艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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Tape7; Open the Door

──本館前広場西 雑木林

 

立ち並ぶ針葉樹が陽の光を遮る、薄暗い道で向かい合う俺と奴。

さぁ、今度こそ決着をつけようぜ。

視線の先にいるそいつを睨みつけながら、ガッと左手を握る。

 

《チャージ開始》

 

「うおおおお!!」

 

『グオアオオオ……』

 

俺はAMG-78αにチャージしつつ遊歩道を駆け、スワンプマンに突撃する。

こっちを視認した奴も、その巨体を右に大きくひねり、必殺の拳を構える。

二人の距離がほぼゼロになり、その呼吸が聞こえるほどに接近した瞬間。

 

《チャージ完了》

 

両者、拳を放った。

俺の拳が烈風を孕みながらスワンプマンの顔面に突き進むが、

奴の全体重が乗った拳とぶつかり合い、二つの破壊力は互いを弾き飛ばす。

相変わらず頑丈な野郎だ。だが、こうでなきゃ面白くねえ……!

俺はすかさず両腕を構えて、素早いノーチャージのパンチを2、3発奴にぶち込む。

やっぱり黒い体液を僅かに飛び散らせたスワンプマンは、バックステップで距離を取る。

 

後退した奴に再度チャージ攻撃を叩き込むべく、左手を握りしめる。

例のシステム音声と共に左腕の筋力が急上昇。

チャージ完了を待ちながら、転ばないようすり足で距離を保ちながら隙を窺う。

 

《チャージ完了》

 

攻撃のチャンス。俺は構えを取らず歩み寄ってくる奴にダッシュで接近。

フルチャージしたAMGを顔面にヒットさせた。

やっぱりこの一撃はデカブツにとってもキツいらしい。

呻き声を上げて顔を押さえてかがみ込む。チャンスだ。

俺は動けないそいつに、ひたすら左右の拳で殴る。

だが次の瞬間、奴が枯れた大木のような腕で俺を振り払った。

右下から胴を重い力で打たれた俺は思わず咳き込む。ちくしょう、欲をかきすぎた。

 

すぐさま後退して様子見に回る。

スワンプマンは立ち上がると、俺に近づきつつ、斜め上からの四連打を放ってきた。

こいつは強力だが4回全部まともに食らわなきゃ問題ねえ。

俺はガードしてひたすら耐える。でもガードだって万能じゃねえ。

確実にダメージは受けている。腕を通して衝撃が胴を叩く。

 

「ぐうっ……!」

 

ちょっとやべえな。4度目の攻撃が終わって、奴の動きが終わった瞬間、

脇を走り抜け、奴の後方に離れたところで回復薬を左腕に使う。

腕の皮膚から急速に吸収されて、ボロボロの身体を治してくれる。

それはいいが、このAMG、防水仕様になってるんだろうな?

瑣末な事を考えながら、また左腕に拳を作り、チャージ開始。

同時に大技を放ったスワンプマンも体勢を立て直し、俺を殺しに来る。

今度は立ち回りを変えてみるか。

 

チャージ完了を待ちながら、俺は奴を中心に円を描くように逃げ続ける。

当然奴は追いかけてくるが、どういうわけか走って追いかけてくることがねえ。

慎重な歩み寄りかステップ移動のどっちかだ。

俺はダッシュでタックルをかわし、飛びかかりの両腕振り下ろしも回避。

その時ようやくチャージが完了。走って一気に間合いを詰める。

 

そして、2発目のフルチャージを浴びせる。……よっしゃ、今度はキマったぜ!

スワンプマンのボロ雑巾みたいな顔面に、強力なフィニッシュパンチだ!

すると、奴がよろめいて四つん這いになり、苦しそうな呼吸をする。

おーし、今楽にしてやるよ!

 

「くたばれ!」

 

俺は奴の頭側から胴に両腕を回し、身体を丸ごと持ち上げ、

硬い遊歩道に全力で頭を叩きつけた。

渾身のパワーボムを食らったスワンプマンは、背中から黒い体液を噴き出して倒れ込む。

 

「へへっ、どうした!」

 

人間なら脳髄が粉砕されて死んでるとこだが、

頑強な骨格と分厚い筋肉に守られたスワンプマンは、残念なことにまだ生きてやがる。

とは言え、さすがに今の攻撃がかなり効いてるみたいだが。

立ち上がって反撃を試みるが、明らかに攻撃が破れかぶれになってる。

当たりゃしねえよ、ノロマめ!

