――12月1日。
巨悪を打ち倒した。
怪盗団は危機を脱した。
因縁にけりをつけられた。
全てが円満に、とはいかなかったが。
これでようやく余裕ができた。
怪盗団が万全な状態で集まれる時が、やっと訪れたのである。
「待たせて悪かったな……」
暗然としたモルガナの言葉に、岸波は気にしていないと首を振る。
慎二を攻略する事にはなったが、あの時の怪盗団に余裕は無く。腰を据えて攻略できるようになるまで、慎二のパレス攻略は延期となっていた。
二兎を追って一兎も得られなかったら洒落にならない。巨悪も慎二も、そんなに甘くは無いだろう。
精神暴走事件を片付け、一息ついた後。怪盗団は岸波の依頼に応えるために、ルブランへと集合していた。
「やっとお前を助けられる時が来たな! 約束通り、力を貸すぜ!」
坂本竜司は燃えていた。怪盗団の事も、陸上部の事も、岸波にお世話になりっぱなしだ。作戦とはいえ岸波が捕まらざるを得なかった時も、自分の無力さを噛みしめる事しかできなかった。もう、返せない程の恩をもらっている。
だからこそ、先程岸波が助けを求めていると聞いた時、内容すら聞かずに了承したのだ。
そしてそれは他のメンバーも同じだ。
「ホント、なんでもっと早く話してくれなかったの!? 私と白野の仲じゃん、水くさいよ!」
「杏殿、それはワガハイがまだ言うべきではないと判断したからだ。実際今まで余裕は無かったであろう?」
「ぐぬぅ……このぉ!」
「あっ、杏殿、尻尾はらめぇ!!」
高巻杏はもやもやしたこの思いをモルガナの尻尾にぶつける。
モルガナは若干気持ち良さそうだ。
「でも気持ちはわかるわよ、杏。あれだけ私達の事に首突っ込んで助けておいて、自分は抱え込むなんて……」
「本当だ、まったく。俺達を恩知らずにするつもりか?」
「そうだそうだー! 怪盗団はイチレンタクショーだぞ! わたしを頼れー!」
杏に同意した新島真を皮切りに、喜多川祐介、間桐双葉からもクレームが出る。ものすごく不満そうである。
あれ、これは私が謝らなければならない感じだろうか。岸波は焦って周囲を見渡すが、味方は誰もいない。どころか。
「なんでお父様を救ってくれた方が困ってるのに、黙ってたの?」
とんでもなく怒っていらっしゃる方がいた。
奥村春の父親である奥村邦和は、怪盗団に改心された際、精神暴走事件の犯人によって廃人化されそうになった。それを防ぐことができたのは、今回のターゲットである佐倉慎二の忠告のおかげである。そのことを知った春はお礼をしたいと思いつつも、今まで会う機会がなかった。
ようやくお礼を言えると思ったら。その人はずっと苦しんでいて。
同じく春が恩を感じている岸波も、その事をずっと気にしてて。
それを言わずに、黙っていた?
「ふふ……」
分かってる。本当は岸波の思いを察して、助けてあげるべきだったって。
察せなかった自分が悪いんだって。
でも、それはそれとしてむかつくよね。
「ふふふ……」
「申し訳ありませんでした」
暗い笑みを浮かべる春に岸波は即座に頭を下げた。ちょっと生命の危機を感じた。
「ま、まあよぉ。やっと頼ってくれたんだし、いいじゃねえか。全力で助けてやろうぜ!」
「それは、そうね」
「これでやーっと対等だよね!」
竜司の言葉に、怪盗団は頷く。
皆、一様に岸波を救いたがっていた。岸波はそれだけの行動をしていて、それだけの絆を結んでいた。4月に秀尽学園に来た時とは違う。たとえどれほどの苦難があろうとも、超えられるであろう頼もしい仲間が岸波にはいた。
溢れ出る感情を抑えるように、岸波は胸に手を当てる。
「本当にありがとう。どうか、助けてください」
怪盗団の返事は、決まっていた。
「ではこれより。佐倉慎二のパレス攻略会議を開始する!」
モルガナの声とともに、岸波が以前に撮影した慎二の写真を見せつつ、語り始めた。
「ターゲットは佐倉慎二。容姿は黒髪のくせっ毛に黒目の日本人。16歳だけど、高校には行ってない。代わりに投資とかでお金を稼いでいるみたい。惣治郎さんの養子だけど、経緯とかは不明だね」
「うーむ。なかなか親近感を感じる奴だな!」
同じく学校に行っていなかった双葉が同類を見つけた顔をする。
「性格は、捻くれてる。ツンデレを拗らせちゃった人。面倒くさいし腹が立つ言い方しかしないのに、正論しか言わない。でも慣れるといじりがいのあるワカメかな」
「は、白野? ちょっと私怨が混ざってない?」
「愛だよ、愛」
「そ、そう……」
だんだんエンジンがかかってきた岸波をみて、真は引き気味だ。
「白野の話じゃ、その慎二って人は私達の事を知ってて、助言をしてくれたんだよね? 良い人なんじゃないの?」
「まぁ、良い人かどうかは会って判断してほしいんだけど……。実際に会わせてあげたいんだけど、慎二、すっごい嫌がって逃げるんだよね」
