ガンダム Gのレコンギスタ リベラシオン   作:かはす

5 / 11
邂逅(5)

「遅かったか……!?」

 

 クアッジのコックピットの中、ドナは舌打ちをした。

 ドクから「荷物」が運ばれるという情報を聞いたドナは、すぐさま後を追うことにした。部隊に招集をかけて出撃準備に入るも自分の機体がオーバーホールに入っていたために、ドクに了解を得てクアッジを引っ張り出してきたのだった。

 クアッジは正確にはG系ではない。設計図の段階で意図的にG系を真似た「もどき」の機体なのだ。性能もカットシーに毛が生えた程度のものでしかない。それでもドクには愛着があったようで、使う機会もないのにせっせとメンテナンスを続けていた。おかげで調子はかなり良い。

 モンテーロが出ているとは予想外だったが、この機体なら引けを取らない。善戦できそうだと期待して、すぐその考えを否定した。

 目的はあくまで救助だ。確保したら速やかに離脱。撃破する必要はないのだし、返り討ちに合うまで戦闘を続ける必要も無い。冷静にそう言い聞かせ、ドナは迫りつつあるジャハナムに照準を合わせた。

 ダベーの撒いたミノフスキー粒子によりレーダーは使えない。モビルスーツ戦では自分の目だけが頼りだ。一瞬の間に狙いを定め、ドナは操縦桿のトリガーを引いた。

 

***

 

「マゴス! 下がれ!」

 

 そう叫んだ瞬間には、マゴスのジャハナムはビームライフルの直撃を喰らっていた。

 アメリア軍の主力モビルスーツ【ジャハナム】は汎用性の高い機種で、堅牢な装甲と機動性のバランスに優れたタイプである。“顔”にある赤地に白の十字型アイセンサーはアメリア製モビルスーツの特徴でもあった。

 マゴス機は内側から膨らむように爆発し、辺りには焼けるような空気と蒸発したイオンの臭いが舞い散った。

 レジィナはハッチを閉め、その場から退避した。

 

「この野郎ォー!」

 

 外部スピーカー越しにトラッドの怒りを孕んだ声が響く。その気迫を乗せたジャハナムの挙動は早かった。機体に加速をかけてダベーから離脱したレクテンへ肉薄し、プラズマ・アックスを振り下ろす。アックスはレクテンの右腕を見事に切り落とした。すぐさま追い打ちをかけようとしていたが、反撃で蹴っ飛ばされたジャハナムは下がらざるを得なかった。

 部下の様子を観察している間にG系が接近していることに気付く。右手にライフルを、左手にシールドを構えたまま接近してくる敵機の動きがレジィナの癇に障った。

 

「お手本通りにやろうなんてさぁっ!」

 

 ブレードを展開させて振り抜く。高周波を纏った刃はスピードに乗って、シールドを一閃した。まるで紙で出来ていたかのように、シールドはあっという間に二つに裂けた。すんでのところで相手は踏みとどまったようで本体には届かなかった。それでも体勢を崩した敵機はもたついて見える。G系はビームライフルを撃ってくるが、当たらない。

 

「まぐれで当たるか!……ぐぁっ!?」

 

 突然、右から何かが衝突してきた。モニターにはレクテンが映り、こちらにタックルしている。コンソールに備えられたエア・バッグが作動し、レジィナを包んで衝撃を吸収する。その圧迫感も苛立ちを吸収してはくれず、むしろ火に油を注いだ。

 

「邪魔だ!」

 

 ブレードを敵機の背中に突き刺す。激しい火花が散ったあとで、レクテンは手足をだらんとぶら下げた。オイルが血のように噴き出した。

 

***

 

「ロジャーが……」

 

 レクテンに気を取られていたモンテーロから距離を置きながら、ドナは部下の死にショックを受けていた。通信は遮断されているから断末魔を聞かずに済んだのは助かったが、それだけに実感が後から沸いてくるのが辛かった。教え子が先に戦死するということは自分が傷つくより心が痛むものだと知った。だが後を追うわけにはいかない。ドナは体勢を立て直して反撃に出ようとした。半分になったシールドを投げ捨ててから周囲を見渡し、状況を確認する。

 全天モニターの隅で何かが動くのが見えた。コンテナから、人が這い出ている。それがどういうことなのか即座に理解し、コンテナの前まで摺り足で移動した。

 