 

ただ力任せのパンチを回避し、ガードで軽くいなし、隙を見て数回殴る。

勝ちは時間の問題だ。その時、奴が初めて見る行動を取った。

両腕を上げて、鳴き声を上げる。

 

『グルルル……』

 

気づいた瞬間、走って俺に接近し、大きな両腕で俺の首を締め上げた。

やべえ、回避が遅れた!

並外れた握力でギリギリと俺の首を絞めながら、身体を高く持ち上げ、

硬い地面に叩きつける。

 

「げはっ!!」

 

こいつは、効くな……どっか骨にヒビが入ったかもしれねえが、気にしてる暇はねえ。

奴はまだ目の前にいる。

 

「汚え手を使ってんじゃねえよ!」

 

ファイティングポーズを取って仕切り直しだ。

奴も、俺も、拳を構え、目の前の敵に殺意を走らせる。

緊張が極限まで高まった瞬間、スワンプマンが突進してきた。

そして大ぶりの右ストレートを放つ。

 

「おっと!」

 

すかさず左手で受け止める。

間髪を入れず俺が右パンチを繰り出したが、今度は俺の拳を握られた!

両者、敵の腕を振り払うべく全ての力を振り絞り、腕力の鍔迫り合いを繰り広げる。

そして、一瞬スワンプマンが左腕のバランスを僅かに崩した隙を突いて、

奴の手を振り払い、奴の頭に掴みかかった。

同時に左手を振りほどき、首を折ろうと両手で頭にしがみつき、顔を両手で握りしめる。

 

すると、顔面を覆っていた表皮が砕け、そこには。

 

「……ジャック!?どういうことだ!」

 

顔中にムカデを這わせた人間の顔。そう、紛れもない実の弟。

 

「どうしたんだジャック!俺だ、兄貴のことを忘れたのか!」

 

『ゾ、イ……』

 

「なんだと?どうして、お前がゾイを……」

 

何故だ!?

俺が戸惑っていると、ジャックは笑うかのような呻き声を上げながら、

右腕を振り上げ、俺に強烈なパンチを食らわせた。

まともに奴の拳を食らった俺は後ろに放り出され、徐々に視界が暗くなっていった。

遠くに複数の銃声を聞きながら。

 

 

 

──本館 医務室

 

俺が目を覚ましたのは、病院みてえな部屋のベッドの上だった。

くそ、まだ頭がぼやけてやがる。

 

「目が覚めたわ!みなさん、ジョーが目を覚ましました!」

 

気づくとそばにテストがいて、彼女の声でどこにいたのか提督達が集まってきた。

 

「ジョー、気がついたんだね。命に別状がなくてよかったよ」

「一体何があったのだ、あんなところで倒れて!」

「お前がいた辺りで、大きな爆発音があった。心当たりは?」

「よかった……ちっとも返事をしてくれないから、ワタクシ、もうだめなのかと……」

 

ああ、うるせえ!あの後結局どうなったんだ。

俺は身体を起こして……誰に聞けばいい。

とりあえずB.O.Wに詳しいらしいクリスに聞いてみた。

 

「……おいクリス。バケモン連中は、どうなったんだ」

 

「B.S.A.Aと鎮守府の戦力で制圧に当っていたが、

突然死んだモールデッドのようにヘドロになって消滅した。今度はこちらの番だ。

お前が戦っていた南エリアで起きた爆発音について心当たりは?」

 

「俺がぶちかましたAMG-78αの全力パンチだ。

カビ野郎がすっ転んだところにフルチャージをぶち込んだからな。

地面ごと派手にぶっ飛んだぜ」

 

「それほど強力な兵器なのか。そのロボットアームは」

 

『それについてのスペック一覧がある。デバイスに送信したから確認してほしい』

 

「イーサン?何故お前が」

 

イーサン。

クリスの口からその名が出た瞬間、一同に驚きが走る。

かつて、数奇な運命からこの世界に転移し、

ただの民間人でありながら皆とB.O.Wや深海棲艦と戦った、不屈の精神を持つ男。

 

