ワカメのペルソナ5   作:ぽけぽっけ

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第4話

 

 メジエドのXデー。その日に、怪盗団は――またも、勝利を手にしたようだった。

 

 メジエドのホームページには、日本人のプロフィールとともに怪盗団のマークが表示された。ハッキングしたということだろう。……逆ハックの悪夢が脳裏によぎる。間桐双葉、か。とんでもない奴を味方に引き入れたものだ。

 

 岸波を見てると、ホント退屈しないね。こっちに来て半年も経ってないのにどれだけ色々やらかしてるんだか。というか見なくても退屈できない。めっちゃ絡んでくる。むしろ鬱陶しいまでいく。もうやめてほしい。

 

 ちなみに間桐家はどうなったかというと、岸波に情報を与えた三日後に間桐家のジジイが改心したらしい。一仕事した岸波は、Xデーになるまでのんびりとくつろいでいた。僕の部屋で。

 いっそ家を出て一人暮らしをするかと検討したが、爺さんと岸波の反対が激しく、計画は頓挫した。

 

 ……返す返すも一人暮らしは惜しかったな。だが、家を出るには目に光の無い岸波が怖すぎた……!

 

「なんであんなに好かれてるんだろうな……」

 

 流石に、分かる。岸波は、僕に並々ならぬ好意を持っている。それが家族に対する親愛か、男女間の恋愛の物かは分からないが。……分からないが!

 

 ただ、本当に、なぜあんなに好感度があるのかが謎だ。何にも心当たりがない。理由の分からない好意は……怖い。あいつの思考が理解できない。あいつは、なにが、目的で。

 

「はぁ……。ま、嬉しいことは嬉しいんだけども」

 

 我ながら贅沢な悩みだと思うし、その好意に応えることは絶対にないから、考えても無駄なんだけれど。

 

 リンドウを置いて、独り言をぽつぽつと言う。

 

「ホント、岸波には振り回されっぱなしで、散々だけど。最近は楽しいよ」

 

 あいつが来てから、心が動くことが増えた。岸波との時間を心地よく感じる自分がいた。さすが月の新王ってところか。人心収攬はお手の物らしい。

 滞在が一年で良かった。それ以上は、全部打ち明けてしまいそうだから。

 

「打ち明けたって、岸波は笑って受け入れるだろうけどな」

 

 それがヒーローってものだろう。いや、性別的にはヒロインなんだろうが、人外レベルの精神力とか、無駄に男らしい所とかを知っている身としては、ちょっとヒロインとは言いたくない。

 

「それこそどうでもいいな……。……愚痴も聞いてもらったし、そろそろ帰るわ。じゃあ、またな」

 

 洗った石を撫でて、踵を返す。

 夏の暑さに吹き抜ける風が、髪を撫でた。

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえり。ご飯にする? お風呂にする? それとも」

「爺さーん、今日の飯はなんだー?」

「カレーだよ」

「またかよ。うまいからいいけど」

 

 無視された……、と玄関の前で蹲る岸波。エプロン姿とかあざといんだよ。どこでそんな知識を覚えたんだ。

 

「つーか、どけ。邪魔だ」

「惣治郎さーん、慎二がいじめるー!」

「岸波ちゃんいじめるたーどういう事だ慎二ィ!」

「なんでキレてんだよ」

 

 リビングに入ったら一瞬で爺さんが激怒した。理不尽極まりない。

 

 最近、爺さんは岸波に甘い。娘を溺愛している父親のような過保護っぷりだ。結構な頻度でルブランの手伝いをしたり、ご飯を作っていたので、絆されたのだろうか。……いや、よく考えてみると、爺さんは男に厳しく女に優しい人だった。つまり今の対応が自然だという事だろう。色ボケ爺め。

 

「爺さん、手を出すなよ。僕は岸波が母親とか嫌だぞ」

「人聞きが悪いことを言うんじゃねえ! せいぜい養子にするくらいだ!」

「姉弟も嫌だよ!?」

「家族がふえるよ! やったね慎二!」

「やめろ……本当にやめろ」

 

 岸波が本気なら実現されそうなのが怖い。

 

 家族が増える恐怖に震えながらもカレーをいただくことにする。パクパクと口に入れて、うん、相変わらず……いや、いつも以上に美味い。……もしかして。

 

「今日のカレー、作ったのはどっちだ?」

「私だけど」

 

