「幼なじみなの? シエラと君が?」
昼食を運んできたついでにドナは尋ねてみた。簡易ベッドに横たわったままのノォトは首だけこちらに向けて「はい」と答えた。レトルト食品の乗ったプレートをベッドの傍らに置く。カチャンと音を立ててしまった。
二機のエフラグは地を這うように低空飛行しているために機体の揺れは少ない。ドナが手を貸そうとする前に、腕を支点に使ってノォトは身体を起こした。
「ベルガモってナットの生まれなんです、おれもあいつも。同級生で家も近所でした。子どものころ、あいつ泣き虫で……」
ドナの脳裏に、先ほどの光景がフラッシュバックした。
突然フルネームを呼ばれたシエラは、いささか面食らったような顔をしていた。戸惑う彼女は答えを求める目線をよこしたが、それより早くノォトが言葉を続けた。
「おれのこと覚えてるか? ノォト・リム。幼なじみの」
「……ノォト……」と口の中で唱えるように呟いたシエラは、しかし次の瞬間むっとした。
「あんたが誰でも関係ない。あたしはトワサンガの……」
「子どもの頃、お前泣いてばっかでさ。なだめようとしたらこっちに噛みついてきやがって。とんだとばっちりだよ」
「うるさい! もう泣き虫じゃないわよ!」
そういうとシエラは肩をとがらせて踵を返した。
「シエラ!」
ドナが静止するも聞かず、シエラは運転室から出て行ってしまった。バタン、とハッチを閉める音が響く。
「いいんですか隊長。外行っちゃいましたぜ」
運転席に座っていたパイロット、ガバジが肩をすくめて言う。シエラの手を取った男だ。ドナは苦い顔をしながらため息をつくしかなかった。
「まあ、落ちることはないでしょうし……落ち着いたら戻ってくるでしょ。それよりどうなの。連絡はついた?」
「ダメですね。向こうも色々忙しいみたいで……これからどうするんです」
「そうね……」
僻地に幽閉される予定だったシエラを回収し、本部に戻って正規の手続きを経て解放する計画だったのだが、なにぶんこちらは独断行動だ。とりあえず彼女の確保を優先したために、この後のことはノープランだった。本部に戻ろうとも思ったが、下手な人間に取り次がれればまた彼女は尋問される。彼女は「無関係」の人間であるとわかった以上、もう巻き込みたくないという思いが強くなっていた。かといってこのまま逃避行を続けるわけにも行かない。なにより補給をしなければエフラグだって動かなくなる。話のわかる人間の対応を待っていてはらちが明かない。
「あの、聞きたかったんですけど」
どうしたものかと悩んでいると、ノォトが口を開いた。
ドナは多少面倒に思いながらも彼のほうを振り向く。すっかり身を起こしていたノォトが、プレートには手を付けずこちらを見つめていた。
「あいつ……シエラに何があったんですか。なんであいつがトワサンガ人で、アーミィに捕まって、アメリア軍に狙われたんです」
「君には関係ない……とは言えないか。……でもそれを聞けば、もう君は今までの生活を送れなくなるかもしれない。それでも?」
「このままじゃ納得できません。よくわからないまま殺されたんじゃ、イブラヒムも悔しいはずです。おれだって……」
なにかを決意したような彼の目はまっすぐこちらを見つめている。真実を知ろうとしている目だ、ドナはそう感じた。その目から逃げてはいけないと思い、ドナは頷いてことの顛末を語るために口を開いた。
第六十五番ナット・ベルガモの警察からキャピタル・アーミィ本部に「トワサンガ人が隠れている」と通報があったのは一週間前のことだった。
スコード教の教えでは、月にあるというフォトン・バッテリーをもたらす聖地トワサンガ。その正体が超技術を持った国家であるというのはまことしやかな噂であった。「ヘルメスの薔薇の設計図」や、先日キャピタル・アーミィが捕獲したG-セルフなどはすべてトワサンガから流れてきたものであると推測されれば、その技術が脅威となりうることは明らかで、それに備えるための情報は喉から手が出るほど欲するものであり独占したいものであった。
情報を受けたアーミィは調査部隊を派遣することに決め、その隊長がドナであった。
彼女は現地に赴き、地元警察が捕らえていたシエラを引き渡される。
第一印象は「疑わしい」だった。目の前にいる少女はまだ幼い。こんな子が、トワサンガから流れてきたというのか。疑問に思いながらも少女を尋問した。
「シエラと言ったわね。あなたは本当にトワサンガから来たの?」
「……ええ。トワサンガから脱出して、漂流していたところをここの人に助けられたの。だけど密告されちゃって。逃げようとしたんだけど捕まっちゃった」
彼女は意外なほどあけらかんと答えた。あまりにすらすら出てくる模範解答が逆に不自然だった。少女はいかにも困ったような顔を作って見せている。
「信じられる話ではないわね」
「だけど、事実よ。あたしがトワサンガからの流れ者だってことは。IDも何もないし、こんなウソをつくメリットもないじゃない」
警察官から彼女の調書を受け取る。確かに彼女は身分を証明する物を何も持っておらず、確認を取ることも出来なかったということだった。少なくとも、そのときは。
ドナは質問を変えた。
「……トワサンガについて教えて。月にあるというその国は、地球侵攻を計画しているの」
「そうらしいけど詳しくは知らないわ」
「あのG-セルフってのとそのパイロットは知り合い?」
「……」
あれだけ饒舌だった少女が、いざトワサンガの情報となると口を閉ざす。話さないというより話せないように思えた。
彼女は知らないのではないか。そう直感したドナは、彼女を解放したくなった。
