ワカメのペルソナ5   作:モンです

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第14話

 

 じゃらじゃらと手足の鎖が音を鳴らす。

 

 寝床から立ち上がって、牢屋の前に立つ懐かしい顔ぶれを眺める。一様に暗い表情を浮かべる彼等に、思わず頭をかいた。

 

「……あまり気にしなくていい。一人の男が分をわきまえずに出しゃばって、取り返しのつかない失敗をした。そんなの、よくある話だ」

「そんなわけ……っ、ねぇだろ!」

 

 竜司が振り絞るように叫ぶ。

 

「俺達のために何度も何度も繰り返して、戦い続けた! 理解者もいねぇ、たった一人で! 苦しみ続けて、救おうとしてくれた! それを、よくある話で済ませていい訳ねぇよ!」

 

 真っ直ぐな言葉に苦笑が漏れる。

 相変わらず素直で、実直な男だ。

 

 竜司の言葉に、そうだよ、と杏が手を固く握る。

 

「そんな事、普通できないよ。私だったら、すぐに心が折れてる。それでも諦めずに奔走してくれたのは、それだけ怪盗団の事を大切に想ってくれたってことでしょ?」

 

 なのに、こんなの、あんまりだよ。

 

 杏の目が涙で潤むのを、ぼんやりと眺める。

 彼女にとって僕は他人だ。今初めて会った男ってだけ。

 それなのに、これ程まで感情移入してくれるのは、それだけ彼女が純粋だということだろう。

 

 こんなに良い人達を、僕は幾度も殺してきたんだ。

 

「同情してくれるのは嬉しいけど、僕は被害者じゃないよ。加害者だ」

「情状酌量の余地は多分にあるし、何よりも、貴方が殺したわけじゃないでしょう!」

 

 僕の言葉に真が間髪入れずに否定する。

 

「雨宮君はやり直しが平行世界への移動だと知らなかった。仲間が亡くなってしまったのも、貴方の所為だとは限らないわ!」

「そうかな」

 

 庇ってくれるのは嬉しいけど、物事には限度がある。

 

「やり直しの絡繰に気付く機会は幾らでもあったと思うよ。それこそ、数え切れない位に繰り返してたんだから」

「っ……」

「自覚の無い方がタチが悪い」

 

 それに、と続ける。

 

「岸波なら救えたんだ」

 

 僕がどれほど願っても。求めても。掴めなかった未来を、岸波は一度で手繰り寄せた。

 

 それが全てだ。

 どれほどの過程があろうと、結果が伴わなければ意味がない。人の命が関わるならば、尚更に。

 

 そもそもの話、やり直す必要なんてなかった。聖杯への願いを、皆を生き返らせて、幸せにしてくれと頼んでいれば。……いや、こんなものに頼ったこと自体が間違いだったのだろう。

 

 聖杯がろくでもない物だなんて知っていた。それなのに、縋ってしまった。

 僕の弱さが大切な人を不幸にした。

 それは間違いなく僕の罪だ。

 

「君達は心の怪盗団だろう。悪人の心を盗んで改心させる。理不尽を許さず罪を償わせる。そんな信念を持った君達なら、僕のような悪人に対してすることは一つだろう?」

 

 さあ、改心してくれよ。

 

「オタカラを奪ってパレスを消失させろ。……ああ、もちろん僕は現実の自分の元に帰るから、安心して欲しい。廃人になって自殺なんてしたら、君達に迷惑をかけてしまう。それは僕の本意じゃない」

 

 誰にも見つからない場所で、静かに逝くよ。

 

 一色慎二の体を奪っておいて、その命を粗末に扱うのは気が引けるけれど。自分を乗っ取った奴が生きている方が、許せないだろう。

 

 爺さんは……一色慎二がいなくなれば、悲しむと思うが。岸波達が支えてくれるだろう。心配はいらない。

 

 もう、生きる理由は無くなった。

 僕がいないほうが良いと分かったから。

 やっと楽になってもいいって、思えるんだ。

 

 終わらせてくれ。頼むよ。

 

