怪盗団が強盗団に変わった後。
引き出しの中身を確認すると、そこには一世代前のスマートフォンと、黒縁メガネが無造作に入っていた。
「あれ、これだけ?」
春が首を傾げて机の中を覗き込むが、他にめぼしい物は見当たらない。
皆が肩透かしを食らい、疑問符を浮かべる中、モルガナは目をまんまるにしてスマートフォンを手に取る。
「どうしたの、モナ?」
「これ、オタカラだ」
「……ハァ!?」
なんでもない、誰でも持っているスマートフォンが、慎二のオタカラだった。
杏は首をひねってぼやく。
「……オタカラって、こんなありふれたものじゃないよね? 今までも王冠や金塊とかだったし」
「オタカラは、パレスの主の欲望の源だ。佐倉慎二にとって、このスマートフォンが歪んだ欲望のきっかけだったんだろう」
モルガナはスマートフォンの画面を杏に見せる。
鮮やかな空と海が映る背景の中に、見覚えのあるアプリが目についた。
「イセカイナビ……」
「春の推測が真実味を帯びてきたな」
慎二がパレスに入る力を持っていたのなら、ペルソナに目覚めていてもおかしくはない。
「でも、予告状を出してないのになんでオタカラがあるの?」
普通のオタカラは実体が無く、靄のように空中を漂っている。実体化させるためには、パレスの主に現実世界で「狙われている」と認識させる事が必要となる。
最初からオタカラが実体化していたケースは見たことが無い。考えられる可能性としては。
「慎二は予告状を出すまでもなく、常にオタカラが狙われていると感じていた?」
慎二は分かっていたのだろうか。
白野が慎二のパレスに入って、改心させるだろうと。
「自分にパレスがあることを把握していて、白野が怪盗団だと分かっていたなら、おかしくはないのかしら?」
そう呟くも、真は腑に落ちない。どうにも違和感が拭い去れなかった。
何かを見落としているかのような感覚。このままオタカラを盗んだとして、慎二は救われるのだろうか。
言いようのない引っ掛かりを晴らすきっかけになったのは、白野だった。
「マトウシンジとのゲームの時にも、感じたんだけど……。どこか、誘導されているような気がする」
「誘導?」
どういうことだと募る視線に、白野は曖昧な考えを徐々にまとめていく。
「……そもそも人を拒絶している慎二が、オタカラを盗めるパレスを持っている事がおかしいんだ。今までのパレスだってオタカラを守るためにシャドウが配置されたり、先に行けなくなっていたりしていたよね」
カモシダパレスでは礼拝堂で天の刑罰官が襲ってきた。マダラメパレスは中央庭園で足止めをくらい、現実で干渉する必要があった。
「それが慎二のパレスでは、マトウシンジのゲーム以外でシャドウが出てこないし、現実の慎二に何かする必要もない。本人のシャドウは出て来てもいないし。オタカラを守る気が、まるで無い」
それどころか、怪盗団をサポートしていたようにも思える。教会では佐倉惣治郎が過去を教えてくれた。マトウシンジのゲームも、行くべき場所を示していた。
慎二のパレスは白野達を拒絶していない。怪盗団の存在を知っているのなら、むしろ改心されないように妨害してくると思うのだが。
「要するに、簡単すぎるってことかな」
「簡単?」
「刈り取るものに追い掛け回されるのが簡単……?」
そこには異議を申し立てたい。
「でも、わたしも引っかかってた。あまりに都合が良すぎて、本当にこれでいいのかって感じだもんな。ゲームだったら、この流れでオタカラを盗んだらバッドエンドだ」
「そして、ここはゲームの認知世界……。なるほど、警戒せざるを得ないな」
祐介は双葉の言葉に目を細める。
そもそもの目的として、怪盗団のパレスに入った目的は佐倉慎二を知る事だ。オタカラを盗む事ではない。ならば考えるべきことは別のこと。
なぜオタカラを盗むように誘導しているのか。
「実はオタカラを盗まれたい、とか? 改心されたがっているのかな」
「でもよ、双葉の時とは全然違わね?」
「そうだな。わたしは自分を変えたくて、現実で怪盗団に頼んだ。自分だけでは変えられないほど、思いつめていたから」
「だけど今回は逆。現実では拒絶されていたのに、パレスの中ではオタカラを盗まれることを望んでいる」
表面上は嫌がっていても、本心では改心を望んでいるということ。捻くれたツンデレということなのだろうか。
しばしの思考の後、祐介は口を開く。
「モルガナ。仮にこのオタカラを盗んだとしたら、パレスは消えるだろう?」
「あぁ。オタカラはパレスの核だからな」
「それは本当に良い事なのだろうか。どうにも俺は、このパレスが本人に悪影響を及ぼすとは思えない」
確かに慎二の世界の認知は正常の様に思える。
刈り取る者を除いて、だが。
「……改心は、欲望の根源を盗み、歪んだ欲望を消し去ることで起こる。悪人たちが罪を償おうとするのは、歪んだ欲望を取り除かれたことによって良心の呵責に耐えられなくなることが原因だ。つまり、パレスは罪の意識から心を守る鎧でもある」
モルガナの言葉に杏は青ざめる。
では、このパレスが無くなったのなら。
慎二はどうなるのだろうか。
「あんまりいい想像ができないんだけど……」
「そうね。パレスに自己防衛本能という役割もあるならば、安易にそれを無くすことは出来ないわ」
仮に慎二が何かに耐えられなくて、このパレスを作ったとすると、ここが無くなってしまえば、慎二は潰れてしまう。
このオタカラは盗んではならない。
その結論に春は混乱する。
「それを踏まえると、慎二君がオタカラを盗むように誘導しているのは、現実逃避をしたくない。罪の意識と向き合いたいって思っている? その罪っていうのは、母親を守れなかったことなのかな」
「まだ断定はできないな。だが、佐倉慎二が目を背けたくなるような『何か』がある可能性は高い。それを知る前に改心すると、マズい気がするぜ」
慎二はパレスを作り、『何か』から心を守っている。
そして、その『何か』を知る術が見つからない事が問題だった。
皆が深刻な表情で押し黙る中、ううむ、と竜司がオタカラを見る。
「正直、あんまり良く分からないんだけどよ。とりあえずもう少しスマホとメガネを調べてみねーか? 何かあるかもしれないだろ?」
「スマホの方はいじってみたけど、特に目ぼしい物はなかったぞ。イセカイナビも反応しない」
「じゃ、そっちのメガネは? かけてみるとかさ」
竜司の提案を聞いた瞬間、白野の手には黒縁メガネが握られていた。
「私がかけるね」
「え、いや、ん? 今何が起きた?」
「速すぎて見えなかったんだけど」
おそろしく速い動き、怪盗団ですら見逃しちゃうね。
白野は周囲の反応を気にすることなくメガネをかける。
「……エレベーター?」
白野の目には、場違いなエレベーターの扉が映っていた。