細く鋭く、息を吐く。
開戦と同時に怪盗服を纏った僕の前で、怪盗団が武器を持ち、構える。
「アーチャー! 手を貸して!」
『任せろ、マスター』
岸波の背後に、赤い外套を纏った浅黒い肌の男が現れた。
アーチャーと呼ばれた銀髪の男は険しい表情を浮かべ、油断無く僕を見下ろしている。
それは明らかにペルソナではなく、人間であった。
ペルソナとして、サーヴァントを呼べる能力。
なるほど、それが岸波の特異性か。
確かに強力だ。
だとしても、僕のやることは変わらない。
「奪え」
牢獄が広がる。壁が遠ざかる。
一瞬で天井が見えなくなる程に、空間が空いていき。
それを埋め尽くす様に黒い巨体が顕現する。
「サタナエル」
「……は? で、か……」
怪盗団が呆然と悪魔を見上げた。
反逆の意志の化身。
神を滅ぼした悪魔の王。
世界しか救えなかった、自身の持つ中で最強のペルソナ。
出し惜しみはしない。できる相手じゃない。
油断も慢心もいらない。一撃で潰してやる。
「メギドラオン」
怪盗団の中心に光が収束していく。
呆けていた彼らが動き出す頃には間に合わない。
「やっ、べ……!」
「皆、私の後ろに! アーチャー!」
『いきなり出す攻撃じゃないだろう、この規模は!』
先にペルソナを出していた岸波は、庇うように皆の前に出る。津波のように開放されたエネルギー。それにアーチャーは応じた。
『
右手を前に突き出し、短い詠唱を唱える。アーチャーの手の先に展開された七枚の花弁が、サタナエルの魔法と衝突した。
光と光がせめぎ合う最中。僕はペルソナを目晦ましとして怪盗団の裏に回り込む。
彼らの強みは連携だ。人数を活かし、幅広い属性の攻撃で敵の弱点を突く。攻撃で相手が怯んだ隙をつき、総攻撃を仕掛ける。この流れを非常にスムーズに行える事が恐ろしい。
だからこそ、体勢を整えられていない今の内に、一人ずつ倒す。
アーチャーの赤く輝く盾は花弁の六枚と引き換えに、岸波達を守り抜いた。僕は時をかわさずに魔術を起動する。
「ガンド」
銃の形をした手の指先から赤黒い光を撃つ。長い年月を経て研磨された魔術。弾丸のごとく放たれる呪い。対人を制することに適したその力は、狙い通りに着弾する。
「う、ぐ!?」
「双葉!」
双葉が膝をつく。
ガンドは一工程で相手を行動不能にできるルーン魔術。双葉を封じる事で情報支援を絶ち、相手を冷静にさせない。落ち着かせない。
魔術と同時に吶喊する僕に対処を追いつかせない。
「後ろから雨宮君が!」
「けど、あのペルソナは無視できねぇよ!」
「ペルソナはアーチャーで何とかするから、皆は蓮をお願い!」
僕とペルソナに挟まれ、浮き足立っている最中、僕は近接戦闘の間合いに入る。
ペルソナチェンジ――ヨシツネ
「キャプテン・キッド! ゴッドハンドォ!」
「っ、駄目、竜司っ!」
即座に竜司が仕掛けるも、一手遅い。
黒い巨体が消え、僕の傍に緋色の鎧具足を身につけた長髪の美青年が現れる。太刀と脇差の二刀を手に持つ彼は、自然体で滑らかに構える。
渾身の力で放たれた拳。迫るキッドの一撃を左手で逸らして勢いづかせ、体制を崩した所にヨシツネは刀を振るう。
祐介の刀が差し込まれた。
祐介が間に割り込み、刀と刀を交える。ペルソナを出す暇が無いなら、自らで仲間をカバーする、瞬時の判断。ヨシツネの刀はそのまま振り下ろされ、彼は吹き飛ばされた。
床に打ち付けられる前に、杏が受け止めて事なきを得る。
「別のペルソナ!? 白野と同じく、複数のペルソナを持ってるっ!」
「チャージ」
「くっ、ヨハンナ! マハラクカジャ!」
