ワカメのペルソナ5   作:ぽけぽっけ

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第3話

 

 季節は巡り、夏になった。岸波も試験が終わり、夏休みに入ったようで、午前中は僕の部屋でゴロゴロしている。午後もたまにゴロゴロしている。今もゴロゴロしてるし、もはや僕の部屋といっていいのかわからないが、その辺はもう諦めてしまった。

 

 世間では心の怪盗団、と言うのが流行っている。曰く、悪い人を改心させる、とのこと。名前は確か、ザ・ファントムだったっけ。

 

 というかこれ、岸波関わってるよな。こういった変わった出来事には大体関わっていると思っていい。何たって主人公様だからな。ここでただ宿題やったり漫画読んだりしているだけではないはず。最近は友達と遊んだりしてるらしいし、その時にでも活動しているんだろう。

 

 岸波が怪盗団の一員だとしたら、

 

「コードネームはザビエルかね」

「!?」

 

 怪盗団VS何かで聖杯戦争でもしているのだろうか。前行ったランドも名前がデスティニーだったし、なんか関係あるのかね。まぁ、なんにせよ、やっぱ岸波はヤバいやつだ。

 

「ね、ねぇ、今の、どういう意味?」

「いや、岸波がザビエルっぽいなと思っただけだ」

「ホントどういう意味!?」

 

 フランシスコ……ザビ……!?

 

「ザビ子さんちわっす! お疲れ様です! 調子どっすか?」

「そのチンピラ風なんなの!? あとザビ子って言うな! 私にはジョーカーってカッコいい呼び名があるの!」

「へー」

「あっ」

 

 ジョーカー、ジョーカー、か。友達にジョーカーって呼ばれてるって……何というか、恥ずかしくないのだろうか。

 ま、怪盗団でのコードネームってことだろうがな。というかボロを出すな。僕が困るだろ。

 

「なんか、似合わないな。由来はなんなんだ?」

「えっ、なんか、こう、切札的な?」

「ババ抜きのジョーカーとかそういう意味じゃなくて?」

「いい加減にしないと怒るよ!」

 

 フシャー、と猫のように怒る岸波。パソコンから岸波へと向き直った僕は、痛む頭を抑えて問いかける。

 

「じゃあ真面目に聞くが。岸波は怪盗団なのか?」

「そ、そんなわけないよ。全然ちがうよ。……ホントだよ?」

「お前隠す気あんの?」

 

 隠してなんかないしっ、と岸波は視線を泳がせて動揺する。どう見ても図星だとしか思えない。こいつ、大丈夫だろうか。そのうちポロっと正体バラして捕まったりしないよな。

 

 最近話題の怪盗団。今はメジエドと呼ばれるハッカー集団に宣戦布告されているみたいだ。学生でハッカーに勝てるかというと、まぁ、無理だろうな。

 

 …………。

 

「そういえば、岸波。この辺で良い腕のハッカーがいるって知ってるか?」

「ホント!? ……あ、いや、怪盗団とか全然関係なくて、個人的な興味としてね?」

「お前ワザとやってるだろ」

 

 流石に露骨すぎる。そう思って問いかけたが、岸波は相変わらずうろたえていた。マジか。本気でその反応してんのかよ。可愛いでは済まされないんだからな。

 

 もう諦めろ、分かってるから。そう言うと、岸波はぐぬぬと唸り、話の続きを促してきた。

 

「この近くに間桐って家がある。割とでかいから見つけやすいだろ。その家に住んでる間桐双葉という女が、天才ハッカーのはずだ」

「……なんでそんなこと知ってるの?」

「あそこは色々悪い噂が立っていてな。興味本位でハッキングしてみたことがある。そして二秒で逆ハックされた」

「えぇー……」

 

 割と自信があったからちょっと泣きそうだった。

 

「でも、悪い噂か……。どんなのなの?」

「色々あるが、よく聞くのは、間桐の娘さんは虐待されている、というものだな」

「……そう」

 

 スッと目を細め、呟く。静かになった岸波は、他に情報はないのか聞いてきたが、詳しくは僕も知らない。興味を持って調べたのが大分昔なので、もうほとんどを忘れていた。

 

「せいぜい頑張れよ、怪盗団さん」

「……また、助けられちゃったね」

「僕はお前を助けた覚えはないが?」

「あはは……慎二ってほんっとに、見事なまでにツンデレだよね。見てて飽きないわー」

「うるさい」

 