『何故もなにもクリス、少し彼女にきつく当たり過ぎじゃないか。

有給を使って早退してしまったぞ』

 

「B.S.A.Aに必要な情報提供を怠った。それに対して抗議するのは当然の義務だ」

 

『確かにアンブレラの人間かもしれないが、彼女はオペレーターであって、

研究員でもなんでもないんだ。もう少し態度を柔らかくしてもいいと思うぞ?』

 

「そんなことはどうでもいい。何故お前が通信を寄越す」

 

『誰かさんにガミガミ怒鳴られた傷心の彼女のピンチヒッターさ。

それより、スペック表を見てくれ。あくまで完成品のものだけど』

 

クリスはデバイスを取り出すと、病室の真っ白な壁に黄色いライトを当てた。

すると、プロジェクターのように1通のドキュメントが投影される。

近未来的な装備に艦娘や提督が見入っている。

 

「あのガスマスク野郎が持ってたのと同じだな」

 

「少し黙っててくれ、ファイルを読んでいる」

 

 

 

製品名:AMG-78

 

運搬作業における作業員の負担軽減を目標に開発。

 

腕に装着することで神経パルスを検知。

アクチュエータと連動し、最大50馬力以上の出力が可能。

最新鋭のショックアブソーバー搭載で人体への反動ゼロを実現。

 

スペック

最高出力 78AP/6000r.p.m

最大トルク 155N・m/4500r.p.m

機体重量 5.5kg

 

 

 

提督やクリスは熱中してるが、なにがなんだかさっぱりだ。

とりあえずこいつはこれからも俺のもん。だったらそれでいい。

 

「これが、70年後の技術なんだね……レ級を倒せた話もこれなら納得だよ」

 

『彼が持っているのはプロトタイプだから、まだスペック通りの出力は出せないけどな』

 

「やはりこんなものを開発しているとは聞いていない。イーサン、B.S.A.Aの上層部に、

アンブレラの秘密主義を今すぐ解消させるよう具申してくれ」

 

『冗談よせよ。俺はまだ入局して1年も経ってない新米だぞ?

そういうのはオリジナル・イレブンのクリスの方が通りやすいだろう』

 

「しばらく帰れない可能性が出てきた。お前から上に伝えておいてくれ。

新型B.O.W撃滅に数週間単位の時間がかかると」

 

『新型?……状況がよくわからないが、とにかく伝えておく。それじゃあ、一旦切るぞ』

 

「ああ、よろしく頼……」

 

「待って!」

 

その時、艦娘の一人がクリスのヘルメットに飛びついた。

そして、マイクの向こうのイーサンに呼びかける。

あ、そうだ!俺も奴には言いたいことがある!

 

「イーサン!そこにいるの?イーサン、ワタクシです。コマンダン・テストです!

本当に、あなたなの?」

 

『テスト!君なのか……?』

 

「そう、ワタクシですイーサン!無事に帰れたんですね。本当に、良かった……」

 

『君も、元気そうで何よりだ。俺は……大丈夫、俺も元気でやってるよ』

 

嘘はついてねえが、肝心なことを隠してるって声だな。

テストが気づいてねえなら、俺から何か言うつもりはねえが。

あっ、クリスがヘルメットを取り上げて被っちまった!

 

「すまないが、そこまでにしてくれ。既にB.S.A.A局員になったイーサン含め、

本来俺達は作戦行動中の必要以上の民間人との接触は禁じられている」

 

「ちょっとぐらい良いじゃねえか!

俺にも貸せ、イーサンの野郎に言いたいことが山ほどある!」

 

「その“ちょっとぐらい”が原因で死亡した隊員は数知れない。

確かに彼が前線で戦うことはないが、

その油断した考え方が部内に広がれば無為な犠牲を生むことになる」

 

「……わかりました」

 

「ふん!ケチな野郎だ」

 

「ジョー、お前には聞くことがある」

 

俺の悪口を無視してクリスが問いかけてきた。

 

「あの雑木林で何があった?

