノンノの質問にそう答えてみせていた。
「そんな、クソ、馬鹿な……一体、どこで計画が狂ったんだ……」
人質を取り、味方を裏切らせ、スパイも送り込んでいた。サレは自らの計画が完膚なきまでに破綻し、今絶大なピンチに追い込まれている事にいつもの不気味な表情を消し、本気で焦った顔を見せていた。
「サレ」
そんな彼にヴェイグが声をかける。
「これがお前の否定した絆の……人の心の力だ。カイはゼロスを信じた。ゼロスもまたカイを、しいなを信じた……お前はその力に敗北したんだ」
ヴェイグの言葉に、サレはぐぅ、と唸る。すると話に参加していなかったスパーダがヴェイグの方に歩き寄った。右足の怪我に関してはカノンノが応急処置に治癒術を使ったため歩くぐらいなら問題はない。
「ヴェイグ、ダメだ。コピーズ・ロッドを使ったんだがろくに反応しやがらねえ。オイルツリーは灰になったみてえだ。それとフォックスの野郎もいつの間にか逃げ出しやがってた」
「そうか……だが、まだ探せばあるはずだ。一度船に戻ろう。フォックスは……無理に探す必要もないだろう」
スパーダの報告を聞いたヴェイグはそう判断を下し、サレの目の前に一個のピーチグミを落とすと彼らは踵を返して下山口へと歩き出す。
「待てよ……どこに行くんだ?……僕に、トドメを刺さないのか?……」
その言葉にヴェイグは足を止め、答える。
「俺は、お前を殺すためにここに来たんじゃない」
「なんだよそれ、情けをかけてるつもりかい……」
サレは不満そうに口元を歪め、よろよろと立ち上がる。そして先ほどヴェイグが落としたピーチグミをぐしゃりと踏みつぶした。
「こんな終わり方は認めない。認められるもんか……」
「戻るぞ……」
憎悪に燃える目でサレはヴェイグを睨むが、彼はもう話すことはないというように静かに言うとその場を去っていく。
「殺せ……殺せよっ!!」
それを後ろから刺すように、サレの声が響く。それはどこか物悲しさを持ってカイ達の鼓膜に響いてきた。
「はぁ……はぁ……」
ヴェイグ達が立ち去り、灰となったオイルツリーのみが残るこの場に、サレは一人体力の限界が来て倒れ込んでいた。
「クソォ、クソクソクソクソクソォッ!!! 殺せ、殺せよっ!!」
サレは怒りのままに吼え、その口から呪詛を奏でる。
「殺せって言ってるだろう!! こんちくしょうがあああぁぁぁぁっ!!」
それはこんな目的もなければ来ないような雪山の奥では、誰の耳にも届かずに消えてしまうはずだった。
「それが、君の願い?」
そう。“はずだった”。しかし、その呪詛を聞く存在がいつの間にかサレの隣に立っていた。
「ルミナシアのディセンダーが砂漠にいたって言うし、今度は雪山に行ったっていうから気になって見にきたんだけど……」
純白の肌に宝石のような服装、左目には赤い星のような飾りものをつけた少女はそう呟く。
「誰だよ、お前……」
サレがその存在に対し警戒の視線を向ける。
「ボクはラザリス……ねえ……“殺せ”。それが君の願いなの?」
突然現れた少女――ラザリスは倒れているサレを覗き込むように見ながらそう問い返す。その問いの瞬間サレの顔は忌々しいものを見るような表情に変わり、瞳にこれ以上ない憎悪が宿る。
「ふざけるな……僕の願いは、ヴェイグを、カイを、アドリビトムを……あいつらの心を踏みにじり、この手で殺す事だ!!!」
サレの“願い”。それを聞いたラザリスが口元を吊り上げた。
「それが君の願いか。なら……ボクがその願いを叶えてあげるよ」
「っ……何を……」
ラザリスがサレを覗き込むのをやめて立ち直し、両腕を大きく広げる。すると突然サレの周囲に赤い煙が出現し、それはまとわりつくようにサレの身体を包み込んだ。
「これは……」
「ボクの力だよ……君の身体は強くなる。君の願いを叶えるためにね……」
「へえ……何が目的だい?」
