ワカメのペルソナ5   作:モンです

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最終話

 

 牢獄の天井は、暗い闇に覆われていた。

 石畳の冷たさを背中で味わいながら、ひとりごちる。

 

「負けた、のか」

 

 思考が現実に追いつくと、体の力が抜けていく。

 

 勝てなかった。それは、僕の歩いてきた永い道のりが、その程度でしかなかったってことだ。

 

 幾度も経験した敗北だ。自分が弱いってことは、分かっていたつもりだった。それでも、この敗北は堪える。

 

 僕が弱くて、何も守れなかったからこそ、この戦いは勝たなきゃいけなかったのに。

 

 自分に失望して大きなため息を吐くと、胸元から割れた音が聞こえた。

 懐に手を伸ばすと、杯の欠片が出てくる。

 

 聖杯が、割れていた。

 

「本当に、終わりなんだな」

『―――いいや、始まりだよ』

 

 掛けられた声の方に目を向けると、間桐シンジとライダーが僕を見下ろしていた。

 

『なんだ、その杯壊れちまったのかい? 祝杯の器代わりにいただこうかと思ってたんだけどねぇ』

「勘弁してくれ。というか何でここにいるんだよ」

『今まで散々僕の下手な物真似をしてくれたんだ。使用料を取り立てに来たのサ』

「……お前の仮面を被るんじゃなかった」

 

 懐かしい友人の言い草に頬が引きつる。

 相も変わらずめんどくさいというか、素直じゃない奴だ。

 

 恨めし気な目でシンジを見ていると、皮肉な笑みを浮かべて顎で促される。

 観念して体を起こす。僕の前に怪盗団が並んで、此方を見据えていた。

 

「まさかサタナエルを真っ向勝負で打ち破るなんてね。本当に、恐れ入ったよ」

 

 力のない笑みがこぼれる。

 僕の脱力した様子を見て、モルガナが意外そうに問いかけてきた。

 

「ずいぶん素直に負けを認めるんだな」

「僕の全てをかけた一撃が君達の想いに打ち破られるのを、目の当たりにしたんだ。もう抵抗する気も起きないよ」

 

 体も動かないし、と赤く染まった右腕を見てぼやく。

 

「勝てると思ったんだけどな。ずっと鍛えてきたし。まだ何か、足りなかったのかな」

「いや、足りなくないでしょ。むしろ理不尽もいいところだったからね!」

 

 いきり立つ杏を宥めて、春は優しい顔で微笑む。

 

「足りないんじゃない。色んな物を抱え込みすぎたんだよ。強い人だって、何もかもを一人でできるわけじゃない。全部を守れるわけじゃないわ」

「仲間がいたかどうか。それだけだ」

「……そっか」

 

 怪盗団に一人で挑んだ時点で、勝負はついていた、のか。

 

「集団リンチされたんだ、そりゃ勝てないよな」

「言い方ぁ! いや、事実だけど人聞きが悪すぎんだろ!」

 

 一人で九人と戦ったんだ。これぐらいの恨み言は許してほしい。

 

 疲れたようにぼやく僕に、真は苦笑して。

 

「けれど、もうあなたは独りじゃないわ。私たちがいるもの」

「そうだぞー! 頼まれたって離れてやらないからな!」

 

 真に、双葉に、皆に笑顔を向けられて、泣きたくなってきた。

 

 ずっとずっと、夢に見てきた光景。

 そうか。そうだったな。

 僕は、こんな景色が見たくて、戦い続けてきたんだった。

 

 涙が込み上げて、咄嗟に目を伏せる。

 足音が近づいて、動かない右手を優しく握られた。

 

 顔を上げると、岸波が僕の手を胸に当てていて。

 

「私の希望(せかい)をあなたに分けてあげる。だから、あなたの(せかい)を私に分けて?」

 

 こぼれるような笑みを前に、僕は悟った。

 

 ―――どうやら僕は、幸せになるしかないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月19日。

 まだ肌寒い春の日。僕は自室で暖かい茶を啜っていた。

 

 ―――心の怪盗団は統制の神を討ち滅ぼした。

 誰一人欠けることなく、世界を救ってみせたのだ。

 

 噂によれば、黄金の鎧を身にまとった青年が豪快に笑いながら、神を一方的に叩きのめしていたらしい。いったいどこの英雄王なんだ。見当もつかない。

 

 事件後も、救世主であるはずの白野が警察に出頭したり、釈放のために数多くの人が動いたりと、騒動には事欠かない。

 

 そんな話題の中心人物である白野はというと。

 

「あ゛ぁ゛ー。あったまるぅ……」

「おっさんみたいな声出すなよ」

 

 僕の部屋でのんべんだらりとくつろいでいた。

 

