近年創設されたばかりのキャピタル・アーミィは、まだ若い組織であるためにキャピタル・ガードの施設を接収して使用していることが多い。テリトリィ都市部東にある技術開発研究所もそのひとつで、いまは軍用モビルスーツの整備ドックとして使われていた。
ドナは第三研究室に向かっていた。ガード時代からの古い友人に会うためだ。研究所をアーミィに牛耳られてもなお、独自に入手した「ヘルメスの薔薇の設計図」の研究に専念している“変わり者”の老人。モビルスーツの整備・点検を口実にし、ヒマさえあれば愚痴を言いに来たりおかしな研究成果を見せてもらったりする、ドナにとって貴重な気の置けない友人であった。
「ドク、研究は進んでる?」
いつからか、ドナは彼を本名ではなくドクと呼ぶようになった。「
白衣を着た老人は机に突っ伏し何かしらの作業をしていたようで、はじめは背中しか見えなかった。だがドナが声を掛けると彼の手は止まり、しょぼくれた体は声のした方へと振り向いた。
「おお……ドナか。アーミィに設備のほとんどを抑えられちまっては、ライブラリを漁るくらいしかできんわい」
「ごめんなさいね。今は
口では毒づきながらも友人の来訪に喜んでいるようで、ドクはすぐさま作業を中断し、立ち上がると彼女のためにコーヒーを淹れた。ドナはいつもの指定席、彼の机の右隣に座った。
「海賊とやりあったらしいな。お疲れさん」
「ありがと」
受け取ったマグに注がれた真っ黒いコーヒーは、かぐわしい香りを湯気とともに立ち上らせていた。ひとくち飲む。しっかりとした苦みが、熱とともに口の中に広がっていった。酸味の抑えられたテイストは後味がすっきりしていて心地よい。
あいかわらずドクのコーヒーは旨い。来訪理由のひとつはこの味だった。
「それよりお前さん、見たんだってな? G系のモビルスーツ」
愛用のマグカップを手に座っていたドクが、身を乗り出しながら聞いてきた。その目は好奇心できらきらしている。興味を隠しきれていない、というより隠す気のないその素振りも、友人であるから不快感はなかった。
「相変わらず情報が早いのね」
「ヒマだからな。そういうのを調べる時間はいくらでもある」
「“らしい”ってだけよ。あんな機体、見たことなかった」
クラウンに謎のモビルスーツが取り付いたとき、ドナは眺めるだけしか出来なかった。レクテンのカメラ越しにずっと観察していたその機体は、後でデータベースを確認しても全く正体不明の機種だった。
「G-セルフとかいったか。あれとも違ったのか」
先日キャピタル・アーミィが鹵獲した、これまた所属不明のモビルスーツの名前である。今はアメリアに奪取され、追撃部隊が行方を追っている。
「そのタイプなら資料で見たけど、あれはもっとこう……凶暴なイメージ。攻撃的っていうのかしら。あまり友人にはなれなさそうなタイプね」
「恋人ならなれそうなのか?」
「勘弁してよ」
苦笑しながらコーヒーをすする。思い返してみても、あのモビルスーツは不気味だった。見るからに戦闘用らしいシルエットをしておきながら、危害を加えるでも、こちらの援護をするでもなく。ただクラウンの中を観察していた。なにかを探しているような。
――なにを?
身震いしたくなるような気分になりながらも、考えても仕方の無いことと割り切るしかないと思えた。
「まあ、モビルスーツの見た目で性能が決まるわけじゃないでしょうし。……それこそ、あの試作機がいい例じゃない」
「【クアッジ】のことか」
「G系に『似せて』設計されたなんて、それこそ見かけ倒しってことじゃないの」
「あれは元々戦闘用じゃないんだよ。今の我々がそうしているように、G系と呼ばれるカテゴライズの技術を検証するために設計されたモックアップだ」
そう言いながら、ドクは後ろにある自分のコンピュータから一枚の画像ファイルを呼び出した。モニターに広がるそれは、モビルスーツの設計図――「ヘルメスの薔薇の設計図」そのものであった。
技術革新がタブーとされている現在の地球圏において、その存在自体が「タブー破り」と言える出自不明の極秘資料。中身はモビルスーツや戦艦などの設計図であり、どの国の技術レベルをも凌駕するテクノロジーで構成されていた。キャピタル・テリトリィを含むそれぞれの国家は独自ルートで設計図を入手し、軍備の増強を図っている。世界の軍事バランスは驚異的なスピードで変化していた。
モニター上には型式番号や機体名らしき文字列、そしてモビルスーツの全身図が記されている。
ウサギの耳を思わせる頭頂から後ろに伸びた一対のアンテナに、ヒトの目を想起させるツインアイ。ドナは自身が遭遇したG系に酷似した特徴をしていると感じた。それよりもいくぶんか柔らかい印象を受けるのは、頭が大きくて等身が低いせいもあるのだろう。
より細かい機体のディティールを観察する。機体の各所に穴のようなものが見受けられた。それらはすべてハードポイントで、状況に応じて様々なオプションを装備できるらしい。その代償ではないだろうが、バルカンやビームサーベルなど固定武装のたぐいは一切無いことが見て取れる。
カットシーよりもレクテンに近い印象を抱いた。
「でも、作るだけ作ってタンスの肥やしってのも勿体ないわね」
クアッジが駐機されているハンガーを見上げながら、ドナが言った。せっかくだからとドクに案内され、久しぶりに彼の「自信作」を眺めることにしたのだ。傷一つない真っ白い機体は、箱にしまわれた人形のように静かに格納庫内でたたずんでいた。
「いざという時、ここの防衛に使えるだろ。整備だって続けているんだ」
「あら意外。傷つけたくないんじゃないかと思ったのに」