コマンダン・テストが、お前が林の奥へ入っていくのを見たのが最後だ。

俺達が突入してここに搬送するまでの出来事を話してくれ」

 

「その話か……俺は、あそこでスワンプマンと戦ってた」

 

「それで?」

 

自分自身でも未だに自分の記憶が信用できねえ。だが、やっぱり俺は見たんだ。

実の弟を見間違えるわけがねえ。

 

「しばらく殴り合いが続いた後、取っ組み合いになって、

奴の仮面みたいな皮が剥がれたんだ」

 

「そこで、何を見た」

 

「ジャックだった!俺の弟だ、間違いねえ。

身体はバケモンになっちまってたが、はっきりわかる。

あの目はジャック以外にありえねえ!

しかも、しかもだ!あいつもゾイを探してた!確かにゾイの名を呼んだんだ!」

 

皆に戦慄が走る。ジャック・ベイカー。

かつてイーサン・ウィンターズが幾度に渡り撃退したが、

ベイカー家の中でも異常とも言える驚異的な再生能力で何度も蘇り、

彼らを苦しめ続けた。そしてジャックは、本館屋上での決戦で、

強力な近接戦闘武器を持ったイーサンによってとどめを刺され、完全に死亡した。

はずだった。

 

「そこで、驚いた俺はうっかりジャックからキツい一発を食らって伸びちまった」

 

「くっ!ジャックが、まだ生きていただと?馬鹿な!」

 

「彼の死骸がこの世界に残ったことから、可能性はゼロじゃないとは言え……

それに、完全に転化が進んでいるのに、なお家族を?」

 

長門も提督も驚きを隠せないようだが、一番驚いてんのはこの俺だ。

 

「畜生、ジャックの野郎……どうしちまったんだ」

 

「ジャックがお前を連れ去ろうとした時、

コマンダン・テストの救援要請を受けた俺達が駆けつけて、

間一髪で助けることができた」

 

「なるほど、そういうことかよ……」

 

「クリスさん、ワタクシは名前が長いので、テストと呼んでください」

 

「助かる、テスト。改めてよろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

クリスとテストが改めて自己紹介するのを意識の隅で聞きながら、

俺はベッドに座り込んで、ただ真っ白なシーツを見つめて考え込んでいた。

ジャック。お前は今、どこで何してやがんだよ……!

 

 

 

──本館3階 客室

 

翌日。

クリス・レッドフィールド率いるB.S.A.A時空失踪者捜索部隊は、

提督から提供された客室での生活を開始した。

クリスもまた、その一室で銃の手入れに余念がなかった。

その時、小さな足音が近づき、部屋の前で立ち止まってコンコンとドアをノックした。

反射的にサムライエッジに手が伸びる。

 

「誰だ」

 

「あ、あの。ビーエスエーエーの司令官様ですか?

巻雲は、駆逐艦・巻雲と言います~

お洗濯をさせていただきますので、皆さんの服をお預かりするように、

鳳翔さんから言われてきました。

あと、皆さんの着替えの服を作りたいので、

サイズも聞いてくるように言われましたで~す!」

 

クリスは銃から手を引っ込め、ドアを少しだけ開けた。

そこには眼鏡をかけ、若干袖が長過ぎるシャツと、

落ち着いた赤の制服を着た少女がいた。

彼女は不安げに自分の身長の3倍はあるクリスを見上げている。

クリスは彼女を怖がらせないように、膝をついて目線を合わせ、

言葉を選んで返事をした。

 

「巻雲君と言ったね。すまない。

鳳翔という人に、お気持ちだけ頂いておきます、と伝えておいてくれないか。

この防護ベストやヘルメットは、内部に精密機器が埋め込まれていて、

通常の方法では洗浄ができないんだ。

他の隊員も同じだ。皆、装備品の洗浄・整備の訓練は受けている。

清潔な水が出るシャワールームさえあれば問題ない」

 

「はわっ!そうなんですか!?えっと、じゃあ、部屋着はいかがですか?

ずっとあの防護服だと、その、息苦しいと思うんですけど……」

 

「いつ敵襲があるか分からない状況で、

整備以外の目的でこの戦闘服を脱ぐことは許されていないんだ。

確かに息苦しいけど、それに耐える心も鍛えている。

とにかく、気を使ってくれてありがとう。これからもよろしく、巻雲君」

 

「はいっ!巻雲のことは、気軽に巻雲と呼んでくださいね、司令官様!