「いいよ、ここには蓮しかいないんだし」

「僕がいるから問題なんだよ。白野は自分が美少女だって自覚を持つべきだと思う」

「…………。こんな姿見られたら、もうお嫁に行けない。だから蓮を嫁にもらうね」

「照れ隠しでとち狂ったことを言うな」

「照れてないっ」

 

 褒められることに耐性が無さ過ぎる。

 頬を赤く染める白野がちょっと心配になっていると、彼女は大げさにため息をつく。

 

「ふてぶてしくなっちゃって。あの頃のいじりがいのあるワカメはどこに行っちゃったの?」

「知るか。お前が僕を変えたんだろ。責任取れよ」

「取るッ!!!」

「力強い」

 

 白野が敢然と立ちあがるのを見て、僕は思わず後退った。

 ちょっと男らしすぎると思うんですけど。

 

「というか明日、地元に帰るんだろ。準備や別れの挨拶は済んだのか?」

「当然。準備はもう終わっているし、別れの挨拶は午前中にしてきました。あとは蓮とイチャつくだけです」

 

 いや、そんな予定聞いてない。

 しばらく会えなくなるから、寂しいのだろうか。

 

 構ってほしそうにこちらを見てくる白野の姿に、僕は一つ頷く。

 

「よし。それじゃ、何か欲しいものあるか? 買ってやるよ」

「本当!? そ、そうだなぁー」

 

 白野は顎に手を当てて、うんうんと唸る。

 悩んだのち、白野がスッと人差し指を立てた。

 

「蓮の眼鏡が欲しい」

「えっ。……いやまあ、伊達だから構わないけど」

 

 眼鏡を手渡すと、白野は大事そうにカバンの中にしまった。

 ものすごい笑顔なのが怖い。

 

「ありがとう。でも、これだと蓮が困るよね。だから新しい眼鏡を私が買ってあげる!」

「伊達って言ってるだろ」

「どうせなら杏達と一緒に行こっか」

「あれ、聞こえてないのかな?」

 

 白野はスマホを取り出し、意気揚々と連絡を取り始めた。

 

 最近は竜司達がかなりの頻度で白野と僕に会いに来て、遊びに連れていかれる。

 

 何故かパレスの記憶が残っている僕は、彼等を無下に扱えず、抵抗を早々に諦めた。爺さんもノリノリで送り出すから、この件に関して味方は一人もいない。

 

 ……爺さんにも、迷惑をかけた。パレスが攻略された後、僕と顔を合わせただけで、何が起きたのか分かったらしい。涙ぐんで、何度も頷いていた。

 

 事情を説明し、謝罪と謝意を伝えたが、何も変わらずに接してくれている。もう頭が上がらないな。

 

 ぼうと考え事をしていると、連絡を終えた白野が、思い出したように言った。

 

「蓮はさ、四月から高校に行くんだったよね。何かやりたい事でもできたの?」

「ああ。……医者になりたいんだ」

 

 初耳、と白野が呟き、理由を聞いてくる。

 

 特別な理由があるわけではない。

 ただ、罪を犯してきた分、今度こそ人を救いたいなと思っただけだ。

 それに―――

 

「白野の記憶喪失も、僕が治してやるよ」

 

 僕の言葉に白野は目を丸くして、頬を緩めた。

 

「それなら、私は看護師になってあなたを助けるわ」

「へぇ、嬉しいね。精々扱き使ってやるよ」

「私があなたを?」

「お前今助けるって言ったよな!」

 

 逆に苦労させられそうなんだが!

 

「それと、協力してくれそうな医者に心当たりがあるから、声をかけてみるね」

「武見さんか。それは素直にありがたいな」

「……手を出したら、分かってるよね?」

「はい」

 

 そんなつもりは無いから、目にハイライトを入れてください。

 

 じとーと僕を見る白野に、頬が引きつる。

 何とも言えない空気が流れる。なんとなくおかしくなって、互いに吹きだした。

 

 皆がいて、夢を語って、笑いあって。

 そんな世界に僕が存在しても良いのかと、今でも思うけど。

 

 白野の幸せそうな顔を見て、なんかどうでもよくなった。

 

「あ、連絡が返ってきた。皆オッケーだって!」

「了解。行きますか」

 

 椅子から立ち上がり、バッグを持つ。

 

 この先に何があるのかは分からない。モルガナ曰く、白野も僕も“持ってる”らしいから、平坦な道のりではなさそうだ。

 それでも白野達がいるのなら、歩いていけるだろう。

 

 僕はもう、希望を貰ったのだから。

 

 大きく伸びをして、部屋を出ようとすると。

 

「蓮!」

「なんだ、白野―――」

 

 振り返ると、視界いっぱいに白野がいて。

 

 少しずつ、距離が縮まる。

 

 

 

 ―――唇の感触は、甘酸っぱいレモンの味がした。

 

 

 

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