「わしゃ研究者だ。作った後のことにたいした興味は無い。……まあ、せっかく産まれた子なんだ。日の目を見ることなく解体されちまうのはかわいそうではあるな」
誰に言うともなく、ドクが呟く。
「……そういや、例の『荷物』。移送されることが決まったらしいな」
「荷物?」
「ほら、お前さんがキャピタル・タワーで降ろした……」
ああ、と思い至って、初めて聞く情報に驚いた。
「どこに!?」
思わずドクに詰め寄る。脳天を金槌で殴られたようなショックが身体を突き動かした。いま聞いた言葉をどう処理したらいいかわからず、彼に当たる形になってしまったことを密かに後悔した。
いきなり耳元で大声を出され、ドクは飛び退いた。
「こ、郊外にある第十三補給基地らしい。あんな辺境なら人目につくこともないだろうから、隔離できるということだろうて」
「……私のレクテン、出せる?」
「無理だ! 外装を全部外しちまってる、戻すのに四十八時間はかかる!」
うろたえるドクを見て、臍を噬む。情報がこんなところに伝わっているということは、それはもう「古い」情報である可能性が限りなく高いと言うことだ。おそらくもう移送されているか準備は済んでいると考えて良いだろう。どうにかならないかと思案し、祈るように天を仰ぎ見た。
その視界に入ったものに脳が刺激されたのか、閃きが浮かんだ。
「……ドク。お願いがあるんだけど」
***
事務所に戻ったノォトとイブラヒムを待っていたのは、社長の予想だにしない歓迎だった。
「いよお、よく戻ったお二人さん。ま、座れや」
応接間のソファに座りながら、今まで見たことのないくらいにこにことした笑みを浮かべて対面のソファに手招きするアダムスは、不気味ですらあった。
奥のロッカールームでは掃除をしているらしく、がたがた物を動かす音でやかましい。
あらかじめ事情を聞いているらしいイブラヒムは迷わず腰を降ろし、ノォトもおそるおそる隣に腰掛けた。革張りのソファはすこし硬かった。
「……それで、急な仕事ってなんなんです。急ぎなんですか」
ノォトが尋ねる。怒りと戸惑いの混じった声は低い。
「なんだよ、待望の仕事じゃねえか。もっと喜んでくれてもいいだろ」
「そりゃそうですけど、あまりに急じゃないですか」
「まあノォト。社長の話を聞こうぜ」
イブラヒムにたしなめられて、前のめりになっていたノォトは体勢を戻した。アダムスは咳払いをひとつしたあと、膝を叩いて口を開いた。
「……軍の依頼でな。ある荷物を補給基地まで運んでほしいとのことだ。それも至急、今日の夜までに」
「ずいぶん急ですね」
「このところアメリアとの戦争も頻発しているからな。前線に近い基地では物資が足りてないということらしい」
キャピタル・テリトリィの隣国、アメリア。強大な軍事力と経済力を誇る大国とテリトリィとは、このところフォトン・バッテリーの権益をめぐって戦争状態にあった。軍に卸す物資の輸送はこのところの主な仕事で、それ自体は特別な仕事でもないはずだった。だが気になる点はあった。
「で、荷物って何なんです? いい加減教えてくださいよ」
足を組みながらイブラヒムが問いかける。ノォトも同じ気持ちだった。いつもならフォトンバッテリーだとか、弾薬や推進剤・“空気と水の玉”などの品目が言い渡されるはずなのだが、それがない。秘密にする理由があるということか。表には出せないようなものである可能性を考え、アダムスの返事を待った。
「それがな。おれも知らんのだ」
あけらかんと答えるさまに拍子抜けした。どういうことです、と問い詰める前にアダムスが続ける。
「いや、担当者は『ただの補給物資です』の一点張りでな。中身についてはなにも教えてくれなんだ。というか、『聞くな』って威圧感がすごくてな……」
軍人に睨まれた時のことを思い出しているのだろうか、アダムスは苦笑しながらも心底参っている様子だった。なにも聞かされていないというのは本当なのだろう。すこしだけ社長に同情した。
「まあ、急なぶん謝礼は弾むとのことだ。支度が済み次第、エフラグで出てくれ」
「……わかりました」
ふたりは事務所を出て格納庫に向かう。経年劣化の激しい【キャリー988】が一機、整備・点検を終えた状態で駐機されていた。
宇宙世紀、モビルスーツの航続距離を伸ばすために開発された航空機があった。平たい甲板にモビルスーツを載せ、「足」代わりとなる支援機。かつては
勢力を問わず主に軍で使われているエフラグだが、輸送用として民間でも使用されている。キャリー988もそのひとつで、エフラグとしてはロートルだが燃費や整備のしやすさなど信頼性は高かった。
モビルスーツを載せることも可能なボディに、今はキャピタル・アーミィのマークが入ったコンテナが一基積まれている。
運転席に乗り込んだイブラヒムは各種点検を済ませ、エンジンを始動させる。キャリーは爆発的なエンジン音を響かせるとともに機体を激しく震わせた。いつまで経ってもこの振動には慣れない。隣に座るノォトはそう思いながらマップデータを確認した。平たいボディが浮かんだことが、尻が浮いたような感覚からわかる。
イブラヒムがグリップを傾けるとともにエフラグが発進する。薄暗い格納庫から出ると、頭上から陽の光が降り注いだ。刺すような陽光がノォトには眩しかった。
「社長、これどうします?」
事務所の奥からぬっと出てきた受付嬢がアダムスに問いかける。その手には二人分のネームプレートが握られていた。それぞれ「ノォト」「イブラヒム」と記されている。
「ああ……もういらん。ぜんぶ捨てとけ」
受付嬢は頭を下げ、奥に引っ込んだ。