「ワガハイでさえ歓迎されてなかったからな……。マスターとジョーカー以外に会っている様子はないし、筋金入りの人間嫌いだと思うぞ」
少なくともモルガナが監視している中で、他の人間とコミュニケーションをとってはいなかった。持っているスマートフォンにはラインのアプリさえ入っていなかったので、周りの人間とつながりが薄いのは間違いないだろう。
「今から無理やり捕まえてこようかなー」
「おい、そこは笑顔で言うことじゃないだろう。助けたいと言っている割に扱いが雑じゃないか?」
「まさか。愛だよ、愛」
「そ、そうか」
愛っていえば許されると思ってないだろうか、と祐介は思った。
「うーん、会えるならお礼を言いたかったんだけどな。残念。……って、そうじゃなくて、パレスの話だよね。イセカイナビはどこに反応したの?」
春が話を元に戻すと、岸波は困ったように頬をかく。
「……どこでも?」
「うん?」
困惑する春に、実際に見せたほうが早いよね、と岸波はスマホを取り出しイセカイナビを起動する。
「名前は佐倉慎二。場所は、この世界」
『ヒットしました』
「――えっ?」
春は固まった。
あまりにも、突飛な答えだった。
パレスは強く歪んだ心を持つ者の歪んだ認知が具現化した異世界の迷宮である。ある者は学校を自分の城と認知し、ある者はあばら家を美術館と認知していた。
そして今までのターゲットの共通しているのは、一定の範囲内を自分の物と認識して、パレスを生んでいる、ということだ。
しかし、今回はそうではない。ターゲットは世界の全てに対して歪んだ認知を持っている。「悪者ではない」という点では双葉のパレスに近いと考えていたが、スケールが違いすぎる。
「……つまり、その人には世界の全てが別の物に見えているって事?」
スマートフォンに入力された『この世界』という文字を見て、春は呆然と呟く。
「何だよそれ、まるで違う世界に住んでるみてーじゃねぇか!」
「そう、ね。……ええ、比喩ではなく、本当にその通りなのかも知れないわ」
竜司の動揺して出した言葉を、真は意味深に肯定した。
戸惑うメンバーに、気になることがあるの、と告げる。真は自分のスマートフォンのイセカイナビを新しく起動させた。
「ナビ、佐倉慎二。場所は世界」
『候補が見つかりません』
「はぁっ!? なんでだよ、さっきは当たってたじゃねーか!」
慌てて竜司が真のスマートフォンを覗き込むが、やはり場所に入力はされていなかった。
「どういうことなの?」
「私が気になっていたのは、キーワードに『この』という連体詞がなぜ入っているのかという事よ。今までそんな事なかったでしょう? だから何か意味があると思ったの」
「なるほど。だがそれと、違う世界に住んでいる事と何の関係があるんだ?」
「想像の域を出ないけど。『この』ってわざわざつけている意味っていうのは、本当に『この世界』だけが別のものに見えるってことじゃないかしら。佐倉慎二は他の世界がある事を知っている。例えば――パレスとか」
真の見解は、佐倉慎二がパレスの存在を知っており、それ故にこの現実世界が別の物に見えているのではないか、というものだった。
「でも、それって無理矢理すぎじゃね? 『この』ってついてただけでそこまで言い切れないと思うぞ」
「ええ、双葉の言うことは正しいわ。私も自分で言っておいてあまり信じられないもの。――でもね」
私達にとってはただの推測だけど、付き合いの長い白野なら、心当たりがあるんじゃないかしら。
真の問の答えは、白野の表情が物語っていた。
「…………」
「あ、なさそうね」
見事なきょとん顔だった。
「自慢じゃないけど私、慎二のこと全然知らないよ!」
「本当に何の自慢になってねーよ!」
「だから、これから知りに行くんだ」
何度も慎二と話をした。けど、どうしても慎二の深いところには、踏み込ませてくれなかった。
だけどパレスは心象風景。歪んだ人の心を表す世界。その世界に入れば、慎二を知って、助けになることができるかもしれない。
「だが、パレスに入るには『何処を』『何と認知してるか』が必要だ。佐倉慎二はこの世界を何だと考えているか、分かるのか?」
「それも大丈夫。惣治郎さんが教えてくれたんだ」
白野が、慎二のパレスに入ると事前に惣治郎に伝えた際、惣治郎はパレスに入るためのキーワードを教えてくれた。怒られることを覚悟していた白野は、「慎二を頼む」と頭を下げる惣治郎を見て、慎二のパレス攻略をより強く決意していた。
「なら、パレスに入っちゃわない? ここで相談してても答えはわかんないでしょ」
「そうだな、杏殿。では、最終確認だ。ターゲットは佐倉慎二、目的はターゲットの情報を得ること。場合によっては改心させることになるだろう。みんな、準備はいいか?」
モルガナの確認に、全員が頷く。
「『佐倉慎二』は、『この世界』が――『ゲーム』に見えている」
『ヒットしました。ナビゲーションを開始します』