ワカメのペルソナ5   作:ぽけぽっけ

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第8話

 

 刈り取るもの。メメントスに稀に出現する、非常に強力なシャドウだ。銃撃属性の攻撃、状態異常無効、多彩な魔法攻撃スキル、即死系のスキルと厄介な要素がてんこ盛りである。

 

 そんな相手とはいえ、数多の修羅場を乗り越え、力をつけた今の怪盗団ならば、十分に対処できるはずだ。だから当初の予定では、戦いやすい場所に誘い出し、撃破するつもりであった。

 

「いやいやいや! これ無茶苦茶だろ! なんで刈り取るものが複数居るんだよ!?」

 

 四方八方から聞こえる鎖の音に、モルガナは悲鳴を上げた。

 

「どういうパレスなんだここは!?」

「ジャンルが違う! ダンジョンゲーじゃなくてホラゲーだろこれ!」

「『マハラギダイン』! 『マハラギダイン』! ついてこないでよぉ!?」

「『チャージ』からの『ゴッドハンド』ッ! ……いや普通少しはひるむだろーがぁ!」

 

 黒い世界で音を頼りに逃げ回る。追いつかれそうになったらペルソナで誤魔化してまた逃げる。

 

 単独でさえ苦戦する相手に、囲まれてしまっては打つ手がない。怪盗団はパニックになりつつ街の中をひた走っていた。

 

 運転席に座る真は、宛もなく彷徨う現状に歯噛みする。

 

「色がついたもの……。ダメ、見当たらない」

「オイ前! 刈り取るものいるぞ!」

「っ!」

 

 双葉の声を聞き、慌てて真がハンドルを切る。

 辛うじて避けて、そして、頭が真っ白になった。

 

 その先にも刈り取るものがいた。

 

「まっ、ず――」

「――ミラディ! モルちゃんを投げ飛ばして!」

「え、ちょ、おおおおぉぉぉぉ!?」

 

 春のペルソナは、見掛けに依らない怪力でモルガナカーを持ち上げ、上にぶん投げる。

 モルガナの悲鳴とともに車は刈り取るものの上を抜けていった。

 

「おおおおおうぐっ」

「ナイスだよ春!」

「なんとかなって良かった。ごめんねモルちゃん」

「お、おう」

 

 モルガナは仕方ないとはいえ、自身を投げるのに一遍の迷いも持っていなかった春がちょっと怖かった。

 

 怪盗団はそのまま路地を駆け抜け、彼らを振り切る。しばらくして、近くにシャドウがいない事を確認すると、ひとまず安堵の息を吐いた。

 

「とりあえず危機は脱したか」

 

 祐介が窓枠に寄りかかり、怠そうにつぶやく。

 

「とはいえ、このままじゃいずれ追い込まれちゃうね……」

「ジョーカー、色がついたものに何か心当たりは無いのか?」

「……ちょっと考えさせて」

 

 モルガナの言葉に白野は思考を巡らせる。

 心当たりはある。身近な人だ。だけど、もう少し考えなければならない気がした。

 

 他のメンバーも考えてみるが、あまりにも慎二についての情報が足りない。そもそも慎二の事を知ろうとしてこのパレスに入ったのであり、それも儘ならない現状は完全に想定外だった。 

 

 情報収集がまともに出来ていない今、できることと言えば推論を重ねる事だけだ。 

 

「……うーん、わかんね。そもそもなんでこのパレスは色がついてないんだ?」

 

 竜司が根本的な疑問を口にする。

 

「レトロゲームが好きなんじゃないのか?」

「やってる所見たことないね」

「色覚障害でもないよね?」

「うーん、聞いたことないなぁ」

「そっかー。……分かんない!」

 

 杏は降参するかの如く両手を挙げた。

 それを見た真が、白野に確認するように口を開く。

 

「もっと単純な話なんでしょう? パレスは心象風景。それが色あせているってことは」

「うん。慎二にとってこの世界はつまらないって事だと思うよ」

 