「雨宮蓮。君がパレスを作ってまで生きていた理由は、まさか、マスターのためだったのか? 死んだらマスターが悲しむから。それだけで?」

「…………」

「そんなに傷ついて、ボロボロになっても。他の人を想いやれるのか。いや、想ってしまうのか。……悲しい男だ」

 

 祐介が擦り切れた僕を見て、辛そうに眼を背ける。

 そういう顔を見たくなかったから、来てほしくなかったんだけどな。

 

 嗚咽を漏らしながら仲間の言葉を聞いていた双葉が、震える声を出す。

 

「嫌、だ。オタカラを、盗むなんて。終わらせるなんて、できないよぉ……!」

 

 俯く双葉の頭を撫でて、春は奥歯を噛みしめる。

 

「どうにもならないの? 私達は、雨宮君を改心させるために来たんじゃない。救うために、来たのに……」

「僕に生きていてほしいなら何もせずに帰ればいい。パレスが残っていれば、僕はずっと目を背けていくだろうからね」

 

 僕の言葉に、春は首を横に振る。

 

「このパレスがある限り、貴方の苦しみは無くならない。心の奥底で、自分を呪いながら生きていくっていうの? それじゃあ幸せになれないよ!」

「……はは」

 

 僕が幸せになる?

 生きる価値の無い、生きているだけで惨禍をもたらした、雨宮蓮が?

 

 笑わせるな。

 

「とーっても憎くて、憎い憎い僕が幸せになるなんて、許すわけねぇだろ」

 

 手のひらを見る。

 何も掴めなかった、細い手。その手には見えないだけで、幾千幾万と浴びた血液がこびり付いている。

 

 赤黒く、血腥い僕が、救いの手を取ったら。

 君達まで汚れてしまう。

 

 岸波を、怪盗団を、巻き込むつもりなんてない。

 この罪は―――僕だけの物だ。

 

「オマエは心が強過ぎるんだな」

 

 モルガナは腑に落ちた様に呟く。

 

「人は辛い現実に出会すと、目を背け、忘れる。これは別に悪いことじゃねぇ。人間が生きていく為に必要な機能だ」

 

 人は、全ての困難に立ち向かえる訳ではない。

 それだけの精神を持っていない。

 だからこそ逃避し、自分を守る。

 

「だがオマエは、罪と向き合い続けている。自分をずっと許さずに、心に傷を作りながら生きていける。誰にも話さず、たった一人で耐えてしまえるほどに、強過ぎるんだよ」

 

 それが悲運だったんだ、とモルガナは語った。

 

 可笑しくて、小さく笑う。

 心が強いのはどっちだよ。不屈の意思は岸波の専売特許だろう。

 

 今も、救ってほしくない僕を。

 絶対に諦めないと見つめ続ける岸波の方が、遥かに強靭だよ。

 

 ああ――鬱陶しい。

 

「君達の選択肢は二つ。オタカラを盗むか、このまま帰るか。どちらかしか無いんだよ」

「できればオタカラを盗んでほしいかな、楽になるし。僕が死に逃げることを許せないなら、何もせず帰るといい」

「……諦めてくれ。僕を救う方法なんてないよ。だって僕には、」

 

 死ぬ理由は腐る程あっても。

 

「生きる理由なんて、ないんだから」

 

 

 

「―――嘘だ」

 

 

 

 透き通った声が響いた。

 岸波が柔らかく笑う。

 

「貴方は嘘をついている」

 

 確信を持ったその瞳は、宝石の様に輝いている。

 

 意味が分からなかった。

 僕は嘘をついてない。それなのに。

 なんで彼女はあんなにも、艶やかに笑うのか。

 

 乾いた口を、じわりと動かす。

 

「あぁ。確かに生きる理由があったね。一色慎二の体で死ぬ事への抵抗。それとも爺さんの事かな。でも、それは」

「いいや。それだけじゃないはずだ」

 

 僕の言葉を遮り。

 岸波は胸に手を当てて。

 

「蓮は、なんで私達を助けたの?」

 

 そう問いかけてきた。

 

「怪盗団を助けることを諦めた。自分が関わると不幸になるからって、逃げたんでしょ。それなら一切を拒絶するべきだ。なんで助言をするなんて、中途半端な関わり方をしたの?」