あれ?それじゃどっちの司令官様かわかんないよ~」

 

余った袖で頭を抱える巻雲。クリスは少々苦笑いしてそんな彼女を見る。

 

「俺のことはクリスでいい。他の隊員に会っても気を使う必要はないよ。

世話になっているのは俺達なんだから」

 

「う~せっかく異世界のお客さんが見えたから、巻雲達も何かしたかったんですけど……

あ、そうだ、ご飯です!お食事は召し上がりますよね?」

 

「ああ。昨日はレーションで済ませたが、

提督から食堂で食べ物を都合してもらえることになった」

 

「よかった!何かご用事があれば、巻雲に声を掛けてほしいです、はい!」

 

「そうさせてもらうよ。本当にありがとう」

 

「どういたしまして!それでは、巻雲はこれにて失礼いたしますです!」

 

巻雲は敬礼すると、やはり小さな足音を立てながら走り去っていった。

微かに笑みを浮かべ、彼女の後ろ姿を見送ると、

クリスはまた部屋に戻り、銃の手入れを再開した。

すると、そばに置いていた酸素フィルタ付きヘルメットから通信が入った。

 

『ははっ、あの娘は相変わらずだな。俺は着替えと洗濯の世話になった』

 

「盗み聞きは感心しない。何の用だ、イーサン」

 

『明日には彼女が帰ってくる。俺はお役御免だ。

戻ったら少しは優しい言葉をかけてやってくれよ』

 

「向こうがそれなりの義務を果たすなら考える……お前はどうしてる」

 

銃のレシーバーにグリスを塗りながら問う。

 

『どうって?』

 

「仕事は上手く行ってるのか」

 

『ああ。やることは以前の仕事とほとんど変わらないからな。

きつかったのは最初の研修だけさ。

違うのは、扱う情報の殆どがプログラムの最初の1文字に至るまで、

Confidential(機密)扱いってことくらいだ』

 

内部の手入れを終えた銃を組み立て、スライドを引く。

 

「ならいい。バイオテロの生存者全てが幸せな“その後”を送れるわけじゃないからな。

お前は恵まれているほうなんだ。忘れるな、ベイカー邸で犠牲になった者達のために」

 

『わかってるさ。だから俺はB.S.A.Aに入った』

 

「お前の覚悟を信用して支局長にお前を会わせた。落胆はさせないでくれよ」

 

『任せろ。必ずここで実績を積んで、

バイオテロリストのネットワーク解析専門のサイバー攻撃班に入ってみせる』

 

「期待してるぞ。他に連絡事項は?」

 

『特にないけど……ん?ああ、飯の時間だな』

 

その時、本館に4音のアラームが鳴り響いた。時計を見ると0700。

 

「なるべく目立ちたくはないが、この格好では無理だろうな」

 

『実働部隊は大変だな。よくそんな装備で動き回れる』

 

「慣れればどうということはない。切るぞ」

 

『ああ。彼女によろしく』

 

そしてクリスはイーサンとの通信を切った。食堂へ行かなければ。

せめて時間をかけずに食事を取り、余計な会話は慎む。それしかないだろう。

クリスは立ち上がり廊下に出て、

既に部屋の前で待機していた隊員を引き連れて食堂へ向かった。

 

 

 

──本館 食堂

 

やはり俺達が食堂に入ると、周りの雰囲気がざわつく。

戦闘用の防護ベストに身を固めた兵士が、

ぞろぞろと現れたのだから当然と言えば当然だが。

ヘルメットは置いてこさせたが、焼け石に水だったようだ。

ベスト越しに無数の視線が突き刺さる。

 

 

「あれが昨日ヘリで来た異世界の軍隊?」

「BS…なんだったかしら」

「向こうと通信できるらしいわよ。コマちゃんがイーサンと喋ったんですって!」

「うそ!?私、お話しさせてもらえるか頼んでみようかしら」

「でも……なんだか近寄りがたいっていうか、なんていうか、ねぇ?」

 

 

聞こえているぞ。だが、向こうから距離を置いてくれるなら好都合だ。

そう思ったのも束の間。列の前方にいた隊員がアルミのトレーを持って叫んだ。

 

「B.S.A.Aアルファチーム、ダニー・マルコムであります!食糧配給、願います!!」

 

「あ、はは……提督から話は伺ってます。

セルフサービス形式ですので、順番におかずをお取りになってください」

 