「脱出したの……あの娘……」

 

 モビルスーツの背中に隠したその人影にだけ見えるように、後ろに回した左手で左を指し示す。ダベーが着陸しているポイントだ。少女が意味を読み取ってくれることを祈り、敵に気付かれないことも祈った。信仰は薄いドナだが、人々が神に縋る気持ちがなんとなく分かった。

 スコード。生まれて初めて唱えた言葉は、不思議な語感をしていると思った。

 

***

 

 突然視界いっぱいに広がった真っ白いモビルスーツの挙動は、しかし感覚としては親しみを抱いた。暴力的な印象しかないモビルスーツがあたしを守ってくれている。あそこへ行けと示している。

 少女は信じるしか無かった。そこに行って、またキャピタル・アーミィに捕まるのだとしても、ここで死ぬよりマシだ。アメリアの捕虜になるより遙かにマシだ。死んでしまっては何にもならない。なら、信じられるものを信じてみよう。あの大きな人差し指を信じてみよう。

 少女は走り出した。夜の闇に紛れながら、駐機しているエフラグまで一直線に。

 

「こっちだ!」

 

 エフラグのハッチからパイロットスーツの男が手招きしている。少女はゼイゼイ息を切らしながらそこまで走りきり、男の手をつかむ。ぐいと引っ張られる乱暴な感じも、生死のかかったこの状況では気にしていられなかった。そのまま転がるように入り込む。

 バタンとハッチの閉じられる音を背中で聞いて、少女はようやく一息ついた。

 

「無事か、嬢ちゃん」

 

 手を引いてくれた男が顔をのぞき込んできた。滴る汗を手で拭いながら、「大丈夫ですけど……あたしは嬢ちゃんじゃありません」と息も絶え絶えに言った。口答えされたのが想定外だったのか男は口をへの字に曲げる。少女は大きく深呼吸をしたあと続けた。

 

「あたしはシエラ。シエラ・ザート。ありがとうございます、と言うよりご苦労様です」

「あん?」

「任務成功。ターゲットの回収、完了できたじゃないですか」

 

 シエラと名乗った少女は不敵に笑ってみせた。男の苦々しい表情がたまらなかった。

***

 

「……ン……」

 

 ノォトは目を覚ました。うつぶせになっている身体を起こそうと動かしたとたん、全身満遍なく痛みが走った。途切れていた記憶をつなぎ合わせ、今の状態を推測する。

 思い出したように隣を見やると、イブラヒムが――イブラヒムだったものが――伸びていた。全身にガラス片やプラスチックの破片が突き刺さり、至る所から血が染み出している。よく見れば自分も似たような状態で、息をしているかどうかの違いだけだ。それぞれの運命を分けたのは偶然でしかない。

 嗚咽しそうになったが、それよりも先に涙が出た。そのひやりとした感覚に我を取り戻し、ノォトは状況を整理しようと努めた。

 あちこち割れているスクリーンを見やる。赤いモビルスーツが見えた。確かアメリア軍のモビルスーツだったはずだ。あいつに堕とされたのだろうか。

 あいつにイブラヒムは殺されたのだろうか。

 その向こうにキャピタル・アーミィのエフラグが見える。エンジンを噴かし離陸しようとしている。

 とっさに、守らなければならない気がした。なぜ。そんなことはいい。どうやって。コイツを使おう。

 足下にある非常用ロッカーを開け、その中から取り出したバックパックを背負ったノォトは、コン・パネを叩く。ほのかにバックライトが点き、画面が明るくなりだした。

 

「まだ……生きてるな」

 

 イブラヒムの死体をどかす。まだ生温かい肉体は重たかった。ノォトは操縦席に座り、スターターに火を入れる。

 ノォトの呼びかけに答えるかのように、エフラグは全身を震わせた。

 

***

 

「彼女の収容、完了したようです」

 

 クアッジの肩に手を置いた機体は、リャンのレクテンだ。人間であれば失礼な行為に当たるかもしれないが、ミノフスキー粒子によって電波の遮断されたモビルスーツ戦において、重要な通信手段である接触回線を利用するためには当然の動作だった。

 

「よし……離脱するぞ!」

 