 僕の返答を聞いた岸波は、相変わらずだなあと笑いつつ。

 しっかりと礼を言って部屋から去って行った。

 

 

 

 

「で、慎二。お前、岸波ちゃんとどこまでいったんだ?」

「……この前の事か? 遊園地って言っただろ」

 

 夕食後に佐倉惣次郎から変な質問がきた。普段外出なんかしないし、心配をかけないように場所は教えておいたはずだが。そもそも大分前だし。

 ……伝えた時の爺さんのにやけた面を思い出して少し殴りたくなった。

 

「……そうじゃなくてよ。キスとかしたのか?」

「ぶっ!? ガッ、ゴホッゴホッ!」

 

 爺さん何言ってやがんだ!

 そんな、お前、あいつと僕がキスとか……。キスとか……!!

 

「しねーよこえーよ! ぶっ殺されるよ!」

「お前……。もう尻に敷かれてるのか」

「なんで発想が付き合ってる前提」

 

 慎二も大変だな、と僕と岸波の関係を確信している爺さん。爺さんは女関係の話になると生き生きするが、今回は僕の事だからか、いつもの倍は楽しそうだ。まあ確かに、これまで女の影どころか友達すらいなかったのだから、期待してしまうのは仕方ないのかもしれない。だが許さん。

 

 そもそも何でそんな話になるのだ。確かに僕は岸波しか親しい人がいないし、暇な時は大体一緒にいるし、二人でデスティニーランドにも出かけた。……そりゃそんな話になるな。解決した。

 

 だからと言って納得できるかは別だが。

 

「それにあいつには、大切なものがもうあるはずだろ。僕に構うよりも、やるべきことが、深めなければならない絆があるはずなんだ」

「……どういうことだ?」

 

 爺さんは額のシワを深めて僕を見る。何を知っているのか、問うているのだろう。その目には岸波への心配が強くこもっていて、この短期間で爺さんと仲良くなっていることに驚いた。ゴロゴロしてるだけかと思ったが、やるべきことはしっかりやっているんだな。

 

「持ち前の正義感の強さが仇となり、傷害の罪を着せられ、保護観察処分となってしまった岸波。地元の高校を退学になり、高校2年生の春に東京の秀尽学園に転校することに。しかしそこで、不可思議な出来事に巻き込まれてしまう。仲間との絆を深めつつ、彼女は真実を求めて困難に立ち向かう──、なんてどうだ?」

「……ゲームの話か?」

「そう、ゲームの話さ」

 

 そう言って笑うが、爺さんは険しい表情を崩さない。

 

「だけど、間違いではない。彼女の前には、試練が待ち受けていて、今もそれに立ち向かっているんだろうな。何たって、主人公なんだから」

「現実はゲームなんかじゃねぇぞ」

「いいや、ゲームだ」

 

 少なくとも、僕にとっては。

 

「お前のそれは、逃げているだけだ。事実から、人の好意から、目を背けているだけだ。いい加減、現実と向き合え。目を合わせろ。……じゃなきゃ、あいつにも、岸波ちゃんにも失礼だ」

 

 怒気がこもっている言葉を聞いて、可笑しくなった。そんなこと、僕はとっくの昔に知っている。僕がどれだけ──かなんて、ずっと前にわかってたことなんだ。

 

「あの日、諦めるって決めたんだ。ずっと後悔して、逃げ続けることになるって分かってて、それを選んだんだ」

 

 だから。

 

「僕は、変わらない」

 

 ずっと、ずっと。

 今までも、これからも。

 

 そんな僕の宣言に、爺さんはそっと目を伏せて。

 

「……俺にゃ、あの時、何が起こったのか分かんねえ。何でそんな想いに至ったのか皆目見当もつかねぇよ。だけどな、慎二。お前が変わりたくなくっても、それでも俺は、お前に変わって欲しいんだ」

 

 それでも、お前に──幸せになって欲しいんだ。

 

 そう言い残して。爺さんは、自分の部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

 爺さんの背中を見届けて、しばらく。部屋に戻った僕は、いつもパソコンを置いている机の前に座る。一番下の引き出し。そこにはナンバー式のロックをかけていて、もう触るつもりさえなかったんだが。

 

「やっぱ関わるべきじゃなかった、か」

 

 鍵を開ける。

 開かずの引き出しに入っていたのは、一世代前のスマホと、黒縁メガネ。

 

 あー、もう。

 

「どうしようもねえなぁ」

 

 情けなさに声が潤んだ。

 

 


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