「犯人は、ワカメ。お前だ!」
「意味がわからないし僕はワカメじゃない」
岸波は部屋に入ってくるなり、探偵みたいな事を言って僕を指差す。ついにおかしくなったのだろうか。頭が。
僕は気が触れてしまった岸波を、憐憫を込めて見た。
「その目はすっごいムカつくからやめて」
「じゃあ説明をしろよ」
仕方ないなぁ、とスマホを取り出す岸波。とん、とんと指で操作した後、スマホの画面を僕に見せる。それは学校の裏サイトであり、バグっているのか、ほとんどの文字が文字化けしていた。
「最近、ずっとこんな感じで使えないんだって」
「へぇー」
「で、これが始まったのは、私が慎二に弱音を吐いた、次の日らしいんだ」
「ほー」
「心あたり、あるよね?」
あるわけないだろ、と答えてそっぽを向く。だが岸波は僕の言葉を信じていないようで、ニヤニヤとこっちを見る。……なんかこいつ笑ってばっかだな。人生楽しそうな奴だ。
「いやー、慎二デレッデレだね! ツンはどうしたの?」
「だから僕は何もやってない。証拠もないだろ」
「だってそのパソコン超すごそうだし」
「それだけかよ……。って頭撫でるな顔を寄せるな」
よーし慎二はいい子だねー、よしゃよしゃよしゃ。
「犬じゃねぇよ!」
「いいツッコミだ……!!」
岸波は生き生きしている。ダメだ、味をしめてやがる。
ハッキングした際、証拠は残してないはずだから、本当に誰がやったかは分からないはずである。なのに岸波は僕によるものだと確信を持っているようだ。
いやまぁ、確かに話を聞いた直後にやったのはまずかったかもしれないが、なぜここまで僕だと断定できる?
なんでそんなに僕を信用できるんだ。
「相変わらず訳分からん奴だ……」
ま、別に気にするほどのことじゃないか。僕は首を振って理解を諦めた。
「で? 僕をからかいにきただけか?」
そう問うと、岸波は背筋を伸ばして姿勢を正し、視線をわずかにそらして。
「いや、その。お世話になったわけだし、お礼にお姉さんがデートしてあげよっかなって」
そう言って、顔をわずかに赤くした。
「……は?」
こいつは、正気だろうか。……えっ、と、何を言っていいか、わからん。
「な、なんか言ってよ」
「ぶっちゃけ外見は良いけど中身がやばすぎるんでお断りしま」
「来るよね?」
「ハイ」
そういうことになった。
埋浜。年間3000万人以上が訪れるデスティニーランドで有名ではあるが、元々は東京湾岸の漁師町だったそうな。魚が美味しいらしいんだが、今回はデスティニーランドしか回る時間はないな。
「ランドだ!」
「せやな」
慎二ですが岸波のテンションがおかしいです。
「せっかく東京に来たんだし、一度は遊びに来たかったんだ!」
「僕、カチューシャとかはしないからな」
「うさぎの耳買ってあげる」
「やめて」
僕の言葉に即座に反応した岸波はお店に直行。見事にお揃いのバニーのカチューシャを買ってきたのだった。藪蛇さんこんにちは。
別に、嫌だったらつけなければ良いだろう、と思うかもしれない。しかしよく考えてみてほしい。岸波がカチューシャをつけさせようとして、僕が抵抗している姿は、傍から見てどう思われるだろうか。
そう、カップルである。
周りから暖かい目で見られたり、リア充爆発しろと言われるのはごめんだ。イチャイチャしてると見られないために、僕は素直にカチューシャを被った。……まだ手遅れではないんだ、そう信じていたいんだ。
そんな駆け引きはさておき。
遊園地という場所に来たならば、僕は岸波に言っておかなければならない事がある。
「ああ、僕、絶叫系は乗らないから。勘違いするなよ?別に怖いってわけじゃない、気持ち悪くなるから嫌ってだけだ」
「それはフリかな?」
「ちげーよ!!」
断じてフリじゃないし怖くない!
ただちょっと乗り物酔いをするだけだ!
