雪ノ下雪乃の消失   作:発光ダイオード

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わたしはよく夢を見る。

放課後友達と一緒に街に遊びに行く夢から、空を自由に飛んだり大きくなった身体で千葉中を歩き回ったりなんておかしな夢をみたりもする。そしてそんな時はいつも“自分は今夢を見ているんだな”とわかる。けれど、だからといって夢の中で自由に身体を動かせるわけじゃない。なんというか頭の中に映画館があって、真っ暗な部屋の真ん中にちょこんと置かれたソファーにゆったりと座りながら、わたしはわたしの出ている映画を眺める…そんな感じかもしれない。意識を内側に向けるとベッドで寝ているわたしの姿も見える。わたしが映画を観て笑ったり驚いたりするのに合わせて、寝ているわたしも同じように表情を変える。

たぶん、映画の中のわたしは夢の中のわたし。寝ているわたしは現実世界のわたしだろう。

けれど…だとしたら今のわたしの意識はいったいどこにあるんだろう。

 

その日の夢はいつもと違っていた。わたしの意識はなぜかスクリーンの中にあった。とはいえ身体は自分の意志じゃ動かせず、声も出ないしおまけに音も聞こえない。あるのは妙に鮮明な現実感だけ。

学校の教室、時刻はたぶん放課後。辺りは白んでてよく見えないけど、机が少なくて結構さっぱりと片付いていた。部屋の隅にはティーセットもある。多少置いてあるものに違いはあるけど、たぶん奉仕部の部室だと思う。わたしは長机の真ん中あたりに座り、わたしの意思とは関係なしに大げさな身振り手振りをしながら楽しそうに話している。隣にはスラリとした女の子。顔はピントがズレたようにぼやけてよくわからないけど、ツヤツヤとした長い髪が夕陽に煌めいていた。その子が口許に手を当てて二、三度肩を震わせると、わたしも嬉しくなって笑顔を返す。

少し離れたところに座る男の子。この子の顔もよくわからないけど、なんとなく目元辺りから出ているマイナスのオーラは誰かに似てる気がした。彼は仏頂面で本を読んでいるけど、わたしが話しかけるとちゃんと応えてくれる。そしてその捻くれたような返事を聞いて、わたしと女の子は呆れたように笑うのだ。

なんだかとても懐かしくて安心できる。たぶんわたしは“この場所”を知っている。しかし、笑いかけてくれるふたりの顔は霞がかかったようにぼんやりとしか浮かんでこない。どうして思い出せないんだろう、絶対知っているはずなのにっ!

わたしは動かない身体と出せない声で必死に訊く。あなた達はいったい誰?

 

 

 

 

 

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……………いつもより早めにセットした目覚まし時計は、大きな音をたてながら床の上に転がっていた。わたしはもぞもぞとベッドから這い出るように腕を伸ばしてアラームを止める。さっきまで夢を見ていた気がする。なにか大切なことだったような気がするけど、目覚めた瞬間わたしはすべての閃きを夢特有の曖昧さの中に置き忘れてしまっていた。

まぁいっか。特に気に留める事もなく身体をおこすと、わたしは背中を反るように大きく伸びをした。カーテンの隙間から差し込む光がちょうど顔に当たったので思わず目を細める。今日はいい天気みたい。わたしは「よしっ」と気合いを入れて立ち上がるとパジャマを脱ぎ捨て、壁にかかっている制服……ではなくジャージに着替えた。

 

リビングに行くとお母さんが朝ご飯の準備をしていた。

 

「おはよう、結衣」

 

「おはよー、お父さんは?」

 

「もう出ちゃったわよ。サブレのことよろしくって」

 

「ふわぁい」

 

欠伸まじりに返事をすると、何か柔らかいものが足元を撫でる感触があった。視線を落とすと可愛らしいもふもふがわたしの足に身体を擦り寄せている。

 

「おはよーサブレ。今週はわたしとお散歩いこうね」

 

屈んで頭を撫でてあげると、サブレはしっぽを振りながら元気よく「わんっ」と鳴いた。

 

サブレの散歩は毎朝お父さんがしてくれている。けれど今日から一週間出張に行ってしまったので、今週はわたしがお父さんの代わりにサブレを散歩に連れて行く。まぁ、休日はわたしが連れて行てってるし、中学の頃までは平日の朝も普通にわたしがやっていたのでそれほど大変なことでもない。お父さんと朝の散歩を交代したのはわたしが高校に入学して少し経った頃で、もう一年以上になるけどお父さんは相変わらず朝が弱い。寝坊したりなかなか起きなくてお母さんに怒られることもある。そういう時やたまの出張の時は、こうしてわたしがサブレを散歩に連れて行くのだ。

