翌朝。
心の中で目隠し碁をずっとやっていたヒカルは寝不足だった。
美津子に起こされ、眠い目を擦りながらなんとか起き上がる。
(大丈夫、佐為はいる)
ヒカルは安心した。
『大丈夫ですか?ヒカル。ああ、すみません、私が打ちたいなどと言わなければ…』
「(何言ってんだよ佐為。オレがオマエと打ちたかったの。謝んないで)」
『ヒカルぅ~…』
再会してからヒカルはなんだか優しい。
突然の別れからわずか3日での再会となった訳だが、その間にヒカルはどう思っていたのか―――。
積もる話は幼稚園から帰ってきてから、そう二人は決めていた。
『(ヒカルと会えて、またヒカルと碁が打てて嬉しいですが…昨日は碁ばかりしてあまり話せませんでしたからね。今日はいっぱいお話しましょうね…)』
「佐為~、ズボン取って~」
『取れる訳ないでしょ!もう、ヒカルったら!』
ヒカルは佐為の後ろにある園の制服を指して言って、佐為を困らせていた。
冗談だって~とヒカルは佐為の後ろに行こうとしてすれ違い―――。
「『え!!?』」
二人は驚愕した。
ぶつかったのだ。
「…は?」
『…え?』
「『…………』」
「『ええええええ!!?』」
あれから「何をさわいでるの」と美津子にしかられてしまい、とりあえず混乱しながらも着替えを済ませる。
「(オマエ、幽霊じゃないの?)」
『いえ…他のモノには触れませんし…母上にも見えてないみたいなので幽霊だとは思いますが…ヒカルにだけ触れられるみたいですね…』
朝食を取りながら考える。
この過去の世界では佐為は何故かヒカルに触れることができる。
そんな現実に昨日から二人は混乱しっぱなしだ。
『久しぶりに…人の温かさを感じました。千年ぶりですね』
「佐為…」
「ヒカル?何か言った?」
佐為の切なく、そして幸せをかみ締める様な表情を見てヒカルはつい声に出していて慌てて「さっ、最高においしいよ!」と誤魔化すのであった。
そして食べ終え、準備も済ませたヒカルは玄関に向かう。
「(…あの子、最高においしいなんて…園児らしくない事言うわねぇ…)」
昨日から娘の様子がおかしいのを美津子は心配していた。
幼稚園ではまた自由時間などはあかりと会話して過ごす。
『あかりちゃんも小さくて可愛いですねぇ』
「(10年前だしなぁ…ん?『も』?)」
『ヒカルも可愛いです♪』
「(嬉しくねぇ…)」
再会して二日目。
こんな他愛もない会話がとても幸せに感じている。
そしてお昼寝の時間になる。
「(佐為。一緒に寝ようぜ)」
『え?一緒にですか?』
「(うん。だって触れる事ができるんだぜ。手、繋いでよ)」
『…はい!一緒に寝ましょう!ヒカル大好き!』
「(…恥ずかしいヤツ…。うん。オレも佐為が大好きだよ。)」
(だからもう消えないで)
園から帰宅後、また祖父の家に向かう。
家に碁盤がないから買ってもらおうという魂胆だ。
「じーちゃーん」
「なんじゃ、ヒカル今日も来たのか?」
「うん!じーちゃん、オレ最近囲碁覚えたんだ。一緒に打とうぜ!」
「おお!ヒカル囲碁をやり始めたのか!?」
目を輝かせた平八はちょっと待っとれ!と碁盤を取りに向かう。
「佐為、オマエの復帰初対局だ。園児らしい碁打てよ?」
『え?私が打ってもいいのですか?』
「ああそうだ。オレはオマエに打たせたくて神さまに願ったんだ」
そう言うと目を瞑る。
この世界では影でいい。
そう、虎次郎がそうだった様に。
ヒカルは決意していた。
「佐為の凄さを皆に知ってほしい。オレ独り占めじゃ世間が可哀想じゃん」
『………ヒカル…』
ヒカルはわかっていなかった。
自身の凄さ、その素質に。
いくら佐為が毎日打っていたとはいえ、碁を覚えて1年もせずに院生になり、そして2年もせずにプロになった。
それがどれほどの偉業なのか。
家の奥から碁盤と碁笥を持った平八が出てきて縁側に並べる。
「いや~、お転婆なヒカルが囲碁の面白に目覚めるとはなぁ。孫と打てるのを夢見ておったわい。ほれ、置石なんぼでもいいから置きなさい」
「んじゃ3つ置く」
「3つでいいのか?」
「うん」
この時平八は指導碁にもなるまいと思っていた。
まだ4歳の孫の事。
ただ石を適当に並べるだけ、そう思っていた。
「(佐為。オレが加賀と筒井さんと三人で海王中の大会に出たの覚えてる?あの時のオレくらいの強さだったらあまり不自然じゃないかも。それで打てる?)」
『打てますが…ヒカルはそれでいいのですか?』
「(いいよ?佐為が打つ所が見たいんだ)」
『…わかりました。ヒカル。任せてください』
「(…ああ。ありがとう)」
佐為の復帰戦が、今日から始まる。
「ヒカル、オマエ…本当に最近覚えたのか?」
「う、うん」
内心焦るヒカル。
佐為は打てる嬉しさについつい張り切って打ってしまった。
「(佐為ー!これじゃオレ園児で院生になれちゃう強さだろー!!)」
『えへっ』
「(えへっ、じゃねぇよ!まぁいいさ。佐為の強さはこんなもんじゃないしな。なんとかするさ)」
盤上を見ながら平八は孫の才能に驚かされていた。
わずか4歳の子どもがこんなに打てるだろうか。
この子は物凄い才能があるのでは?そう考えらずにはいられない。
「じーちゃん。オレ囲碁打ちたいんだけど、家に碁盤ないんだ。碁盤買ってくれない?」
なんとストレートな言葉。
平八は家に碁盤もない少女がここまで打てるのか!と唖然する。
が、この才能をもっと伸ばしたい!とそれを了承した。
「折りたたみでよけりゃ今すぐ買ってやろう。ただし、続けるんじゃぞ?小学校までずっと続けてたら足つきを買ってやろう」
「ホント!?じーちゃん大好き!」
ヒカルは平八に抱きつく。
買ってもらうために4歳の孫娘を演じる。
孫の大好き攻撃に平八は「今すぐ買いに行くぞー!」と出かける準備を始めた。
計画通り!
ヒカルの悪役的な表情を、佐為はなんとも言えない顔でみるのであった。
今更ですが、『』表記が佐為のセリフです。
ヒカルの幼稚園はズボンとスカートを選べる設定です。
この時点で佐為はまだヒカルが女の子だと知りません。