皆が突然の大声に驚き箸を止め、

厨房のオレンジに近い赤の着物を着た女性が苦笑いする。俺は心の中で頭を抱えた。

とりあえず全員が食事を受け取ったのを確認すると、隅のテーブル席へ誘導する。

 

「総員、着席」

 

和やかな食事の空間に似合わない防護ベストの集団が席についた。

さっそく俺は先程の出来事について通告する。

 

「食事を始める前に諸君に言っておきたいことがある。

確かに軍規は重要であり、それに沿った行動を取ることが原則だが、

ここが異世界でその住人の生活空間であることにも留意してほしい。

つまり、先程の食料補給要請の形式も間違いではないが、周りを見てくれ。

誰もがくつろぎながら食事を取っている。あまり大きな声を上げるのは好ましくない。

今後は場の雰囲気を読み取り、多少軍規から外れても、

作戦行動に影響しない程度に周囲に溶け込む行動を取って欲しい。以上だ」

 

“はっ!”

 

「……不特定多数が集まる食堂でその大声も禁止する。食事、開始」

 

規律に忠実な部下を説得してようやく食事にありつく。

やはりフォークとナイフはないか。俺は慣れない箸で白米を口に運ぶ。

隊員も悪戦苦闘しているようで、なかなか煮込んだ豆を食べられないでいる。

帰還したら、隊員の訓練メニューに箸の使い方を入れるよう具申しよう。

 

どうにか食事を終えることはできたが、箸の扱いに煩わされたせいで、

味はよく覚えていない。美味しかった気はするが、食事の余韻が何も残っていない。

少々物足りない気持ちで席を立ち、返却口にトレーを置くと、

俺達は提督の執務室に向かった。ホールの階段で2階へ。

凝った彫刻が施されたドアの前に立つと、隊員は廊下の端に立ち、警戒に当たる。

俺はドアをノック。返事を待つ。

 

「レッドフィールドだ」

 

「入ってくれ」

 

中に入ると、既に食事を終えたメンバーが集まっていた。提督、長門、ジョー、テスト。

俺は空いていた提督の隣に座る。

昨日、負傷して休んでいたジョーに改めて話を聞かなくては。……重要な話もある。

まず提督が話を始めた。

 

「具合はどうだい、ジョー」

 

「……もう、なんともねえ」

 

怪我の具合は大したことはなさそうだが、

やはり、明らかになった真実にまだショックを受けているようだ。

俺はジョーが気力を取り戻すまで、

まず提督にこちらの世界の情報を確認することにした。

 

「提督、ちょっといいか」

 

「なんだい?」

 

「以前俺達が来たときとは状況が違いすぎる。いくつか聞いておきたいことがある」

 

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

「昨日ジョーが言っていた姫級とは何だ」

 

「うん。それはね……」

 

提督は姫級について丁寧に説明してくれた。多数の護衛を従える深海棲艦のボス。

突然現れては周辺海域を完全に封鎖する謎の存在。

出現する度に海軍も掃討に乗り出しているが、毎回多数の犠牲が出ること。

簡潔でわかりやすい説明だった。

 

「なるほど、体型はエルヒガンテ級、肉体に強力な兵器を多数装備……分かった。

我々も、姫級掃討に力を貸そう」

 

「なんだって!?」

 

皆が一様に驚く。俺の言葉にジョーの表情に前向きな力が戻った。

 

「へっへ、なんだよその気があんなら最初から言えよ!」

 

「正気なのかい!?姫級の力は想像を絶する!

いくら未来の兵器があっても、最悪君たちが全滅することも十分ありうるんだよ?」

 

「そうだ!ジョーを連れて一刻も早く帰還すべきだ。我々については心配いらない。

建造中の超大型戦艦がある。きっと彼女が姫級を滅ぼしてくれる!」

 

「その通りです。異世界の人に犠牲になって欲しくはありません。

お願い、どうか、ジョーと一緒に……」

 

皆が口々に反対意見を述べる中、ジョーのだみ声がその場の空気を切り裂いた。

 

「どいつもこいつも勝手なこと言ってんじゃねえ!俺もクリスも腹くくったんだよ!

