「ン!? アメリアはモビルアーマーなんて造ってんのかよ。ノォト、これ見てみろよ」
エフラグはいま、テリトリィの北西へ向かって高度三百メートルで飛んでいる。飛行中は
「あっちはずっと戦争やってたんだから、新兵器ぐらい造るだろ」
払いのけながらも雑誌を押しつけてくるイブラヒムの根気に負け、ノォトは雑誌を受け取る。隠し撮りによる独自スクープが売りなゴシップ雑誌の見開きページが目に飛び込んでくる。そこにはモビルスーツの二倍はあろうかという緑色の大型兵器が戦闘中、人型に変形しているさまを連続写真で掲載していた。
「こりゃアーミィは勝てねえな。技術力がちがうぜ」
「そうなったら、おれら廃業だな」
アメリアはエネルギーの供給自由化を訴え続けている。現状キャピタル・タワーから運ばれてくるフォトン・バッテリーに頼らざるを得ない世界各国は、制限されたエネルギーのやりくりに四苦八苦している。その状況を打破するため、アメリアはキャピタル・テリトリィに対し政治経済・戦争など多面的にアプローチを仕掛けている。
もしアメリアが今次戦争に勝利し、エネルギーの自由供給化が果たされれば、ノォトたちフォトン・バッテリー運輸業の需要は減るだろう。景気が悪くなったときに切り捨てられるのはいつも末端、下っ端の人間だ。
「アーミィに頑張ってもらうしかねえなあ。あーあ、参るぜ」
コン・パネに足を上げながらイブラヒムがため息とも嘆きともつかない声を上げる。彼はもう満足したのか、そこで会話を切り上げた。ノォトは雑誌をイブラヒムの方へ戻した。
退屈な時間というものは長い。眠たくなってきたノォトはイブラヒムに遠慮して欠伸をかみ殺した。さすがに涙までは隠せないものだから、こっそりとぬぐった。
気付けば日も傾き初め、眼前には宵の闇が足音を忍ばせて迫りつつあった。
「しかし、週末の夜に仕事なんてな。これが終わったら、久々に実家に顔でも出そうかなあ」
「なんだ急に。……あ、そうか。あんたの実家って北のほうだったな」
「こんな時でもないと帰る気になれねえからな。ノォトは帰らないんかよ? お前が帰省するって話も、そういえば聞いたことねえな」
「まあ。ベルガモに戻っても……会いたいやつもいないしな」
家族とはいつからか疎遠になってしまった。決まった休みのない今の仕事に就いてからは帰省する時間もろくに取れず、ちょっとした連絡も億劫になってしまえば向こうから何か言ってくることなくなる。ノォトにとって、実家とは「毎月わずかに仕送りする先」でしかなかった。友人もみなコロニーを離れ、より都会の街で暮らすようになっていれば戻る意味もない。そう思いながら、脳裏にひとりの影が浮かび上がった。
「あいつ、どうしてるのかな」
「あいつって?」
「ん……いや、幼なじみなんだけど。男子にいつもちょっかい出されて、泣くから余計にからかわれてさ。そのくせにおれにはつっかかってくる変なヤツなんだよ」
小学生のころ、物を隠されたり、やたら目立つ赤い髪を引っ張られたりして毎日のように泣かされていた姿を思い出す。子どもながらに慰めてやろうと近づいても逆に追い払われ、それが気に食わなくてよくつっかかったものだ。
「なんだそれ、もしかしておん……」
突然機体が揺れる。
「ウオッ!?」
爆発音のあと、なにかに機体を掴まれて思い切り揺さぶられているような振動が二人を襲った。固定されていない備品が宙を舞い、ノォトたちの身体も床や天井に叩きつけられる。
「なんだ! 爆発!?」
コン・パネを操作し、機体の状況を確認する。
キャリーの全体図がCGグラフィックで映し出される。右の翼が赤く染まっていた。異常を知らせるサインだ。そのまま画面をカメラ映像に切り替える。機体各所の様子をリアルタイムで映す映像群のなかに、黒煙を噴く翼の様子があった。
「右翼……穴が開いてる!」
黒煙の発生源をよく観察すると、直径一メートルほどの焦げた穴がぽっかり顔を覗かせていた。そこだけ型抜き機でくりぬかれたような綺麗な円は、「物が当たった」という感じともすこし違う気がした。
「ビーム射撃……!?」
「傾くぞォー!」
コントロールをマニュアルに切り替え、操縦桿を握りながらイブラヒムが叫ぶ。ガタガタと揺れながらエフラグは前のめりに傾いていった。
コンパネには船体の異常を知らせる表示が次々と浮かび上がる。姿勢制御機能が破損したらしい。なにかの攻撃であることはほぼ間違いなかった。
キャリーはコントロールを失い、みるみる高度をおとしつつある。姿勢を回復させようとスラスターを作動させてみるが、動かない。回線がショートしているようだ。
「ダメだ、落ちる!」
「身体を丸めろ!」
刹那、足下から凄まじい衝撃。耳をつんざく地響きのような音。
底部の装甲はぐちゃぐちゃにひしゃげ、破片や吹っ飛ばされた部品が弾丸のように辺りを飛び交う。内臓をわしづかみにされたまま思い切り振り回されているような感覚と、破片によって身体を打ち抜かれているような痛みが同時に襲いかかってくる。
「な……んだよ……これ……」