 こんなに大きな世界で、そのほとんどに色がついていないなんて。慎二にとって、現実で価値があるものなんてわずかにしかないのだろう。

 そのわずかに入ってればいいなと、白野はふと思った。

 

 逸れた思考を元に戻して、考えてみるも。答えは出ない。

 ならば、今できることをやるしかない。

 

「『色がついているもの』の『もの』は、人って意味の『者』。惣治郎さんの事だと思う」

 

 それしか心当たりがなかった。慎二が惣治郎の事を価値がないと思っているなんて、考えられない。もし色がついている事の意味が白野たちの推測通りなら、惣治郎に色がついていない事はあり得なかった。

 

「それはつまり、認知存在のマスターがこの世界のどこかにいるってことか?」

「うん」

 

 なら、話は簡単じゃねえかとモルガナは皆の顔を見渡した。

 

「やっと目的が決まったな。まずマスターを探すぞ!」

 

 怪盗団全員が、一斉に頷く。

 

「じゃあ、まずどうしましょうか。……探索といえば双葉だけど」

「ふっふっふ。任せておけ! ゲームの世界をハッキングするなんてお茶の子さいさいだぜ!」

「なら最初からやればよかったんじゃね?」

「シッ! 竜司、余計な事は言わないの!」

「そこ、聞こえてるからな!」

 

 双葉は虚空に浮かぶキーボードに指を躍らせる。方針が決まり、迷いがなくなった双葉はその能力をいかんなく発揮させる。やがて、宙に浮かぶウィンドウの一つが一際大きくなった。皆がそれに注目すると、周辺の地図が映し出され、怪盗団の現在地である印と目的地であろう赤い点が示されていた。

 

 双葉は胸を張り、得意げに言った。

 

「この赤い点がそうじろうの場所だ。目的地までのナビは任せろ!」

「さっすが双葉! やるぅ!」

 

 杏が手を叩いて褒めると、双葉は照れたように笑った。

 

 霧の立ち込めた迷路を歩くように、パレスを彷徨っていた彼女たちは、やっと一歩進んだことに安堵する。張りつめた気持ちに、余裕が少し生まれて。

 

 地面に擦れる鎖の音に、できた余裕は一気に吹き飛んだ。

 

「おい、刈り取るものが来たぞ!」

「またあの鬼ごっこが始まるんだね……」

「皆、何処かに捕まって。飛ばすわ。双葉、ナビゲートお願い」

「おう、任せとけぃ!」

 

 双葉の頼もしい返事を聞いて、真はアクセルを踏み込んだ。

 

 再び始まった逃走劇。先程までとは違い、着々と目的地へと近づいていく。

 双葉のナビゲートを元に、刈り取るものに囲まれないように立ち回り、どうしても遭遇してしまうのであれば、必ず単独の者を相手取る。時間をかければ囲まれてしまうため、これまでのパレスで余っていたアイテムを存分に使い、短期決戦を仕掛けていく。

 

 いくつかの戦闘を終え、脱力した竜司は車に乗り込み、ため息を吐く。

 

「マジでこのパレス、殺意高すぎだろ……」

 

 頷く一同。

 

「今は何とかなってるけど、この調子で戦ってたらアイテムが尽きちゃうよ」

「双葉、目的地には近づいているのか?」

「もーちょっとだ! あと1キロ!」

「オーケー。前にシャドウが居るけど―――突っ切るわ!」

 

 双葉の言葉に、真はモルガナカーを加速させる。風を切り、エンジンを吹かせ、道を抜けていく。刈り取るものの間を抜け、視界が広がると、草の色は生え、空は色を取り戻していった。

 

 車を追いかけていた刈り取るものは、色鮮やかな空間に怪盗団が入ったのを見て、動きを止めた。

 その様子を見た春は、胸に手を当て安堵する。

 

「諦めて、くれたみたいだね」

 

 東京にしては緑が多い丘の上で、モルガナカーを止めた。

 元の姿に戻ったモルガナが、周りを見渡す。

 

「ここに、マスターがいる……のか」

 

 怪盗団がたどり着いたその場所は。

 

 ぽつんと佇む、古ぼけた教会だった。

 


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