大体昨日言っただろう、姫級殺すまでは帰らねえってな!」

 

「しかし、そうはいうがね……」

 

腕を組んで考え込む提督に俺が提案した。

 

「提督、こうしよう。B.S.A.Aトップに繋がるパイプを持つ人物が知り合いにいる。

彼に姫級打倒に武力を行使することについて許可を取ってもらう。

却下されれば俺達はこのまま帰還する。

認められれば……全戦力を以って姫級というB.O.Wを排除する」

 

「そんなことが、可能なのかい?」

 

「やるだけのことをやる。それだけだ」

 

俺はヘルメットの無線を開く。

本部ではなく、一般市民の民家への接続だからチューニングに少し手間取った。

……接続完了。向こう側からガタガタと慌ただしい何かの物音が聞こえてくる。

 

『待たせたね。こちらオブライエン。大学のアマチュア無線部かい?久しぶりだね』

 

「オブライエン、クリスだ。クリス・レッドフィールド。火急の用がある」

 

『ああ、君か。わざわざ無線連絡とは珍しい。

なんというか、まあ、重要な任務を任されているようだが。

そうそう、私の小説は読んでくれたかね?「暴かれた深淵」は私の力作だ。是非……』

 

「今度読むつもりだ。急いで頼みたいことがある」

 

『ふむ、話してみたまえ』

 

時間がない。俺は単刀直入に、異世界に出没した大型B.O.W撃退に兵を使う許可を、

上層部に取ってくれと頼んだ。

無線の向こうで顎を揉んで考え込む彼の姿が見えるようだ。待つこと1分。

 

『わかった。私から上の方に話を通しておこう。

作戦行動期間はどれくらいになりそうだ』

 

「一ヶ月は見ておいてもらいたい」

 

『了解。すぐ局長に連絡する。結果が出たら君の周波数にシグナルを送る』

 

「協力に感謝する。通信終わる」

 

『あまり年寄りをこき使わんでくれよ。

ああ、この前ジル君に会ったよ。元気そうだった。

君たちがS.T.A.R.Sだったのはもう何年前のことだったかな。

光陰矢の如しというがまさにそのとおりだよ。

当時はまだB.S.A.Aなど影も形もなく私もまだまだ現役で……』

 

「すまない、電波障害だ。一旦切る」

 

彼の長話に付き合っていては日が暮れる。俺は強引に通信を切った。

提督が困惑した表情で俺に尋ねる。

 

「誰と話していたんだい?」

 

「クライヴ・R・オブライエン。かつてB.S.A.Aをまとめ上げていた人物だ。

今もアドバイザーとして組織に協力し、その影響力は大きい」

 

「なるほど。彼が上手く話を通してくれれば、君たちの活動の幅が広がる、

というわけなんだね?」

 

「その通りだ」

 

「おーし、これで俺達も海のB.O.W退治に繰り出せるってわけだ!」

 

「まだ決まったわけじゃない。はしゃぐなジョー」

 

とは言え、意外とも言えるほど返事は早く帰ってきた。

提督達と1時間ほど今後の方針について話し合っていたら、

ヘルメットのマイクに通信が。まさかさっきの今で答えは出ないだろうと思っていたら、

オブライエンからの返信だったからさすがに驚いた。

 

『やあ、さっきの件だがね。許可が下りたよ。

新型B.O.Wを撃滅し、要救助者と共に帰還すること。それが君たちの新しい任務だよ』

 

「そうか。礼を言う、オブライエン」

 

『構わんさ、隠居生活で暇だからな。君もいつまでも若いわけじゃないんだ。

そろそろ身を固めることも考えたらどうだ?』

 

「地球上からバイオテロが消滅したら考える。通信終わる」

 

俺はヘルメットの操作パネルにタッチして通信を切った。そして皆に宣言した。

 

「聞いてもらったとおりだ。

現時刻を以って、B.S.A.Aは日本海軍と共に深海棲艦撃滅任務に着く」

 

執務室に張りつめた空気が漂う。そう、今度は俺達が異世界のB.O.Wと戦う番だ。

 

「う~ん、喜ぶべきことなのかどうなのか……」

 

「だが、もう結果は出てしまった。

それに、どの道無理矢理ジョーを連れ戻そうとしても、

暴れて彼らのヘリを破壊する可能性の方が高かった。

我々艦娘が急いで姫級を片付ける方が現実的だろう」

 

「お前も俺のことがわかるようになってきたじゃねえか、長門」

 

「でも、絶対、無理はしないでくださいね。お願い……」

 

「心配すんなテスト。攻め時引き際はちゃんと心得てる。俺は死なねえ。約束だ」

 

「はい……!ワタクシも、その時が来たら、戦います!

