大富豪ロマーニ(1)
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陽光差す月曜日の朝。キャピタル・タワーは慌ただしい。約八万キロメートルの長さを誇るケーブルの、その宇宙側終点であるスコード教の聖地【ザンクト・ポルト】にてフォトン・バッテリーを受けとるために、もうまもなく上りクラウンの編成が出発するところであった。
リギルド・センチュリーにおいて、全ての機械の動力源に用いられるフォトン・バッテリー。地球で製造することが出来ず、分解しようとすれば爆発する。不可欠であり不可侵であるその技術はスコード教により宇宙からもたらされ、その唯一の供給源であるキャピタル・タワーを有するキャピタル・テリトリィから全世界へ配給される。
それ故にテリトリィはこの世界の中枢を担う国家であり、その権威は絶対的なものであった。キャピタル・タワー運行局のさじ加減ひとつで各国の配給量は増減すると言っても過言ではなく、必然的に他の国は少なからぬ反発を抱く。そう言った反発は武力による行動に移されるものだから、それを抑えるためのキャピタル・ガードであった。
あくまで自衛のための組織であるガードに対して、より積極的な軍隊であるアーミィが設立されたのはつい最近のことである。「戦争を続ける他国の争いからテリトリィを守るため」組織されたというのが表向きの理由だが、その実は「宇宙からの脅威に対抗するため」という噂もまことしやかにある。
宇宙を観測することはタブーとされてきたために、ザンクト・ポルト以遠の宇宙状勢についてはほぼ明らかにされていない。フォトン・バッテリーがどこで誰によって作られているのか、実のところ知っている者はほとんどいない。それを疑問に思わずにいられているのは、フォトン・バッテリーとは「宇宙からの恩恵」であるというスコード教の教えがあり、それがこの世界の常識だからだ。
「おはようございます、キャプテン」
最上部クラウンの運転室に入るなり、グレイグはタワー運行局員の女に挨拶された。感情の読み取れない冷たい声音が癇に障る。低い声で「おはよう」とだけ返すと、バインダーに挟まった受取品リストを渡された。出発前に確認しておく事柄なのだが、グレイグにとって受取品の個数や品目などは興味もなく、ただ礼儀として目を通すふりをしただけに過ぎない。
「確認した。準備が済み次第発進する」
「時間厳守でお願いします。定刻通りが運行局のモットーですので」
生真面目なとげとげしい声色で釘を刺してくる女はやはり気にくわなかった。バインダーを返しながら相手の顔を横目で見る。悪くない顔立ちをしていると思ったが、それだけにこのまま言われっぱなしなのは癪だった。
「では時間通りに出るために、君にはこのまま乗っていてもらおうか」
「申し訳ありませんが、次の予定がありますので。デートならば他の方をお誘い下さい」
小娘が。それがグレイグの正直な感想だった。
局員は運転室を去り、グレイグはキャプテン・シートに腰を降ろした。眼前ではコン・パネに向かいながら各種計器の点検・確認を続ける管制員たちの淡々とした作業が繰り広げられている。
グレイグはその中の一人に声を掛けた。
「デレク。上空の天気は?」
「雲が多めですが、風はないですね。問題はありません」
「あと何分で出発準備が整う、モーリス」
「ちょっと待ってください。……乗客、全員乗り込みました」
「管制センター! 信号をくれ」
あわただしく動く全員の様子を見渡す。週明けではあるが、みなきびきびと動いている。いつも通りに仕事が出来そうだと密かに安堵した。
「キャプテン。アンダーナットはパスしていいから、第1ナットに急行してくれ」
高圧的な態度で、アーミィの軍服を着た男がずかずかと入室してきた。トカゲのような顔をした男はグレイグの隣まで来ると、腰に手を当て仁王立ちになった。自分の意見は絶対であり、至極当然にまかり通るものと思っているらしい。
「このクラウンは予定通り、例外なく全てのナットに停まる予定である」
「アーミィは宇宙に展開しつつあるのだ。優先してもらおう。これは軍の命令だ」
それがどうした。内心毒づきながら、殴りかかりたい衝動に駆られた。
「命令というなら、運行局を通してもらおう。われわれは軍人じゃない。あんたらにでかい顔をされる筋合いはない」
「今は戦争だよ、キャプテン」
「分かってるんだろうな。その戦争ってやつは、おれ達の運ぶフォトン・バッテリーがなきゃ全く出来ないんだってことを」
軍人の男はもう何も言わず、鼻をフンと鳴らすとわざとらしく足音を立てて運転室から出て行った。
ふう、と息を吐く。啖呵を切ってはみたものの、いざ言ってしまって後悔しなかったわけではない。今後どうなるのかという不安を思えばこれで良かったのかと戸惑う。 視線に気付く。見渡せばみなが手を止めてこちらを見ていた。今のやりとりをずっと見ていたのだろう。彼らは一様に、安堵したような誇らしいような清々しい顔をしていた。