 返事を聞かずにバーニアを噴かし、敵と正対したままその場から退いた。

 モンテーロが左手にライフルを構えて追ってくる。こちらも下がりながら牽制の意味でライフルを連射する。当たりはしないものの、元々当てようともしていなかった。エネルギーの残りが少ないことを示すアラートが鳴り始めるが、無視した。

 

「……長、……えで……!」

 

 接触回線が切れたためにほとんどノイズでかき消されたリャンの通信のあと、別の警報が響く。接近警報。見上げると、ジャハナムがアックスを振りかぶって目の前に落下してこようとしていた。

 

「グッ……!」

 

 振り下ろされたアックスを、ビームライフルで受け止める。あっという間にライフルは両断され、手元からこぼれ落ちるとともに爆発していった。爆煙が広がる中、そのままのポーズで着地したジャハナムの背中がガラ空きになっているのを見逃さなかった。すぐさま右手に装備した籠手に内蔵されているビームサーベルをオンにする。淡いピンク色の刃が出現する。それをジャハナムに突き刺した。金属のジュッと灼ける音と、開いた接触回線越しに敵の「ゲエッ」という声が聞こえた。ジャハナムはそれきり動かなかった。

 

***

 

「トラッド!」

 

 聞こえないとわかっていながら、レジィナは目の前で戦死した部下の名を叫ばずにいられなかった。こんな作戦でふたりも部下を失うなど。にじみ出す悔しいという感情は、しかし後回しにしなくてはと妙に冷めた思考で引っ込んだ。

 今はとにかく、あいつをやる――。

 眼前でねじの切れた人形のように転がっているジャハナムをジャンプで乗り越えて、モンテーロはブレードを前に突き出したながら敵機に突っ込んだ。

 

「隊長機を倒せば……!」

 

***

 

 やられる!?

 視界がスロウになった。徐々に迫り来るモンテーロの、突き出された刃だけが目に入った。

 蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。敵の気迫に気押されていると理解したときには、その刃が自分を貫くのだろうという事実を冷静に受け止めていた。ダベーは脱出しただろうか、機体を壊してドクに怒られるだろうか――今になって他のことが脳裏に浮かび続ける。一瞬が永遠にも感じられた。

 そこに何かが進入してきたことに気付いたのは、それがモンテーロに激突してからだった。

 

***

 

「うわあああっ……!!」

 

 何だ!?

 なにかが突っ込んできた。なにが? エフラグだった。アーミィのではない。

 あの民間会社の輸送機だった。

 

「まだ動けたのか……!? なんで、民間機が突っ込む……! がっ!」

 

 

 ものすごい衝撃が襲ってくる。目を開けることもかなわないほどの揺れが身体を前後左右に振り回す。警告音と金属がこなごなにひしゃげる破壊音がないまぜになって不協和音を奏でる。全天モニターが割れ、破片がコックピットを舞った。かろうじて開けた目でなにが起こったのかを確かめる。機体はモンテーロの脇腹に直撃したようで、モニターの半分以上がブラックアウトした。

 ぐしゃぐしゃになったエフラグから何かが脱出した。グライダーに見えた。

 バランスを崩しよろけて倒れそうになったモンテーロの上げた手に、何かがぶつかった。それと同時に接触回線が開く。

 

「隊長! 掴まってください!」

 

 味方のエフラグ、フライスコップだった。レジィナは機体の下部にあるグリップにつかまる。モンテーロごとフライスコップは上昇し、レジィナはその場から撤退した。

 

***

 

「なに……!?」

 

 突然のことに理解が追いつかなかった。スローモーションになった映像は既にリアルタイムに切り替わっている。輸送機がモンテーロに突っ込んだ。敵は撤退した。輸送機からなにかが出た。グライダーだ。ドナは目の前で起きた事柄を整理し、そのグライダーを回収しなければならないと思った。

 グライダーは闇に紛れながら上空を旋回している。フットレバーを踏み込み機体をジャンプさせ、それに接近する。舞う風に煽られながら滑空するグライダーをクアッジの両手で包み込んだ。グライダーの翼は折れ、それを動かしていた少年が尻餅をついた。

 少年。まだそう呼ぶにふさわしい男の子が、クアッジの手の中にいた。

 

「こんな子が……」

 

 こんな子がエフラグを動かし、アメリア軍を追い払った。理解に苦しむことだとしても今は事実を受け止めるしかない。ドナはただ、少年を見つめていた。

 