皆さんが、無事に元の世界に戻れるように」

 

そして、提督が手を叩く。皆の注目が集まると彼が会議の終了を宣言した。

 

「よし、それじゃあ一度解散しようじゃないか。

クリスは部下達に今の決定事項を伝えなきゃいけないし、

ジョーもテスト君も敵のいない今は自由に過ごしてくれ。

ただ、いつでも戦えるように心準備だけは忘れないで。

長門君、悪いが君は残ってくれ。少し打ち合わせたいことがあるんだ」

 

「承知した」

 

提督と長門以外の全員がぞろぞろと執務室から出る。

俺も退室しようとすると、長門に呼び止められた。

 

「待て」

 

「なんだ?」

 

「その無線は……まだイーサンと繋がっているのか?」

 

「ああ。彼が交代を務めるのは今日の正午までだ。何か、話したいのか?」

 

「いいや、それには及ばない。ただ伝えておいてくれないか」

 

「構わない。何を言いたい」

 

「“例え身を置く組織は違っても、私はお前の上官であり戦友だ”、それだけでいい」

 

「……確かに伝えておく」

 

「頼む」

 

長門のメッセージを受け取ると、今度こそ部屋から出てドアを閉めた。

すると、また頭を抱えたくなる光景を目にすることになった。

 

「おじさん、その黒い弾なんなの~?」

「グレネード。手榴弾と言ったほうがわかりやすいかな?」

「知ってる!ぽいっと投げてドカンなんでしょ!」

 

「今日は何の日?」

「ちょっと待ってくれ。……NY時間では12月16日だよ」

「子日だよー!」

「はあ?」

 

「ストーップ、動かないで。ポーズはそのまま!突撃銃を構えたままね」

「こ、こうかな?」

「うんうん、かっこよく描いたげるから楽しみにしてなよ!」

 

民間人との接触は極力避けろという作戦開始時の命令を完全に忘れて艦娘達と遊ぶ部下。

俺は呆れて呼びかける。

 

「お前達、何をやっているんだ?」

 

「あ、隊長!ここで待機していたところ、子供たちが話しかけてきたので、

今朝の命令通り住人に溶け込むべく、

彼女達と触れ合いを行っていたところであります!」

 

「俺は騒ぎにならない程度に慎んだ行動を、と言いたかったのだが……

まあいい。俺の表現も曖昧だった。騒ぎは起こすなよ、騒ぎはな」

 

“了解!!”

 

「声を落とせ!」

 

ひとつ大きなため息をついた俺は、ヘルメットを抱えて自室に戻った。

この装備もそろそろ洗浄しなくては。ついでにシャワールームで汗を流そう。

俺は若干うんざりしながら3階への階段を上っていった。

 

それからの数日間は忙しかった。2階の作戦司令室を借りて、

部下に姫級の存在と、その撃退命令が下ったことを説明した。

皆、一瞬動揺した様子だったが、彼らとて素人ではない。

B.O.Wとの戦いに命を賭ける覚悟はできている。

すぐに落ち着きを取り戻し俺の説明を頭に叩き込む。

 

以後、俺達B.S.A.Aはモールデッドの襲撃に備えて鎮守府の警備に当っていたが、

ジャックの出現以来敵襲はない。俺は庭石に腰掛け、本館前広場を眺める。

休憩中の部下が、無骨なアンブレラのヘリ2機のそばで、

艦娘達とキャッチボールをしたり、地面に描いた円を飛ぶ遊びをしたりしている。

 

叱るべきなのかもしれないが、

間もなく俺達は否が応でも生存率の低い戦いに身を投じることになる。

それまではせめて、安らぎを噛みしめるのもいいだろう。

ふと視線を海に向ける。波は穏やかで静かに凪いでいる。

この水平線の向こうに待ち受けているのは一体何なのか。

相対するまで何もわからないが、

俺達は世界からB.O.Wを根絶するために戦い続けるだけだ。

 

 

>超大型戦艦完成まで、あと7日18時間43分39秒

 

 

 


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