世界を騒がせている生物変化現象の原因である赤い煙。サレがそれを知らないはずもなく、しかしそんな不可思議な物質にまとわりつかれて包み込まれているというのに、むしろサレは余裕な態度を取り戻してラザリスに目的を尋ねていた。
「簡単さ。ボクもアドリビトム……ううん、ルミナシアのディセンダー、カイを倒す目的があるんだ……君とは利害が一致した。それだけだよ」
「ヒ、ヒヒヒヒヒ」
ラザリスの言葉を受け、サレは不気味な笑い声を零す。
「ああ、いいよいいよいいよォ! この力を貰えるんならその見返りにカイもヴェイグもアドリビトムもぜーんぶ破壊してやる! あいつらの身も心も踏みにじってやるよォ!! ヒャハハハハハハ!!!」
赤い煙に包まれ、サレは破顔させて笑い始める。その狂気を宿した笑いは霊峰アブソールに途切れることなく不穏に響き渡っていた。
「クレア様!! まさかクレア様が誘拐されるだなんて、何もされませんでした? ああ……もう……無事で本当に良かった……」
「大丈夫ですよ、ロックスさん。ご心配おかけしました」
報告を受けたのだろう。船に戻ってきてそうそう飛び出してきたロックスの心配そうな言葉にクレアはいつもの優しい微笑みを浮かべてぺこりと頭を下げる。
「サレの奴もいい具合にシメてやったから、さすがにもう手を出してこねーだろ」
「そう願いたいですね。さあ、中に入って下さい。みんなに元気な姿を見せないと!」
スパーダの得意気な笑みでの言葉にロックスも頷いた後、元気に微笑んでそう続けて彼らを船内へといざなった。
「今回は思わぬ事態になったね……でも、クレアもあなた達も無事で本当に良かった」
ホールで報告を受けた後、アンジュは神妙な表情でそう呟き、だがクレアやカイ達が無事でよかったと続ける。
「それで……」
「まさか、フォックスが裏切り者のサレの部下だったなんて……気づかなかったっ!」
「あのフォックスさんが、そんな……」
「あんにゃろ。クソ真面目だが良い奴だと思ってたのに……」
「うん……」
アンジュの呟きに、一緒に報告を聞いたロッタ、ユン、ステイサム、マオのウリズン帝国派遣兵士組が信じられないばかりに呟く。
「こうなってしまっては仕方がないわ……」
アンジュは暗い表情で呟き、四人に向けて頭を下げる。
「申し訳ありません。こうなってしまった以上、ウリズン帝国からの兵士派遣の方はお断りさせていただきます。と、アガーテ陛下にお伝えせざるを得ません……あなた達が信じられない、というわけではありませんが……」
「うん……まあ、ね……」
「はい。そのご懸念はもっともです」
「あーまあ、しゃあねえわな。ま、するべきこた分かったんだ。国に帰ってツリガネトンボ草のドクメントを頑張ってかき集めるさ」
アンジュの言葉に、先ほどまで信頼していた仲間がスパイだったという事実からロッタ、ユン、ステイサムは派遣中止を余儀なくされる事も仕方なしと納得する。
「あ、じゃあアンジュさん。いい?」
「はい? 何かしら、マオ君?」
するとマオが右手を挙げた。意見を述べたいらしく、アンジュが首を傾げて問いかける。
「僕、ウリズン帝国軍辞めてアドリビトムに入りたいんだけど」
「……はい?」
その言葉にアンジュは目を点にして素っ頓狂な声を出した。
「ちょ、ちょっとマオ!? あんた状況分かってんの!? あんた含めてウリズン帝国軍兵士がスパイなんじゃないかって疑われてるって状況なのよ!? そこでアドリビトム入りたいとかあんたバカ!?」
「だから、ウリズン帝国軍を辞めて、一少年のマオとしてアドリビトムに入るんだよ。そうすればユージーンとまた一緒だし♪」
ロッタの慌てた声にマオはにしし、と笑いながら返し、「ね、いいでしょユージーン?」と、一緒にいたユージーンに向けて甘えるような声を出す。それを聞き、ユージーンは呆れたようにため息をついた。
