ナビが正常に作動し、景色が歪んでいく。ぐるぐると渦巻く世界が徐々に形を変えていき――見慣れた世界へと戻ってきた。
「……あれ、変わってなくね?」
先ほどと変わらないレトロな喫茶店の中で、竜司は戸惑いの声を上げた。
周りを見渡していた春も同意して頷く。
「ここってパレスの中なんだよね? 私達の姿も変わってるし。それにしてはおかしい様子がないけど」
「『この世界』が丸ごとパレスになっているはずだから、変化がないとおかしいわね……。とりあえず、外に出てみましょう」
真の言葉に従い、外に出てみた怪盗団だが、やはり景色に変化は見当たらない。道路が続き、リサイクルショップも、業務用のスーパーもあり、草が生えている位置さえ一緒である。いつもの四軒茶屋にしか見えなかった。
「うーん分からん。シャドウの反応すらないぞ、ここ。どうすんだ?」
「モルガナ、オタカラの匂いはわかる?」
「ああ、はっきり分かる。佐倉慎二の家からだ」
モルガナが指した先は、とてもパレスがあるとは思えないごく一般的な家であった。怪盗団はこの状況に疑問を覚えながらも、足を進めるしかない。一行は数分と立たず佐倉慎二の家へたどり着いた。
「白野ちゃん、何か変化はない?」
「特に何もない、かなぁ。今鍵を開けるね」
白野は首をひねりながら徐に佐倉家の鍵を取り出し、ドアを開けようとした。
鍵が入らない。
「……まあ、そんなに簡単じゃないか」
『そんなの当然だろ?』
聞き覚えのない声に一斉に振り向く。
『やっぱり馬鹿だなぁ、岸波は』
くつくつと小馬鹿にしたように笑う、紫髪の男がそこにいた。
天然パーマで、目は髪と同じ紫色。年は怪盗団と同じくらいだろうか。服は特徴的な焦げ茶色のラインが入った詰襟型の制服を身に着けている。上着は着脱のしやすいファスナー開閉仕様で、首元まできっちりと閉めていた。
突然背後に現れた男に、怪盗団は戦闘態勢をとる。
「白野ちゃん、この人が佐倉慎二さん?」
「違う。似てるけど、慎二は黒髪だし、こんな制服を着ているところ見たことない」
春の問いに岸波は否定を返す。この男は、佐倉慎二の認知上の人物ということだろう。しかし、あまりにも似ている。顔も雰囲気も、どこか佐倉慎二と被る。パレスで出会った未知なる男の存在に、岸波は動揺を隠せなかった。
その様子が面白いのか、にやけながら男は話す。
『ばれるか。まあ仕方ないかな。佐倉慎二なんかとは住んでるステージが違いすぎるからねぇ』
「慎二を馬鹿にしないで」
岸波は男を睨み、険悪な雰囲気が漂う。何者なのかは分からないが、少なくとも味方ではないようだった。
『おお、怖い怖い。……あぁ、名乗るのが遅れたね。僕はマトウシンジ。覚えなくていいよ、僕も君たちのことなんてすぐ忘れちゃうからサ』
「マ、トウ!?」
男を警戒していた
『ああ、そういえば君も間桐だったね。気にしなくていいよ、ただの偶然だ。……いや、必然なのかな? まあいいか』
どうでもよさそうに双葉を眺めると、再び見下すような笑みを浮かべる。
怪盗団との空気が張り詰める中、シンジはポケットから何かを取り出した。
「っ、それ、家の鍵じゃん!」
『これが欲しいんだろう?』
「……それを渡してくれないか」
『嫌だね。渡さないことが正しいのサ』
どういう意味だ。そう問う祐介にシンジは答えない。
シンジは怪盗団を見渡し、大きく手を広げる。
『ゲームをしようじゃないか。僕と怪盗団。どちらが正しいのか、決めよう』
シンジの言葉が終わった瞬間に、世界は色を失った。
「……え」
誰かの小さく漏らした声が、音の無い空に響く。
現実と全く変わらなかった世界が、一瞬でモノクロに塗りつぶされていた。町の騒めきも、コンクリートの匂いも、風の感触も、すべて消え、残ったのは町の形だけ。黒い住宅に白い空。白くぼやけた輪郭がなければ、まともに歩けないであろう。まるで初期のコンピューターゲームのような世界へと変貌していた。
『ルールは簡単さ。君らにはこの世界で「色がついたもの」を探してほしい。見つけられれば怪盗団の勝ち、見つけられずにこの世界から出てしまったら僕の勝ち。ほら、君らの頭でも理解できるだろう?』
「……この世界は、いったい何なの」
『ははん、生徒会長とあろうものが分からないのかい? 佐倉慎二の見る世界に決まってるじゃないか』
この味気ない世界が、佐倉慎二が見ている全て。
真は思う。なら、こんなパレスを持つ彼の「歪んだ欲望」って、なんなの?
『君らが勝ったらこの鍵を渡そう。でも、もし僕が勝ったら――二度とこのパレスには入れなくなる』
「はぁっ!?」
『ゲームにペナルティがあるのは当たり前だろ』
さあ、ゲームスタートだ。そう呟いたシンジは家の扉に背を預ける。
『ここではナビを使えば現実世界にいつでも帰れる。リタイアしたい時はそうするといい。じゃ、さっさと探しに行けよ』
「待って、まだあなたにはまだ聞きたいことが、」
『そんな余裕、無いよ』
春の言葉を遮ったシンジ。その真意は、すぐに知れた。
猛烈な嫌な予感とともに、鎖の擦れるような音が聞こえ始める。その音は怪盗団にとって、無視できない存在を思い至らせた。
「おい、まさかこれ」
「……間違いない、刈り取るものだこれ。慎二ってやつはなんてもんを心に飼ってんの!? みんな、いのちをだいじにだ! 逃げるぞ!」
双葉の言葉を聞き、モルガナは即座に車に変身する。怪盗団が慌てて逃げていくのを、シンジは楽しそうに見送った。