「八艘跳び」
真が防御の補助魔法で対応する。それでも物理最強のペルソナは、それを容易く超えていく。
神速の踏み込みで懐に入り、両の刀を振り抜く。咄嗟に身を固めた怪盗団を、一度で態勢を崩し、二度で武器を弾き。無防備となった身体へと息もつかせぬ五連撃を刻み込んだ。
強烈な斬撃を受けた彼らは膝をつく。
これで動きが止まる。
特に双葉は
攻め手を緩めるな。足を止めるな。常に先を取らねば彼らの連携を、絆を、崩せない。
「させっかぁ!!」
モルガナの怒声と共に、ペルソナであるゾロが僕に向かってきた。負傷を物ともしない姿に、さすがだなと、言葉にはせず称賛する。
距離を縮めながら、ペルソナを入れ替える。
「大盤振る舞いだ、ゾロ! マハガルダイン!」
主の前に立つゾロは手に溜めた風の渦を刃に纏わせ、レイピアを振った。放たれた斬撃は風を纏い、暴風となって迫り来る。
僕はそれを避けることなく受けた。
「無傷!? 読まれ、」
「真理の雷」
隻眼の紫肌の男性が槍を地面についた直後、モルガナに雷撃が刻まれた。意識を無くし、力無く倒れるのを確認する。
目的は、岸波。
既にサーヴァントを入れ替えた彼女の隣には、狐の尻尾を持つ妖艶な女性―――キャスターが、吟ずる様に詠唱を読み上げている。それは許さない。
宝具を止めるために、ホルスターから取り出した銃を向ける。
「ここは通さないよ」
庇う様に立ち塞がった春を見て、目を細めた。
この先に行かせないという強い意志。足を引きずりながらも、時間を稼ごうとする彼女が眩しくて。それでも、止まるわけにはいかない。
目を背けるように
「ワンショットキル」
春が僕を指差す。ミラディの狙い澄ました一撃が、長髪の牙を持った魔物の急所に突き刺さり。
銃撃反射により同じ軌跡を辿って跳ね返される。
虚を突かれた上での強烈な一撃に、ミラディと春がぐらりと揺れる。それでも倒れない、それでも譲らない。意地でも踏み留まる。
抗う春の震える足に向けて、僕は銃の引き金を引いた。
春が目を閉じる。
『豊葦原瑞穂国八尋の輪をかけ、ひゃっ!?』
「……え?」
弾丸は春の足の間を通り抜け、床を跳ねてキャスターの鏡を弾き飛ばす。
詠唱が止まったのを確認し、呆然とする春の意識を刈り取った。
崩れ落ちる彼女を横たえて、ペルソナチェンジ。
新たに現れたペルソナは、金髪の可憐な少女だ。
幼く笑う少女――アリスを見て、キャスターが後退る。
『こ、れは……なんと底知れぬ呪力っ! ご主人様、これは如何に才色兼備なタマモちゃんでもちょーっと本気で対処しないとまずいっていうかぁ……』
『あのねー。死んでくれる?』
『このガキんちょ、ノータイムで全体即死撃ってきました!? セイバーさんかアーチャーさんなら倒されてますよ! ああもう、皆さんの回復が追い付きません! 宝具が通っていれば……!』
『はやくしんでよ』
『ぐぬぬ……コイツ、絶対泣かす……!』
アリスに対処できるのはキャスターしかいないらしい。これならば、しばらく岸波のサーヴァントを封じられる。
怪盗ステッキを構えた僕は、間隙を縫う様に岸波へ迫る。脱力からの重力を利用した吶喊。地面からの反発を全て推進力に変え、空気を裂く様な疾走。動きのロスを極限まで無くした一突き。
岸波は冷静に対応する。
腰からパリングダガーを抜いて、突きを下から上へ擦り上げる。肩を狙った一撃を逸らすも、衝撃は流し切れない。体勢を崩しながらも後ろへ飛んで、間合いを切る。
その瞬時の判断に舌を巻きつつも、追撃のガンドを放つ。