***

 

 暗闇ではわからなかったが、ダベーの運転室内に収容した少年は重傷を負っていた。部下に命じて応急処置を施させ簡易ベッドに横たわらせる。傷は多いが意識はしっかりしていて、話をすることは出来そうだった。

 

「ありがとう。きみのおかげで命拾いしました」

 

 笑顔を作ってそう言うと、少年は「いや」と言い淀むだけだった。

 

「あなた、あの輸送機のパイロットだったの?」

「まあ……そんなとこです。キャピタル・アーミィの依頼で荷物を運んでたとこで……アメリアに撃たれて堕とされました」

 

 そこまで言って、目の前にいる人物がそのアーミィなのだと気付いたのか、少年が顔をしかめた。ドナは慌てて「ごめんなさい」と詫びた。

 

「依頼したのはアーミィの上層部ね。わたしたちはあなた達の護衛をするつもりで出撃したんだけど、一足遅かったみたい」

「イブラヒムが……同僚が、殺されたんです」

「申し訳ありません」

 

 心から謝るつもりで頭を下げた。少年はなにも言わず、顔を背けた。

 イブラヒムという人のことは知らない。自分も部下を失った。そうも言いたかったが、それはこちらの話だ。彼にとってそのイブラヒムという人は、大切な同僚だったのだろう。「あなたは無事でよかった」などと言うわけにもいかない。

 今はただ、乗り越えるしかないのだ。他人は死に、自分が生き残ったという事実を。 

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。わたしはドナ・サン・ゼッダ大尉。あなたは?」

「……ノォト。ノォト・リム」

 

 そっぽを向いたまま少年――ノォトが答える。

 

「ありがとう、ノォト。とりあえず今はゆっくり休んで」

 

 かすかな沈黙のあと、小さな声で「はい」と返事があった。それきり何も言わず、眠ってしまったようだった。

 微笑したあとでドナはベッドから離れ、運転室の隅っこに座る少女のもとへ歩み寄った。

 

「シエラ。無事でよかった……!」

 

 少女を抱きしめる。突然のことに彼女も驚いていたが、その腕がドナの背中で結ばれていることに気がつき安堵した。

 堰を切ったかのようにシエラは泣き出した。幼子をあやすようにドナは彼女を包み込み、背中をぽんぽんと叩く。ドナもつられて涙が出そうになったが、部下の手前なんとかこらえた。

 抱擁をそっと解き、シエラと向かい合う。涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔を傍にあったタオルでぬぐっていたら、自分でやると言わんばかりに奪われた。綺麗になった顔を見せて、シエラが口を開いた。

 

「ありがとう……ドナ。これからどうなるの?」

「大丈夫よ。あなたを幽閉させはしないし、アーミィに利用もさせない。すぐに解放してあげるわ」

「解放……? そいつ、なんなんです」

 

 ぜんぶ聞いていたのかノォトが口を挟んできた。いつの間にかこちらを向いている。

「彼女はね、とある疑惑でアーミィに捕らえられていたの。口を割らない彼女を幽閉するため、あなたは軍の依頼で彼女を移送させられていたってわけ。その様子だと、荷物の中身は知らなかったみたいね」

「社長でさえ聞かされてなかった。そいつがいったい何をしたんですか」

 

 ドナは戸惑った。何も知らない彼を巻き込んで良いのか。知らせない方が彼のためになるのではないか。彼女を余計な危険に巻き込むことにもつながらないか。

 数秒の間にいろいろな考えを巡らせていた。だが答えを出す前に横槍が入った。

 

「あたしは『トワサンガ』の事を知っている。アーミィもアメリアも、その情報を聞き出すためにあたしを狙っているのよ」

 

 シエラが自白するように答える。ドナは彼女を叱責しようと振り向いたが、その前にノォトが口を開いた。

 

「トワサンガから来たってのか」

「そうよ。あたしはトワサンガ人」

「やめなさい、ふたりとも」

 

 なだめるように注意したが、特に効果はないように思えた。

 背後でなぜか、鼻で笑うような音が聞こえた。

 

「うそつけ。お前、ベルガモ生まれだろう。シエラ・ザート」

 

 シエラは何も答えない。

 静まりかえった室内に空調の音だけが響いていた。

 

 

 

 

――第二話「大富豪ロマーニ」に続く 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。