「あなた、誰かをかばっているの」
「……ちがう」
「誰かの身代わりになるつもりなら止めなさい」
「そうだとしても、それを話すつもりはありません」
「あなたはこれから地球に移送され、おそらくまた尋問を受ける。それに耐えるほどの守る価値ある男なの? 利用されているんじゃないの」
「利用なんかありえない。あの人は……」
かかった。お互い同時にそのことに気づき、シエラはしまったという顔をした。今は想像するしかないが彼女は誰かをかばっている。少なからず想っているだろう“男”を。
「……あたし、どうなるんです」
少女が不安そうに呟く。観念したように肩を落とす姿は年相応の幼さを表しているように見えた。
この子、守ってあげないと。
ドナは立ち上がると少女の小さくなった肩に手を置いた。
「だいじょうぶ。あなたは、あたしが守る」
海賊の襲撃をかわしながら地球に降りると、シエラはアーミィ本部でさらなる尋問を受けた。当然そこでもトワサンガについてのめぼしい情報は得られず、彼女の素性についても詳細はわからないまま。結局本部は彼女を幽閉することにし、僻地である第十三補給基地へ移送することが決定した。それはドナの預かり知らぬところで急遽決まったことであった。
「そこで軍は、彼女を利用することにしたの。『トワサンガ人』の情報をわざと流すことでアメリア軍の気を引き、本隊の動きを悟られないようにした。よくある陽動作戦ね。だけどそのために部隊を割くほどの余力は無い。それで民間会社を買収し、詳細は何も伝えずに彼女を運ばせることにした。アメリアはまんまと引っかかり、彼女を運んでいた業者――つまり君たちの輸送機は襲われた。最初から仕組まれていたのよ。君たちが攻撃されることは」
「……見捨てられたってことか」
ノォトが吐き捨てるように呟く。
「落ち着いたらいちおう連絡は試みるけど、たぶん……」
「いや、いいです。生きてるって知られたら、下手すりゃどうなるかわからないし」
話を聞いた以上、社長とアーミィはグルだ。ノォトとしてもドナに迷惑はかけたくなかった。それでも聞いておきたいことはあった。
「だけどアーミィが仕組んだ作戦なら、それを妨害したってかたちになりますよね。命令違反とか、いいんですか」
ドナはしばし無言になったあとで、それに答えた。
「……ま、ここまで来たら話してもいいか」
「え?」
「あたしの部隊ね、所属は確かにキャピタル・アーミィなんだけど。それだけじゃないの。キャピタル・ガードに調査部があるんだけど、あたしたちはそのトップから命令を受けて秘密裏に行動しているの。おかげである程度の独自行動なら黙認されているわけ」
「命令ってなんです」
「『フォトン・バッテリーの不良品の出所を調査せよ』ってのよ」
***
風が吹き抜ける。
低空を飛行するエフラグの甲板は揺れもなく、抜けるような快晴は目に眩しい。シエラは空高く舞う鳥を眺めていた。
ダベーの甲板にはクアッジが、立て膝をつくような姿勢で駐機している。シエラが見上げるとそこにはちょうど頭があり、ゴーグルをしているような顔に、キャピタル・タワーで見た「G系」とかいうモビルスーツの顔が重なった。
クラウンの中をのぞき込むように観察していたあのマシン。何を探していたのだろうと考えて、ひとつの答えが浮かんだ。
彼を探していたのではないか。
「ルイード……」
呟きながら、目頭が熱くなった。こみ上げる感情が抑え切れずに目尻からあふれ出す。頬を伝う涙をぬぐおうともせず流れるままにすると、この想いがそのまま身体から抜けていくような気がする。
彼はいまどこに居るのだろうか。何かから逃げるように目の前に現れ、何かをするためにどこかへ消えてしまった。彼を追ってキャピタル・アーミィが現れ、身代わりになった自分を追ってアメリア軍も襲ってきた。あの人はいったい何者なんだろう。「トワサンガ生まれ」であること以外何も話してはくれなかったが、それは自分を巻き込まないという優しさだったのだろうか。
「……でも、あたしは無関係ではいられないのよ」
味方など誰もいなかったあの人を助けたいと思った。
かつて泣き虫だった自分がそうされたように、誰かの味方になりたい。力になりたいのだ。そのためにわたしは強くなり、もう泣き虫じゃなくなった。シエラにはそういう自負があった。
だから、もう昔の自分ではないのだ。過去の自分と決別したのだから、ノォトなどは邪魔でしかない。
あの男、ルイードを探しに行こう。彼の力になるために。答えを知るために。
シエラは決意すると、運転室に戻るためにハッチへ向かった。
上空では鳥たちが舞い続けている。
***
「ドナ。あたし、宇宙へ上がりたい」
戻ってくるなりそう言い放ったシエラに戸惑いながら、ドナはその言葉に応えるにはどうすればいいかと悩んでいた。
「キャピタル・タワーまで戻って。お願いドナ」
「駄目よ。わかってるでしょう。あなたのIDは抹消されていて、タワーを利用することは出来ない。なにより捕まる危険もある。了承できないわ」
「でも他に方法もないでしょ。また捕虜として連行してくれれば……」
「キャピタル・タワーで昇っても、そこからどうやって宇宙へ行くつもりだよ。宇宙船なんてないだろう」
ノォトが口を挟む。
「あんたは関係ないじゃない」
「関係ないことないだろう。そっちがそのつもりでも、こっちはお前を知ってるんだから」
「待って。船ね……」
「アテがあるの?」
「心当たりがね。ちょっと連絡してみるわ」
そう言うと、ドナはコ・パイシートに座りどこかへ通信を送った。