季節は巡り、夏になった。岸波も試験が終わり、夏休みに入ったようで、午前中は僕の部屋でゴロゴロしている。午後もたまにゴロゴロしている。今もゴロゴロしてるし、もはや僕の部屋といっていいのかわからないが、その辺はもう諦めてしまった。
世間では心の怪盗団、と言うのが流行っている。曰く、悪い人を改心させる、とのこと。名前は確か、ザ・ファントムだったっけ。
というかこれ、岸波関わってるよな。こういった変わった出来事には大体関わっていると思っていい。何たって主人公様だからな。ここでただ宿題やったり漫画読んだりしているだけではないはず。最近は友達と遊んだりしてるらしいし、その時にでも活動しているんだろう。
岸波が怪盗団の一員だとしたら、
「コードネームはザビエルかね」
「!?」
怪盗団VS何かで聖杯戦争でもしているのだろうか。前行ったランドも名前がデスティニーだったし、なんか関係あるのかね。まぁ、なんにせよ、やっぱ岸波はヤバいやつだ。
「ね、ねぇ、今の、どういう意味?」
「いや、岸波がザビエルっぽいなと思っただけだ」
「ホントどういう意味!?」
フランシスコ……ザビ……!?
「ザビ子さんちわっす! お疲れ様です! 調子どっすか?」
「そのチンピラ風なんなの!? あとザビ子って言うな! 私にはジョーカーってカッコいい呼び名があるの!」
「へー」
「あっ」
ジョーカー、ジョーカー、か。友達にジョーカーって呼ばれてるって……何というか、恥ずかしくないのだろうか。
ま、怪盗団でのコードネームってことだろうがな。というかボロを出すな。僕が困るだろ。
「なんか、似合わないな。由来はなんなんだ?」
「えっ、なんか、こう、切札的な?」
「ババ抜きのジョーカーとかそういう意味じゃなくて?」
「いい加減にしないと怒るよ!」
フシャー、と猫のように怒る岸波。パソコンから岸波へと向き直った僕は、痛む頭を抑えて問いかける。
「じゃあ真面目に聞くが。岸波は怪盗団なのか?」
「そ、そんなわけないよ。全然ちがうよ。……ホントだよ?」
「お前隠す気あんの?」
隠してなんかないしっ、と岸波は視線を泳がせて動揺する。どう見ても図星だとしか思えない。こいつ、大丈夫だろうか。そのうちポロっと正体バラして捕まったりしないよな。
最近話題の怪盗団。今はメジエドと呼ばれるハッカー集団に宣戦布告されているみたいだ。学生でハッカーに勝てるかというと、まぁ、無理だろうな。
…………。
「そういえば、岸波。この辺で良い腕のハッカーがいるって知ってるか?」
「ホント!? ……あ、いや、怪盗団とか全然関係なくて、個人的な興味としてね?」
「お前ワザとやってるだろ」
流石に露骨すぎる。そう思って問いかけたが、岸波は相変わらずうろたえていた。マジか。本気でその反応してんのかよ。可愛いでは済まされないんだからな。
もう諦めろ、分かってるから。そう言うと、岸波はぐぬぬと唸り、話の続きを促してきた。
「この近くに間桐って家がある。割とでかいから見つけやすいだろ。その家に住んでる間桐双葉という女が、天才ハッカーのはずだ」
「……なんでそんなこと知ってるの?」
「あそこは色々悪い噂が立っていてな。興味本位でハッキングしてみたことがある。そして二秒で逆ハックされた」
「えぇー……」
割と自信があったからちょっと泣きそうだった。
「でも、悪い噂か……。どんなのなの?」
「色々あるが、よく聞くのは、間桐の娘さんは虐待されている、というものだな」
「……そう」
スッと目を細め、呟く。静かになった岸波は、他に情報はないのか聞いてきたが、詳しくは僕も知らない。興味を持って調べたのが大分昔なので、もうほとんどを忘れていた。
「せいぜい頑張れよ、怪盗団さん」
「……また、助けられちゃったね」
「僕はお前を助けた覚えはないが?」
「あはは……慎二ってほんっとに、見事なまでにツンデレだよね。見てて飽きないわー」
「うるさい」
僕の返答を聞いた岸波は、相変わらずだなあと笑いつつ。
しっかりと礼を言って部屋から去って行った。
「で、慎二。お前、岸波ちゃんとどこまでいったんだ?」
「……この前の事か? 遊園地って言っただろ」
夕食後に佐倉惣次郎から変な質問がきた。普段外出なんかしないし、心配をかけないように場所は教えておいたはずだが。そもそも大分前だし。
……伝えた時の爺さんのにやけた面を思い出して少し殴りたくなった。
「……そうじゃなくてよ。キスとかしたのか?」
「ぶっ!? ガッ、ゴホッゴホッ!」
爺さん何言ってやがんだ!