空間ごと燃やし尽くすような炎が視界を遮った。
「忘れてもらっちゃ、困るっての!」
ダメージから立ち直った杏のアギダインが、ガンドを消し飛ばす。岸波の援護と同時に目くらましを行い、鞭で絡め取ろうと振るわれる。
「はっ?」
「杏!」
魔術で強化された腕力で、思い切り鞭を引く。弾かれたように此方へ飛ばされる杏を、バイク型のペルソナ―――ヨハンナに乗った真が掻っ攫う。
カバーは完璧、だけど。
鞭を手放し、離れる彼女達に向けて銃弾を二発。
バイクのタイヤを打ち抜いた。
「嘘っ!?」
「キャァァァアアア!?」
バランスを崩し、杏と真はバイクから投げ出される。地面を転がる二人にガンドを撃ち込み、意識を喪失させた。
人数は減らせたが、時間を稼がれたな。
視線を岸波に戻そうとして。
「キャプテン・キッドォ! マハタルカジャ!」
竜司が力を底上げしながら、祐介と共に距離を詰めてくる。迎撃せんとする僕のガンドを時にすり抜けて、時にスキルで消しながら迫る。
岸波に注意を向けさせないつもりだろう。キャスターに岸波が加わればアリスを倒せる。そうすれば全員を回復して立て直せる。時間は、あまり無いか。
眼前に迫り来る彼らに対し、ステッキを向ける。
竜司と祐介は同時に仕掛けてきた。小さく体を動かすと、竜司の拳は空を切り、祐介の刀は僕の眼前を掠める。間髪入れずステッキを薙ぐが、彼らは互いを蹴り合って飛び退いた。
入れ替わる様に二体のペルソナが前に出る。
自身の攻撃は陽動、その後が本命か。良い連携だと思わず笑みが溢れる。
「蹴散らせ、ゴエモン! ――ブレイブザッパー」
「ぶっこめ、キッド! ――電光石火」
ゴエモンが放つ渾身の一撃に合わせて、キッドが疾風の如く駆け抜ける。
自らの身を削るのも厭わない、最大火力と最高速度。空間を圧し殺すような重厚な連撃。
吹き荒れる斬撃と打撃の嵐に、僕は躊躇なく身を躍らせた。
右に一歩。左の頬に、拳が掠める。
前に二歩。頭を下げて、蹴りを躱す。
横に一薙ぎ。太刀筋を読みきり、斬撃を流して。
前に三歩で、掻い潜る―――!
「なっ――」
祐介の鳩尾に拳を突き立てる。
崩れ落ちる祐介を残して、弾かれるように竜司へと跳びながら中段蹴り。
「く、そっ……」
ロッドで受け止められると同時、反対の足で上段の前蹴り。顎を揺らして意識を奪った。
着地して、悠々と岸波に目を向ける。
激しい戦闘音が響く。
猛攻のやりとりの末、アリスが此方に吹き飛ばされて来るのを、僕は受け止めた。
『よっしゃあ! どうじゃワレィ! 私とご主人様にかかればお茶の子さいさいですよ、ってあれ? ぜ、全滅してるぅー!? み、皆さんの回復を……』
「させると思う?」
『ですよねー』
銃をチラつかせて回復を牽制。
キャスターは冷や汗をかきながら、ひきつった笑みを浮かべる。
『ごめんね、お兄ちゃん』
「いや。良く持たせてくれた。ありがとう」
アリスを労って、ペルソナを変える。
仮面を引き剥がし、顕現せしは最強のペルソナ。
「っ、……皆」
岸波はサタナエルの姿に目を細め、仲間を見て唇を噛み締める。
仲間は倒れ、僕は無傷。状況は詰みに近い。
それでも岸波は、理不尽に抗う。困難に立ち向かう。逆境でもなにくそと這い上がる。
それでこそ、だ。
感慨に耽る僕の前で、岸波はサーヴァントを喚び出す。
「アーチャー」
『なるほど、絶体絶命か。いつも通りだな、マスター』
「……へぇ」
キャスターが
複数のサーヴァントを同時に扱えるのか。
今まで三味線を引いていた? 何らかの条件か、デメリットがあるから使っていなかった?