季節は秋から冬に変わろうとしていて、吐く息は白くならないものの早朝の空気はきりりと引き締まっていた。わたしはサブレを連れながらいつものコースを歩く。センターラインの入らない道路の両側には民家が建ち並び、そこを過ぎると大通りに出る。朝の時間帯は車も人通りも少なく静かで落ち着いていて、たまにすれ違う人の中には総武高校の制服を着た人もいる。一生懸命自転車を漕ぐ男の子や眠たそうに歩く女の子の姿を見て、今から部活かな?今日は日直かな?と想像すると、なんだか楽しい気分になった。

いやいや、わたしもそろそろ家に戻らないと遅刻しちゃう。そう思ってわたしは少し足を速める。

途中横断歩道が赤信号になったので、わたしはリードを強く握りしめて信号が変わるのを待った。

 

 

 

 

 

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昼休み、わたしは優美子と姫菜、それにさきさきと一緒にお弁当を食べていた。最近わたしたち4人は教室でもよく一緒にいる。放課後毎日のように部室に集まっていたせいもあって、わたしたちとしては教室で一緒にいる事にも特に違和感はなくなっていた。優美子は部室でも教室でもよくさきさきと言い合いをしているけど、わたしや姫菜にはそれが何となく楽しそうに見えて、ちょっとずついつもの優美子に戻ってきてるような気がしていた。

だけど違和感がなかったのはわたしたちだけのようで、どうやらクラスメイトからはそういうふうには見えていなかったらしい。優美子が隼人君を遠ざけるために、わざとみんなが近寄り辛いと思っているさきさきとつるんでいる……戸部っちが女の子からそういう噂を聞いた事を教えてくれた。その噂はもちろんわたしだって聞いている。言いがかりもいい所だ。よく知りもしないで勝手な噂ばかり流してっ!

ムッとするわたしに優美子は「好きに言わせとけばいいのよ」と素知らぬ顔で答えた。優美子は見た目から気が強そうに思われるけど実際は打たれ弱いところもある。それが強がりだとわかっていても、そんなふうに言える優美子の姿はとてもカッコよくみえた。一番辛いはずの人にそう言われてしまっては、わたしがわあわあ騒ぐわけにはいかない。そんなわけでわたしは悶々としながらも気にしないように努めて日々を送っていた。

 

「ちょっと自販機行ってくるけどみんな何かいる?」

 

飲み物を買い忘れたことに気づいたわたしは席を立ちながら優美子たちに訊いた。

 

「あーしは別に」

 

「あっ、わたしアップルジュース買ってきて欲しいな。さきさきは?」

 

「いや、あたしも大丈夫」

 

「おっけー。じゃあちょっと行ってくるねー」

 

「ありがと。よろしくー」

 

妃菜はサイフから100円玉を取り出してわたしの手のひらに乗せた。そのまま100円玉を制服のポケットに突っ込んだわたしは、3人に見送られながら早速自販機に向かう。教室を出るとき、廊下側の席がひとつだけ空いているのがちらりと目に留まった。

昼休みの廊下には穏やかな空気が広がっていた。晴れているせいか廊下には日差しが入って思いのほか寒くなく、背中を丸めながら窓際で日向ぼっこをしている人たちもいる。他にも壁にもたれて友達と話をする人、本の貸し借りをする人、窓際で別のクラスの子に声を掛ける人…みんな思い思いの時間を過ごしていた。わたしは渡り廊下を渡り特别棟の階段を降りていく。この時間帯特别棟は一般棟の影になるので教室の前の廊下よりも少し肌寒さを感じる。わたしは身体を暖めるように早足気味に一階まで降りていく。すると廊下からざわざわとした声が聞こえてきた。近づいてみるとざわめきの中心には購買部があり、お昼ご飯を買おうという人が満員電車に揺られるように辺り一面に溢れかえっていた。みんな周りの人を押しのけながら次々と注文している。声が重なり合って何を言ってるのか全然わからないけど、購買部のおばさんたちはまるで聖徳太子のように次々と注文を聞き分けて商品を配っていた。

 

「おばちゃん、カレーパンっ!」

 

「おれおにぎり、シーチキンの!」

 

「おいそれ最後のカツサンドだろっ!」

 

「なにを、お前にはコロッケパンがお似合いだ!」

 

「君チョココロネ好きだろ?そのソーセージロールと交換だ!」

 

圧力というか熱量というか、そういうものがぐわっと押し寄せてくる。わたしは人だかりを眺めながら眉を潜めた。自販機は向こう側にあるのでここを横切らなければいけない。なるべく巻き込まれないようにしよう……。

避けるように廊下の隅を歩くわたしは人混みを越えた辺りで、ふと逸れるように窓から外を覗いた。特別棟の一階。保健室横、購買部の斜め後ろ……ヒッキーがいつもお昼を食べている所だ。教室にいなかったのでこっちに来てるのかなと思ったけど、ヒッキーの姿はここにはなかった。購買…いや平塚先生の所かな?