そんな、お前、あいつと僕がキスとか……。キスとか……!!
「しねーよこえーよ! ぶっ殺されるよ!」
「お前……。もう尻に敷かれてるのか」
「なんで発想が付き合ってる前提」
慎二も大変だな、と僕と岸波の関係を確信している爺さん。爺さんは女関係の話になると生き生きするが、今回は僕の事だからか、いつもの倍は楽しそうだ。まあ確かに、これまで女の影どころか友達すらいなかったのだから、期待してしまうのは仕方ないのかもしれない。だが許さん。
そもそも何でそんな話になるのだ。確かに僕は岸波しか親しい人がいないし、暇な時は大体一緒にいるし、二人でデスティニーランドにも出かけた。……そりゃそんな話になるな。解決した。
だからと言って納得できるかは別だが。
「それにあいつには、大切なものがもうあるはずだろ。僕に構うよりも、やるべきことが、深めなければならない絆があるはずなんだ」
「……どういうことだ?」
爺さんは額のシワを深めて僕を見る。何を知っているのか、問うているのだろう。その目には岸波への心配が強くこもっていて、この短期間で爺さんと仲良くなっていることに驚いた。ゴロゴロしてるだけかと思ったが、やるべきことはしっかりやっているんだな。
「持ち前の正義感の強さが仇となり、傷害の罪を着せられ、保護観察処分となってしまった岸波。地元の高校を退学になり、高校2年生の春に東京の秀尽学園に転校することに。しかしそこで、不可思議な出来事に巻き込まれてしまう。仲間との絆を深めつつ、彼女は真実を求めて困難に立ち向かう──、なんてどうだ?」
「……ゲームの話か?」
「そう、ゲームの話さ」
そう言って笑うが、爺さんは険しい表情を崩さない。
「だけど、間違いではない。彼女の前には、試練が待ち受けていて、今もそれに立ち向かっているんだろうな。何たって、主人公なんだから」
「現実はゲームなんかじゃねぇぞ」
「いいや、ゲームだ」
少なくとも、僕にとっては。
「お前のそれは、逃げているだけだ。事実から、人の好意から、目を背けているだけだ。いい加減、現実と向き合え。目を合わせろ。……じゃなきゃ、あいつにも、岸波ちゃんにも失礼だ」
怒気がこもっている言葉を聞いて、可笑しくなった。そんなこと、僕はとっくの昔に知っている。僕がどれだけ──かなんて、ずっと前にわかってたことなんだ。
「あの日、諦めるって決めたんだ。ずっと後悔して、逃げ続けることになるって分かってて、それを選んだんだ」
だから。
「僕は、変わらない」
ずっと、ずっと。
今までも、これからも。
そんな僕の宣言に、爺さんはそっと目を伏せて。
「……俺にゃ、あの時、何が起こったのか分かんねえ。何でそんな想いに至ったのか皆目見当もつかねぇよ。だけどな、慎二。お前が変わりたくなくっても、それでも俺は、お前に変わって欲しいんだ」
それでも、お前に──幸せになって欲しいんだ。
そう言い残して。爺さんは、自分の部屋へ戻っていった。
爺さんの背中を見届けて、しばらく。部屋に戻った僕は、いつもパソコンを置いている机の前に座る。一番下の引き出し。そこにはナンバー式のロックをかけていて、もう触るつもりさえなかったんだが。
「やっぱ関わるべきじゃなかった、か」
鍵を開ける。
開かずの引き出しに入っていたのは、一世代前のスマホと、黒縁メガネ。
あー、もう。
「どうしようもねえなぁ」
情けなさに声が潤んだ。