もしくは。
今、この瞬間に。
「セイバー」
『やっと余の出番か。待ちくたびれたぞ?』
さらに現れたのは赤い舞台衣装に身を包んだ少女。
セイバーは優雅に真紅の剣を抜く。
仮に、この短い間にサーヴァントを同時運用できるようになったとしたら、悠長にしてはいられないか。
「……私達はボロボロで、相手は私達よりも、ずっとずっと強くて。それでも――諦めるわけには、いかないんだ!」
『うむ! より強い願いが生き残るのではない。より美しい願いが生き残るのだ。なればこそ、ただ強いだけのあやつではなく。愛しい者を救済し、愛を贈らんとするそなたに、勝利の女神は微笑むのだ!』
力強く地を踏みしめて、吠える岸波に。
サタナエルと共に、銃口を向ける。
「なら、これに耐えてみなよ」
かつて神を穿ったその力。
世界しか奪えなかった銃弾。
僕の持つ、最大の切り札。
その身に刻め。
『大罪の徹甲弾』
引き金を引いた。
轟音が大地を揺らし、衝撃が空間を削り取る。
世界そのものが悲鳴を上げているような錯覚を覚えるほどの、破壊の権化。
放たれた弾丸は空気を貫き、光の軌跡を描いて標的へ向かう。
岸波は息を大きく吸って、大地を踏みしめた。
「――さぁ、乗り切るよ!」
『あげていくぞ、奏者よ! 皇帝特権!』
『トレース・オン――熾天覆う七つの円環』
『私の主戦力をお見せしましょう。呪層界・怨天祝奉からのォ、呪層・黒天洞!』
岸波の前に、幾つもの術式が重なり、組み合わさって。
彼女の心の様な、何人も打ち砕けぬ壁となる。
「『『『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおお!!!!!』』』」
途方も無い力に後ろに足が下がる。
身を守る盾に亀裂が走る。
それでも。
それでも―――砕けない。
「……嘘だろ」
爆発と共に、白い煙に飲まれる。
轟々と鳴り響く中、視界が晴れて。
激しく息を切らしながらも、岸波はそこに立っていた。
「これを、止めるかよ」
サーヴァント達も疲労困憊な様子だが、目立った傷はない。
あの威力を宝具無しで凌ぎ切るか。
やっぱりお前は凄いな、白野。
「いくよ――反撃開始だ!」
『うむ、ここからは余の独壇場である!』
力強く、走り出す彼女達に。
再び銃を向ける。
それじゃあ、二発目といこうか。
「再装填、完了。ファイア」
『大罪の徹甲弾』
「―――は?」
銃声が鳴り響いた。
音が、死んでいる。
僕はコートに付いた粉塵を払い、緩やかに歩みを進めた。
岸波も、竜司達も、ペルソナも、サーヴァントも。
誰一人として動くものはいない。
命に別状はないけどね。
それにしても驚いた。
岸波は僕の切り札を無傷で凌ぎ切るし。竜司達も、ペルソナが覚醒してないと思えない強さだった。
まともに連携されていたら、もっと手こずっただろう。
ほう、と安堵の溜息をつく。
彼女の率いる怪盗団ならば、この先もきっと乗り越えられる。
そう信じられる強さ……いや、絆だった。
先のセイバーの言葉を借りるなら。
強いだけの僕ではなく、美しい絆を持った岸波ならば、きっと全てを救えるはずだ。
得るものが無い戦いだと思ってたけど。
怪盗団の未来に確信を持てたのは、良かったかな。
心配してくれてありがとう。
僕の為に泣いてくれてありがとう。
その気持ちだけで、悪人にはもったいない位だ。
僕には、願う資格すらないのかもしれないけど。
この世界では幸せになってくれよ、怪盗団。
……それじゃあな。
僕は岸波の傍らに落ちている、スマートフォンに手を伸ばした。
『ライダー』
『あいよ!』
背後からの銃声に飛び退いた。
銃弾を避けて、後ろを振り返る。
銃を向けているのは、顔に大きな傷を持つ、赤いコートを着た美女。その隣には、僕に似た紫髪の少年が佇んでいる。
見覚えのある顔に、目を細めた。
「間桐シンジ。……どういうつもり?」
『ハッ、分からないのかい? 僕はアイツ側につくってコトだよ』
シンジは両手を広げ、嘲笑う。
パレスの認知存在まで味方につけたのか。どんな求心力だよ。これは流石に予想外だ。
しかも、太陽を落とした女――ライダーまでいる。
フランシス・ドレイク。
あらゆる不可能を不可能のまま可能に変えてしまう、なんて訳の分からないスキルを持った女海賊。
ジャイアント・キリングを当然のように行う。
一筋縄では行かない、厄介が過ぎる。
警戒する僕を、シンジは見下す。
『ま、それよりも。僕だけを気にしてていいのかい? アイツらは蛇なんかより遥かにしつこいぜ?』
「……いや、まさか」
否定の言葉が出かけた時。
『これぞ、九重……天照らす―――』
あってはならない、声がした。
振り向くが、遅い。
『―――水天日光天照、八野鎮石ィ!』
苦しい胸を抑え、肺を絞り切るように叫んだキャスターの、手にある鏡から。
虹色の雫が滴り落ちた。