口の中に鉄の味が充満してくるのが気持ち悪いと思いながら、ノォトの意識はそこで途切れた。
***
「威嚇で当てるバカがいるか!」
マゴスが直撃させたことに、レジィナ・メルゥは憤慨した。コックピット内に舌打ちが響く。
「も、申し訳ありません。ですが、目標は沈黙しまし……」
「目当てのモノまでやっちまってたらどうすんだ! もっと慎重にやんな!」
震えた声で謝罪を繰り返す部下の今にも泣きそうな顔をこれ以上見たくなくて、通信を切った。背中にいやな汗が流れた気がして気持ちが悪い。
眼下に見下ろすエフラグは、黒煙を噴き上げながら地面にうずもれていた。ビームが直撃した翼は先端が折れ曲がり無惨というしかない。民間の輸送機を撃墜してしまった事は明らかな失態だったが、やってしまったことは仕方ない。今はとにかく目的のものを回収し、キャピタル・アーミィが駆けつける前に離脱するだけだ。
とにかく接触してみるしかない。レジィナはフットレバーを踏み込んで、自分のモビルスーツをエフラグから離脱させた。
レジィナの駆る【モンテーロ】はアメリアのエース用モビルスーツである。青いボディと両肩のシールドウイングが特徴的な機種だが、彼女の真っ赤な機体にはシールドウイングが左肩にしかない。それは過去の戦闘で破損し、スペアがなくなったために蓋をしているだけだからだ。裏面に格納されている連結式のジャベリンも使えなくなったため、間に合わせの装備として右腕に大型の展開式ブレードを持たせている。普段は折り曲げている刃を展開させることで一振りの実体剣となる武器は翼の代わりにもなり、原型機に劣らない空戦能力を有していた。
モンテーロは両腕を広げ、獲物を捕らえた鷲さながらキャリーまで滑降していく。
「潰れてんじゃないよ……!」
淡い期待を呟きながら、レジィナは尻が発汗しているのに気付いた。
***
夢を見ていた。あの日のこと。
お父さんが誰かと言い合っている声が聞こえる。
あの人が行ってしまう――。
椅子から転げ落ちた衝撃で目を覚ました。ひんやりとした床面に顔を打ち付けた後、両腕が自由になっていることに気がついた。身体を縛り付けていた縄が断ち切れている。転んだはずみで、だろうか。少女はゆっくりと上体を起こしながら、いま自分の置かれている状況を冷静に理解しようと努めた。
墜落したのだろうか。辺りの物は散乱し、あれだけやかましかったエンジン音も聞こえない。窓のない室内は薄暗い。カバーが外れて剥き出しになった蛍光灯が、頼りなさげに点滅を繰り返している。
手探りでたどり着いた壁に耳を当てる。壁の向こうからは機械と機械の擦れ合うような音が聞こえた。それと同時にガタガタと室内が揺れる。なにか大型のものが近づいていると推測した。
手足の感覚がようやく戻ってきた。少女は立ち上がり、息を大きく吐いた。空っぽになった肺が欲するままに空気を吸い込む。ちょっと煙たいけれど、身体を醒まさせるぶんには問題ない。
ここから逃げないと。少女は散乱した破片を掻き分けて、外に繋がっているはずの扉をこじ開けた。
わずかに開いた隙間から光が差し込まれ、少女の輪郭を照らした。
***
モンテーロはキャリアの荷台に降り立った。コックピットハッチを開けてコンテナの状態を視認したレジィナは、ヘコミひとつ見受けられないことにとりあえず安心した。中がミキサーにかけられたようなぐちゃぐちゃになってなければいいと案じながら、コンテナに左腕を伸ばす。
「このまま回収はできないが……」
モンテーロがコンテナに触れようとした時、アラートがこだました。
刹那、背中から揺さぶられるような衝撃。何かが爆発したのか。思わず身体が前のめりになる。
「撃たれた!?」
手元のコンソールで機体の状況を呼び出す。バックパックに被弾したらしい。ビーム兵器による遠方からの狙撃だった。
地球上では、距離があれば大気によりビームは減衰する。それでもビーム兵器というものは貫通力、指向性の面で優れているものだから、モビルスーツ戦においては必要不可欠なものになっている。
全天モニターの左端に小さな粒ほどのエフラグが移っていた。コンピュータ補正のかかったその外観は不自然なほどはっきりと表示されている。ダベーと呼ばれる双胴型の機体は、キャピタル・アーミィが使用するものだ。
「カットシー……レクテンか!」
エフラグの上に人型が見える。徐々に大きくなる機影は、作業用として広く使われているモビルスーツだった。丸っこい外見が特徴的で戦闘用としては似つかわしくないが、兵器としてあなどれない性能を持つ機種だ。
ダベーに載った二機のレクテンと、その隣にもう一機、シングル・エフラグに載った機体が見えた。カットシーともレクテンとも違う、よりスマートなフォルムの、ツイン・アイのモビルスーツ。
「G-セルフ!?」
マゴスが叫ぶ。
「だけど、G系は海賊部隊が奪い返したはずだろ!」
「ニセモノだ、あんなんっ!」
部下達の声で混乱する通信にノイズが混じりだした。そうかと思えばたちまち途絶され、もう耳障りなノイズしか流れなくなった。
ミノフスキー粒子が撒かれたのだ。