グレイグは痛感した。キャプテンである自分の後ろには、こんなにも多くの人がいるのだと。彼らのためにも部外者にでかい面をさせる訳にはいかないと思った。
喉が渇いた。からからになった口内を潤したいのと気恥ずかしさから、グレイグは席を立った。
「すぐ戻る」
誰の返事を聞くでもなく運転室の扉をくぐる。
通路に出ると、どこからか話し声が聞こえた。階下らしい。のぞき込むと、二、三人のクルーが立ち話をしていた。
「……そうなんですよ。こわい男達に絡まれちゃって」
そこにいたのはいずれも若い男女で、声をひそめることもなくわいわいと話している。
「大変だったねえ。どうしたの」
「助けてくれた人がいたんですよ。知らない人なんですけど、いきなり男に近寄ったかと思うとそいつの顔面を殴って。男が手を離した隙にあたしは逃げられたんです」
「見ず知らずの人が助けてくれたんだ?」
「見たことない男の子でした。あたしと同い年くらいの」
盗み聞きするつもりはなかったが、こうも大声で会話されていてはいやでも聞いてしまう。グレイグは階段を滑り降りて彼女らの元まで歩み寄ると、声を張り上げて「おい!」と怒鳴った。
「出発前だぞ。おしゃべりをしている暇があるのか! それぞれやることは済んでいるんだろうな」
ものすごい剣幕に驚いたのか、職員らはみな飛び上がり頭を下げると各々の持ち場に駆けていった。
誰も居なくなって、グレイグは「呑気なものだな」と呟きながら微笑を漏らした。若い奴らはたるんでいると思いながらも、軍人や運行局の女よりよっぽど可愛げがあると思えた。帽子のずれを直しながら、グレイグはベンダーに向かった。
***
階段を駆け下りながら、やっぱりあのキャプテンは苦手だと思った。いつも誰かに怒鳴り散らして威張るだけしかしない。同じ男でも昨日の「彼」とはぜんぜん違うと心の中で毒づきながら、レティシア・カステリオーネは三両目のクラウンまで降りた。
レティシアはスコード教の信者である。スコード教とはキャピタル・タワーそのものをご神体と崇める、リギルドセンチュリーにおいて最も広く布教されている宗教である。信者は天からの恵みを享受し、科学技術の発展を「タブー」とする教えを広めるだけでなくフォトン・バッテリーの管理全般を担う、まさに世界を支える一大勢力であった。
「彼」に結局お礼を言いそびれてしまったと、レティシアは後悔していた。チンピラに絡まれたところを助けてもらっていながら何も言わず去ってしまった。すこし時間を置いて戻ってみてももう彼はどこかへ行ってしまっていて、名前すら聞いていないのだからなにも手がかりはない。諦めるしかないとその場を後にした。もう二度と会うことはないだろうと思いながら、彼と目が合った瞬間を思い返していた。
腕をつかまれもがいていた時、ほんの一瞬。こちらを見つめる少年に気がついた。 彼の目は、他の野次馬達とは違っていた。そこには好奇心や嫌悪感などではなく、使命感のようなものが映っているように感じられた。いま助ける。その真っ直ぐな目がそう言っているように見えた。
誰だったのだろう。もう一度会いたいと考え、すこしだけ胸が締め付けられるような気がした。恋かと思ったが、そんなものじゃないと言い聞かせた。
「レッティ。どうしたの」
コンテナ室に入ると、同僚に声を掛けられた。全速力で走ってきたこちらの様子に驚いたようだ。
レティシアは乱れた息を整えながら答えた。
「いや……キャプテンにしかられちゃって。逃げるようにここまで走って来ちゃった」
「そんなんじゃ着くまでに疲れちゃうよ。こないだ海賊に奪われたせいで、今度のバッテリー運搬量は倍なんだから」
忘れかけていた事実を言い渡され、レティシアはげんなりした。このところ頻発している海賊の襲撃。そのためにフォトン・バッテリーは奪われ続け、その結果一度に運搬する量が増えているのだ。
「ご、ごめん。もうちょっとしたら落ち着くから」
必死になってあやまるレティシアを、同僚は笑ってなだめた。
「大丈夫だよ。しかし、最近は仕事量が増えちゃって困るよね。近頃じゃ不良品も多いってウワサだし」
「不良品?」
「あれ、知らない? なんでも、配給されたフォトン・バッテリーの一部にね。容量が極端に少ないものやゼロのもの、中には何もしていないのに爆発しちゃうものまであるらしいよ。なんとか秘密にしているらしいんだけど、あまり多いと信用問題に関わるからね。そうしたら、あたしたちクビかも」
「ええ……こわいね」
「それに加えて海賊騒ぎだもん。仕事ばっか増えてやなかんじ」
そう言うと同僚は満足したのか、おしゃべりを切り上げてその場を離れた。
「不良品に、海賊か……」
独り、レティシアは呟いた。
鐘が鳴った。出発を知らせる鐘だ。
クラウンに軽い振動が走る。数秒して、ほのかに頭からGがのしかかる感覚がした。
クラウンが上昇をし始めたのだと理解した。