ワカメのペルソナ5   作:ぽけぽっけ

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第10話

 

 佐倉惣治郎は、白野たち、怪盗団の寂寂たる様子を見て、きまりが悪そうに目元を掻く。

 

「……わりぃな。本当は、大人の俺が救うべきなのに。お前らに、無責任に託してよ」

 

 力があるからって、救うべき責任なんて存在しねぇのにな、と惣治郎は言った。

 

 認知上の存在とは思えないほど、怪盗団を気遣っていた。惣治郎は、どれだけ自分が辛くても、悲しくても、人を思い遣れる大人なのだと、慎二に認知されていた。

 

 惣治郎をこんなにも暖かい存在だと認知できるのなら、慎二はきっと、悪い人じゃない。だけど、この場所以外の彼の世界は味気ない。何が慎二を変えてしまったのだろうか。答えはまだ見つからない。 

 

 何も分かっていない白野だけど。慎二が苦しんでいるのを見過ごすなんてできない。絶対に救って見せる。そんな事、とっくの昔に決心していたことだった。

 

 だからこそ、まるで無理強いをしているかのような惣治郎の言葉に、黙っていることはできなかったし。何もできなかったなんて、認知上の存在だと分かっていても、言ってほしくなかった。

 

「無責任なんかじゃないよ、惣治郎さん」

 

 沈鬱な表情のマスターに、白野は首を横に振って訴える。

 

「だって、惣治郎さんは慎二が苦しんでいる時に、傍にいてあげたんでしょう? ……寄り添ってくれる人がいるだけで、救われることだってあるんだ」

 

 居場所が無いっていうのは、辛いよ。吐き出すように白野は言う。

 

「ずっと、どうやったら助けられるか考えてたんでしょう。何も出来なくとも、味方でいてあげたんでしょう。それは決して、無駄なんかじゃない」

 

 白野の確信に満ちた言葉に、惣治郎はかすかに笑った。

 

「そうか。……そうだといいなぁ」

 

 願うような言葉だった。

 

 惣治郎は緩やかに目を閉じる。想いを再び胸にしまい込んでから、目を開けた。

 

「ま、その言葉は現実に戻った時に言ってくれよ。慎二がどうなるにしろな。……無理はするなよ。お前らが欠けたんじゃ、意味がないからな」

 

 普段の調子に戻ったように、惣治郎は言った。

 

 そろそろ行けよ、やることがあるんだろう。しっしっと手を振る惣治郎に、怪盗団は小さく笑い、意識を切り替えていく。日常から戦場へ。パレスに入った時よりも、固く研ぎ澄ましていく。それは慎二の為であり、惣治郎の為でもあるが故に。

 

「……分かりました。ありがとうございました、惣治郎さん」

 

 感じた想いを噛みしめるように、白野は言葉を紡ぐ。

 

 それに続けて、各々が惣治郎に礼を言っていく。現実でもパレスでも、惣治郎にはお世話になりっぱなしだ。この恩を少しでも返すためにも、怪盗団は歩き出す。

 

 今までのような、世直しの為ではないけれど。ただ、大切な人に、幸せになって欲しいから。止まるわけには、いかない。

 

「絶対に、救ってあげるから。覚悟してよね、慎二」

 

 彼らの瞳は、決意の炎で燃えていた。

 

 

 

 教会を出た怪盗団は、慎二の墓へと向かった。

 若葉の墓と同じく、リンドウが供えられている。周囲の雑草は刈り取られており、丁寧に手入れされていた。風が木々を揺らす小さな音だけがしている。その中で少しの間、怪盗団は手を合わせた。

 

 教会の前まで戻ると、モルガナカーに乗り込み、来た道を引き返す。もう鎖の音は聞こえない。景色に色が戻り、いつもの東京の街並みが彼らを出迎えた。

 

 マトウシンジとのゲームは終わったのだろうか。警戒を続けつつ、静かに街を走るモルガナカーの中で、白野は口を開いた。

 

「……惣治郎さんの話、気になる所があったよね」

 

 真はハンドルを回しながら頷き、答える。

 

「そうね。色々とあったけれど、まずは一色若葉さんの事故の事かしら」

 

 自殺と処理された事件。惣治郎と、おそらく慎二だけが、奥に潜む何かに気づいていたのであろう。パレスの研究者が自殺したなんて、怪盗団の心当たりは一つしかない。

 祐介は自分の考えに鬱屈し、重くつぶやく。

 

「精神暴走事件の被害者の線が濃厚か」

「パレスの研究なんて、奴等にとっては都合が悪いなんてレベルじゃない。早急に始末したかっただろうな」

「……クソッ」

 

 痛ましい推論を聞いて、竜司はやるせなさを吐き出す。

 事件の黒幕を倒したとしても、これまでの被害者が助かるわけではない。それがどういう事なのか、突きつけられた気分だった。

 

