ワカメのペルソナ5   作:モンです

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第11話

 

 パレスの中の東京は、人混みにあふれている。

 

 敵を警戒していた怪盗団だが、道中にシャドウの気配は無い。辺りは日が暮れ、赤く染まっている。景色も相まって、本当にパレスの中なのか分からなくなりそうだ。

 

 やがて四軒茶屋の近くまで来ると、車を停めた。モルガナカーから降り、佐倉慎二の家へ足を進める。

 人の喧騒が、遠く聞こえる。夕方の路地裏は、世界から切り取られたように静かだ。

 

 辿り着いた佐倉家の塀には、紫髪の男が目を閉じて寄りかかっていた。

 

「マトウシンジ。ゲームは私達の勝ちね」

『…………』

 

 真が呼びかけるが、シンジは動かず、答えない。

 竜司は熱り立って声を荒げる。

 

「テメェ、無視してんじゃねぇよ!」

『…………』

「このヤロウ……っ?」

 

 あまりの反応の無さに、胸ぐらを掴もうとした竜司の手が止まる。

 聞こえていないはずがないのに、返事は無く、身じろぎすらしない。竜司は首をかしげて、耳を澄ます。

 

 すぅすぅ、と規則正しい息が聞こえた。

 

「寝てるぅ!?」

『うおっ』

 

 近くで叫んだ竜司の声に、シンジは体を跳ね上げた。

 

 目を覚ましたシンジは周りを見渡し、怪盗団の姿を見ると顔を歪める。

 

『うるさいなぁ! 良い夢見てたのに覚めちゃったじゃないか!』

「いやいやいや、俺たちが必死こいてパレス彷徨ってたのに、寝てんじゃねーよぉ!!」

 

 嫌がるシンジを揺さぶりながら、竜司は道中の苦労を思い出す。きつすぎだろ。

 

 涙ぐむ竜司を見て、シンジは少し気が晴れる。竜二の手を払いのけると、怪盗団に向き直った。

 

『……あぁ、その様子だと鬼ごっこは楽しんでもらえたみたいだね』

「難易度調整、明らかにミスってた! クソゲーもいいところだったからな!」

『そうかい、それは良かったよ』

 

 双葉の文句を聞いて愉快そうに笑い、なんにせよ、と続ける。

 

『どうやらゲームは僕の負けみたいだね』

 

 ゲームを仕掛けてきたとは思えない程に、淡白な反応だった。

 

 あっさりと敗北を認めたシンジは、訝しげな怪盗団を意にも介さず、鍵を無造作に投げ渡す。

 反射的に受け取った白野の手には、家の鍵とは別に、小さな鍵が収まっていた。

 

『オタカラは引き出しに入っているよ。それはその鍵さ』

「……なんのつもり?」

『別に、何の意図もないよ』

 

 ただ要らなかったからと、シンジは言うけれど。納得できるはずも無かった。

 

「では、なぜゲームをしたんだ?」

 

 シンジは祐介を一瞥する。塀に深く寄りかかり、億劫そうに答えた。

 

『僕が知りたいのは、あいつとお前ら、どちらが正しいのかだよ。普段の勝負事は絶対に勝つ気でやるけれども、このゲームに限ってはどうでもいいのサ』

 

 正しさ、と春が小さく繰り返す。

 

「……あなたは、慎二くんを改心させるべきじゃ無いと思ってるってこと?」

 

 悪人ではなく、怪盗団の協力者と言える人物を改心させる事は、良いことなのか。そういう意味だと春は受け取ったのだけど。

 

『救われたくない奴をわざわざ苦労して救う必要も無いだろう?』

 

 思っても見ない言葉に、息をのんだ。それはまるで、慎二が自ら進んで苦難の中にいるかのようだった。

 

 白野が思わず問いかける。

 

「……慎二は、救われたく無いの?」

 

 何を当たり前な事を、とシンジは鼻で笑う。

 

『佐倉慎二はさ。自分しかできないと思い上がって、勝手に突っ走った、大馬鹿なんだよ。そんなやつ、見限られても仕方ないと思わない?』

 

 それが自分だったら尚更ね。

 

 その時、白野は気づいた。シンジの瞳に浮かぶ感情は、蔑みではなく、憐愍であることに。

 

『全てを自分の責任だと思い込んでいるから、自分が幸せになることが許せないのさ』

 

 自分のせいで不幸になった人がいるのならば、自分は苦しみ続けるべきなのだろう。そう決めて、他者との関わりを絶った。

 

 シンジはそんな佐倉慎二を馬鹿だとは思うけれど、嫌いなわけでは無かった。

 

 だからシンジは、慎二の感情を否定しない。

 救われたくないなら、放っておけば良い。

 

 けれど。

 

『……はっ、そうか。おまえには関係なかったか』

 

 白野のまっすぐな視線を受けて、シンジは力を抜いた。

 

 無駄な事を考えていた、自分に呆れる。正解がどちらかなんて、見当外れも甚だしい。

 

 だって、そうだろう。

 彼女らのペルソナは、叛逆の意思の化身。

 

『佐倉慎二がどんな思いを抱いていたところで、関係なく、容赦なく救い上げる。そんな奴だよな、おまえは』

 

 別に、正しくなくてもいい。

 望まれていなくたって構わない。

 

 心の奥底から聞こえる、叫びに従って。

 

「進み続けるだけ。……もしかして、どこかで、会ったことある?」

『さてね』

 

 白野の問いにシンジは軽く微笑んだ。

 

『そうだな……僕もおまえを見習って、ワガママに行動するとするか』

 