「なら乗っても問題ないよね!」
「他にも乗るもんあるだろ!なんでわざわざそれにする必要が……、引っ張んな!」
やめろ、おい、本当にやめろ!
その先は、地獄だぞ――
「キャーー!」
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最悪である。
「いやー、楽しいね! もう一回乗る?」
「お前は僕を殺す気か……?」
冗談だよ、と笑う岸波。何がそんなに楽しいのか僕にはさっぱりわからないが、彼女はここに来てからずっとご機嫌である。というか僕へのお礼って話ではなかったのか。なんで僕の希望に沿わないことばっかりやるんだ。やめろ岸波、あーんじゃない、そもそも間接キスだろ、そういうの気にしろお前本当に女か。
まぁ、しかし。岸波の猛攻を躱す必要があるが、デスティニーランドでの時間自体は楽しめている。一度も来たことがなかったし。女と一緒に遊ぶのも、それどころか友達と出かけることも初めてだ。……あれ、何かおかしい気が……。
「どうしたの?」
「いや、別に」
『見てください、ティラノサウルスがF-4戦闘機を食べていますねー』
「どういう状況だそれは」
今はジャングルを船で進む、みたいなアトラクションに乗っているわけだが、世界観がよく分からない。恐竜がどうやって戦闘機を仕留めたんだ、つーか食うな。
「肉食ならぬ鉄食……新しいね」
「新しいで済ませて良いのか?」
『おっと、どうやらティラノサウルスがこちらに目標を定めたようですねー』
「おいガイド、嘘でも良いからもうちょっと緊張感を出せ」
ガイドは鼻で笑った。
「よし、一発殴らせろ」
『おお、どうやらこちらの男性がティラノサウルスを足止めしてくれるようですねー!』
「そっちじゃなくてお前のことだよ!」
『使えないなワカメ』
「ワカメっていうなぁっ」
どいつもこいつも人の髪をなんだと思ってるんだ。天パなんだから仕方ないだろ……。つーかこのガイドよくクビにならないな。
その後もガイドに罵倒され。
『ご乗車ありがとうございましたー』
「また来ますね」
「二度と来るか!」
散々である。ここのアトラクションこんなんばっかだな。
いくつかのアトラクションに乗った。どのアトラクションも一筋縄ではいかない物ばかりだった。さすがデスティニーランドといったところか、他の遊園地と一味も二味も違う。良い意味で……なんだろうか。
「もう、いい、つかれた。どっかで休むぞ」
「はーい」
ちょうどパレードも始まるしね、と岸波は近くのベンチに座った。手にはポップコーンとコーラが。映画でも見るんだろうか。
ちなみに僕の手は岸波が買ったおみやげの袋で埋まっております。悲しいね。
「いや、私が持つよ?」
「いいんだ、岸波。これは男の意地なんだ」
女子に持たせてはならない。
荷物を置いて岸波の隣に座る。パレードを見るための人がちらほらいるが、今日は元々そんなに人がいなかったため、ここからでも十分見れるな。
「ねぇ……」
「なんだ?」
岸波の顔を見ると、何か迷っているような表情だった。
「本当にどうした?」
「……ううん、なんでもない」
「ふーん」
……ま、言いたくなったら言うだろ。
そして、パレードが始まる。
ネズミっぽいマスコットキャラや踊り子衣装の女、コサックダンスをしている男。それらがメルヘンな乗り物と共にライトアップされ、明るいメロディの中、行進している。
空には、それを彩るように花火が上がっていた。
「岸波」
「どうしたの?」
「今日は楽しかった。ありがとう」
僕がそう礼を言うと、彼女は目を丸くして。
「……ごめん、もう一回言ってくれる?」
「誰が言うか。おい、録音するのをやめろ」
「だって慎二が素直になってるなんてありえないもん!」
「こいつ……」
僕をなんだと思ってやがる。もう二度と岸波に礼を言ってやるもんか。
「あはは、冗談だよ。ちょっと照れくさくなっちゃって、茶化しちゃった。――どういたしまして」
「……ふん」
そんなこと言ったって僕の決意は揺るがないぞ。三日は言ってやらないからな。……揺らいでなんかない。
僕の固い決意を余所に、煌びやかなパレードは進んでいった。