「慎二くんの、反応も気になるよね。『殺したのは僕だ』って、どういう意味なんだろう」

 

 眉尻を下げた杏が、顔を伏せて呟く。

 

 自分が育児ノイローゼの原因だからという意味では無かったと、惣治郎は感じていたようだった。

 それが正しいならば、なぜ自分が母を殺したと思うのだろう。慎二が自責の念に至るまでの道筋が、全く見えてこなかった。

 

「母親がパレスの研究者だったなら、その子供もパレスを知っててもおかしくない。精神暴走事件についても、ある程度把握していての言葉だと思うのだけれど。殺されたと分かったなら、復讐しようとするのが普通じゃないのかしら」

「でも、慎二はそうしなかった。無気力になって、わたしみたいに自分の中に閉じこもった。なんでだ? そういう性格だったのか? …………ウム、分からん」

 

 双葉は思考に行き詰って、背もたれに体を預けた。

 

 話し合いが停滞する。人が何を思っているのかを知るのは、こんなにも難しいことだっただろうか。パレスに入り、人の欲望を直に見てきた怪盗団にとって、久しく感じていない感覚だった。

 

「……うーん。そうそう分かるわけがないよね。でも……。もし、私が」

 

 慎二の立場だったら、どう思うだろうか。

 春はふと、そんな風に、慎二の過去を思い浮かべる。

 

 そして、あまりにも鮮明に。

 慎二の思いが想像できて、驚いた。

 

 だって、本当に他人事ではなかったかもしれないのだ。

 

 もし、春達が父親を改心させた時、犯人によって父親のシャドウが殺されていたら。春も、慎二と同じ思いを抱いていたかもしれない。

 慎二の思いが分からなかったのは、春が幸福だという証拠だった。

 

 自身が如何に恵まれていたのか気付いた春は、ゆっくりと、大きく息を吐く。

 

 怪盗団のみんなの助けがあって、慎二の助言があって、春の父親は命を取り留めた。

 一人では、救えなかった。

 

 なら、慎二は。

 

「春? どうしたの?」

 

 様子のおかしい春に、杏が声をかける。何でもないよと言って、皆に向き直って告げた。

 

「もしかしたら、慎二くんは、立ち向かってたんじゃないかな」

 

 飛躍した、想像でしかない話だけど。

 もし、春が慎二と同じ立場にあって、母親を守れる力があったとしたら。きっと戦っていたと思うのだ。

 

「そして、守れなかったら。自分のせいだって言ってもおかしくない。……自分の無力感に押し潰されて、どうしようもなくなっちゃうと思うの」

 

 春だって、そうなっていたかも知れない。

 それでも慎二と決定的に違うのは、一人じゃなかったことだ。

  

 春には怪盗団という仲間がいた。例え父親が守れなかったとしても、立ち直れていたかもしれない。

 しかし、先程の話では、慎二に味方する人は惣治郎以外いなかった。惣治郎はパレスに入れない。慎二は一人で戦っていたのだろう。

 

 中学生が一人で犯人に立ち向かい、負けて、母親を失って。その事実を知るものは、自分しかいない。親戚たちは、若葉が慎二のせいで死んだと思い、煙たがる。

 唯一の味方である惣治郎に頼ることもできず。海の底に沈むかのように、もがき苦しみ、世界の色が褪せていったのではないだろうか。

 

「……報われない話ね」

 

 首を横に振って、真が小さくそう言った。

 

「……もし、春の推論が正しかったら。かつて慎二はペルソナ使いで、ワガハイたちと同じように人の心に侵入できたってことか。だが、母親を守れなかったことがきっかけで、ペルソナ能力を喪失し、代わりにパレスが生まれた」

 

 ペルソナ使いは、自分を御せている状態の為パレスを持ちようが無いと、かつてモルガナは言った。ペルソナ使いが自分を御せている、という点は今では疑問が残るが、大筋は間違っていないように思える。

 なぜペルソナや異世界ナビの力を持っているのかは分からない。だが、慎二の様子を説明するとしたら、一番しっくりくる話だった。

 

「このままで、終わらせちゃいけない。慎二くんは一人じゃないってことを、伝えてあげなきゃね」

 

 春は奥歯をかんで、前を見据える。

 

 慎二には白野がいるのだ。春達だって、慎二の過去を知って助けたいと思っている。

 もう一人では無いんだと、気付いてほしいな。

 

 意気込む春を見て、白野は頷く。

 

「……そうだね。でもさ、春」

「うん? どうしたの?」

 

 振り向いた春に、そんな気は無いと思うからごめんだけど、と断りを入れ。

 白野ははっきりと言った。

 

「慎二の隣は私のだから。そこは間違えないでね?」

「ハ、ハイ」

 

 白野さんって、独占欲強いんですね。

 リーダーの新たな一面を見た怪盗団だった。

 


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