最近ヒッキーはいろはちゃんからの依頼でクリスマスイベントの手伝いをしているので部室にはあまり来ない。せっかく少しずつ話せるようになったのに、これじゃ以前に逆戻りだ。わたしは心の中でため息をつく。

 

ヒッキー、比企谷八幡君。二年生になって初めて同じクラスになった。もう半年以上経つけど、わたしはついこの間まで彼と話をしたこともなかった。話すようになったのもたまたま廊下でぶつかったからで、多分それがなかったら今でも話せないままだったと思う。

わたしはこれまでに何回かヒッキーに話しかけようとした事があった。けれど周りの目を必要以上に気にしてしまうわたしは、なかなか彼に声をかけられなかった。ヒッキーと話している所をクラスメイトが見たらどう思うだろう、何か変な噂を立てられるんじゃないか…そんな事を考えると言葉が喉に引っかかってしまい、話しかけることに二の足を踏んでしまった。

それにヒッキはークラスで浮いた存在だった。ひょっとしたら学校全体でみても浮いていたかもしれない。いつもひとりでいて、別にいじめられているわけじゃないけど、教室にいる時はいつも寝たふりをして話しかけるなオーラを出していた。いや、出てなかったかも……存在感を消していたのかもしれない。とにかくヒッキーは一般的に言うぼっちというやつで、ヒッキーがたまに教室でさいちゃんと話していたり、放送で呼び出されたりすると必要以上に目立っていた。(決してわたしがずっとヒッキーのことを見ていたわけではない。)周りの目を気にし過ぎてしまうのはわたしの悪い所だとわかっている。ちゃんと話せなかったのも全面的に悪い……だけどヒッキーもたまたま教室で二人きりになった時、「国語の教科書忘れたから借りに行かなきゃー」とか言って逃げるように教室を出て行かなくてもよかったと思う。

……だからヒッキーがわたしの事をクラスメイトとして覚えててくれたのは嬉しかった。そして同時に悲しくもあった。ヒッキーはわたしの事を覚えていなかったのだ!

実は、わたしは入学する前に一度ヒッキーに会ったことがある。高校入学の当日の朝、サブレの散歩をしていたわたしは高校生になったことに浮かれていたのか、一瞬の気の緩みから手にしていたリードを放してしまった。そしてタイミング悪く通りかかった車にサブレが轢かれそうになったとき、突然現れたヒッキーが身を挺してサブレを助けてくれたのだ。ヒッキーはそのまま病院へ運ばれて、結果として一ヶ月近く学校を休むことになった。退院して初登校する頃にはクラス内のグループもできあがっていたことだろう。ヒッキーがぼっちになってしまった原因はわたしにもあるのだ。

だからわたしはヒッキーの“よくわからない夢”について調べるのに協力するために、半ば強引に奉仕部を訪れるようになった。助けて貰いながらまだ直接お礼も言ってない。覚えてないくらいだから、ヒッキーはそんなこと気にしていないのかもしれない。けれどわたしはヒッキーにちゃんとありがとうと言いたい。ヒッキーの為になにか恩返しがしたい。ヒッキーにもっとわたしの事を知ってもらいたい。そんな思いが今のわたしを突き動かしている。

 

「結衣先輩!」

 

意気込むわたしに、突然誰かが後ろから声を掛けてくる。驚いて振り返ると、そこにあったのはよく知っている笑顔だった。

 

「いろはちゃんっ!?やっはろー、どうかした?」

 

「よかった。ちょうど由比先輩に会いに行こうとしてたんですよ」

 

「わたしに?」

 

いろはちゃんがわたしに用事だなんて珍しい。

 

「今日の放課後ってなにか予定あります?」

 

「ううん、特にないけど」

 

わたしが首を横に振ると、いろはちゃんは満足そうに頷いた。

 

「じゃあちょっとお願いがあるんですけど」

 

「お願い?」

 

「はいっ」

 

屈託のない顔でいろはちゃんは笑った。

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