 寒い冬の日にするような、大きな息を吐いて。

 白野の瞳に、胸の中に確かに残っている、友の姿を重ねながら。

 シンジは結末を見届けることを決めた。

 

 相好を崩したシンジを見て、白野は緊張を解く。そして、わざとらしく頬を膨らませて。

 

「言われてるよ、竜司」

「……え、いや話の流れぇ! どう考えても白野の事だろーが!」

「この流れでサラッと人になすりつけるの凄すぎでしょ」

 

 一瞬で空気を切り替えた白野に、杏は思わず唸る。

 

「竜司はワガママじゃないよ。ただちょっとだけ猪突猛進というか。短気なだけで、やる時はやる子なんだから!」

「春。それ全然フォローになってないわよ」

「ま、日頃の行いってヤツだな」

「うっせー猫!」

「猫じゃねーしぃ!? どう足掻いても人間だしぃ!?」

『くだらないこと言ってないでさっさと行けよぉ!』

 

 感傷に浸っていたシンジはキレた。

 

 

 

 シンジに貰った鍵を使い、家へと入る。

 外と同じで変化は見当たらないが、確かに感じるオタカラの匂いに、モルガナの目つきが鋭くなる。

 

 廊下を歩き、白野は慣れた手付きで慎二の部屋に入る。

 シックな色調の整理された部屋に、ちゃぶ台と座布団が置いてある。部屋の主のセンスとは思えず、双葉は恐る恐る白野に問う。

 

「白野、部屋を浸食してね?」

「寛ぎやすいでしょ」

「……そうだな!」

 

 あまりにも堂々とした態度に、双葉は思考を放棄した。

 モルガナは部屋を見渡して言う。

 

「妙だな。この部屋に実体化前のオタカラがあると思ったんだが。あんなもやもやが机の中に入ってるのか?」

「ま、とりあえず開けてみれば良いんじゃね?」

 

 竜司の言葉に、白野は頷く。真剣な表情だが、手がわきわきと動いていた。

 隠し切れていない欲望に真は視線をそらした。

 

「……今更だけど、民家に侵入して物を漁ってるって、状況だけ聞くととんでもないわね」

「怪盗か、これは? 空き巣の間違いではないか?」

 

 彼らの疑問を置き去りに、そのまま机の鍵を開けようとして――気づく。 

 

「嘘、でしょ」

「……白野?」

 

 違和感は、あった。

 

 現実と変わらない世界。

 認知存在の佐倉惣治郎という協力者。

 教会に着いてから、一向に現れないシャドウ。

 

 怪盗団にとって、あまりにも都合が良い話だった。

 パレスはそう甘くないと知っていた彼らならば、疑問を持つことができたはずなのに。

 考えることを止めてしまっていた。

 

 白野は、早く気付くべきだったのだ。

 マトウシンジが安々と怪盗団を通した、その意味に。

 

 

 

「―――いや机の鍵、ナンバー式じゃん!!」

 

 

 

 魂からの叫びだった。

 

「えっ。ちょ、ウソ! 開かないじゃん!?」

「……鍵穴が、何処にもない……っ」

「じゃあこの鍵なんなんだよ!?」

 

 なんなんだろうね。

 

「鍵はフェイクだったっていうの? 何の為にこんな事を……?」

「ただの嫌がらせじゃね?」

「あれだけ恰好をつけていたのにか!?」

 

 驚愕の真実に、歴戦の怪盗団といえど動揺を隠しきれなかった。

 そんな中、春は引き出しを無表情で見つめ。

 

「……もう、机を壊しちゃおう?」

「春さん!?」

 

 抑揚のない言葉に竜司は一歩下がった。

 

「は、春、ちょっと落ち着いて」

「でも、一番手っ取り早いと思わない?」

「確かにそうだが、それはもう絶対に怪盗ではないぞ」

「私たち怪盗はナメられたら終わりなんだよ。やり返さないと」

「何処の不良!?」

 

 春の暴走が止まらない。

 

 このままでは春が闘争本能に飲まれ、破壊の限りを尽くしてしまう。杏は咄嗟に振り返り、モルガナに声をかけた。この中で一番怪盗に矜持を持っている彼ならば、何とかしてくれるはずだ。

 

「モルガナ! 何とか言ってあげて!」

「うーむ。……許可する」

「なんで!?」

 

 裏切られた。

 

「どうしたんだモルガナ! 猫猫言われ過ぎて壊れたのか!」

「ちげーよ! だってしょうがないだろ。ナンバーの手がかりなんて何もねぇんだぞ? この広いパレスを一から探索し直すよりは、壊した方が早いだろうが」

 

 パレスにも、認知存在の話にも、手がかりは無かったように思う。何の情報もないままに探し物をするには、慎二のパレスは広すぎた。

 

「いや、でも、白野に何か心当たりがあるかもしれないし!」

「……ごめん、無いわ」

「じゃあせめて、この部屋の中だけでも探そ! ねっ!」

 

 無かったら諦めるから、と必死に訴える杏。

 確かに、慎二がどこかに鍵の番号をメモしていてもおかしくはない。

 怪盗団は本棚やクローゼット等を一通り探して。

 

「無いね」

「…………壊そっか」

 

 杏は肩を落とした。希望なんて無かった。

 

 皆の表情が死んでいる中、モルガナは空虚な笑みを浮かべる。

 

「もはや手段は一つだな。やるしかないか」

「まさかここまで来て力技とはな……」

「じゃあ行くよ。ペルソナ!」

「春、ペルソナ使うのはさすがにやりすぎでしょ!?」

「畜生、絶対許さないからな、マトウシンジ―――!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『…………あっ』

 

 

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