「アンジュ。マオがウリズン帝国、というよりもサレのようなアドリビトムにあだなす者の息がかかっていない事は俺が保証しよう。俺がマオの保護者として全責任を取る」
「ん~……まあ、ユージーンさんがそういうなら。私は構わないわ。人手は多い方が助かるし」
ユージーンからも話を通されるとアンジュはあっさりマオの正式加入を承諾。マオは「やったー」と両手を挙げて万歳のポーズを見せた。
「ただしマオ。勝手にそんな事を決めるな」
「は~い」
しかしユージーンは腕組みをしながらそう言い、マオはぶすくれた表情で頷くのであった。
「では、アガーテ陛下宛てにその旨の書状を送ります」
「ええ。短い間だったけど世話になったわ」
アンジュの言葉にロッタはアドリビトムに残る事を諦めたのかお礼を返す。
「それで……」
「……」
だが話はまだ終わっていない。そういうようにアンジュが視線を向けるのはゼロスの方だ。彼は裏切り者の嫌疑をかけられているため今は両手を後ろ手に縄で縛られている。一応足の方は縛られていないため逃げる事は出来るだろうが、そうなれば隣に立つカイがすぐ対処に向かうだけ。とはいえ特に本人も逃げる気はないため形式上のものである。
「ゼロス君、あなたが私達を裏切り、アドリビトムに損害を与えた件について……」
「ああ。俺は何も言わねえ……追放されたって文句はねえよ」
アンジュの言葉に対し、ゼロスも静かにそう沙汰を待つ。いつもの軽口はどこへやら、徹頭徹尾シリアスな様子を見せていた。
「お、お兄様は悪くありません!」
「セレス。何をどうしようとも、俺がこいつらを裏切った事実は変わらねえ」
セレスが慌てた様子で弁護に入ろうとするが、ゼロスはそれを首を横に振って制する。そしてゼロスは覚悟を決めた目でアンジュを見た。
「ええ。それでは、沙汰を伝えます」
アンジュもまた真剣な目でゼロスを見る。
「ゼロス・ワイルダー。あなたにはアドリビトムでの監視を受けると共に、ルミナシアを脅かすジルディアの事件の解決。それに取り組んでもらいます」
「……へ?」
「カイ、縄をほどいてあげて」
「はい」
アンジュの言葉にゼロスが目を点にするが、アンジュは構うことなくカイに指示。カイも了解と頷いてさっと縄をほどいてあげる。両手が自由になったがゼロスは動かない。それはそうだろう、ジルディアの事件の解決に尽力しろ、それは今までもこれからもアドリビトムのメンバーがやるべきこと。アドリビトムでの監視を受けるというのは逆に言えばアドリビトムにいてもいいという意味。事実上の無罪放免ということだ。
「ア、アンジュ……さん?」
「あら、何かご不満? 世界を脅かすジルディアの脅威への対処。これほどまでに危険な任務を強制される以上の厳罰を私は思いつかないんだけどなぁ」
ぽかーんとしたゼロスが思わずアンジュに問いかけるが、アンジュもくすくすと笑いながらさらりとそう返す。
「ア……アンジュ様、なんて深いご慈悲、女神様のように深い懐に俺様大感激~!」
ゼロスはそう叫び、さりげなくアンジュに抱き付こうと飛びかかる。
「調子乗ってんじゃないよこのアホゼロス!」
「げふっ!?」
直後がつんっとしいなの拳骨が入り、飛びかかる軌道を急に変えられたゼロスは自分とアンジュの間にあったカウンターに顔を強かに打ち付ける羽目になった。それを見たセレスが目を丸くしてゼロスを心配すると同時にしいなに怒った様子で食って掛かり始め、しいなも困ったように笑いながら「まあまあ」とセレスを落ち着かせようとした。
「ちょっとすいませ~ん」
するとその時、突然そんな声が聞こえてきたかとと思うとずかずかと遠慮なく一人の少女――ローブを深く被っているため顔は分からないが、小柄な体格と声から少女と判断した――がホールへと入ってくる。
「あ、えっと……ご依頼でしょうか?」
「あ、ううん。違うの。えーっと、ここにアルヴィンって男の人、いない?」
「アルヴィン君ですか? ええ、ちょっと待ってください。カイ、医務室にいるはずだから呼んできて」