 えっ、ルブランのカレーより美味いんだけど。

 驚愕の眼差しで岸波を見ると、渾身のドヤ顔であった。うざい。美味いやろ? 褒めてええんやで? と語りかけてくるその顔に、右ストレートをぶち込みたい。

 

「悔しそうな顔をしている慎二くん。お味はどうだった?」

「…………」

「ねぇねぇ味は? あーじーはー?」

「……うま、かった、です」

「慎二の顔に屈辱しかねぇ」

 

 岸波は気分良くハミングしつつカレーを食べるという微妙に難しい事を為していた。なんだろう、この敗北感。

 

「ちょっと前まで普通のカレーだったのに……。畜生、文句の付け所がない」

「やっぱ若い子は成長が早いもんだ。半年で抜かれるとはなぁ」

「教えて貰えば?」

「そうだな、ぜひご教授願わなけりゃな」

 

 爺さんと二人で美味しさに唸っていると、岸波はだんだんと顔を赤くし始める。

 

「器量好しで気立ても良く、おまけに料理も上手。こりゃあ男が放っておかねぇよ」

「人気旅館の女将とかこんな感じするよな」

「あー! ねぇ、また事故だって! ほら! テレビみよ!」

 

 誉め殺された岸波は強引に話題を変えた。

 仕方なくテレビを見ると、近頃話題の精神暴走事故のことが流れていた。地下鉄、バスの運転手が突如廃人になるっていうのは人ごとじゃない。巻き込まれることもあるかもしれないが、警察が捕まえられてないなら、どうしようもない。運が悪かったと諦めるだけだ。

 

「まだ犯人が捕まってないのか。やだねぇ、おちおち出かけることもできねぇよ」

「惣治郎さんは誰が犯人だと思います?」

「さあな。こんだけのことを起こす奴が何も目的を持ってないとは思えないが、その目的も分からないしな。見当もつかないよ」

 

 無難な回答を返している。爺さんは興味なさそうだ。

 

「なるほど……。慎二は?」

「こういうのは案外近くに犯人がいるもんなんだよ」

「慎二、それ私が貸した本のセリフだよね」

「いるもんなんだよ」

 

 顔をキリッと引き締めていると、岸波は呆れた目で見てくる。僕がふざけていると思っているようだ。失敬な。割と真面目だ。

 

 ニュースが終わる頃には食事も終わり、皿を洗い始める。夏の水は温く、腹が満たされたこともあって眠気を誘う。

 

 先ほどのニュースでも、怪盗団の話題が出ていた。ここのところTVもネットも怪盗団でもちきりだ。改心させるのは本当だった、怪盗団かっこいい、次の相手は誰だ。そんな声ばっかりで聞き飽きた。

 誰もが怪盗団を信じている。何かを成し遂げることに期待している。

 

 その方が面白いから。

 

 民衆は話題に飢えている。だからこそ新しい話題には食いついて、好き勝手に言い募るのだ。

 無論、そんなことに興味の無い人もいる。爺さんなんかそうだ。あの人は自分をしっかり持っていて、自分で見て知って物事を判断できる、大人だ。

 この世界にはそんな大人が少なすぎる。

 

「何か考え事?」

 

 ぼんやり考えていると岸波から声をかけられた。小首を傾け、心配そうにこちらを見ている。そんなに変な顔でもしていただろうか。

 

「ちょっと、世界のことについてな……」

「……思春期だねぇ」

「右腕が疼くぜ」

「皿洗いってそんなに大変だっけ」

 

 冗談はさておき。

 

「メジエドを倒して、修学旅行やらで気を抜いてるところだろうが。油断するなよ」

「どういうこと?」

「怪盗おねがいチャンネル。あれ工作されてるぞ」

「……うそ」

 

 昨日、怪盗おねがいチャンネルのアンケートを見たが、オクムラフーズを改心させろという声が大半だった。少し気になって調べてみたら、工作の跡を発見できた。

 

「ターゲットを誘導されてるってことだ。ま、精々気をつけるんだな」

「分かった。ホントに助かる、ありがとう」

 

 岸波がスマホを取り出して、指を動かす。ラインか何かで仲間と連絡を取っているのだろう。

 

 ……しかし。怪盗おねがいチャンネルの雰囲気、あんまり好きじゃないんだよな。助けてという声ばっかりで、他力本願すぎやしないかと思ってしまう。

 

 自分でなんとかするか、諦めればいいのにな。

 


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