「……先の事を知っていたら、教えたくもなるだろう。気まぐれだ」

「千回繰り返しても大切な人のために動き続ける人が、気まぐれ程度でブレるわけないと思うけどなー」

 

 岸波は呆れたように呟き。

 大きく息を吸い、言い募る。

 

「なんで私達をパレスから問答無用で叩き出そうとしないの? 説得なんてするよりも、その方が楽でしょう」

 

「なんで私と仲良くしてくれたの? 自分が不幸の原因だと思うなら、関わらない方が良いよね」

 

「なんで何回も繰り返して怪盗団を助けようとしたの? 辛いなんてものじゃない道のりを、ボロボロになっても、まだ歩いて。なんでそんなに頑張れたの?」

 

 その答えを。

 岸波は僕に突きつける。

 

 

 

「―――寂しいからでしょ。

 仲間と一緒に生きたかったからでしょ。

 

 一人は、嫌だ。

 

 それだけなんじゃないのか!!!」

 

 

 

 強い意志の込められた目は、鮮烈で。眩しくて。

 思わず、後退る。

 

 慄いた僕に、寄り添うように、受け入れるように。

 岸波は真っ直ぐ手を伸ばす。

 

「それなら、私がずっと傍にいる!

 加害者? 巻き込みたくない? 知るもんか!

 

 私達は正義の味方なんかじゃない。

 怪盗だ。世の中の理不尽に反逆する、ただのはぐれ者だ!

 

 世界の全てが雨宮蓮を否定しようと。貴方自身が貴方を殺そうとしても。

 

 私が何度でも肯定してやる。貴方の命を守ってやる!」

 

 言葉に、呑まれる。

 

「―――例え貴方にとって、雨宮蓮が無価値でも。

 岸波白野にとって、貴方は。

 数なんかじゃ表せないくらいの、価値があるんだから!」

 

 溢れんばかりの熱を叩きつけられて。

 唇を、強く噛みしめる。

 

「…………なんで、そこまで」

「あなたが私に優しくしてくれたから。それだけだよ」

 

 美しく、艷やかに歌われた岸波の想いに。

 

 僕の心は、揺れた。

 揺れてしまった。

 

「はっ」

 

 認識が甘かった自分に失笑する。

 

 どこまで馬鹿なんだ僕は。

 岸波白野は全てを救えるヒーローだぞ。

 

 僕如きの言葉で止められるわけがない。

 過去も罪も想いも、全部吹き飛ばして救ってくる。

 傍迷惑な救世主。

 

 どうやら君がいると、僕は幸せになってしまうようだ。

 

「あぁ、僕が間違っていたよ」

 

 重い手足をゆっくりと鉄格子に押し付ける。

 

「僕は自分を信じていない。皆の事を諦めた僕が、意思を貫き通せるはずがない。岸波に希望なんて与えられたら、きっと、生きるのが楽しくなってしまうんだろうな」

 

 今の言葉ですら揺れたんだ。

 ずっと傍にいられたら、いずれ心から笑ってしまうだろう。

 

 そんなの、

 

「そんなの――許せない。なに人を殺しておいて幸せになってんだ! ふっざけんなぁ!!!」

 

 激情と共に叫ぶ。

 

 それは―――許せない。

 僕の幸せを許せない。

 君の存在を、許しておけない。

 

「岸波白野。お前を叩き潰す。僕を救うなんて二度と思えなくなる様に、念入りに可愛がってやるよ」

 

 鉄格子を押し開けて、仮面を被る。

 睨めつける僕を前に、岸波は悠然と髪をかきあげる。

 

「そんなに想ってくれるなんて。嬉しいな」

「はは。―――僕、君が大嫌いだ」

「そう? ―――私は、貴方が大好きだよ」

 

 紡がれる愛の言葉に、僕は顔を歪ませて。

 微笑みつつ構える岸波と、同時に仮面を引き剥がす。

 

 互いに引けない想いの為に。

 

「「ペルソナァ!」」

 

 戦いが、始まった。

 

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