「はい」
この騒ぎに臆することなく来客はアルヴィンに用事があるとアンジュに告げ、アンジュがカイに呼んでくるよう伝えるとカイも頷いて医務室へと向かう。それから少し置いて突然どたどたと大きな足音が聞こえてきた。
「なっ!? ロ、ロゼ!?」
ホールに入って開口一番、アルヴィンはローブの少女を見て驚愕の声を上げた。
「やっほーアルヴィン。最近報告がないから、アタシ直々に来てやったわよ」
そう言い、ローブの少女は自らの顔を覆い隠していたローブを脱ぐ。
「さて、期待のスイーツについての最新情報、詳しく聞かせてもらおうかしら」
そして少女は濃いピンク色の髪を揺らして小首を傾げる仕草をしつつ、ニヤリと笑みを見せながらアルヴィンにそう問うのであった。
「ア、アルヴィン君……この方は?」
「あ、ごめんごめん。まだ名乗ってなかったっけ。あたしはギルド“セキレイの羽”の頭領、ロゼ。アルヴィンとはまあ、商人仲間ってやつ?」
「俺みたいな個人商人にはロゼのとこのような大手の商人ギルドは助けになるんだよ。渡りをつけときゃ色んな町で商売がしやすいしな」
「で、その代わりにあたしらは新商品の情報を貰い、卸してもらう。フットワークの軽さなら個人商人の方が上だからね。ま、持ちつ持たれつってやつよ」
少女――ロゼはアルヴィンとの関係をビジネスライクなものだと説明し、再びアルヴィンの方を向いた。
「で、アルヴィン。前々から聞いてる、ギルド“アドリビトム”のピーチパイって何? そろそろ納期近いんだけど」
『ピーチパイ?』
「……」
ロゼの言葉にアドリビトムメンバーが呆けた声を出し、アルヴィンが目を逸らす。
「えーっと、まあ、その、だな……話せば長いことながら……」
そう前置きをしてアルヴィンは話し始める。それを要約すると、このギルドに入ってから食べたクレア作のピーチパイがとても美味く、金を取ってもやっていけるものだと直感。新商品として売り出すのはどうかと思ってクレアに商談を持ちかけようとしたものの、どういう風に商談に持っていきレシピを教えてもらおうかと考えていた事とクレアは一日中忙しく、とても長い話で声をかけられる雰囲気がなくずるずると先延ばしになっていたらしい。
「……で、今回のサレの事件の直前、ちょっと無理矢理にでも話を聞いてもらおうかと思って……」
アルヴィンはそう言い、クレアに向けて深く頭を下げた。
「本当にすまなかった! クレアちゃん!! 俺のせいでサレに付け入るスキを与えちまって!」
「い、いえ、そんな、お気になさらないでください……」
深く頭を下げるアルヴィンにクレアは慌てたようにそう返す。
「で、最近全然話が進んでないから直接聞きに来たのよ。それで、あなたがその絶品ピーチパイを作れる人?」
「あ、はぁ……ピーチパイは得意ですけど……」
「なるほどね。でもアルヴィン、こんな中小ギルドで本当にそんなスイーツがあるもんなの? ここ、料理ギルドってわけでもないし」
「お前、いっぺん食ってみろ! 二度とそんな事言えなくなるぞ!」
「へぇ~」
クレアを見てふんふんと頷いたロゼはしかし魔物の討伐や資源の採集を主な専門として行っている狩猟ギルドで美味しいお菓子が出来るとは信じられないのかアルヴィンに疑念の目を向ける。だがそれにアルヴィンが強く言い返すとロゼは楽しみそうにニヤニヤと笑みを向けた。
「あ、でしたらもうすぐおやつの時間ですし。よかったらどうぞ」
「え、いいの!?」
「はい。どうぞご遠慮なく」
するとクレアは純粋な微笑みでロゼをおやつに誘い、ロゼもアルヴィンのイチオシスイーツを味わうチャンスと見たか目を輝かせ、一行は食堂へ移動。クレアはいつものようにピーチパイを作り、ロゼ達に振る舞う。
「ん……うんま~い!!!」
するととろけるような歓喜の表情を浮かべ、ロゼが叫ぶ。
「な、なにこれ、あたし、こんな美味しいピーチパイっていうかお菓子食べた事ない!」
「そら見ろ!」
がつがつと食べ進めるロゼにアルヴィンは得意気な表情を向ける。が、ロゼはそれを無視して「クレアちゃん!」とクレアに声をかけた。
「お願いします! どうかこの絶品ピーチパイのレシピを教えてください! 言い値でいいわ! 幾らでも出す!」
「っておい!? 勧めた俺が言うのもなんだけど、言い値って……」
一瞬でクレア作ピーチパイの虜になったロゼは言い値でピーチパイのレシピを買うと宣言。太っ腹というかとんでもない提案に勧めたアルヴィンが引いていた。
「いえ、そんな……レシピでよろしければ……あ、そうだ。あの、では集めて欲しいものがあるんですが――」
クレアはいきなりの商談という初めての経験に苦笑し、しかしそこで思いついたようにぽんと手を叩き、提案する。
「……オイルツリー? そんなもんが欲しいの?」
「えーと、正確にはそれ以外にツリガネトンボ草のドクメントが欲しくって……」
「あー。まあ、詳しくはアンジュさんから聞きゃいいからさ……」
「ええ、了解。ロゼさん、このアドリビトムでは今集めているものがあって――」
クレアからの提案を聞いたロゼがきょとんとした顔を見せるとクレアは困ったように説明を開始、しかしアルヴィンがアンジュから聞くようにと助け船を出し、アンジュも説明を開始した。
「ふんふん、なるほど……うん、分かった。任せといて! セキレイの羽の総力を挙げてその14属2000種、集めてみせるわ!」
「あ、いえ、全部ではなくって……見つけるのが難しい珍しい種類を重点的に集めてもらえれば……」
「はいはい大丈夫だって。じゃあ絶品ピーチパイのレシピのお代はアドリビトムへの協力及びツリガネトンボ草の進化種の採取と納品。確かに承りました」
ロゼはピーチパイのレシピという新たな商品に燃えており、その姿にアルヴィンとアンジュが苦笑する。
「では、ピーチパイのレシピをお教えしますね」
「うん、ありがとう! また今度お礼も兼ねて立ち寄るから、その時また作ってね!」
そしてロゼはクレアからピーチパイのレシピを受け取り、ひゃっほいと嬉しそうに飛び跳ねた。
ちなみにその後日。
「アルヴィーン! うちと協力してる料理ギルドにこのレシピ持ってってピーチパイ作らせたんだけど、どうしてもあの時の味になんないのー!!」
「知るか!!」
「クレアちゃーん! もう一回あのピーチパイ作ってー! っていうかもうセキレイの羽に来てー!!」
「無茶苦茶言ってんじゃねー!!」
クレアのピーチパイの味が再現できず、満足できないロゼがたびたびアドリビトムというかアルヴィンに泣きつきアルヴィンが怒号を上げているのはまた別のお話。なおロゼが納得いかないため新商品のピーチパイは発売延期になったそうな。
《後書き》
やっと書けました。一ヶ月どころか数ヶ月が当たり前のペースになってきてるな。読者さん残ってればいいんだけど、ウルフェンさんとかナガレボシさんとか……いるかなぁ。(不安)
今回はヴェイグVSサレを書いて雪山に継がれた命編終了です。さらにサレはラザリス陣営に、これからどうするのかは一応決着部分まではちゃんと予定を立ててますのでご心配なく。
そして最後に最近怪しい動きをあからさまに見せていたアルヴィンの種明かし。アルヴィンはこのサレの件とは全くもって一切関係なく、クレアに商談を持ちかけようとして切り出すタイミングを逃しまくっていた結果怪しい動きになっていただけだったりします。
次回はあのクエストを予定しています。やっとここまでこれた……という感じですけど、さて導入とか話の流れとかどうしようかってのは今から考えなきゃいかん感じなので。さて今度はどれぐらいかかるだろう。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。